工業デザイナーと、下町の凄腕のバイク屋とのコラボというスタートアップ的手法で製造され、この3月から一般受注を開始したことで注目を集めている国産のハイパワー電動バイク『zecOO(ゼクウ)』。
その実車がDMM.make AKIBAで臨時的に展示されていると聞いて訪問してきた。今回の展示は、zecOOのプランナーがDMM.make AKIBAの入居者だったことで実現したものだ。
前輪の独特の支持方式(ハブステア)、リアの巨大なプーリーと剥き出しのベルト駆動部分などメカっぽい雰囲気満点の左側面。 |
『zecOO』は、znugdesign(ツナグデザイン)の根津孝太代表がプランニング・デザインし、千葉の二輪カスタムショップ・オートスタッフ末広が設計・製造を担当。全世界限定49台の製作で、価格は888万円だ。テスラ モデルSの最廉価モデル(税込937万円)に近い価格設定だが、現状、ほぼハンドメイドで生産されていることを考えると、この価格も仕方のないところだ。
一方右側面は、前後共に片持ち式ということもあって、すっきりまとまっている。ホイールはオリジナルデザインの2ピース構造。赤い縁取りのような飾りは好みの色にカスタムが可能。 |
モノ好きの人がzecOOに注目しているのは、外観の格好良さ(大友克洋漫画の金字塔『AKIRA』の金田バイクのようだ!)に負けず、車両の出力が高性能なこと。パワーこそ50kW(68馬力)だが、最大トルクは144Nmと、1300ccのスズキの二輪車『ハヤブサ』の155Nmに近い。スペック上の最高時速は160キロをうたう。現行法では、電動バイクの中型と大型の区分はボディサイズで規定されるため、zecOOは普通自動二輪免許(いわゆる中型免許)で運転できる。
装備重量はzecOOの280kgに対してハヤブサは266kgと、こちらも結構近い。"EVだけど速い"というのは、生産の規模は違えどテスラのコンセプトを想起させる。ただ電動で走るだけの足グルマ的車両とは、コンセプトがまったく違うのだ。
その開発の苦労について、根津代表は「企画〜プロトタイプ試作は、オートスタッフ末広さんの協力で3ヵ月というハイスピードでした。ただ、そこから製品になるまでの期間は3年かかりました。そのほとんどが、バッテリーとモーター開発の果てのない旅でした。今思えば結果的に開発費を無駄に使っちゃったなぁという、不幸な事件もいっぱいあって」
zecOOの開発の裏側では、スタートアップのモノづくりに特有の苦労や奇跡的な出会いがある。
たとえばバッテリーとモーターはラジコンのように単独で選定して電気を通せば回るというようなものではなく、マッチングが大事。この組み合わせと開発が難航した。
そもそもは当初搭載しようとしていたモーターが非常にハイパワーなものだったため、バッテリー開発が一筋縄ではいかなかった、という技術的課題があった。
それに加えて、開発を進めるなかで"大手航空機会社のバッテリートラブル騒動に起因する風向きの変化で、アジアのバッテリーメーカーとの交渉が頓挫”したり、"組む予定だった海外の電動二輪メーカーが独自にスポーツモデル開発をすることになって、連絡が途絶えた"など、技術では解決しようがない障害も起こった。
紆余曲折の末、最終的にアメリカの電動二輪メーカー・Zero Motorcyclesのパワーユニット一式をベースとして採用することになる。
このZero社採用に至るエピソードはまさに奇跡的だ。
都内の路上で、たまたま来日中だったZero社の開発ライダー、ブランドン・ミラー氏が声をかけてきたのだという。
「ブランドンさんとは事前に何度かメールで情報交換はしていて、”Zeroのシステムは面白いね、検討してみます”の返答をして終わってたんです。それがある日、四ッ谷だかを歩いていたときに、突然、”ネヅサン?ブランドン デス!”って。驚きましたよ。僕の顔はFacebookとかで知っていたんでしょうけど、髪の赤い日本人(=根津氏)だと思って、声をかけてくるのが流石ですよね。その出来事をきっかけに、心理的な距離が縮まって。
そこから完成までは早くて、おそらく5ヵ月くらいですね。既にオートスタッフ末広さんで車両は完成レベルになっていて、あとはバッテリーとモーターだけだという状態でしたから」
といっても、Zero社のパーツをそのままポン付け搭載したわけではなく、独自のモーター制御を組み込んでいる。
このモーター制御の開発は、SIM−Drive社で4輪EVの開発経験のあるEric Wu(エリック・ウー)氏が担当した。SIM−Drive社は、慶應大の6輪EV・エリーカの研究開発を原点とする技術企業だ。
EV、とくに二輪のようにシビアな出力調整が必要な乗り物において、モーターの制御は重要な要素になる。回転上昇に比例して出力も上がる内燃機関と違って、モーターでは低回転から最大トルクが出る。そのため、ゼロ発進からの加速で1300cc級のトルクで蹴り出すと、おそらくタイヤがまともにグリップしないはずで、どう制御するかは車両の味付けにもかかわってくる。
「パワーモードの加速は怖いくらい凄いですよ。ただし(アクセルを低速から全開にしても)前輪がウィリー状態になることは絶対にありません。なかばヤマ感的につくったレイアウトではあるんですが、低い位置にバッテリーをおいたこともあって、低重心なので意外なほど安定してます」
公式の航続距離は160キロ。これはスペック記載のための特殊な好燃費環境で記録したものではなく、街乗りの実測に基づく数字だとのこと。充電時間は家庭用の100Vの場合で8時間。200V電源なら4時間だ。
ハーレーダビッドソンなどのアメリカンバイク的なロー&ワイドなポジション。ステップ位置は足を投げ出すほど前ではない。バッテリーはステップ裏あたりの底部に位置。モーターは、ベルトの軸部分の裏側にある。 |
EV車用の急速充電には現時点では対応していない。一方でこだわったのは、AC充電器を車両に内蔵すること。「オンボード充電器を車載する、ということを(設計要素の)マストにしていました。これだけあれば、最悪(出先でも)なんとかなるだろうと」。
zecOOの充電端子はフロント側、ライト下奥付近にある。端子はごく普通の、自作PCなどで使われる三極ケーブルだ。
たとえば出先でバッテリー残量が怪しくなっても、軒先のにコンセントを借りることができれば、充電ケーブルは電気店で比較的簡単に調達できる。zecOOでツーリングに行くかはともかくとして、これはこれで実用目線のアプローチだ。
ヘッドライト下の隙間から覗いたところ。電源端子は一般的な三極式。ACコンセントにつなぐだけで、どこでも充電可能。 |
AC充電端子と並んで右端にキースイッチがある。知っている人しか覗かないような場所だ。クルマでも高級になるほどエンジンの掛け方がわからなくなるものですが、これもそういったことでしょうか。 |
●ハブステア、極厚アルミによるフレーム設計、ハンドメイドと工夫の塊
CADでつくったCGモデルそのままのような未来的な外観は独特のフレーム構造と、フロントホイールをハブステアと呼ばれる特殊な方式を採用しているところに大きな特徴がある。
ハブステアの採用については「重量物のバッテリーがあるので、普通のテレスコピック式の前輪サスペンションに比べて(ハブステアでは上下の)姿勢変化が少ない方が良かろう、というマジメな理由が1割くらい。あとの9割は自分が好きだから(笑)」
わかります!
ハブステア採用の市販車は過去の例を見ても極めて少なく、国産車としては’90年代に発売されたヤマハの大型バイク『GTS1000』くらいで、あとはビモータ社のTesiシリーズといった外国製の高価な車両が極少数販売された程度だ。
zecOOがそうした特殊なフロントサスを採用できたのは、オートスタッフ末広がハブステアを採用したサイドカーの製作をしていたことによる。ただし、ハブステアの二輪車はつくったことがなかっため、そこはチャレンジだった。
ハブステアのホイール側の構造。ブレーキ周りは某社の流用らしい。インホイールのブレーキキャリパーとホイール直付け構造のブレーキディスクといえば、世界でも1社しか存在しない。ハーレー系のビューエルでしょう。 |
またフレーム構造は2枚の極厚のアルミ板を切削し、モーターやバッテリーをサンドイッチする独特の構造を採る。この構造については、2010年にオートスタッフ末広が発売(デザインは根津氏)したトライク『ウロボロス』での経験が生きている。
「ウロボロスでは(精度と強度が必要な)リアスイングアームの付け根部分に、削り出しのアルミ板を使っていたんです。オートスタッフ末広の中村社長に聞くと"この方法なら、町工場でも精度の高い構造がつくれるんだ"と。(zecOOのデザインにあたって)そうだ、フレーム全体でその構造を使ってみたらどうだろう、と」
リアのタイヤサイズは240/40の18インチと極太。展示車両の銘柄はAVON製だった。ブレーキキャリパーはフロントとは違って一般的なブレンボ。ただし、通常はフロント用に使われる対向4ポッドタイプを採用。 |
こうした部分以外にも基本的にハンドメイドの塊なので、サイドカウルの色や乗車ポジション、2ピース構造の独自ホイールのカラーといった部分までかなり自由にカスタムできるそう。
スイングアームの根元に見えるヒートシンクのようなものの内部にモーターが入っている。 |
ベルト駆動を採用したのは引っ張り強度がチェーンよりベルトの方が高いため。なお巨大なドリブンプーリーはアルミの削り出し。プーリーの軽量化のため、市販車両では造作が変更の予定。 |
もし、買いたい!となったら納期は?
「想定では月産2台のペースで作っていくつもりです。限定49台全部売れたとして、2年間で全台数の生産が完了するイメージですね」
ちなみに写真の展示車両1号機は、この取材の直後に購入者が決まった。いまでは売約済みだ。
zecOOはやっと発売になったばかりだが、根津代表はすでに次の車両も考え始めている。
「せっかくDMM.make AKIBAに入居しているので、この場所発信の乗り物をつくっていきたいと思っています。DMM.makeさんをはじめ、他社とも協力してつくっていけたら面白いですね。(中略)実際のところ、zecOOのパーツにしても(フレームのような)巨大なパーツ以外は、DMM.make AKIBAで作れてしまうものも少なくないんですよ」
なお、zecOOは4月18日に日本大学の船橋キャンパスにて、国内初の購入検討者向けの試乗会を開催する予定。この心意気を文字通り"買いたい"という人はまずは問い合わせてみよう。
写真左が、ツナグデザイン代表の根津氏。右は驚きを全身で表現した不肖ワタクシ。 |
●関連サイト
zecOO(ゼクウ)公式サイト
オートスタッフ末広
znug design
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