JAPAN INNOVATION DAY 2020レポート
スタートアップが必ず知るべき業界最先端の知財戦略とは
特許庁では、知財活動に積極的なスタートアップ、知財専門家、スタートアップ・エコシステムを表彰する「IP BASE AWARD」を初開催。2020年3月19日、ASCII STARTUPが主催するXTech展示カンファレンス「JAPAN INNOVATION DAY 2020」にて「第1回IP BASE AWARD」の授賞式と、IP BASE AWARD選考委員と受賞者によるセッション「IPナレッジカンファレンス for Startup 2020 スタートアップ・エコシステムの発展に向けて」が開催された。本記事では、後半のセッションについてレポートする。(授賞式での模様は「スタートアップ×知財のベストプレイヤーが決定」をチェックしてほしい)
スタートアップに必要な知財戦略とは?
パネルディスカッション「スタートアップに必要な知財戦略とは」では、IP BASE AWARD選考委員のIPTech特許業務法人 代表弁理士・公認会計士の安高 史朗氏がモデレーターとして、同じく選考委員のFiNC Technologies 代表取締役CEOの南野 充則氏、受賞者の株式会社エクサウィザーズ 取締役 坂根 裕氏と六本木通り特許事務所 弁理士 大谷 寛氏が登壇し、スタートアップが知財に取り組むタイミングや継続していくための工夫について議論した。
最初のトークテーマはそれぞれの「知財に取り組み始めた目的・きっかけ」について。(以下、敬称略)
坂根:弊社(エクサウィザーズ)の事業は、AIの技術開発以上に、社会実装に主眼を置いた掛け算の組み合わせなので模倣されやすい。そこで権利を守るために知財が必要だと考えました。
南野:私は以前、電池の研究開発を行なっていた経験があるのですが、多くの特許技術が絡んでいて大変苦労しました。その経験から、FiNCを立ち上げる際には、自分が実現したいことをなるべく邪魔されないように、最初の段階から特許に着目しました。
――スタートアップの設立当初は、知財の担当者がいない状態ですよね。どのように進めていったのでしょうか?
坂根:大学発ベンチャーなので、論文を出すのと同じ感覚で始めました。たまたま最初に出会った弁理士の方が丁寧に指導してくださったので助かりましたね。
安高:創業期のスタートアップが知財に取り組む際、何に気を付けるべきでしょう?
大谷:特許の新規性喪失に気を付けてほしいですね。スタートアップは、リリース後に特許出願を考えるケースが多い。
安高:リリースのタイミングは資金がないですし、時間がなくて出願が間に合わないことが多いですよね。
大谷:ルール上は1年以内の自らの行為は、新規性喪失の根拠として考慮しない、という制度はあります。ただしスタートアップの場合、ランディングページ、リリース、資金調達、イベント出展、SNSなど、情報発信が多い。それらをすべて網羅して、新規性喪失の例外の適用を受けなくてはいけないので、難しくなってしまうのです。
安高:新規性喪失の例外は、もともとは研究論文を想定した制度なので、今は露出が多いから大変ですね。
続いて2つ目のお題は、スタートアップが知財について「継続的な活動をするために」どうすればよいかについて。
大谷:理想論としては、会社の開発のマイルストーンの中に、特許の取り組みの判断をするタイミングも組み込まれているといい。ただ、専属の担当者がいないと、往々にして形骸化されやすいので、月1の定例会議などを実施するのがシンプルで実効性が高いと思います。特に注意してほしいのは、出願したら終わりではないこと。もっと言えば、出願しても特許は取れていないこと。出願はスタートで、そこから審査や査定があり、事業とのずれも生まれ、そのままでは事業に有効な権利になりません。継続的に努力していくことが必要です。
安高:社外の専門家であれば、月1で会うなど、すぐに相談できるチャンネルを作っておくのも大切ですね。社内に知財担当者を設置するとしたら、いつ頃のタイミングがいいのでしょうか?
南野:FiNCは創業3年目から知財担当を入れました。最初に大きな特許が取れたので、専任の担当者を入れたほうがいいという話になり、採用活動をおこないしました。まだ売上の規模が小さいタイミングではありましたが、特許戦略も先行投資でこの頃からをきちんと対策をとってきました。
安高:専任者が入ってからは知財活動が活発になりましたか?
南野:各プロダクト担当者との知財担当との定例会を設け、ロードマップを作っていたので、出願件数が増えましたね。
坂根:エクサウィザーズでは、最初はエンジニアと私が兼任で知財担当としてやっていたのですが、これでは体がもたないので、専門の方に入ってもらいました。私たちは専門家ではないので、何がいい特許なのか、公開したほうがいいのかといった判断がつかない。それこそ出したら終わりという部分もあった。専門家は、先を読んで提案してくれる。これが前に進む原動力になっています。
大谷:発明が生まれたとき、特許出願するべきか、しないほうがいいのかの意思決定ロジックはどうなっていますか?
坂根:いまだに悩んでいるところはあります。たとえば介護領域の場合、権利はあえて取らずに公開したほうが社会的に適切なケースもあるので、責任者が集まって議論して決めるようにしています。
南野:弊社も案件ごとにケースバイケースで、担当者と話し合って決めていますね。
安高:知財活動の効果が見えないと、(出願などが)止まってしまうことがあると思います。何か具体的な目標や効果を設定していますか?
南野:大企業との連携で契約を有利に進めるには、件数よりも「強い特許があること」がポイントです。特許の価値に応じてABCにランク付けして、できるだけAランクの特許を生み出すように努力しています。
坂根:我々の場合、今のところは数を増やしていくフェーズで、あえて具体的な戦略は定めていません。とはいえ、特許という視点からプロダクトを考えられるのは、中にいるメンバーの思考に役に立っていると思います。
――「特許を取る目的って何ですか?」という質問をよくされると思います。大谷さんはどのように答えますか?
大谷:模倣を抑止できる権利があることで、自分たちが蛇口を開くことも、閉じることもできる。ただし、みんなが使いたいと思うAランクの発明じゃないと、閉じられても困らない。コミュニケーションツールとしての役割もありますが、やはり行使できるものを持っていることが大前提です。
安高:確かに、スタートアップの場合、初期のフェーズはコミュニケーションや資金調達のツールに使えますが、フェーズが後になるにつれて、本質的な権利の効果が見えてこないと継続しづらくなるように思いますね。
――最後に、これから起業される方、スタートアップ支援をされる専門家にアドバイスをいただけますか。
南野:自分の考えたビジネスモデルが他者の権利を抵触していないか、事前に特許をきちんと調べることがとても大事です。また自分が作ったものに関しては、特許を出願することは自分たちのリスクを回避することにもつながってくるので、ぜひ最初から知財に意識を向けてほしいですね。
坂根:私はアイデアを考えるとき、他人の意見はきかない傾向があります。私のようなタイプは最初に調査から入ると、新規性のある発明がなかなか出てこない。だから、世に出す直前に特許を調査するのがすごく大事になります。
大谷:スタートアップ支援に取り組む知財専門家の方は、目の前にいるスタートアップの事業を本気で理解しよう、という気持ちが非常に重要です。ただし、理解するには、経営やマーケティング、ファイナンスについての知識も必要です。できるだけ準備をして会話することで、提案できるものがあるので、あくまで愚直にやってほしいと思います。
スタートアップ・エコシステムの発展に向けて
2つ目のパネルディスカッション「スタートアップ・エコシステムの発展に向けて」には、弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 パートナー 弁理士の鮫島 正洋氏をモデレーターに、DRONE FUND 共同創業者/代表パートナーの大前 創希氏、マスターマインドビジネスコミュニティ 主宰の土橋幸司氏、大谷 寛氏の4名が登壇した。
こちらのトークテーマは、「スタートアップ・エコシステムにおける取組」そのものから始まった。それぞれが関わるコミュニティについて、よりマクロな視点で意見が交わされた。(以下、敬称略)
大前:DRONE FUND創業者の千葉(功太郎氏)が、それ以前から「千葉道場」という投資先スタートアップのCEOたちのコミュニティづくりに取り組んでいました。DRONE FUND投資先も「千葉道場ドローン部」として、知財などの勉強会や事業開発のディスカッションを定期的に行っています。コミュニティがエコシステムとして機能している好事例だと思います。
鮫島:ドローンのスタートアップ・ベンチャーは世界中にありますが、ドローンの枠組みの中で、グローバルに情報を集めていろいろなディスカッションをしていくイメージですか?
大前:昨夏は深センを視察し、現地のドローンスタートアップの最新事例やサプライチェーンがどう作られているのか、といった課題を設定してディスカッションしました。DRONE FUNDの投資先もノルウェーやニュージーランドなど海外に広がっているので、各地域の課題感、成長の段階に合わせて、チームを組みディスカッションしています。特に知財のトピックに関しては、どの会社がどの領域に強い知財を持っているか、お互いの知財を確認し合うことも重要です。DRONE FUNDは、Drone iPLAB(投資先のパテントポートフォリオマネジメントや IP ライセンシングを実施する専門会社)を持っているので、ここから情報発信をして、ドローンベンチャー同士の連携も提案もしています。
話題は続いて、エコシステム部門を受賞したマスターマインドビジネスコミュニティの取り組みへ。
土橋:私は第一生命保険で経営者の課題解決を業として、日々個別のマッチングをコーディネートしています。課題解決のスピードを上げるために、知り合った方々が安心して自由に交流できるコミュニティづくりに着手したのが8年前です。現在メンバーは1200名で半分がスタートアップ、半分が大企業や専門家などの支援者で構成されています。
鮫島:創業間もないスタートアップがコミュニティに参加して、求められるものが得られるものでしょうか?
土橋:先ずは私個人が経営者と話を聞いて、事業を理解する。そのなかで有望な経営者にはイベントに登壇頂いたり、個別メンバーの知見やリソースとつなぐ、という形をとっています。Facebookのコミュニティ機能をベースに、イベントの案内やメンバーのトピックをピックアップして日常的な情報共有を図る中で自然発生的な交流も起こります。知財についても、数ある経営課題のひとつとして、専門家や成功しているスタートアップ経営者を招いたセミナーの開催、知財専門家の個別マッチングもしています。
鮫島:本業の第一生命保険と、この活動はどのような関係なのでしょう?
土橋:すべての企業活動に共通して求められるのは、相手にどう貢献するか、という意識です。スタートアップの成長のために大企業のリソースを活用するという逆視点でオープンイノベーションを捉えてきました。大企業が公器として、スタートアップや社会のためにリソースを開放する流れを作りたい、という思いで活動を継続しています。幸い、このコミュニティの活動で社長特別賞をいただき、徐々に会社を巻き込みつつあります。
鮫島:大谷さんはエコシステムという観点ではどのような活動をされていますか?
大谷:2019年の4月から「ベンチャー知財研究会」を主催しています。毎回テーマを決めて、1人が1時間発表し、45分の質疑応答をする形です。参加者は20名前後。例えば、「成功した大学発スタートアップ」をテーマとする回では、取得した特許・商標・意匠のすべてを洗い出し、大学との共有関係などを調べて、深く議論しました。
――みなさん切り口は違いますが、それぞれの方法でエコシステムを構築していらっしゃる。そのなかで現状感じている課題、これから進めていくべきことがありますか?
大前:ドローン産業は、新しいように見えて、実はかなり昔からあるので、どの技術が新規性として扱えるのか留意しなくてはなりません。ひとつのチームだけだとなかなか解決ができないので、誰と組むとより良い技術になるのかを考えていくのが課題ですね。今はプロダクトアウト型が多く、マーケット側の視点が足りない。国内で強い産業として育てていくためには、開発ができるチーム、特許をしっかり出していけるチーム、モノを売っていけるチームの協力体制を作ることが重要だと思っています。
土橋:エコシステムは、所属するメンバー、あるいは、社会全体にどのように助けとなるのか、と考える精神性を持った人たちの集まりであるほど相乗的に機能します。そのハブとなるリーダーには高潔さが求められると思います。大企業のオープンイノベーションは自社の利益に捉われることなく、参加者全体の利益に繋がる価値を共に創る視点が大切です。目の前にいる人にどう貢献するかを繰り返すなかで生まれたエコシステム・社会資本として、イノベーションのきっかけを作れれば幸いです。
大谷:いかに取り組みの幅を広げるのかは悩んでいるところです。月に1回の研究会を開催するだけでも大変なのですが、理想は、ニュースレターの配信、知財担当向けの研修プログラムなども実施できれば、エコシステムの中に知財の考え方が根付くのではないかと思います。しかし実現は、どのようにリソースを確保していくのかが課題ですね。
――エコシステムというと聞こえはいいけれど、裏では相当なご苦労があるということですよね。最後に一言ずつ、これからのスタートアップ支援者に向けてメッセージを。
大前:DRONE FUNDは、ドローン・エアモビリティ全体の社会を皆様と作っていきます。コミュニティを拡大するために、より多くのスタートアップ、知財専門家、投資家の方に何らかの形で関わってもらいたいです。
土橋:エコシステムに所属しているさまざまな方の知見や熱意を借りて、スタートアップ経営者の時間を増やすように邁進していきます。ご賛同いただけるかたは、ぜひFacebookで友達申請していただければ。またエコシステム同士の横繋ぎが大事だと考えています。大企業の個別のアクセラレータープログラムも繋いでいきたいので、関係者の方はお声がけいただけると幸いです。
大谷:知財の専門家や支援者がスタートアップの事業に貢献しようとすると、知財だけでなく、事業や経営を支援する努力をして初めて意味のある貢献ができます。ベンチャー支援研究会には、弁護士、投資家などいろいろな立場の方が参加されて、あらゆる角度からの議論が生まれます。スタートアップの支援に興味のある方は、ぜひご参加ください。
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