社会課題を解決するソリューションを企画するには?
―― 企画会議に参加してどのような手応えがありましたか?
イノラボ渋谷 社会課題をソリューションにつなげるというのは結構な困難が伴います。アートや個人活動の場合は、自分のパッションに従えばいいかもしれません。一方、企業がお客さんに何かを届けるときは、利害関係者を説得する合理性だったり「なぜそれをやるのか? なぜそれが妥当なのか?」という分析思考的なものが重要だと私は考えています。
イノラボのメンバーもそうした思考回路を持っていますので、その思考回路の一例を見ていただきながら、「こうやって考えていくと企画がブラッシュアップされたり、より合理的なものになる」ということを伝えたいと思い、どういうふうに問題を捉えてブレイクダウンしていくのかをお伝えしました。
具体的には「忘却に抗う、(帰還困難区域を)忘れてしまわないようにするのが大切なのだ」が大テーマとして挙がりましたので、「では帰還困難地域の課題として、忘れてしまうことの何が問題なのか?」を私なりにブレイクダウンして、どうやって解決したらいいのかをステップ・バイ・ステップで紹介することで、「この方法を使うと、こんなアイデアが生まれるよ」ということを説明しました。
その場ではあまり質問が出なかったので、手応えはわからなかったのですが、学生さんの発表を見ていると、きちんと課題解決というかエンドユーザーの価値になることを考えて企画を立てている方がいましたね。
イノラボ藤木 今回参加したイノラボ研究員の3人は、それぞれ専門分野が異なっていて、渋谷さんがロボティクス、岡田さんが身体拡張や空間拡張、私はコンピュータービジョン。スキルセットが違うのでいろいろなテクノロジーの視点で情報提供することができました。
渋谷さんはロジカルに伝える一方、私は熱くビジョンを語ったりとキャラクターも違いもお手本の形をさまざまと示すことができて良かったのかなと感じています。
そして「先輩の背中」について補足すると、講義のなかで私たちの自己紹介をやらせてもらいました。まだ自分が何者か定まっていない学生さんたちに、「私にもそんな時代があってモヤモヤしていましたが、強い思いやインスピレーションを受けたものが起点となって、活動しているうちにこんなことが見えてきました」と。あと、「企画の立て方」についても、わりと泥臭く失敗も含めながら紹介して、それを参考にしてもらいました。
―― 学生さんからの反応はいかがでしたか?
渋谷 「ゲームは楽しむためにデザインされることが多いものだけど、ゲームを通じて他者に何かを知ってもらうこともできる」というアイデアを出したところ、ゲームっぽい企画になった方も何人かいたので、アイデアを広げるヒントにはなったのかなという印象がありました。
柏原 IEDPは8つのスタジオとオムニバス講義で構成されていますが、今回イノラボの方々には講義にも2回ご登壇いただきました。そのなかでお話しいただいた皆さんの経歴やイノラボという企業の事業内容も刺激的でしたが、特にアイデアを練る手法については偶発的ではなく意図的に発想する方法が目から鱗だったという反応が多かったです。
情報環境デザインスタジオの受講生9名中7名がそちらの講義も取っていて、そのうちの1人がその講義内容を教科書にしながらアイデアを練ったそうです。ですから、与えていただいた影響は大きかったと思います。
『この景色が見たい』と思えば
たどり着けることを個人制作を通じて伝える
―― イノラボのお三方はスキルセットがそれぞれ違うとのお話で気づいたのですが、学生さんはチームを組まず1人1企画ですよね?
佐々木 はい、そうです。
―― たとえばハッカソンでは「プログラムが得意な人」「デザインができる人」「プレゼンが上手い人」など得意分野の異なる人たちが集まることで1つのソリューションを作ります。しかし今回は、学生さんが電子工作からプログラムまですべて1人でこなす必要があります。そういった素養をお持ちの学生さんが集まっていたのでしょうか?
佐々木 それが結構まちまちで、先端エネルギー工学専攻のほか環境システム専攻、人間環境学専攻の人もいました。いろんな人がいたというのが実情です。
―― まさにそこがIEDPの特徴ですよね。いろんなバックグラウンドを持つ人がデザインスタジオに属している。学部が全部情報系だと画一的になってしまうでしょうし。
佐々木 じつは、あえてチーム制にしなかった理由があるのです。
2019年に京都で個展を開いたとき、京都は美大が多いので美大の学生さんがたくさん来てくださって、たとえば「僕は油絵をやっていてメディアアートにも興味あるけれど、プログラミングとかどうせできないし……」という話をたくさん聞いたのです。では、私が若い頃に何をやっていたかといえば、本ばかり読んでいた学生だった一方で、作りたいものがあれば手を動かしていました。試行錯誤する過程でスキルを覚えていったわけです。
ですから、「『この景色が見たい』と思えばたどり着けるのだ」ということを学生さんたちに伝える必要があるなと。それがチームではなく1人で取り組んでもらった理由の1つです。
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