コロナ禍で注目された
「見えない生物」を研究する重要性
自然界の生物には、自ら光を発するものがある。ホタルや夜光虫などは有名だが、海の中には発光する微生物がたくさんいるのだ。じつは、スーパーで売られている刺身の中にも発光微生物は存在しており、適切な条件で培養すればその光を目撃できるから驚きだ。そしてその発光微生物の研究から、これまでの生物学の常識を覆すような発見が生まれている。
そこで今回は、生物発光の魅力にとりつかれて海洋微生物の研究に没頭し、現在ではその道のトップランナーでいらっしゃる東京大学 大学院新領域創成科学研究科 自然環境学専攻の吉澤晋准教授に、海洋微生物についてじっくり話をお伺いした。
―― 吉澤先生が海洋微生物と出会うまでを教えて下さい。
吉澤 学生時代は絵ばかり描いていました。進学校に通ってはいましたが、高校3年間は絵を描くか、京都の木屋町で弾き語りをする毎日でした。
―― 弾き語りはフォークギターですか?
吉澤 はい、吉田拓郎派です。
―― 王道ですね。
吉澤 その後、一浪して京都工芸繊維大学に入ったものの、すぐに休学して個展を開いたり、アメリカのアートスクールで助手みたいなことをしていました。
―― ここまで海洋微生物の「か」の字も出てきませんね。まるでアーティストにデビュー前のエピソードをお伺いしているようです。
吉澤 まともに大学に通い始めたのは、高校卒業して3年ほど経ってからですね。
―― やりたいことができたので『勉強しなくては』と思った?
吉澤 3年間丸々勉強しないでいたら、突然勉強がしたくなりまして、『やるなら博士になろう、博士まで行かないなら大学行く必要もない』と。
―― ずいぶん極端に変わりましたね。
吉澤 ……まあ、雑談的に言いますと、みんな大学1年生の頃はやる気がないわけですよ。(受験から解放された反動で)遊びに来てる。一方、当時は僕も尖っていたから、そんな人たちと机を並べるのが嫌だったんです。『俺はもっとやる気がある』みたいな(笑)
でもよく考えると、周りの意識高かろうが低かろうが、自分がやればいいだけの話ですよね。それで気持ちが整ったので、周りのことは気にせず自分のやりたいことをしようと。
そう思い立ったとき、ちょうど化学発光や生物発光という現象――有名どころではチョウチンアンコウやヒカリキンメダイですね。発光微生物と共生することで光るのです――を研究している先生と出会い、光る微生物の研究を始めました。博士課程から東大に移りましたが、ずっと海洋微生物を研究しています。
―― 海洋微生物がご専門ですが、海に限定しているのはなぜですか?
吉澤 発光生物は海に多く、淡水にはほとんどいないからです。ウミホタルはいるけれどイケホタルはいません。
海に囲まれた日本だが、海の研究者は少ない
吉澤 意外に思われるかもしれませんが、日本には海の研究ができる大学は多くありません。
―― 海に囲まれた島国ですし、漁業も盛んなので、海洋の研究は多くの場所で行なわれているものだとばかり。
吉澤 海の研究に必要な「研究船を持っている大学」が日本には多くないのです。そもそも、参入障壁が高いようなイメージを持たれているかもしれません。
「海を研究したい」という人は、水産、農学、生物学などさまざまな分野に薄く広くいらっしゃいます。僕の場合は発光微生物から入ったので、その生き物がたまたま海にいたというだけです。実際、僕は繊維学部の高分子学科でした。
海が好きな人は世の中にすごく多い。にもかからず、海の研究をしている人は少ない。これは、どこに行けば海の研究ができるのか伝わっていない、そして何より、どうしたら研究者になれるのかわからないのだと思います。
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