新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による大打撃を受けたスポーツ業界。種目や地域を問わず、クラブや団体にとって、新しいスポーツビジネスの模索が現実問題となった。総合格闘技団体ONE Championshipの日本代表取締役社長の秦アンディ英之氏が、ウェビナーシリーズ「ONE:IGNITE」にて「日本からグローバルへ~アジアにおけるスポーツビジネスの可能性~」の題で、Jリーグでリーグマーケティング専務執行役員を務める山下修作氏、電通スポーツアジア 代表取締役社長兼CEO 森村国仁氏を招き、アジアの可能性をテーマとしたセッションを開催した。
コロナ禍で存在意義を考えたスポーツ団体
ウェビナーのテーマは、「新型コロナ禍のスポーツ」、「アジアの可能性」、「スポンサーシップからパートナーシップへ」の3つ。
最初のテーマ「コロナ禍のスポーツ」では、緊急事態宣言を受けて変化を強いられたスポーツ団体や選手を取り上げた。
まずJリーグの山下氏が、「これまで試合を届けることがスポーツにおけるビジネスの根幹にあったが、これができなくなった。我々は何を届けることができるのかについて、選手やスタッフが見つめ直しながら、存在意義を再定義している状況」と報告した。
Jリーグでは、市場と価値、既存と新規、の2つの指標で4つに区分し、今後のあり方を全員で考えているという。たとえば新規価値のひとつである「ホーム試合日以外の340日」について、「これまで年間20~25試合しかないホーム試合以外の日のマネタイズに取り組めていなかった」と山下氏は述べる。「チケットを買ってから2週間後の試合に行くまでの間、何かワクワクしてお金が発生するような仕掛けができるのではないか」と続けた。
アジアの他の国はどうだったのか――アジアの状況に明るい森村氏は、多数あるユースケースの中からシンガポール水泳連盟(SSA)の「Try Diving Online presented by 100PLUS」、鹿島アントラーズ「鹿行の『食』を届けるプロジェクト」、バレーボールVリーグのヴォレアス北海道のクラウドファウンディングを紹介した。
SSAのプロジェクトは、コロナの影響で水泳ができない環境にある子供たちに、バタフライのコーチングを1時間インタラクティブに行なうもので、スポーツドリンク「100PLUS」がスポンサーとなって支援した。鹿島アントラーズは地元の食を届けるプログラムで、「バングラデシュ、ミャンマー、カンボジアなど農業大国が多い新興国には参考になる」という。3つ目のヴォレアス北海道は一般から資金を集めてクラブを支えるというもので、19日で目標額(420万円)を達成した。
市場も潜在性も大きい、だが空洞化している――アジアのスポーツビジネス
アジアの可能性について、秦氏はまず、アジアの市場を示すデータを見せた。
42億人という人口、5.5%というGDP成長率などに加え、広告市場も拡大しているのがアジア市場だ。一方で、スポーツビジネスの領域では、アメリカがNBAやメジャーリーグ、ヨーロッパにプレミアリーグ(イングランド)やラ・リーガ(スペイン)など大規模なリーグビジネスがあるのに対し、アジアは「空洞化が起きている」と秦氏は指摘する。
この現実に対し、森村氏は「アジアの市場は重要だし、伸びしろもある。だが、商業的にビジネスになるためには5年から10年が必要」との見解を示した。
秦氏は自身が日本代表取締役を務める総合格闘技団体ONE Championshipが、アジア発のスポーツ団体として急拡大を遂げている背景として、「価値観、英雄、物語と3つの方式で展開してきた」と説明する。
たとえば、武道の精神を軸とした価値観はアメリカの総合格闘技団体UFCとの差別化につながっており、実在するヒーローを作り出すことは選手の出身国での視聴率増加などにつながったという。
ONE Championshipは現在、世界151ヵ国で展開しているが、デジタルも大きなポイントとなる。「アジアのスマートフォン世代に訴求できている。80%がミレニアル世代、かつ大卒が多いという特殊なリーチが取れた」と秦氏。2019年は視聴者回数が56億回、NFLについで世界4位という。「グローバルプラットフォームを生かした形で展開している」と続けた。
現在、次のステップとしてONE eSportsとしてeスポーツに拡大を図っている。その理由として秦氏は、「ONEのファンの70%がeスポーツにも興味があるとしており、ビジネスチャンスがあると感じた」と述べた。
なお、秦氏は3月にJリーグ特任理事に就任したが、これについて「ONEの既存のファンのうち84%がサッカーを視聴している」と秦氏は説明する。「ライト層のファンは多面的に様々な競技に興味を持っている」という。
新規事業としてアジア戦略を掲げているJリーグの山下氏は見る。そして、「共に成長する」がキーワードだという。「Jリーグ成長のためには、自分たちだけが成長するのではなく、これまで培ってきたノウハウをアジア各国に無償で提供しながら、アジア各国のスポーツ市場とともに5~10年後を見据えて共に成長したい」(山下氏)。
Jリーグの海外拡大では色々な掛け合わせが考えられる、と山下氏、アジアのサッカー人気により、Jリーグで活躍するタイの選手を見る機会が増えていることに触れ、「その時に企業や自治体のコンテンツを掛け合わせるなどのことが考えられる」とした。
withコロナでスポーツビジネスはどうなる?
コロナ禍では多くの競技が試合を中断したが、少しずつ無観客でのプレー再開に切り替わりつつある。今後スポーツビジネスはどうなるのだろうか?
森村氏は、「これまでの常識を考え直す必要がある」と述べ、3密を回避する以外に気を付けるポイントとして「コミュニティへのフォーカス」、「デジタル」、「SDGs(国連が掲げる持続可能な開発目標)」の3つをあげた。
実践の例としては、カンボジアのサッカークラブ アンコールタイガーFCが、ファンや地元の人に米を配る取り組み、アメリカの女子プロバスケットボールリーグWomen National Basketball Association(WNBA)の男女賃金格差問題に対する53%の賃金アップなどの取り組みを紹介した。「スポーツ=商業という要素が大きかったが、これからはコミュニティ、デジタル、SDGsの17のゴールを踏まえながら、いかにスポーツビジネスをするかが課題になる」と森村氏。
コロナの後のイノベーションでは、共に価値を創ることが重要になりそうだ。秦氏が「パートナーシップを大事にしなければならない」と述べると、森村氏も「スポンサーシップが一方通行であるのに対し、パートナーシップは双方向」とした。
Jリーグの山下氏は、5月後半に発表した明治安田生命保険相互会社との特別協賛契約を紹介した。明治安田生命はすでにタイトルパートナーとしてJリーグを支援しているが、追加の協賛により、各地で健康増進活動に取り組む「みんなの健活プロジェクト」を展開するという。「これはスポンサーシップではなくパートナーシップ。世界に誇れる例」と山下氏は胸を張った。
なおJリーグとSDGsの可能性について山下氏は、「持続性などの軸があれば、共感する企業がパートナーシップを組んでくれるのではないか」と期待を寄せた。
森村氏は、「スポンサーはなくならない。様々な取り組みを参考にしながら、本当のパートナーシップを実現するタイミングにきた」と語った。
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