中小企業基盤整備機構が目指す地方中核企業の成長支援
地方企業の成長でぶつかる壁を解決するアクセラレーションプログラム「FASTAR」とは
FASTARは独立行政法人 中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)が実施している地域中核企業やスタートアップを対象にしたアクセラレーションプログラムだ。公募に採択されると、各企業の事業分野に応じたメンターから1年間にわたりさまざまなサポートを受けられる。同プログラムの内容やその目指すところなど、その支援活動はどのようなものなのか。
「地域中核企業」を支援するアクセラレーションプログラムFASTAR
2018年に閣議決定された「未来投資戦略 2018」において、政府は2023年までにユニコーン企業または上場ベンチャー企業を20社増やすことを目標に掲げ、経済産業省も同時期にJ-Startupでベンチャーエコシステムの強化を図った。これに照準を合わせて中小機構が立ち上げたのがアクセラレーションプログラムFASTARだ。中小機構が運営するアクセラレーションプログラムだけに「地域中核企業」がひとつのキーワードになっており、将来のグローバル企業を目指して創業するスタートアップだけでなく、新しい事業にチャレンジして将来の地域における中核企業を目指す老舗企業もターゲットに入っている。
FASTARを運営する中小機構 創業・ベンチャー支援部 丸尾真吾氏は、「グローバルに展開していくスタートアップだけでなく、日本の基盤となる地域中核企業も輩出していかなくてはいけない。さまざまな地方や民間でもアクセラレータプログラムが立ち上がってきたが、企業ごとに目指す成長規模は違う。全国規模で分野もソフトからディープテックまで、そしてEXITの選択肢に幅のあるプログラムはあまりない。それにチャレンジしてみようとしたのがFASTAR」だと語る。
プログラムは大きく3つのステップから構成されており、ステップ01で社内リソースの分析および外部の市場分析を行なう。これにより顧客ニーズがどこにあるのかを把握し、事業戦略を明確化する。続くステップ02では、開発・販売など個別の組織体制の見直しと並行して、資本政策や知財戦略などを整理し、中長期の経営計画を策定する。最後のステップ03でベンチャーキャピタル(VC)や投資会社に対してプレゼンを行ない、資金調達を目指す。その間、月に1度のペースで1日5時間ほどのメンタリングを行ない、戦略立案だけでなく各企業の持つ課題の解決を支援していくのがプログラムの特徴になっている。
また、FASTARによる1年間の支援に止まらない施策が提供されているのも中小機構の強みだ。
「中小機構では創業ベンチャー支援だけでなく、中小企業の総合的なライフサイクルにお応えするような支援施策を持っているので、FASTARの支援が終わった後でも、企業のいろんな成長ステージに合わせて支援施策が提案できる。卒業後も機構の支援施策をフル活用して成長につなげていただきたい」(丸尾氏)
以下、各ステップにおいて、FASTARで伴走支援する専門家を取りまとめているFASTARシニアマネージャー 木嶋豊氏、加藤英司氏に、採択企業共通で見られた課題についてうかがった。
ステップ01:事業戦略構築における課題
「資金調達方法や顧客の捕まえ方を身につけてほしい」
採択企業は、選考過程において事業計画書の審査を受け、かつFASTARに関わる専門家によるヒアリングも受けている。事業については一定の市場や将来性が見込まれているが、さらなる成長のためにVCなどからの資金調達をしようと考えると足りない部分も少なくないのが実態だ。
特に外部からの支援を受けた経験のない企業の場合、プログラムの初期段階で多くの課題に直面することになるという。
「比較的アーリーステージの企業を採択しているので、そもそもあらゆるものがない。あるのは情熱とアイデアだけ。もちろん可能性はあるが、それが本当にお客様に受け入れられるかどうかも完全に見えてはいない。大きく成長するための資金もない。1人もしくはごく少人数のチームで運営しており、少ないメンバーでどうやっていくか模索しているという段階の企業が多い。
またほとんどの事業計画がVCやエンジェルに納得してもらえる品質になっていない。自分の技術に固執して『技術があるから売れるはずだ』といった”プッシュ型の事業計画”になってしまいがち。顧客に対する提供価値というのがあまりに考慮されていない。そういうところは皆さん共通で弱い」(木嶋氏)
そのためFASTARでは、採択企業と支援者が一緒になって経営戦略やマーケティング戦略を練っていく。
ビジネスモデルやマネタイズ方法などを議論していくと、どのくらいの市場を取るために何を投資しなくてはいけないかが見えてくるという。「我々の役割は投資家とか事業会社にその企業の価値を認めてもらうように事業計画をブラッシュアップするところにある」と木嶋氏は強調する。
またプログラムに採択されたからといって、すべての企業が初めて会ったメンターを全面的に信頼できるわけではない。半年~1年間を通じて、メンターとの間の信頼関係を醸成すると同時に、事業戦略・事業計画を進化させていく。
「信頼という点については、メンタリングをしていく中で本音ベースの彼らの悩みを聞きながら、アドバイスをしていく中で信頼を勝ち得ていく。その過程で会社の目指す方向や商品が売れるようになる取り組みについて聞く耳をもってもらう。また、それらを採択企業が当初考えていた事業計画や売り上げの計画、PoC(実証実験)計画などに反映していく。
ステップ01で事業戦略を明確化することにより、ほとんどの会社の事業計画書が変わった。当初のものではまったく受け入れられないなと思った事業計画を修正しながら、最終的には何億という資金調達に成功した企業もある。そもそも、公募選定に通った企業はある程度のシーズを持っている。メンタリングを通じて資金の調達方法や顧客の捕まえ方を身につけてほしい」(木嶋氏)
ステップ02:事業計画の策定における課題
「スタートアップにない経営資本をFASTARが負担」
成長のための資金調達を目指して事業計画を策定する段階になると、少数精鋭で運営してきたスタートアップが初めて体験することが数多くある。
例えばそれまで漠然としていた開発・生産戦略をクリアにしていかなくてはならないケース。シーズから始まった開発は、マーケットにフィットする製品やサービスは何かというところからスタートし、それに対して既存・計画中の製品やサービスがマッチするかを検討する。
また、製造では設備投資計画から生産計画の立案、必要な資金をどうやって調達するかまでアドバイスを受けられる。これらはすでに経験を持つ経営者にとっては難しくないことだろうが、初めて会社を立ち上げた、またこれまでと異なる第2創業を行うような経営者にとって、すべてを自分だけでこなすのは容易ではない。
「マーケティング戦略でいうSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングの略)やマーケティングミックス(4P:Product、Price、Place、Promotion)のような基本から伝えるようにしている。ものの見方・考え方を植え付けるというのも公的機関の支援のひとつ。また、大手メーカーと事業提携する場合も、NDAをどう結んでいくかとか、知財をどう固めていくかとか、攻めと守りのアドバイスをする」(加藤氏)
当然事業計画には、密接に人材獲得のプランも関わってくる。
「CFOやCMOなどの人材が欲しいという場合も、アドバイスをしている。例えば企業のステージによって求められるCFOの資質は変わる。初期であればコストダウンが中心で、拡大期になるとVCに対する提案力が求められる。プレIPOのような段階になれば主幹事証券や監査法人との交渉とか会計の正確さといったようなことが求められる。それぞれの段階でそれぞれの企業が必要なレベルを我々の方で推し量って、それに対して必要な人材像を提示するといったこともやっている」(木嶋氏)
「スタートアップはお金がない。人材を採用できるフェーズになるまでは、FASTARがCFOなどの人材を補完している考え。ない経営資本を我々が負担して、早くマネタイズできる段階に到達するために極力固定費を抑えてそこを乗り越えていきましょうというのがFASTARの役割」(加藤氏)
ステップ03:資金調達に向けた課題
「地方企業がぶつかる重要な課題」
ここまでにあった支援を受けて事業計画を策定したら、さらなる成長のための資金調達に向けて動き出すことになる。このとき、特に地方企業だと情報という点で大都市にはない課題にぶつかることが少なくない。
「VCなどは首都圏や大阪圏に集中しているため、彼らがどういうことを求めているのか、どういうことが響くのかというようなことがわかっていないベンチャーが多い。それに対しては、我々の方で資本政策や事業計画をブラシュアップすると同時に、VCとつなぐようにしている。
ただし、資金調達をやったことがない企業だと、VCから資金を受けるというだけで舞い上がってしまうことがある。あり得ない株価で資金を調達しようとしたりする企業には少し待った方がいいとか、持ち株比率が下がりすぎるとそのあとの資金調達ができなくなったりするといった、まさに基本ではあるが非常に重要なことをアドバイスする場合もある。持ち株比率や取締役の選任などに関しては、特にトラブルになりやすい」(木嶋氏)
地方だとそもそも資本政策を行った経験のある企業が周りにいないため、相談を持っていく先がない。そういった場合もFASTARのメンタリングを通じてノウハウを吸収することができる。
「技術プッシュ型で『売れるはずだ』みたいなことを一方的にVCに話したりすると、ほとんど次はない。顧客に対する提供価値を考えたり、事前のプレマーケティングを通したPoCを確保していますといった話を論理だてて説明できるかどうかが重要なので、そういうことができるように我々が指導してから連れていく」(木嶋氏)
地域中核企業として伸びる意欲を持っている企業を待っている
最後に、これまでにプログラムに参加してきた企業の成長に重要だと思われた要素と、今後プログラムに応募する企業に対する抱負を聞いてみた。
「情熱とビジョンを持っていることが大前提。持っているシーズに関しても、他社に対する優位性が明確になっていなくてはいけない。また、規模が大きくなればなるほど大企業が狙っている分野と重なってくるので、自社の強みを明確にしつつ、大企業に負けない戦略を立てたり、大企業とどう組んでいくのかといったことも含めて考えていかないといけない。我々はそういうことをトータルで支援できるので、我こそはと思う方は是非チャレンジしてほしい。一緒に日本を盛り上げていきましょう」(加藤氏)
「これから地域中核企業として伸びていこうという意欲を持っている企業には、我々の知見・経験を使って伴走しながらそれを実現していくということに対して少しでもお役に立てればと思っている。そういう意欲を持った企業にはどんどん応募してもらいたい」(木嶋氏)
ユニコーン育成を目指すアクセラレーションプログラムではあるが、一方で「企業体力や持ちうる兵站をはるかに超えるようなことはしない方がいい場合もある」(加藤氏)と言うように、地に足の着いたアドバイスが提供されており、まさに地方からの成長を目指す企業に最適なプログラムとなっている。
直近では、2021年2月24日に、第1・2期(2019年度)のプログラムに参加した14社の企業が登壇するピッチイベントがオンライン開催される。IT・サービス、ものづくり・製造業・化学、ヘルスケア・バイオと多彩な登壇企業と視聴者のマッチングも実施予定なので、興味がある方はぜひ申し込みをしてほしい。
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