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〈後編〉藤井啓祐教授ロングインタビュー

量子コンピューターは新世界の神になる!?

2020年10月30日 11時00分更新

今、量子コンピューター研究はギークを欲している

藤井 現在は古典コンピューターを得意とするギークな人たちが量子コンピューターの分野で活躍できる時代です。僕が研究を始めた頃は、物理の研究者、物理が好きな学生が活躍できる場で、僕のバックグラウンドも物理でしたが、現在はコンピューターサイエンスが強い人材を必要とするフェーズに入ってます

―― 藤井先生は、QunaSys社の最高技術顧問をされていますが、QunaSysではどんなことをされているんですか?

QunaSys社は量子コンピューターの社会実装を担うベンチャー。藤井先生は同社の最高技術顧問を務めている

藤井 基本的にはソフトウェアに関する研究開発のほか、量子コンピューターの社会実装ですね。社会実装はQunaSysを創業する際の狙いの1つです。というのも、アカデミックサイドで量子コンピューターを社会実装することは絶対不可能なのです。つまり、研究者にとって楽しいことと、ベンチャー企業にとって楽しいことが必ずしも一致しているわけではなく、それぞれの役割があります。

 よくイノベーション、産学連携、産学協創といって、研究者に研究者が得意じゃないことをやらせようという流れがありますが、やはり研究者は研究者の得意なことをやるべきですよね。たとえば量子コンピューターもいろんなフェーズがあり、研究者は0から1のアルゴリズムを考えたり、シミュレーションのためのツールを作るといったことを担当すべきです。

 一方、量子コンピューターに興味を持っている企業は今のところ材料や化学系、あとは自動車関係とか電池関係ですが、彼らがやりたいことと大学で研究されていることをつなぐには多くの課題が横たわっています。ではどうすればいいか。優秀な人を集め、課題を解決することによって給料が支払われる体制を作るしかありません。

 それを解決する一番良い方法は、ベンチャーを作ることです。幸いにして、現在は日本でも量子にはお金がつくようになっていますし、研究開発型のベンチャーにもお金を出そうという流れがありますのでQunaSysを立ち上げたという次第です。

ゲームはわずか11年でファミコンからプレステまで進化した
同じ体験をしたいなら量子コンピューターの道へ!

―― 最後に、読者へのメッセージをお願いします。

藤井 大学生にはいつも、「量子コンピューターの実用化には20年かかります」という話をしています。20年後って我々からするとだいぶ先に感じますが、大学1年生は18歳なので20年経っても38歳です。僕は今36歳なので、今の大学1年生が僕プラスアルファくらいの年齢になったときに、量子コンピューターが普通に動く時代がくる。これはかなり驚異的だと思います。

―― 経験を積んだ38歳の研究者が、物理現象を自由にいじれる箱庭を手にしたら、これまでにない発見や成功が次々に生まれるでしょうね。

藤井 そんな量子コンピューターを今ほとんどゼロの状態から作っています。ですから今、量子コンピューターに関わると、すごく面白い経験ができると思います。

 たとえばゲームの世界はわずか10年ほどでファミコンからプレステまで進化しましたよね。30代、40代の方は若い頃にその進化を間近で見ながら育った世代です。一方、現在の若い世代は生まれたときから高性能なコンピューターがあります。古典コンピューターはもう雲の上、自分の手の届かないところで性能が向上していくのみです。

 けれども、量子コンピューターは今ちょっとずつ進化していますから、「ファミコンが出てきてスーファミに進化して、プレステの登場に衝撃を受け……」みたいな体験をこれから味わえるのです。生きてる間に、急激にテクノロジーが変化する分野ってそんなにありませんよ。

―― 日進月歩する分野の進化していく瞬間瞬間に立ち会える、ということですね。これにピンときた高校生や大学生の皆さんはぜひ藤井研究室の門戸を叩いてみてはいかがでしょうか。本日はありがとうございました。

量子コンピューターで重要な役割を果たす
「重ね合わせ」と「エンタングルメント」とは?

 量子コンピューターでは、量子特有の性質である量子性を利用して演算を行っている。量子性にはさまざまなものがあるが、量子コンピューターで重要な役割を果たしているのが、「重ね合わせ」と「エンタングルメント」だ。

 それぞれ簡単に説明しよう。ある粒子が0と1の2つの状態を持つとする。古典的な世界では、その粒子の状態は0か1のどちらかに決まっているのだが、量子の世界ではその粒子の状態は同時に0でもあり、1でもあり得るのだ。その粒子を観測することで、0か1のどちらかに収束するのだが、観測前は0の状態と1の状態の重ね合わせになっているのだ。量子ビットとは、この重ね合わせ状態の粒子の個数を意味しており、量子ビットの数が増えることで性能がどんどん上がるという量子コンピューターの特徴は、この重ね合わせによるものだ。

 また、エンタングルメントとは、複数の量子ビット同士の間での強い相関を意味する言葉で、日本語では「もつれ」などと訳される。2つの量子ビット(量子Aと量子B)がエンタングルメント関係になっているとする。どちらも観測するまでは、0と1の重ね合わせ状態になっているのだが、量子Aを観測してその状態が0に決まると、エンタングルメント関係にある量子Bの状態も同時に0に決まり、逆に量子Aを観測してその状態が1に決まると、量子Bの状態も同時に1に決まるというものだ。

 エンタングルメント関係が保たれているのなら、量子Aと量子Bがどんなに離れていても、こうした現象が生じる。直感に反する不思議な性質だが、量子コンピューターでは、重ね合わせとエンタングルメントを巧みに使うことで演算を行っているのだ。

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