音源の歌声と、生歌の違いとは
さらに深掘りしてみると、私たちがストリーミングサービスやCDで聞いている歌声には、加工がされています。歌番組での歌手の歌声と、CDでの歌声に、違いがあるように感じられたことはありませんか?
大まかに書けば、ノイズの除去、キーの調整、ブレス(息継ぎ)の調整、不要帯域のカット、音の大小の均一化、破擦音の除去、オケ(バックの演奏)に埋もれないための帯域の調整、歌声の魅力を引き出すため帯域の調整、音響効果の付加(響きを持たせるリバーブや、やまびこ効果を生むディレイ)……すこし書いただけでもけっこうありますね。そのほか、音源の完成像に合わせた味付け(コンプレッサーやノイズを付加するサチュレーター、帯域ごとにコンプレッションできるマルチバンドコンプレッサーなど)が実行されます。
上記の処理は一般的なものですが、一概に言えず、音楽性、本人やエンジニアさんの方針によっても違いが出ます。例えば、バキッとキーが合ったビビッドな歌声、機械的に感じるほど積極的に加工した歌声が合う音楽もありますし、アコギやピアノ一本で弾き語るシンガーソングライターなら、最低限の加工に留めないと、味わいが失われてしまいます。それぞれの音楽性や方針によって、最適な加工がされているわけです。
パターン1:無加工(ノイズゲートのみ)
ここでは、3パターンの加工を用意してみました。
まずは、何も加工をしていない状態。録ったままの素の歌声です。微弱なノイズを除去するためのノイズゲートのみ通しています。
上野優華さん「これは、生の歌声にかなり近く感じます。レコーディングのときは、自分の歌声を何度もプレイバックしてもらいながら進めますが、プレイバックしてもらう音も、仕上がりのイメージにすこし近づけて、リバーブがかかっていたりするので、ここまでナチュラルな自分の歌声を聞く機会はなかなかありません。
『お化粧をしていない歌声』ですよね。でも、アラみたいな部分も歌の個性だと思うんです。言い方は難しいのですが、低いところのざらっとした質感も私はイヤだと思っていなくて、そのまま残っていることで、それが魅力にも聞こえるというか……これが上野優華のすっぴんなんですよ! という感じです」
パターン2:ローカット+コンプレッサー
次は、可聴域のすこし上からローカットを入れて、弱くコンプレッサーをかけ、音量を整えています。急角度でカットして、指定帯域以下をバッサリと切ることもできるが、なだらかにカットすることで、自然な質感も残している。
上野優華さん「これだけでもけっこう変わります。ナチュラルメイク。お化粧はしていないように見えるけど、実はすこしお化粧しているっていう、そんな状態ですね。
『雑味』みたいな部分が消えて、聞きやすくなってます。ただ、その雑味が『味』になったりもするので、この辺をどう活かしていくかが、難しいところなんでしょうね。ふだん、エンジニアさんたちがいろいろな処理をしてくれているから、音源で聴き慣れた音質になっていってるんだなというのが分かります。」
パターン3:ローカット+コンプレッサー+イコライジング+リバーブ
次は、パターン2の処理に加え、イコライジングで帯域のバランスを整え、リバーブを薄くかけました。コンプレッサーもピークを抑えるためと、音にハリを出す目的で二重にかけています(音源にするときは、ほかの楽器とのバランスや、曲の中での聞こえ方に応じて、より緻密な処理をします)。
上野優華さん「これは、レコーディングをして、音源を作っていくミックスの段階で聞く歌の音質に近いです。広がりがある。艶っぽくて、ノビがいい感じ。お化粧をちゃんとして、人前に出ていくときの上野優華ですね(笑)。
なめらかな感じもありますし、歌の持っている色気みたいなものも伸ばしてくれつつ、もともとの質感も残ってる。レコーディングのときは、ここは、広げながら歌うフレーズだな、とかニュアンスをすごく大事にしています。普段から、エンジニアさんたちがニュアンスを残しつつ、音源にしていってくれてるんですね。世のエンジニアの皆さん、ありがとうございます」
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