日本を代表するスタートアップ・メルカリの事業成長と知財の関係(後)
後発企業だったメルカリはいかにキャッシュレス激戦区に参入したか
スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIと、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人による本連載では、Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。
前編では、日本を代表するスタートアップ・メルカリにおける決済サービス『メルペイ』事業の立ち上げに伴い知財部門を強化していった経緯を見ていきました。後編ではメルカリが知財部門を強化したうえでなされた特許出願事例を通じて、上記の内容を振り返りつつ、メルカリがとった特許戦略について見ていきたいと思います。
後発企業として激戦区となるサービスに参入する際の特許戦略
前編で説明したメルカリエコシステム構築の中心となる決済サービスについて見ていきます。
まず、国内のスマホ決済サービスの状況として、2014年12月のLINE Payを皮切りに、Origami Pay(2016年5月)・楽天ペイ(2016年10月)・PayPay(2018年10月)など、大手からスタートアップまで様々な企業が進出しています。メルペイは2019年2月にサービスをリリースと、後発での参入となりました。
後発企業が取るべき特許戦略の一例は、過去にぐるなび・EPARKの考察記事で紹介しました。
後発企業は、自社サービス導入の決め手になるような訴求点について、先行企業よりも深堀りした課題を見定めて集中的に特許化を進めることで、まずはユーザーから選ばれる理由を知財・技術から手当することが重要となります。(中略)
続いて、ユーザーの体験にかかわらず汎用的に適用できそうな技術についても権利化に注力していくことが想定されます。特許の争いは、各社の独自技術というよりは汎用的な技術で起こることが多く、先行企業も同様に汎用的な技術についての権利化を進めていくことが見込まれます。
株式会社メルカリは『メルペイ』リリース直前となる2018年後半に50件以上の特許を集中的に出願していますが、自社サービスの訴求に繋がる技術と、業界内で汎用的に使われる可能性がある技術の両方の特許化を行っています。
汎用的に使われる可能性がある技術としては、ビジネスモデルの「収益源(Revenue stream)」に着目したものがあります。
プラットフォーム型のビジネスモデルの場合、「収益源」は、典型的には以下の3つとなります。
(1)プラットフォームの利用料:プラットフォームを利用することに対する対価
(2)広告:プラットフォームの参加者への広告配信
(3)与信:プラットフォームに蓄積するデータに基づくスコアリング
株式会社メルカリの特許を見ていくと、これら「収益源」に着目した権利化をしつつ、「収益源」とプラットフォームにおけるマッチングの可能性を高めることを連動させた観点での権利化がされていることがわかります。
例えば、2018年7月に出願された特許第6483900は、「ECプラットフォームにおけるユーザの活動に応じて信用度を算出しつつ、信用度を他のサービスの事業者にも提供できるようにし、信用度が高いほどサービスの質が良くなるようにサービスの内容を決定する」というもので、「信用を創造して、なめらかな社会を創る」というメルペイのミッションにも適合するものです。
『メルペイ』が他のスマホ決済サービスと差別化を図る機能の1つは、フリマアプリ『メルカリ』との連動機能です。「家にある不用品をメルカリで売って、その売上金をメルペイにチャージして必要なものを買う」、あるいは「メルペイで購入したものをスムーズにメルカリに出品する」といったユーザー体験は、メルカリ・メルペイが持つ大きな強みの1つです。
2018年11月に出願された特許6629415は、「フリマサービス、ネットオークションサービス、質屋サービスで販売して売上金から立て替え額を返済することを前提としつつ、ユーザーが商品を購入する際に、フリマサービス・オークションサービス・質屋サービスがその購入代金の一部を立て替えてる」というもので、ユーザーが商品を購入する際に支払う金額を低減させることができる、というアイデアとなります。
これは、ユーザーの与信を管理しつつ、プラットフォーム上の出品物を増やす、という観点となります。同特許は出願と同時に早期審査申請が掛けられており、ネットオークションサービス等を提供する他社との差別化を図ろうとした可能性もあります。
以上のように、「収益源」のひとつである与信という観点と、プラットフォーム型ビジネスモデルの価値である「マッチングを促す」という観点が合わさっているのは理にかなっていると思われ、よく検討された上で知財活動がされていると言えます。
株式会社メルカリの2020年6月期3Qの決算説明資料を見ると、2021年6月期以降のメルペイの収益化を目指し、「取引データの蓄積に伴う、更なる信用の創造」をする、と与信が重要であることが示されています。
メルカリ・メルペイの連携機能としては、上記のほかにも「店舗で購入された商品について、その商品を取引プラットフォーム(メルカリ等)に出品する際の商品情報を自動で生成する(特許6472151)」「店舗で購入された商品の二次流通状況を店舗に共有する(特許6438166)」などの技術を合わせて特許出願しています。これは、メルペイを軸としたエコシステムを構築するうえで、エコシステムへの参加を促す意味合いもあり、決済サービスを利用するメルカリユーザーと決済サービスを導入する店舗の両面に対して訴求ポイントとなる特許の出願を行っています。
一方、ユーザーが決済アプリを使用する局面を想定すると、決済アプリ単独での権利化も重要となってきます。決済アプリについて、他社との係争・連携に重要となる汎用的な特許に関しては、わかりやすい部分では「クーポン」について集中的に特許出願を行っています。
これらは他社との差別化というよりは、自社での実施を確保しつつ他社との連携、交渉を見越して汎用的な技術の権利化を進めていると考えられます。PayPayが複数回にわたって100億円キャンペーンを行うなど、2018~2019年にかけてキャッシュバックやクーポンを活用した大規模プロモーションが各社によって行われたことからも、クーポンはメルペイの差別化要因としてではなく、スマホ決済領域において汎用的な技術として捉えるのが正しいでしょう。
クーポンに関連する特許の一例として「有効期限が迫ったクーポンを、所定の関係を設定した他ユーザーに譲渡する(特許6438620)」「ユーザーの位置情報に基づいて、所定の範囲内で利用可能なクーポンを抽出する(特許6502557)」などの特許を2018年7月に出願しています。
IT分野の経験豊富な知財担当を採用し、知財活動を強化
この他にも、株式会社メルカリは、2018年の集中的な特許出願において、「アプリのアカウント登録で本人確認を容易にする」という利用者獲得の観点や(特許6481074)、「店舗におけるQR決済の導入を支援する」というBtoB観点での権利化をするなど(特許6527282)、様々な方向性で権利化がされています。
このような特許ポートフォリオは、明確な意思をもって権利化の観点が設定されたと感じさせるものです。アイデアを集めるだけでなくアイデアの創出を促し、実際の権利化を推し進める知財部門の体制が整っていて実現できる、と考えられます。
メルペイの知財担当者へのインタビューでは、メルペイが知財活動を開始したのが2018年5月であること、メルペイの経営陣が特許に強い関心を持っていることが語られています。
2018年5月には、メルペイの知財活動立ち上げのタイミングでメルペイに入社。同サービスの特許・商標・意匠・著作権等の関連業務全てに携わっている。メルペイへの転職は、招待してもらったミートアップに参加して、青柳 直樹氏(メルペイ代表取締役)、曾川 景介氏(メルペイ取締役CTO)、横田 淳氏(メルペイ取締役)らと出会ったのがきっかけだ。決め手は、経営陣が特許に強い関心をもっていたことだった。
引用:https://ipbase.go.jp/special/7fb9f437718379d6120d6b9d70a06e9cd2c978da.php
事業フェーズに合わせて必要な知財活動を推し進めていくには、ビジネスモデル、ユーザー体験(UX)を把握しつつ、実務経験を蓄積した実務家の目線が大きな役割を担うことになります。売上規模の拡大、事業領域の拡大を見越して知財活動をしつつ、知財担当者の採用も行いながら積極的な特許獲得を進めていく。メルカリ・メルペイの知財活動の事例は、多くのスタートアップにとって参考となる内容と言えるのではないでしょうか。
著者紹介:IPTech特許業務法人
2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。(執筆:佐竹星爾弁理士)
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります