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パナソニックの挑戦始まる「見たことない製品作れ」球状扇風機『Q』開発秘話

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 パナソニックから20日、ボール状の扇風機『Q』が発売された。そうなのである、ボール状なのである。意味不明である。実売価格は4万円前後である。強気である。

 吸い込んだ風量を7倍にする大風量機構に強みがある。噴出孔の周りに6つの吸気孔を備え、空気を周囲から巻き込む“誘引気流”技術で実現した。球状なので自由に角度を変えられるサーキュレーターとして、また普通の扇風機としても使える。

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吹出口の周囲にある穴が大風量の秘密

 安心のパナソニックからこんなとがったコンセプトが出てくるとは何事か。驚きのあまり思わずリリースを二度見したことは忘れない。

 ルーローの三角形といい、パナソニックの生活家電部門ではいったい何が起きているのか。編集部は一路同社に向かうバスに乗り、事情を確かめに向かったのであった。


●「とがった商品作れ」

「開発開始は4~5年前。新しい扇風機の取り組みとして、若手開発メンバーで新しいものをつくっていこうというプロジェクトだったんです」

 話を聞かせてくれたのは、パナソニック スモールアプライアンスグループリビングチームの鹿窪亮祐主務。本人は33歳で、肌もハリがある。

「『若手プロジェクト』みたいなもの。30代半ばくらいのメンバーがメインになって、研究開発をふくめてスタートしました」

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パナソニック スモールアプライアンスグループリビングチーム 鹿窪亮祐主務
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手に持っているのが『Q』。サッカーボールくらいのサイズ

 だが、よくそんなとがった企画書が通ったものだ。失礼ながら天下のパナソニックだ。最近は安定無難の代名詞という印象さえある。4万円のボール型扇風機なんて企画を出したら「ふざけんな」の一喝で叩きかえされてもおかしくないのでは。

「いや、実は事業部長発信で『面白いの作ってみい』と組まれた企画なんですよ」

 2011年当時は東日本大震災の影響もあって節電志向が高まり、扇風機に注目が集まっていた時期。ダイソンやバルミューダが新しい扇風機を出す中、普通の扇風機を出しても、アジア勢が相手の不利な価格競争に追い込まれるだけだ。

「今までと同じような製品では、結局価格勝負になってしまって利益も薄い。製品としての本質的価値、情緒的価値、デザイン性を合わせ持った、本質的な製品をつくらなければいけないという使命があったんです」

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設置イメージ。扇風機には見えない

 今までに誰も見たことがない、新しい製品を作らなければ活路はない。

「会社全体に『とがった商品を作れ』というメッセージが出ているんです」

 大企業こそ先行者として新たな市場を開拓する必要がある。若者を仕向けたのは大人だったというわけだ。

「クルマで言えば『レクサス』を目指したんです」と鹿窪さん。カローラではいかんということであろう。使命感や市場命題は分かるが、事業部長もよくこんなサッカーボールのような製品を許したなと感心させられる。

「試作品見て『これサッカーボールか?』と言ってましたけどね」


●金型は超複雑、塗装は手吹き

 それにしても、なぜ球状だったのか。

「扇風機としてもサーキュレーターとしても使えるもので、何かができないか。そう考えたら、球状になったんです」

 ……ちょっと途中わかんなくなっちゃったんですけど。

「デザイナーが球形がいいといって内部の設計をはめこんだわけではなく、コンセプトを機能に落とし込んだ結果、球状になったんです。普通は要素技術(素材の強度や形状)から発想するんですが、今回はコンパクトに風を出そう、それなら誘引気流を使おう、というところから発想した。ビスどめなしの機構部分はデザイナーがやっているんですが、大変珍しい例でした」

 珍しいのは当然。原価も売価も高くなるからだ。既成品はデザインが決まっているため、市価を逆算して素材を選ぶ。しかしまだ市場にない製品をつくろうということになれば、発想は自然と逆転する。コンセプトこそすべての源になるのだ。

「ゼロから金型を作っているので、最初から利益を計算してしまうと厳しい数字になる可能性は当然秘めている。それでも『意思をもってチャレンジしてみろ』と」

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風が直進的なので紙風船が浮かびつづける。かっこいい

 メインコンセプトにした誘引気流そのものは同社の除湿機などに搭載してきた技術。しかし、扇風機として設計するには通常よりも長い5年間を要している。苦労した点がいくつもあった。まずは風量と穴の数のバランスだ。

「穴が大きすぎても風量がまかなえず、吹き出し口の穴の面積と6つの穴のバランスが非常に難しかったんです。風量に加えて音のバランスもありました。風切り音がどうしても出ますが、扇風機としても使ってもらうため、うるさくするわけにはいかない。そのバランスがとても難しかったんです」

 同社には換気扇から高速道路のトンネルについているファンまで設計している研究開発チームがある。流体シミュレーターを駆使しつつ、風量7倍、静音性、そしてコンパクトサイズを成立させるため、何度も試作を重ねてきたという。

 生産現場も大変だった。とくに独自デザインの金型が難航をきわめたそうだ。

「新しい金型を作らないといけないんですが、この形状は抜くのが難しいんです。見てもらうと分かりますが、中で何分割もしてるんですね。これを量産できる工場がなかなかなかった。ようやく見つけたのが技術力をもった愛知の工場でした」

 見れば、内部で複雑にパーツが接合しているのがわかる。しかも接合部は曲面だ。

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のぞいた穴から曲面の接合部が見えた

 愛知の工場はもともと自動車の精密部品を受け負っていた工場。国内工場の中でも高い組み立て技術を誇るという。

「塗装も大変なんです。塗装がフチに垂れ下がってタマリになるので、部品を回転させながら塗らなければならない。これ、1つずつ手作業で吹きつけてるんです」

 こだわりはまるで日本の美術工芸品。13オンスのボールかな? などと思ったことを頭をつけて謝りたい。パール塗装にきらきら輝くクリスタルレッドはスポーツカーのイメージだ。扇風機として非常に挑戦的なデザインになっている。

 ようやく完成した製品。だが、販売店に見せたときは賛否両論あったそうだ。


●面白いものをどんどん出していかなければ

「この価格帯を扱っている販売店も少なく、『扇風機なんて高くても2~3万円じゃないの』という声をいただく一方、『パナソニックとしては面白いものを出してきたね』と言っていただくこともありました」

 アジア展開も視野に入れ、日本と香港で同時発売するが、生産体制が生産体制だけに月産台数は2000台と少なめ。扱える電器屋も数に限りがありそうだ。

 それにしてもあらためてびっくりした。『Q』という製品名には“球”とともに、“なんだこりゃ?”というQuestionの意味を込めたという。

 ふりかえれば2013年、国際家電見本市International CESで津賀一宏社長が自動車や店舗向けソリューションの話をしているのを見て「ああ、パナソニックはB2B2Cという大人の世界に行くんだな」とさみしく思っていたものだ。家電の時代は終わり、あとはクラウドとソリューションが世界をフラットに支配するのだろうと。

 しかし、現場ではそうした発信が逆に“引き締め”になったらしい。

「自分たちとしては部門の存在価値を示さないといけないという雰囲気が強まってるんですよ。こうした面白いものをどんどん出していかなければいけないと」

 おかげで「比較的地味な部門」である扇風機がにわかに活況を帯びている。メディアの取材も殺到し、てんてこ舞いの毎日だそうだ。

 実際4万円するヘンテコな扇風機が成功するか失敗するかはまだわからない。だが、日本を代表する家電メーカーに挑戦できるだけの胆力が残されているということは、とてもよく伝わってきた。

 

■関連サイト
パナソニック 創風機『Q』

 

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