シンデレラバスト(品乳)女性向けのランジェリーブランド『feast』 |
写真:feast by GOMI HAYAKAWA |
何かと戦っている人というのは、ふしぎなことにすぐ見分けがつく。
ファッションブランドfeast by GOMI HAYAKAWAのハヤカワ五味代表もそうだ。容姿は端麗。取材前日に買ったばかりというメアリーマグダレンの清楚なロリータ系ワンピース、アンジェリックプリティのえんじ色のボレロがよく似合っていた。
顔だちは整っているが、表情には隙がない。勝ちたいというより、屈したくない。そういうかたくなな顔をしていた。
feast by GOMI HAYAKAWAハヤカワ五味代表 |
撮影:編集部 |
ハヤカワ代表は多摩美術大学に通う19歳。大学に入ってすぐ自身のブランドを立ち上げて服をつくり、胸が小さい女性向けのブラジャー『feast』で大ヒットした。
Tシャツのようにふんわりとやわらかく、長時間着けても痛くならない。いままでの下着がハイヒールだとすれば、feastはスニーカーだ。ワイヤーやパッドなどで胸の形や大きさを無理に矯正するのではなく、シュシュのように胸元をかわいく飾る。アイデアのおもしろさ、色味やデザインのかわいらしさで、瞬く間に話題となった。
「ただ胸が小さい人だけでなく、アンダーが細すぎる人、背骨がゆがんでいる人……胸が陥没する病気を持っていたからと、涙ながらに言われたこともありました」
ラフォーレ原宿でも展開、7月には同ブランドで水着も発売。水着は下着に比べても圧倒的な売れ行きという。年商は来年6月までに1億円に達する勢いだ。
パイル生地でやわらかく肌ざわりがいい |
写真:feast by GOMI HAYAKAWA |
1995年、東京生まれ。本名、稲勝 栞。彼女はいったい何と戦っているのか。
「コンセプトはすべてコンプレックスから来てるんです」
ハヤカワ代表はそう言った。
小学生で女性教師にいじめられた
原点は洋服。写真は『楽になりたいワンピース』 |
写真:GOMI HAYAKAWA |
「小学4年生のころ、近所の親と担任の女性教師にいじめられてたんですよ」
勉強ができて、ピアノも弾けた。消極的ながらリーダーシップも強く、いわゆる委員長タイプ。だが、年上の女性たちには好かれなかった。理由はわからず、家族に話しても理解されない。しだいに母親との仲も悪くなった。
「結局、教師には何もできませんでした。けど、クラスの女の子がいじめられたタイミングで本気で怒って椅子を思い切り蹴ったことがあって。そこから急激に変わっていきました」
もともとはクラスのすみに好んで行くような子どもだったが、この一件をきっかけとして、意識的に気丈にふるまい、リーダー役を買って出るようになった。
中学生に入ると、マンガ・アニメ好きの友だちができた。ボーカロイドやジャンプ漫画を愛していた中学2年生。古屋兎丸さんの漫画『彼女を守る51の方法』に出会い、衝撃を受けた。登場人物・岡野なな子の生き方、身にまとっていたロリータ服に強く惹かれた。
「当時コスプレなんかもしていたんですけど、その漫画を境にファッションの世界に入ったんです。趣味がゴロッと変わってしまって、1ヵ月後にコスプレの撮影予定が入ってても、あまり楽しみじゃなくなってしまうくらいに。ファッション誌なんかもすごく読みはじめて、ロリータ服にどっぷりハマっていったんですね」
当時ハマっていた『モバゲー』を通じ、ロリータ系の友だちをつくった。いまでも当時の友だちがブランドのカメラマンになっていたりと関係は深いそうだ。
しかし、ロリータ服はますますハヤカワ代表を浮いた存在にした。
「普段はカバンで服を持っていってトイレで着がえたりしたんですが、ロリータ服をこっそり家から着ていったことがあって。いじめられていた幼なじみの親たちに見つけられ『ねえ、しおりちゃんでしょ? ねえ』としつこく追いかけられたんです」
怖かった、腹が立った。どうしてこんな目にあわなければいけないのか。
それでもロリータ服は脱がなかった。ロリータ服は3~5万円ほどの高級ブランドも多く、無理やり自作したこともある。それが初めて服を作ったきっかけだった。その後ハヤカワ代表が自分の世界を、製品の形で発表したのは2012年のことだった。
高校生時代にタイツがヒットした
キリトリ線ストッキング(2012年) |
写真:キリトリ線ストッキング着用写真 |
高校2年生のときにつくった『キリトリ線ストッキング』だ。
「ブランドのこれが欲しいということはあっても、どうしてもブランドが出していないものはある。好きな服に合うタイツが欲しかったんです」とハヤカワ代表。
ロリータ系ブログで紹介すると、予想以上に反応がいい。これはと思って工場に依頼、30足ほどつくると、瞬く間に売れた。アマチュア作家が集まる展示会『デザイン・フェスタ』にブースを出すと、そこでも評判が広まった。
「高円寺マッチングモヲルという、アングラ系で有名なカフェにタイツを置かせてもらったんです。当時、プリントタイツブームがギリギリ来るところで、4種類くらいつくったんですが、それがガッと売れてしまいまして……」
売上およそ50万円。使い道もなくそのままにしたが、自分がつくったブランドが評価されるという喜びを知った。大学では自身のブランドを立ち上げようと決意した。美術予備校に通い、持ち前の勤勉さを生かして、多摩美術大学に現役合格した。
「国立大学の合格発表を待つ前にブランドの準備を始めて。大学に入ってからは課題がとにかく多いので、2~3時間睡眠でひーひー言いながら作ってました」
手元の50万円を資本として、ワンピースなどの洋服を作った。1年目の春にブランドとして第一弾のラインナップをそろえた。やはりロリータ系のブログを中心に、まずまずの人気を博した。秋の展示会までぽっかり時間が空いたのが昨年6月のことだった。
秋までに何かつくれないか。思いついたのが、feastブランドだった。
「自分自身、胸が小さいことで悩んでたんです。親とも仲が悪かったから、いわゆる『ファーストブラ』の誘導も完全になく、仕方なく自分でユニクロのブラトップみたいなものを買ってたり。友だちと原宿に行っても『チュチュアンナで下着買っていい?』と言われると肩身が狭くて、すごく嫌だったので」
大企業にできないことをしよう
第4弾商品。後ろ姿にもこだわった |
写真:feast by GOMI HAYAKAWA |
なぜブラに「小さなサイズ」がないのか。理由は大企業の都合だと考えた。
「ロットが1製品あたり100枚としても、サイズが10種類あったら1000枚つくらないといけない。大企業は(サイズの種類を減らすため消費者に)『もう一個大きいほうで我慢してください』と平気で言う。それでまかりとおっているところがあるんです」
企業がつくる「標準体型」に当てはまらなければ、自分の体を下着に合わせるしかない。サイズの合わない下着は格好が悪いだけでなく、不快感や苦痛を感じる。身につけているだけで、自分が罰を受けているような気分になる。
一方、Tシャツとおなじ素材と機械で下着をつくれば、サイズは融通がきく。製造工程のちがいで、下着より少ないロットでも発注できる。種類を増やすのも簡単だ。
「工場の関係、大手とバッティングすることもないんです。ファッションの世界は(アイデアを)盗まれることも多い。大企業はラインを占有してライバルが生産できないようにすることもあるので、あえてローカルな工場を使って」
かくしてfeastの予約を開始したのは7月末だ。「胸が小さい女性」を狙った下着。批判覚悟、炎上覚悟で出したところ、450セットがたった1日で完売した。
そこからは怒涛の日々が始まった。
購入者の声をもとに、よりクオリティーを高めた下着の第2弾、第3弾をつくる。今までどおり洋服もつくる。さらに水着は絶対に作りたいという思いもあった。
「海に行ったんですけど、水着が大きすぎて、胸が脇から見えてしまって……それを当時つきあっていた彼氏に見られたのがすごく嫌で」
自分自身の恥ずかしさ、悔しさからつくりあげた水着は、かつてないほどの勢いで売れている。発売したばかりの水着の売上だけで、それまでの服と下着を合わせた売上と並んだほどだ。
同じタイミングで、数百万円単位で融資を受ける話も決まった。生産ラインが従来よりはるかに多い、新たな工場と契約した。生産枚数はざっと倍増。念願だったラフォーレの展示、サンリオとのコラボレーションなど大きな展開も次々決まった。
ヒットの階段をかけあがる一方、悩されたのはメディアだった。
メディアにいいように使われた
ルームウェアもつくっている |
写真:feast by GOMI HAYAKAWA |
「高校生のとき、話題になってメディアに使いつぶされた経験があったんです」
ストッキングをつくったときのハヤカワ代表は現役女子高生。放送局が取材を求めてきた。二つ返事で応じたが、いざ取材が始まると、ディレクターの男性から「スカートをめくって、色っぽいという演出をして」などと言われ、あぜんとした。
「こういう世界があるんだ、と。『女子高生デザイナー』とか言いたがるのはメディアのエゴですよ。だから、それからは事前に相手を見ることにした。一回メディアの下に出てしまうと、いいように使われるだけですから」
feastでも、やはり大手テレビ局からの取材依頼はあった。取材内容を確認して依頼を断ったが、番組で写真を無断で使われた。ふざけるな。憤ると同時に火がついた。力がないからなめられ、都合のいい素材として利用されてしまうんだ。一刻も早くブランドとしての実績をつくってやる、数字に注目させてやる。
「feastの最終的な目標は、どの下着メーカーも当たり前にAカップのブラジャーをつくっている状態なんです。そうなるためにはただfeastに注目が集まるだけじゃなくて、大企業がムカつくくらい利益を出さないといけない」
怒りに言葉が荒れることもあるが、ハヤカワ代表には冷静な顔もある。利益、原価、資金調達、マネタイズ、スケールモデル──口から出てくる言葉は完全な起業家のそれ。もともと自分自身はプランナータイプなのだとハヤカワ代表はいう。
企画やビジネスモデルを組み立てて、利益構造をつくりだすのが特技。純粋な服づくりの喜びとは別に、計画どおりに数字が動いていくのを見ると「ドラクエっぽい感じ」(ハヤカワ代表)の楽しさをおぼえることもある。
アパレルはあくまで手段の1つ。今度はアプリやウェブサービスをやってもいい。できることならなんでもやりたい。アイデアをつくるため、企業インターンに行ったり、IT企業カヤックでバイトをしてみようとも考えている。
「たんに下着や服を作っている美大生じゃない。自分はプランナーなんだと世間に言うため、もう1つくらい事業をやらなきゃと」
アパレルから始まった自分の事業で「誰かの生き方を変えたい」とハヤカワ代表。将来はどんな姿を描いているのかたずねると「駄菓子屋さんです」という答えが返ってきた。
ひとりでも幸せな方を向いてくれたら
新作商品。9~10月発売予定 |
写真:Twitter |
「駄菓子屋さんは物販の原点。お客さんに品物を売ることで、幸せを感じる。自分がいじめられていたこともあり、学校という『プラットホーム』に興味があるんです。駄菓子屋も子どもが集まるプラットホームの1つ。1つの社会という感じもしますし」
ハヤカワ代表が『駄菓子屋さんのおばあちゃん』として実現したいのは、女性の新しい働き方を提案していくこと。こんな働き方ができるんだ、こんな生き方ができるんだと、自分の生き方を知った誰かに感じてもらいたい。
この世界にはどんな人がいてもいい。普通はこうなのだから、という思い込みに合わせて、自分を変えたり、おさえこむ必要はない。
「ロリータ服を着ているのに社長。社長なのにバイトもしていて、インターンもやっていて。結婚していてもいいんじゃないか、と思ってます。ああ、こんなのでもいいんだな、誰かがそう思ってくれたらいいなと思って」
ブランドのコンセプトは、自分のコンプレックスだとハヤカワ代表は言っていた。
小学生時代にいじめを受け、「自分は違う」という意識をいやというほどたたきこまれた。それが原因で自分の容姿も好きになれなかった。親にも悩みは理解されない。大学に入るまで恋人ができたことは一度もない。胸も小さく、やせていて、サイズが合う服も見つからない。やっと見つけた大好きな服も、からかいの道具にされた。服という形で自己表現すれば、メディアにいやらしい目を向けられた。
なぜなのか。激しい怒りをまじえ、ハヤカワ代表は服をつくりつづけてきた。しかしfeastというブランドは、コンプレックスとまったくちがう次元で成長をはじめている。
人を幸せにしたい、ひとりでも幸せな方を向いてくれたらいい。けど、思いだけじゃやっていけない、稼がなきゃいけない、成功させなきゃいけない──そんな思いとともに、feastはハヤカワ代表を、前へ、前へと急かしている。
こちらを見つめたハヤカワ代表は、やはり戦う人の顔をしていた。
「絶対やんなきゃと。わたし、負けず嫌いなんで」
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