■シンプル家電に隠れた理念とテクノロジーとは
パイプ1本だけのデスクライトと杉間伐材でつくられた充電器。2011年に発売したデスクライト『STROKE』は、2012年のレッドドット・デザイン賞を受賞。“ひとりメーカー”としてメディアの注目を集め、SNSで人気が広まり、ロングセラーに。デスクライト、充電器といった、一見すると革新性とは縁遠いプロダクト分野になぜ挑んだのか。そのデザイン手法や経営理念を代表の八木啓太氏にお話を訊いた。
週刊アスキー3/17号 No1019(3月3日発売)掲載のベンチャー、スタートアップ企業に話を聞く対談連載“インサイド・スタートアップ”、第18回は“どこにもないモノ”を創るデザイン家電メーカー、ビーサイズの八木啓太代表/デザインエンジニアに、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑LEDデスクライトの『STROKE』は、3万9900円。ボディーは直径15ミリのパイプ1本のみ。世界最高水準のLEDを採用し、2灯でJIS照度基準A型規格を満たす。2012年のreddot design awardを受賞。
■欲しいのは“光”や“充電機能”だけ、ノイズを排除して空間に溶け込むデザインを追求
伊藤 スタートアップのプロダクトは、機能が革新的だったり、今まで見たことないものが多い中、デスクライトのように、既にできあがってる市場に挑んだきっかけはなんでしょう?
八木 僕はもともと富士フイルムで医療機器のエンジニアをしていたんですよ。
伊藤 なんと。デザイナー出身だとばかり思っていました。
八木 当時シチズンさんが開発していたLEDを、医療用として検討していまして。残念ながら富士フイルムでは採用されなかったんですが、個人的に気に入り、休日を利用してプロトタイプをつくってみました。
伊藤 いい光じゃん! って?
八木 初めて灯してみて、これは欲しい人が絶対いるな、と。ただ、LEDだけでは、一般の人は使えないので、デスクライトというパッケージを思いつきました。
伊藤 では、起業される前からSTROKEのプロトタイプがあったんですね。
八木 趣味で、時計やオーディオなどいろいろなプロトタイプをつくっていたんです。その中でもSTROKEは市場性もありそうだったので、リリースしてユーザーの反応が知りたいと思うようになりました。
伊藤 製品化まではどのくらいの期間がかかりました?
八木 ボディーや回路の設計をして、曲げ加工のサプライヤーを見つけて、金型をつくって。
伊藤 それをすべてひとりで。
八木 はい。大変ながらも楽しかったですね。
伊藤 少量だとパーツを売ってくれないとかいう話を聞きます。
八木 富士フイルム時代の付き合いがあったおかげだと思います。もちろん、小ロットの取引はしていないメーカーもありますが、探せば協力してくれるメーカーはいっぱいありますよ。
伊藤 STROKEもRESTも、まるで工芸品のように美しい。このミニマルなテイストは、最初から狙っていたんですか?
八木 実は、わざとミニマルにデザインしている感覚はないんです。最初に描いたコンセプトをいかに忠実に再現して、ユーザーへ届けるか。インターフェースを最適化していくと、この形になりました。本当にいい光があれば、デスクライトはいらない。光以外の存在は邪魔。そこで、継ぎ目やネジ頭など、認知的にノイズとなるものをすべて排除していきました。
伊藤 高さや角度のシルエット、焼き付けの塗装も美しいですね。
↑100本以上のSTROKEのプロトタイプ。パイプの曲げ具合は武州工業に発注。製品化までは、パイプの曲げの角度や塗装を少しずつ変え、照度や耐久性をテストし、試作を重ねた。
八木 一般的なディスプレーに干渉しない高さと幅、重心、耐久性などを逆算すると、おのずとこのデザインになったんです。
伊藤 充電器のRESTも?
八木 同じです。充電器なんて、なければないほうがいい。そこで、インテリアになじみやすい木の素材に挑戦しました。
伊藤 STROKEは、光源部のスリットが小さいんですね。もっとたくさん並列に並べた方が、光が良くなるとかあったりしますか?
八木 拡散性の高い光なのでこれで実は十分なのです。調整できないんですか、ってよく聞かれますが、自然光のように十分な広がりがあるので、むしろ、調整の必要がない。結果、照度調整機構もなくして、置くだけで机全体が明るくなります。
伊藤 光源の色は、プロ用照明のレベルなんですよね。
八木 ええ。太陽光の下で見えるモノの色に似ているかを示す指標の演色性Ra90以上、昼白色といった色の基準となる光を採用しています。自然光に非常に近く、光が広がり、目にも優しい。デザイナー、写真家など、色に厳格な職業の方でも使えるスペックです。
伊藤 LEDって、チカチカして目が疲れる、攻撃的なイメージがありますよね。
八木 実はLEDが悪いんじゃなくて、粗悪なLEDが多いからです。いいものもあるんだよ、という啓蒙もしたかった。
■熱対策にヒートパイプを採用、高度な光学・放熱設計を直径15ミリの内部に凝縮
伊藤 光以外にも、実はここがスゴイってあります?
八木 技術的には熱対策です。中にヒートパイプが入っており、熱を全体に分散することでヒートスポットをなくしつつ、15ミリの細さを実現しています。
伊藤 本当だ。熱くない。確か、LEDって熱に弱いですよね。
八木 LEDの光は熱を出さないけれど、チップはキンキンに熱いんです。熱対策は重要です。
伊藤 このデザインの中に、まさかヒートパイプが入ってるとは思いませんでした。
Ra90以上のLEDを2灯搭載。 |
直径15ミリのパイプの中には、LEDチップの熱を拡散するためのヒートパイプが挿入されている。 |
八木 パイプを曲げただけのシンプルな外観ですが、高度な技術をふんだんに使っています。
伊藤 実際に購入されているのはプロの方が多いんでしょうか。
八木 意外とおばあちゃんが購入されていたりしますよ。
伊藤 いったいどういう理由で購入されたのですか?
八木 お礼のメールが届いたんですが、「手芸をするのに細かい色の違いがわかって作業が楽しくなりました」と。80代の方がネットで購入されたり、僕らの想定よりも幅広い層に支持されるのは、うれしいですね。
伊藤 高齢者の方は、どうやって製品を知ったんでしょう?
八木 おそらく、新聞やテレビでご紹介いただいたのをご覧になったんじゃないでしょうか。『NHKスペシャル』や『ガイアの夜明け』、『カンブリア宮殿』といった番組です。“メイドインジャパン”でがんばっている人、というふうに捉えてくださって応援したいという気持ちも含めて買ってくれているんでしょうね。
伊藤 2011年に発売されて、もう4年目。ロングセラーですね。
八木 そうですね。じわじわと伸びて、今でも安定しています。テクノロジーの進化は速いけれど、千年後の人でもいいものだと納得してくれるような普遍性を込めたい。せっかく買ってくれたのに、1年後にすたれてしまうのはつくり手として申し訳ない。長年使っても飽きがこなくて、むしろ愛着がわくようになるとうれしいです。
伊藤 RESTはどういうコンセプトから始まったんですか?
八木 ケータイからスマホに変わり、毎日充電しなくてはいけなくなりましたよね。これって、めんどうくさいなと自分自身が感じていて、ワイヤレス充電の技術で簡素化したいと考えたんです。寝室にポンと置いておくだけで充電できるように、サイドテーブルに溶け込む素材として、木を選びました。
↑杉のボディーに電子部品が内蔵されたワイヤレス充電器『REST』は1万9900円。Qi充電に対応した機器を置くと、ピッと音が鳴り、間接照明のように裏面のライトがほのかに灯る。
伊藤 素材は、杉なんですね。
八木 日本は杉が多すぎて、スギ花粉、土砂崩れなどの問題を抱えていますよね。もっと杉を消費して新陳代謝させなきゃいけない。しかし、杉は柔らかいため、使い道が少ないんです。どうにかならないかなと調べていたら、杉の間伐材を熱圧縮して硬くする技術があると知り、飛騨産業さんに協力を仰ぎ、この充電器ができました。
↑RESTは飛騨産業株式会社の“加熱圧縮技術”で杉を半分の厚みに圧縮。削り出して、3層にコーティング。
伊藤 机の上に置くと、充電器とはわからない(笑)。知らない人はコースターかと思います。
八木 プラスチックに加飾して杉っぽくすることも可能ですが、それでは森のメンテナンスにつながらない。だから僕らは、杉を使う。マネされるのも歓迎で、杉の家電がいっぱいできたらいいなと思います。
伊藤 今、国内ではQi対応の端末って減ってきてますよね。
八木 はい。ただ、Nexusシリーズなど、海外勢は伸びてきていますね。
伊藤 なぜなんでしょうね。一時期、何でもかんでもQi対応だったことがあったのに。
八木 対応機種が少ないのは苦労している点です。
伊藤 一般のお客さんには、どう説明されているんですか? 端末によって使える機種が限られますよね。
八木 サイトでは購入時にアラートを、また顧客層はiPhoneユーザーが多いので、Qi対応のiPhoneケースをセットにして販売しています。
伊藤 ケースとセット販売はアリですね。
八木 逆に、僕らがQi市場をけん引していかなければと。
伊藤 起業した当初、経営や販路の面で、不安になりませんでしたか?
八木 なりましたね。元は技術者でしたので、経営や販売方法のことはゼロから。そこで、フェイスブックやツイッターで発信を始めました。
伊藤 最初からこの販路で売ってみよう、という計画があったわけではないんですね。
八木 そうなんです。今でこそインテリアショップなどの販路もありますが、SNS経由のオンライン注文だけで、これだけ売れたのは意外でしたね。
伊藤 どういうふうに広がっていったんでしょう?
八木 あるメディアさんが“ひとりメーカー”というコピーを付けてくださったんです。それがひとり歩きして、メイカーズムーブメントなども重なり、大手メディアが取材してくれて。またそれを見た方が買ってくれる、というサイクルができ、いいスタートが切れたんです。
伊藤 すごくいいサイクルが回った感じですね。
八木 幸運でしたね。
■年内に第3弾の製品をリリース予定、大手とのコラボ製品も進行中
伊藤 ところで、資金調達はどうされているんですか?
八木 資金調達はしておらず、すべて自己資金で回しているんです。
伊藤 ええ! それはすごい。当初から無借金でいこうと決めていたんですか?
八木 いえ、それはないですね。市場から支持されるのであれば、商品を広くお届けするために資金調達も前向きに考えています。これから出す第3、4弾製品は、もう少し規模が大きくなるので、今後は資金調達が必要になるかもしれません。
伊藤 それにしても、自己資金だけでここまで回っているのはスゴイ。次はどんな製品になるんでしょう?
八木 まだ具体的には言えませんが、どちらもこの1年~2年でリリース予定です。別途、大手とのコラボや、米国と欧州での販売もスタートする予定です。
伊藤 今年はいろいろと動きがありそうですね。
八木 僕らはつくり込みに並々ならぬ力を注ぐので、出すからには本当にいいものを出したい。時間がかかっても結果的に長く売れる商品になれば。
伊藤 世代交代が激しいものよりも、持続可能性のあるプロダクトを中心に?
八木 ええ。ただし構想中の製品にはサービスに近いものもあります。光、エネルギーといった、普遍的な課題に取り組んでいきたい。
伊藤 うーむ、まったく予想がつかない(笑)。楽しみです。
ビーサイズ株式会社
代表/デザインエンジニア
八木啓太
1983年生まれ。大阪大学大学院修了。電子工学を専攻。富士フイルム株式会社にて、医療機器の機械設計に従事する。デザインを独学し、2011年にBsizeを設立。
■関連サイト
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