評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『私は勝つ!~イタリア・オペラ・アリア集』
Piotr Beczala、Orquestra de la Comunitat Valenciana
いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの ポーランド出身のリリック・テノール歌手、ピョートル・ベチャワが専属契約を結んだPENTATONEの第1弾作品がこれ。かつてニューヨークのメトロポリタン歌劇場でベチャワの「リゴレット」で聴いた。男の色気のオーラを発していたのがとても印象的だった。声のの突きぬけ感、朗々さ、そして感情の細やかさには、感動を覚えた。
PENTATONEの最新録音は、ここまで素晴らしいというショーケースだ。オーケストラの音が各楽器の細部まで、こまやかにそして輝かしく捉えられ、ディテールまでの解像感が高いことに加え、PENTATONEならではの音場の響きの美しさもたっぷり堪能できる。
ベチャワのドラマティックテノールの素晴らしきこと。多色の星達が宙を飛び交うような輝かしさ、繊細なグラテーション表現という現代テノールの名歌唱が、PENTATONEの名録音で堪能できる。大振幅のヴィブラートは、まさに耳の快感だ。2019年10月、バレンシアのソフィア王妃芸術宮殿でのセッション録音。
FLAC:96kHz/24bit
PENTATONE、e-onkyo music
斉藤由貴のデビュー35周年を記念したセルフカバーアルバム。デビュー曲からシングルの編曲を手掛けた武部聡志氏がプロデュースし、全曲がピアノを軸としたアコースティック編成でリアレンジされている。若い時に活躍したアイドル歌手が時間を経て再度、吹き込むと予想以上に音程が下がって、がっかりすることが多いが、斉藤由貴は、わずかに低くなった程度で、往年の少し憂いを秘めた、伸びやかで艶やかな音色は、まったくそのままで、さらに表現力が格段に上がったと聴く。元アイドルの再録ものとしては、珍しい成功作品だ。
「1.卒業(2021 version)」は、この年頃の微妙な感情の動きが、さらに繊細に感じられる。武部聡志氏のリアレンジとピアノを中心にしたバンドも原曲のよさを継承し、いい味わいだ。音質も良い。ヴォーカル音調が明瞭で、そのフューチャー感どバックとのバランスも好適。「6.悲しみよ こんにちは(2021 version)」は、懐しさと新しさが交差する。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
CONNECTONE、e-onkyo music
1992年、イギリス生まれの若手ピアニスト、ベンジャミン・グローヴナー。2004年に史上最年少11歳でBBCヤング・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤーのピアノ部門で優勝、13歳で協奏曲デビュー、2012年1月にデッカ・レーベルから『グローヴナー・デビュー』を発表、その後CDを多数リリース……と嚇々たる成果を上げている。本作はリスト集だ。
目の覚めるような鮮烈な演奏、録音だ。リストの超絶技巧曲をこれほどの高解像度と尖鋭度で弾きこなされると、もう音楽的な快感に痺れてしまう。そんな唖然とする楽しみがベンジャミン・グローヴナーのリストにある。それを介けるのが、きわめて鮮明で、音の立ち上がり/立ち下がりが鋭い音。和音の構成音そのものが一音一音、聞き分けられるようなハイレゾだ。
リストの複雑でハイテクを要求されるスコアは、こんな音を目指していたのではと想像できる鮮鋭音調だ。聴き手とピアノの間に何の介在物がないようなハイテンションなダイレクトサウンドの曲が続いた後で、シューベルトの「アベ・マリア」(かなりリスト的だが)を聴くと、まるで清涼剤のよう。2020年10月19-22日 ロンドン、クイーン・エリザベス・ホールで録音。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Decca Music Group Ltd.、e-onkyo music
『Cassandra Wilson, Moonglow』
Cassandra Wilson
1986年にStatiras RecordからJim De Angelis and Tony Signaの『Straight From The Top』としてリリースされたアルバムから、カサンドラ・ウィルソンがゲスト参加した楽曲のみを再編集(オリジナルは6曲収録、うちカサンドラ参加曲は5曲)したハイレゾ作品。オリジナル盤はカサンドラのディスコグラフィにも掲載されていない、レア音源だ。86年はカサンドラの(インディでの)ソロデビューの年。93年のブルーノートからのメジャーデビューの7年前だ。2xHDの名リマスタリングで甦った
実に落ち着いた、ちょっと苦みを帯びた、しっとりしたヴォーカル。ヴォーカル音像は適度なサイズ感で、センターに定位し、その背後をギター、フルート、ベース、ドラムスのコンボが囲む。音調はとてもアナログ的で、フルートから始まりギターへと続く各楽器のソロのフューチャー感がいい。音の捕り方はしっかりとした輪郭にて、質感が丁寧に捉えられている。かなりのオンマイクで音の出方がひじょうに生々しい。ニュージャージのPure Sound Studiosで録音。
FLAC:352.8kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit、5.6MHz/1bit、2.8MHz/1bit
2xHD、e-onkyo music
サー・ジョン・バルビローリは、ベルリン・フィルとのマーラー交響曲第9番が世界遺産的な名盤として誉れが高いが、この1966年から翌67年にかけて収録されたウィーン・フィルとの唯一の録音のブラームスも、圧倒的に素晴らしい。
実にスケールが大きく緻密にして、細部まで目配りが行き届いたブラームスだ。音が巨大にうねり、複数のレイヤーが醸し出す音響の響きが、巨魁だ。悠々たるテンポで、楽曲のすみずみまで、解釈の照明を照らす。さすがはムジークフェライン・ザールのウィーンフィル。馥郁たる音色は、ブラームスを豊かに彩る。
ブラームスの交響曲は、ヴァイオリンの超高音が特徴だが、それが実に芳しい響きとなり、ムジークフェライン・ザールの広大な空間に向けて、倍音が気持ち良く豊かに放出される。第1番の第4楽章のホルンの雄大にして、深い味わい。それに続く第2テーマの弦楽ユニゾンの豊潤さ。感動だ。アナログの極致的なヒューマンサウンドにて、当時のウィーン・フィルの音が見事に甦った。1966年12月7-9日、1967年12月4-8, 14, 15, 18日、ウィーン、ムジークフェラインザールで録音。2020年に192kHz/24bitでリマスタリング。
FLAC:192kHz/24bit、96kHz/24bit
MQA Studio:192kHz/24bit
Warner Classics、e-onkyo music
『高橋悠治 ピアノ・リサイタル
とりどりの幻想 白昼夢 夜の想い 記憶と再会』
高橋悠治
実に色彩的で明瞭なピアノサウンドだ。マイスターミュージック録音は、高橋のピアノが醸し出す、カラフルにして繊細な表現が細大漏らさず捉えられ、再生される。浜離宮朝日ホールの深い響きと共に、音場のセンターに凝縮して(つまり鍵盤が左右に広がらない)位置するピアノがひじょうに明晰だ。響きの豊かさと、明確な音像感が同時に両立するのが、マイスターミュージック録音の美質だが、その典型が本作品といえよう。豊潤なアンビエントが、ピアノサウンドを介けている。「クラシック界のレジェンド、高橋悠治その音世界をすくい取った」と解説にあるが、まさに高橋の最新のピアニズムが、カラフルな響きと共に堪能できるハイレゾだ。 2020年7月12日、浜離宮朝日ホールでライヴ・レコーディング。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
DSF:5.6MHz/1bit
マイスターミュージック、e-onkyo music
『HOME TOWN ~Cover Songs~』
土岐麻子
現代のCity Popの女王、土岐麻子の最新アルバム。ステイホーム時代、HOMEをテーマに、「HOMEで楽しむ」「温もりを感じる」 「変わらない場所」の3つの切り口で選曲されたカバー集だ。具体的には「温もり」「出会いと別れ」「想い」の楽曲を土岐麻子らしいジャジーなサウンドにアレンジ。 暖かく、明瞭で、同時にしっとりとした豊かな感情も聴ける。明確な日本語発音だ。「「1.ソラニン」。ヴォーカル音像は大きいが、輪郭が明瞭で、密度感も高い。「3.アイ」の優しさ、暖かい感情も素敵。「9.CHINESE SOUP」はユーミン的な音調。まるで本人のよう。多彩な切り口でに歌えるのが土岐麻子の魅力と分かる。
FLAC:48kHz/24bit、WAV:48kHz/24bit
DSF:5.6MHz/1bit
A. S. A. B、e-onkyo music
クラシック音源制作・販売の若林工房がプロデュースしたイリーナ・メジューエワ作品がステレオサウンド社からリリース。実に鮮明。まさにメジューエワのピアノを眼前で聴いているような生々しい音響だ。時間軸の再現性が実に細かく、鍵盤へのタッチから、アクション動作、ハンマーの叩き、離反……というメカニカルな発音過程まで、容易に想像できる、音の情報量の多さだ。「8.ドビュッシー 前奏曲集 第1巻 Ⅷ.亜麻色の髪の乙女」の冒頭、単音がいかに会場に響きを形成し、ペダリングで各音の響きを交錯させているかの様子が、ひじょうにこまやかに捉えられている。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
DSF:5.6MHz/1bit
Stereo Sound Publishing Inc.、e-onkyo music
2010年のジャズヴォーカル・コンテスト準グランプリを獲得した勢いで、ニューヨーク録音で制作した『A Wish』は、2013年リリース。優秀録音が当時、話題だった。今回はオリジナルの44.1kHz/24bitをアナログ再生し、192kHz/32bitでA/D、マスタリング。192kHz/24bitで配信する。音的な特徴はピラミッド形だ。充実した低音の上に伸びの良い中高音が乗る。安定した土台の上で、華麗に音が展開している。雄大さと切れ味が同居するベース、一音一音が確実にフューチャーされるピアノ、堂々と進行するヴォーカル……とオーディオ的な注目点は多い。ヴォーカルの音程的な揺るぎなさも、耳の快感だ。
FLAC:192kHz/24bit、WAV:192kHz/24bit
Berkeley Square Music、e-onkyo music
『Italian Baroque Mandolin Sonatas』
Artemandoline、Mari Fe Pavón、Juan Carlos Muñoz
バロックから古典派時代のマンドリンの変遷や演奏様式を研究し演奏に活かす、ルクセンブルクを拠点にするマンドリンアンサンブル、「アルテマンドリン」。ドイツ・ハルモニア・ムンディへの3枚目のアルバムだ。バロック・マンドリン奏者のフアン・カルロス・ムニョス、マリ・フェ・パボンとの協演。
録音、再生で時間軸方向に細やかな切れ込みが要求される撥音楽器のマンドリンは、まさにハイレゾ向き。本アルバムでは好適な録音にて、撥音の魅力が麗しく堪能できる。ふたつのバロック・マンドリンと弦楽アンサンブルという編成は、とても耳馴染みがよく、響きが持続する弦楽をバックに、一音一音が切れるマンドリンという対比と融合が心地好い。音調も涼やかで、ウエルバランス。2019年8月17-20日、フランス、モンサンマルタンのローマ教会で録音。
FLAC:48kHz/24bit
deutsche harmonia mundi、e-onkyo music
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