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スポーツアナリティクスジャパン2020 「スポーツ観戦のCX(顧客体験)向上」

J3昇格のFC今治 岡田オーナーの語るCX向上によるスタジアム構想

 サッカー日本代表の監督として2回FIFAワールドカップで出場した岡田武史氏、2014年より愛媛県今治市のFC今治のオーナーとして岡田メソッドの確立を目指すとともに、地方創生という挑戦も続けている。人口15万人の地方都市で、どうやって5000人のスタジアムを満杯にするか? ――デロイト トーマツコンサルティングの調査をもとにスポーツ観戦の顧客体験改善に乗り出す。

■小さなディズニーランドは飽きられる

 2020年2月1日、日本スポーツアナリスト協会(JSAA)主催のイベント「スポーツアナリティクスジャパン2020」に登場した岡田氏(株式会社今治 夢スポーツ代表取締役会長)は、デロイト トーマツの森松誠二氏とともに「スポーツ観戦のCX(顧客体験)向上」をテーマとしたセッションに登壇し、3年半の活動を振り返った。なお、岡田氏はデロイト トーマツの特任上級顧問を務めており、デロイトは岡田氏がFC今治のオーナーとなって以来5シーズン連続でスポンサーを務めてきた。そして、2020年からはデロイト トーマツグループとして、グループ会社全体で支援を行なうことになっている。

 岡田氏が今治に行ったあとに構築したFC今治のホームが、夢スタジアム(通称”夢スタ”)だ。「3億8000万円――日本一安く建てたスタジアム」(岡田氏)という夢スタの収容人数は5000人。どうやって満員にするのか、スポンサーの価値を高めるための好循環を生み出すのか――岡田氏は当時をこう振り返る。「それまでは仮設の運動場で2000人程度が集まっていた。サッカーを見に来ている人は200人~300人、残りの人は、何を目的に来ているのか?」。町は閑散としているが、サッカー場には賑わいがある。「求めているものは、単にサッカーが強い、面白いだけではない」(岡田氏)。そこで、「小さなディスニーランド」を作ることにした。

 仮設ステージを設けたり、タレントに来てもらい、小さなワクワクをたくさん散りばめた。「とにかく、客を呼びたかった」(岡田氏)。そのため、初年度は1試合に400万円かけるときもあったという。2年度はコストダウンとなったが、それでも来てもらうための仕掛けをたくさん用意した。そうやって迎えた3年目――「小さなディスニーランドは飽きられる」と岡田氏、方向転換のために計画を練っているという。

左からモデレーターの宇都宮徹壱氏(写真家、ノンフィクションライター)、岡田武史氏、デロイトの森松誠二氏

■複合型スタジアムで成功したイタリア・ユベントス

 FC今治はJ3昇格を果たしたが、次のステージであるJ2になると1万人、J1は1万5000人収容可能な屋根付きのスタジアムが必要になる。5000人のスタジアムを満杯にするのにも苦心しているのに、どうやって1万人に来てもらうのか――50万人規模のバックヤードが必要だが、先述の通り今治市の人口は15万人だ。四国だけでなく、近隣、さらにはもっと遠くも含める必要がある。

 そう考えたときに、岡田氏の頭に浮かんだのが、イタリア・トリノをホームとするJuventus F.C.だ。Juventusは2011年に4万1500人収容可能なスタジアム(Juventus Stadium)をオープンしているが、サッカースタジアムだけでなくショッピングモールやレストランも併設した「複合型」という特徴を持つ。数年前に視察した岡田氏によると、「それまでは試合直前に来て、試合が終わると帰っていたが、複合型にしたら試合の2時間前から人が来ているし、試合後も1時間半滞在してる。調べると、160キロ離れたところからくる人の比率は、10%から55%に増えたとか」――「これだ!」と思ったという。

「あれだけサッカーが好きなイタリア人でも、サッカーの試合だけのために160キロ離れたところからは来ない。でも、半日過ごす場所を作れば来てくれる」(岡田氏)。

 そこからインスピレーションを得て、岡田氏らは「どんな施設を作れば、160キロ離れたところから来て、半日過ごしてくれるか」を考えているという。

 新しいスタジアム建築についてはすでに議会の承認を得ており、土地もある――必要なのは、資金だ。それも40億円ぐらいが必要という。だが「今の今治に投資しようとする会社は多分ない」と岡田氏。「(砂漠の中でエンターテイメントやリゾート都市として繁栄している)ラスベガスはみんなで投資することで成功した。我々にも”ストーリー”が必要」と続けた。

■真面目な日本の観客、ドイツと米国は試合の前後も観戦体験に影響

 現在、夢スタにはどんな人たちがどんな目的で来ているのか――デロイトの調査を見てみよう。

 顧客体験(CX)が専門というデロイトの森松氏は、CXの考えをスポーツに活かすために、まずは日・米・ドイツの3ヵ国を対象にした「スポーツ観戦体験グローバル調査」を行った。3ヵ国の人に過去1年のスポーツ体験をアンケート形式で答えてもらうもので、観戦体験を、「試合の情報を知ったとき」から「(試合の)翌日以降にインターネットなどでチームや選手情報を入手・閲覧する」まで14に区切り、それぞれで自分が見た試合の観戦を勧めるかを聞いた。

日米独で異なるサッカー観戦体験。日本はヤマが試合観戦のみに集中しているのに対し、米と独はいくつもヤマがある。(スライド提供 デロイト トーマツコンサルティング)

 調査結果の中から森松氏は、日本と米・ドイツの波形の違いを取り上げた。日本は「試合の観戦」(8)がトータルの満足度に最大の影響を与えており、それ以外はあまり影響していないのに対し、米国とドイツはヤマがたくさんあるのだ。例えば、アメリカでは「試合観戦までのチーム情報や試合情報の収集、メールなどの受信」(4)や「競技場内への入場から試合開始前までの時間の過ごし方」(7)などにヤマがある。ドイツは「試合の観戦」(8)のほか、「試合当日の競技場までの移動」(5)にもヤマがある。

 森松氏はもう一つ、推奨度への影響の大きさ(水色の線)と推奨度の上げ下げ(オレンジの線)のカーブのギャップが日本は少ない点も挙げる。これらから、「日本の人は与えられたコンテンツを真面目に観て、拍手してよかったと言っている。もっと楽しめるはずなのに、もったいない」と述べた。

■デジタルマーケティングのために顧客データを統合する

 この調査を、次はFC今治でも来場者に行った。調査は2019年4月28日の鈴鹿アンリミテッドFC戦、7月14日の奈良クラブ戦)、J3昇格がかかった大事な試合だった11月3日の流経大ドラゴンズ龍ケ崎戦の3回。セッションではその結果の一部を紹介した。以下に写真で紹介する。

第一回(4月)の調査結果。影響度の傾向でヤマが複数ある。

5試合連敗の後、J3昇格に向けて重要な試合となった第3回では、試合内容の面白さが影響度で大きな比重を占めた。

座席別(メインスタンド指定席/メインスタンド自由席/ゴール裏自由席)の調査では、メインスタンドの人が試合そのものより他の体験で気持ちが高まっていることがわかった。

 また、来場の目的(「愛」)も聞いた。友人、家族、休日、イベント、スポーツ、サッカー、地元など10の目的の中から選んでもらうというもので、連続来場者に聞いたところ、初回と現状の差が大きく開いたのは「FC今治愛」、「熱気愛」、「選手愛」の3つだった。

コアファンは何を目的に来ているのかーーFC今治、熱気、選手の順に「愛」が深まっていることがわかった。

 「FC今治愛」がアップという結果は、とりわけ岡田氏には嬉しい結果だったようだ。

「来たばかりの頃はどうしようかと思った。車にポスターを貼って走っても、駅でビラを配っても、何をしても認めてもらえなかった」と岡田氏。あるとき、自分たちに今治の友達がいないことに気がつき、「自分たちが行かないといけない。残業を8時までにして、友達を5人作ろうと声をかけた」という。フットサルチームに入った人もいた。だんだん認めてもらえるようになった。「この数字を見ると、少しずつ認めてもらえたという実感が湧いてくる」(岡田氏)。

 森松氏らはこれらの調査をもとに、今後は観戦体験改善の仮説をしっかり検証していく計画だ。「ボヤッとしていたものが見えてきた。どんな目的で来場した人に、どんなコミュニケーションをとれば愛が深まるのかが次の課題」(森松氏)。中でも、J3昇格により、DAZNでもFC今治の試合が放送されることになる。「インターネットで観ている人に、夢スタに行ってみたいと思ってもらう――その動線をどうするのか」は大きなテーマだという。

 岡田氏も、「これからはデジタルマーケティングは外せない。どうやって個人情報を収集するのかが大事になるし、様々な仕組みでデータがバラバラなのではなく、統合していかなければならない。データを統合してトータルとしてみて、こちらからどうやってプッシュするのが重要になる」、「AIが発達して、ロールモデルがない時代が来る。新しい社会を作っていかないと必ず行き詰まる」、「人間の幸せやAIやテクノロジーで便利快適になっていく幸せとは別に、困難を乗り越えた達成感や新しい絆などの幸せがあり、それはスポーツができる」と信念を語る。

 スタジアム満杯のためのFC今治ならではの顧客体験の提供――岡田氏とデロイトの挑戦は始まったばかりのようだ。

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