『スマホでアップルに負けてるマイクロソフトの業績が絶好調な件』(2015年3月13日発売)
好評発売中のITジャーナリスト山口健太氏の著作『スマホでアップルに負けてるマイクロソフトの業績が絶好調な件』の書評をITジャーナリストの石野純也氏に寄稿していただいた。
週アスPLUSの読者であれば、WPJを知らないものはいないだろう。日本で最初で最後(?)の、Windows Phone Journalistである、山口健太氏のことだ。『スマホでアップルに負けてるマイクロソフトの業績が絶好調な件』は、その山口氏が初めて書き下ろした書籍となる。
WPJのデビュー作ということで、Windows Phoneについての動向を追った書籍を期待される向きもあるかもしれないが、本書のテーマはもっと大きなところにある。ひと言で内容を説明すると、ここ数年のマイクロソフトの戦略を丁寧に追ったものだ。Windows8の投入から、2015年にリリースされるWindows10までをカバーしており、同社の戦略が変遷していく様子も描かれている。
日ごろからMacやiPhone、Androidを愛用する、WPJならではの視点での比較も満載だ。マイクロソフトの戦略を描きながら、マイクロソフトとは一定の距離が置かれており、客観的な視点で同社の戦略を追っていくことができる。普段から、「こいつはなんでWPJなのにWindows Phoneをまったく使わないんだ。しかも日本でほぼ唯一のWindows Phoneと言える『IS12T』は買ってないし」と疑問に思っていた筆者だが、本書を読むとその姿勢にもある程度納得することができる。IS12Tを買っていないのは、いまだに理解できないが……。
単にマイクロソフトの動向を追っただけでなく、きちんと技術的なトレンドも解説されている。特に筆者が感心したのは、フラットデザインを説明する、以下の一文だ。それをここに引用しておく。
「建築の世界ではバウハウスに代表されるようなモダニズム、デザインの世界ではスイススタイルなどに代表される様式として、数十年にわたって大きなトレンドを形成している。モダンUIの前身であるメトロがモチーフとした、地下鉄や空港のサインボードについても、これらのデザイン思想を参照したものだ」
フラットデザインを採用したiOSを「とにかくデザインがいい」と褒めたたえるポエムを目にする機会は多いが、本書はそのような立場とは一線を画している。この一文を読めばわかるように、きちんとデザインの潮流を追いながら、そのメリット、デメリットを解説しており、納得感が高い。仕事柄、山口氏と会う機会は少なくないが、建築の話をする同氏を見たことがなかったので、ここには素直に驚いた。
↑iOS7の画面。これらの画面を見て、ユーザーはどのような操作をしたいと思うだろうか? |
COMPUTEXやBUILDといった、PC関連業界ではおなじみのイベントに加え、Mobile World Congress、IFAでのエピソードが散りばめられているのも、モバイル業界に片足を突っ込む山口氏の書籍ならではと言えるだろう。世の中にアップルやグーグルに関する書籍は多いが、ことマイクロソフトに関するものは少ない。これだけ業績が好調なのに、不思議なことだ。そうした中で、マイクロソフトの戦略の一端を、まとまった形で吸収できる本書は価値があるものだと思う。
個人的には、章末についているコラムがおもしろく、本人の人柄がよく出ていると感じている。WPJを名乗るだけあって、取材の突撃ぶりがうまくまとめられている。たとえば、2012年にWindows Phone8が発表された際のエピソードは、次のようなものだ。
「最初の問題は、ロンドンのどこかで行われるという、その会場だ。イベント開始時刻ぎりぎりまでその正確な場所はわからなかったが、たまたま英国で活動する記者のTwitterを見ていたところ、それらしい場所でのFoursquareのチェックイン記録を見つけることができた」
もう少し事前に情報収集しとけよ……と思わないこともないが、海外での発表会の情報が各国のブランチに伝わっていないのは、グローバル企業にありがちなこと。筆者も海外取材で、こうした経験は何度かあるが、コラムからはWPJならではの奮闘ぶりが伝わってくる。
同様に、サムスンのイベントである“Unpacked”についての記載もおもしろい。同イベントの行列は、毎度のことでおなじみだが、それを知らなかった山口氏は会場から締め出されてしまう。取材ができないという危機的な状況の中、彼は警備員のガードをうまくかいくぐり、会場内に潜り込むのだった。もっとも、このUnpakedが開催されたIFAには筆者も行っており、ひと言アドバイスを求めてくれれば、ちゃんと行列に並ばないと入れない危険性があることは伝えたのだが……。こんな形で、コラムは臨場感たっぷり。普段、山口氏がWPJとしてどのように活動しているのかを、垣間見ることができる。
↑初のWindows Phone 8端末をサムスンが発表。 |
WPJを褒めまくるのも気持ちが悪いので、突っ込みも入れておこう。まず、体裁の面で少々気になったことがある。週アスPLUSに掲載されたインタビューがそのまま掲載されていた箇所があったことだ。全体から見るとほんの一部で、マイクロソフト担当者のコメントに対して、山口氏の考察が入るなど、アップデートはされていたが、体裁が急にQ&Aになるためすっと頭に入ってこなかった。内容と言うよりもライターとしてのテクニカルな話になるが、ここはコメントを引用する形に直し、山口氏の文章として“流れ”をきちんとつくってほしかった。
また、Windows Phoneについての言及が少なかったのも、残念だ。業績が好調で、AndroidやiOSへのアプリ提供に踏み切るなど、マイクロソフトがWindows Phoneにこだわる必要が薄くなっているのは確かだ。一方で、山口氏が指摘しているように、スマートフォンは“すでにウェアラブルな存在”と言えるほど、肌身離さず持ち歩くものだ。ここに対して、マイクロソフトが次にどのような一手を打ってくるのかが、あまり描かれていない。加えていえば、Windows Phoneがどのような変遷をたどり、苦戦しているかの言及が少ない。PC向けのWindows以上に苦戦しているモバイルでどのような巻き返しがあるのかの考察は、もっとしてほしかった。
と、ここまで書き、改めてあとがきにあった肩書きを見て、あることがに気がついた。山口氏は、WPJとは名乗っていないのだった。名前の前にある肩書きは“ITジャーナリスト”。最初から、WPJとしてこの本を書いたわけではなかったのだ。あえてレッドオーシャンに突っ込んでいくWPJの真意は不明だが、その意味で本書は、WPJがWPJを卒業するための一冊と言えるのかもしれない。
週アスPLUSでも屈指の人気連載“Windows情報局ななふぉ出張所”を執筆中、マイクロソフトとスマートデバイスの話題を追いかけて、1年の4分の1は海外と、世界を股にかける若手ITジャーナリスト山口健太氏が手掛けた初の書籍が2015年3月13日に発売。
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