日本を代表するスタートアップ・メルカリの事業成長と知財の関係(前)
メルカリの特許ポートフォリオから見る、スタートアップの事業フェーズと特許戦略
スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIと、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人による本連載では、Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。
本連載では、個別企業の特許出願事例を題材として「先発企業と後発企業それぞれの特許戦略」「顧客へのアピールポイントや競合企業との差別化ポイントを権利化する」「ユーザー体験の要所となる機能を権利化する」等、いくつかの典型的なパターンについて、特許の権利化や活用について紹介してきました。
●先発企業・後発企業、それぞれが取るべき戦略とは? ぐるなび・EPARKの予約プラットフォーム特許戦略比較
https://ascii.jp/elem/000/004/007/4007593/
●知財戦略は自社のマーケティングに寄り添う形で考える JINS MEMEの事例から見えるユーザー接点と連携したウェアラブルの新たな価値
https://ascii.jp/elem/000/004/012/4012219/
●本田圭佑も注目 「次世代電子チケット」はライブ・エンターテイメントビジネスをどう変えるのか ~電子チケット技術と特許の動向~
https://ascii.jp/elem/000/004/004/4004476/
今回は特別編として、日本を代表するスタートアップ・メルカリの事業の成長と、決済サービス「メルペイ」事業の立ち上げに伴い知財部門を強化していった経緯を前後編(後編は7月29日掲載予定)で見ていきたいと思います。まずはメルカリが知財部門を強化したうえでなされた特許出願事例を通じて、上記の内容を振り返りつつ、メルカリの特許戦略について見ていきたいと思います。
プラットフォーム型ビジネスモデルにおけるユーザー体験の向上の意義
株式会社メルカリ(2013年に株式会社コウゾウとして設立。同年にメルカリに社名変更)は、2013年にフリマアプリ『メルカリ』をリリース。2018年6月には東証マザーズに上場。近年では、スマホ決済サービス『メルペイ』リリースや米国事業を展開しています。
フリマサービスとしての「メルカリ」は、CtoCでの取引を行う場を提供する、プラットフォーム型のビジネスモデルであるといえます。プラットフォーム型のビジネスモデルは、プラットフォームの参加者が増えれば増えるほど、それぞれの参加者が得られるメリットが大きくなる傾向があり(外部ネットワーク効果)、プラットフォーム間の競争で、一人勝ち(Winner Take All現象)が起こる理由として説明されることもあります。
このようなCtoCでの取引を行うプラットフォームでマッチングの可能性を高めていこうとすると、出品側のユーザーを増やし、出品物を増やしていく促しが重要となります。
「メルカリ」の場合、当初からスマートフォン向けのサービスとして設計されており、スマートフォンというデバイスの進化とともに、プラットフォーム型のビジネスモデルとしての効率も高まることとなりました。
まず、リリース当初のユーザーインターフェース(UI)から見ていきます。2015年に「メルカリ」の紹介動画が提供されています。「メルカリ」のリリースから2年が経過した時点ですが、この時は「オークションよりずっとカンタン」というPRがされており、当時はオークションサービスのほうが一般ユーザーに知られており、オークションサービスとの比較でフリマアプリを紹介していたことがわかります。
スマートフォン向けのアプリの場合、ユーザーが片手でスマートフォンを操作しようとすると、縦持ちの状態で使用することが多くなります。「メルカリ」では、アプリの画面で、出品物の説明文を主体にするよりは、出品物の画像を大きく配置する構成としていることがわかります。ユーザーは、縦方向にスワイプ、フリックすることで、画面をスクロールさせる速度を調節しつつ、次々と出品物の画像を表示させることができます。
2017年春のCMでは、さらに、出品物の画像が横に3つ並んだ形となっています。加えて、縦方向に出品物の画像がより敷き詰められる形となっていることがわかります。スマートフォンの画面が大型化していったことも影響していると思われますが、これにより、画面内に、より多くの出品物の画像が並ぶことになります。
ユーザーによっては、横方向に速くスクロールするよりも、縦方向に速くスクロールするほうが出品物を目で追いかけやすい可能性もあります。画像を主体としつつ短時間で多くの出品物に触れられるようにすることで、出品物と、購入するユーザーとをマッチングさせやすくなっている可能性もあります。
もちろん、ユーザーに適した出品物をレコメンドしつつ、高速にスクロールさせる操作にも耐えうるよう出品物の画像読み込みをより速くするといったユーザー体験(UX)向上の工夫も必要となりますが、結果としてビジネスモデルの効率がさらに高まった、とも言えそうです。
プラットフォーム型のビジネスモデルとして成長させようとすると、プラットフォームの参加者を増やすために、ユーザー体験(UX)の向上に注力し続けることが重要となります。
「メルカリ」の場合、プラットフォームとして成長させようとすると、供給(出品)と需要(購入)をバランスよく伸ばしていくことが重要と考えられますが、購入する側と比べ出品する側は、出品・梱包・配送と、より複雑な手順を踏む必要があります。
2019年6月期の3Q決算説明資料にもあるように、「出品・梱包・配送」のそれぞれの手順をいかに簡略化するかは「メルカリ」リリース時より継続して取り組まれてきた課題であるといえます。
「メルカリ」の場合、単に画面の配置を最適化したというだけではなく、外部のパートナーと積極的に協業して、ユーザー体験を向上させています。新しいサービスで外部の企業と連携しようとすると、外部の企業にとっても未知の部分が大きくなりますが、BizDev(事業開発)チームにより、新たなパートナーとの提携を生み出しています。
例えば「配送」については、2015年にヤマト運輸との提携で配送サービスを開始しています。
メルカリは現在、日本のフリマアプリ市場で2位以下を大きく引き離した状態で独走を続けている。そのヒット理由は諸説あるが、よく語られるのが「取り引きの圧倒的な手軽さ」だ。その利便性が優れている。
たとえば、「配送」はその一つ。個人間取り引きの場合、出品者と購入者の住所によっては送料が高くなったり、そもそも送料がいくらになるのかが事前にわかりにくいという課題があった。
しかし、メルカリがCtoCフリマ業界として初めてヤマト運輸と提携して開始した配送サービス「らくらくメルカリ便」では、「サイズ別全国一律送料」をヤマト運輸の通常価格から最大69%オフで提供する画期的な仕組みを導入。
また、システム連携によりメルカリの登録情報からQRコードを発行するので伝票の記入も必要がない。このサービスの導入によって「メルカリ便、便利すぎる」という声があふれた。
業界に衝撃を走らせる 、メルカリBizDevとは何者か
メルカリ | NewsPicks Brand Design 2017/11/30
https://newspicks.com/news/2647105/body/
このように、出品する側のユーザーの体験を向上させ続けることで、「メルカリ」には、日々、出品物が登録されることとなります。このことは、出品物を購入する側のユーザーからすると、アプリを起動するたびに新たな出品物と出会えるという新鮮さを提供することになります。
つまり、プラットフォームの一方の参加者(出品物)を増やすことで、もう一方の参加者(購入する側)に対し、継続してアプリを利用するきっかけを提供することとなります。プラットフォーム型のビジネスモデルにおいて、プラットフォームの参加者がますますプラットフォームを利用したくなる、という点で重要だといえます。
メルペイ設立の前後における知財活動の推移
ここで株式会社メルカリの知財戦略について見ていきます。『メルカリ』のリリース(2013年)以来、UXの向上に注力してきた株式会社メルカリですが、特許の活動については2017年頃から動き始めたようです。
創業から2016年までの出願は合わせて1件でしたが、2017年には9件となっています。そして、2018年には出願が急増し、公開済みのもので約70件が出願されています。
2018年になって出願を急増させたのは、フリマサービス『メルカリ』の提供に留まらず、エコシステムの構想をより具体化しようとしたことが背景にあるのではないかと考えられます。2018年の出願の急増に先だって2017年にメルペイが設立され、『メルペイ』を中心としたエコシステムの構築を具体的に進めようとしています。
2018年6月期の決算資料では、メルカリIDに紐づくウォレットの情報を提携先のサービスで利用できるようにすることでエコシステムを構築する、と示されています。
『メルカリ』のみを提供するのではなく、フリマサービスのIDに基づくウォレット情報をもとにエコシステムを構築しようとすると、事業領域を一気に拡げることになり、事業領域の拡大とともに、競合しうる企業の範囲も拡がることとなります。さらに、『メルカリ』を軸にして、他のサービスと提携しようとすると、価値の交換を行うための決済アプリ(メルペイ)が重要な位置を占めることになりますが、決済アプリ分野は多くのユーザーが頻繁に操作するアプリケーションとなるため参入する企業も多くなり、競合他社との激戦区になるであろうことは十分に予見されます。
このような株式会社メルカリにおけるプラットフォーム構想自体は2016年の頃からスタートしていた、と語られています。
メルカリでつくり続けてきた「共通ID」の先に、メルペイがあったんですーー。
メルカリが新会社であるメルペイ設立を発表したのは、2017年12月4日。ですが、その前身とも言える「プラットフォーム構想」は2016年1月にスタートしていました。
https://www.wantedly.com/companies/mercariapp-com/employee_interviews/13417
実際、「メルペイ」「Merpay」の商標登録出願が2017年1月の時点でなされており、その後のメルペイ設立へと続いています。
前編の最後に、株式会社メルカリで出願された特許を具体的に見ていきます。
2017年に出願された特許で目立つのは、フリマサービス関連のもので、「出品者の利便性」に関わる特許です。
例えば、「出品する画像に基づき商品を特定し、推奨販売価格を設定(特開2019-028544)」「商品配送手配の簡易化(特開2019-028545)」といった特許が出願されています。これらはフリマサービス「メルカリ」のUX向上にかかわるもので、出品をする際の操作としては、出品物の画像の撮影、説明文の入力、販売価格の設定などを出品者がすることになりますが、この操作の際の煩雑さを解消しよう、という観点で特許出願がされていることがわかります。そのほか出品を容易にするという観点では、2018年以降も特許出願がされています(特許6589038など)。
サービスに触れたユーザー(トライアル)が、継続してサービスを利用するかどうかは、サービスを利用している際のUXにも影響されると考えられます。ユーザーがサービスのリピーターとなるうえで、UXの観点での特許出願を行っていくことは重要となります。またサービスを成長させるうえで、一定の広告を投下しつつ、広告に依存しない成長を目指すうえでもUXの向上という観点が重要になります。
来週公開予定の後編ではメルカリが知財部門を強化したうえでなされた特許出願事例を通じて、上記の内容を振り返りつつ、メルカリがとった特許戦略について見ていきたいと思います。
著者紹介:IPTech特許業務法人
2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。(執筆:佐竹星爾弁理士)
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