■無動力のロボットが切り開く未来とは?
2011年2月、ニコニコ動画に投稿された1本の動画が世界中に衝撃を与えた。そこに映っていたのは、“人間以外の動力を使用しないロボット”というコンセプトで作成された、動作拡大型スーツ“スケルトニクス”だ。開発したのは、沖縄高専の学生たちによって結成されたチームだった。その後、2013年10月にチームの中心メンバーは会社を設立し、スケルトニクスは第5世代にまで進化。彼らが考えるスケルトニクスの役割とはいったい何なのか? そして、その先にあるビジョンとは? 東京・八王子市内の工房で聞いた。
週刊アスキー11/25号 No1004(11月11日発売) 掲載の創刊1000号記念連続対談企画“インサイド・スタートアップ”、第5回は装着型のロボットスーツを開発する“スケルトニクス”の白久レイエス樹代表取締役CEOに、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑2014年10月の“CEATEC JAPAN2014”で展示され、大きな注目を集めた“スケルトニクス・アライブ”。装着にかかる時間が約1分に短縮され、搭乗時間は約60分にまで向上している。
■スケルトニクスをつくり始めたきっかけは沖縄高専時代に参加した“高専ロボコン”
伊藤 スケルトニクスのルーツは、白久さんのご出身の沖縄高専にあるそうですね。
白久 沖縄高専時代に、NHKでも放映している“高専ロボコン”というコンテストに参加したんですね。そのときの仲間内で「何かおもしろいものをつくってみようよ」となって、現在はCTOを務める阿嘉が「リンク機構を応用すれば巨大ロボットができるんじゃないかな」と言い出して、実際につくり始めたのがきっかけです。
伊藤 そのリンク機構がスケルトニクスの根幹の技術になっていますが、高専時代の研究対象だったんですか?
白久 僕らが優勝した2008年の高専ロボコンは、競技課題が二足歩行ロボットをつくることだったんです。そのときに、リンク機構をうまく使ってモーターの回転を歩行の軌跡に変え、さらに拡大させるという仕組みを考えました。この仕組みが、人間の足や腕の動きを数倍に拡大することで巨大な機体を動かすという、スケルトニクスの発想につながっています。
伊藤 じゃあ、スケルトニクスのアイデアは、すでにあった?
白久 阿嘉の頭の中にはそのときからあったらしいんですが、実際に“チームスケルトニクス”を結成して動き始めたのは'10年8月ことです。
伊藤 最初につくったのは、ロボットのどの部位だったんですか? 上半身とか?
白久 最初は足ですね。まずはうまく立てるかどうかの確認をしました。
伊藤 立つの難しそうです(笑)。
白久 まったくダメでした。なので、さまざまな改良を加えて足を完成させて、その次に取りかかったのが右腕です。
伊藤 それで、肩とか肘が動くかを確認したわけですね。その時点で、背中の部分はできているんですか?
白久 できています。ですので、右腕の動きがオーケーになったら、それを単純にコピーして左腕もつくりました。
↑無動力のカギとなるのがリンク機構。実際の人間の動きを数倍に拡大することで機体を動かす仕組み。腕部分のほとんどはCADで設計されている。約半年の開発期間を経て完成させた第1世代モデル。装着に約8分、カラダへの負担のため搭乗可能時間は約5分。
伊藤 そして、完成したスケルトニクスの動画をニコニコ動画で公開したと。かなり話題になりましたよね。僕も当時観たんですが、「なんだこりゃ!」と五度見くらいしました。「動力を使っていないのにこの動きができるのか」というのが衝撃的で。
白久 反響は凄かったですね。
伊藤 それで、その後は東大の大学院に進学して、2013年9月にはIPA(情報処理推進機構)未踏事業の公募に採択されていますね。未踏事業というとプログラミングのイメージが強いので、ちょっと意外な印象も受けました。メカトロニクス系はめずらしいんじゃないですか?
白久 僕もそういうイメージをもっていたので、応募したときは、電力を使うタイプのパワードスーツの提案書を提出したんです。でも、先方から「無動力に可能性があるから、そちらをやってみたらどうですか」と言われて。プロジェクト期間中はずっとスケルトニクスの開発に取り組んでいましたね。
伊藤 人間を動力源にして動かすわけですよね。パワードスーツを突き詰めていくと、動力タイプにすればより少ない力でも動かせるようになるという方向性なのか、それとも無動力タイプにこだわって効率を追究していくのか。今後の進化の方向性はどちらなんでしょう?
白久 実は、僕個人の興味としては、電力を使う動力タイプのほうに向いています。というのは、無動力タイプはかなり良いところまで高められたというか、やり尽くしたという感じがあるんですね。
伊藤 じゃあ、開発は、まだ追究の余地が多く残されている動力タイプが中心になる。
■規模の大きなビジネスにならなくても自分たちの好きなモノづくりを続けられればいい
白久 ただ、無動力に可能性がないという話ではないんです。「無動力だからこそ使いたい」というニーズもあるんですね。無動力だとメンテナンスが楽で、暴走などのトラブルがないし、電池切れの心配もないですから。
伊藤 そうか。それはそれで長所があるわけですね。
白久 だから、動力のほうに進化していくとしても、無動力がなくなるわけではないと思います。たとえるならば、自転車とバイクのような関係です。自転車に動力が付いてバイクに進化したけれど、自転車はなくなっていないじゃないですか。
伊藤 確かに。バイクは便利だけれど、人間を動力源にする自転車にも魅力はある。
白久 劇団四季『ライオンキング』の動物の首もそうで、モーターでは解決できないことが多い。それとビジネスとしても、無動力タイプは重要です。現在のスケルトニクスの事業内容は、スケルトニクスの特注製作とレンタルが中心なんですね。会社として存続するためには、無動力も続けないといけません。
伊藤 公式サイトに掲載されている取引先には、NHKエンタープライズがあります。どんなお仕事をされたんですか?
白久 ロボットの受託製作ですね。NHKの“どーもくん”というイメージキャラクターがいますが、そのロボット版である“ロボどーも”の実機開発で技術協力をしました。2013年高専ロボコン全国大会の会場でお披露目されたんですよ。
伊藤 へえー、ロボどーもは知りませんでした。取引先としてはハウステンボスの名前もありますが、こちらは?
白久 ハウステンボスさんには、第4世代の“スケルトニクス・プラクティス”を購入していただいて、今年のゴールデンウィークから継続的に使っていただいていますね。
伊藤 アトラクションで使われているんですか?
白久 お客さんを乗せるようなものではないんですけど、訓練されたスタッフが乗り込んで、場を盛り上げるパフォーマーとして稼働中です。
伊藤 それはウケるでしょうね! ハウステンボスの案件はどちらからのアクションですか?
白久 どういう理由でロボットに興味をもたれたのかは知らないんですが、先方から連絡してきてくれました。
伊藤 会社設立から半年で売れたわけだから、それはうれしいですよね。評判はどうなんですか? って聞くまでもないでしょうけど(笑)。
白久 かなり人気だと聞いています。今度のハロウィン(取材日は10月28日)には、第5世代の“スケルトニクス・アライブ”と僕らが現地に行って、子供たちとじゃんけん大会をする予定なんですよ。
↑ハウステンボスでスケルトニクスに会える。2014年4月、ハウステンボスに第4世代の“スケルトニクス・プラクティス”を納入。要望に合わせてカスタマイズされたデザインで、訓練されたスタッフが乗り込んでパフォーマンスを行なっている。
伊藤 スケルトニクス・アライブは、先日の“CEATEC JAPAN”で展示していたものですね。指が動くタイプ。あれでじゃんけん大会をしたら、間違いなく盛り上がりますね。子供じゃなくて、大人が集まりそう。僕もCEATECで「乗りたい!」と思いましたから。
白久 子供が乗ったあと、付き添いのお父さんが「じゃあ、次はオレだな」なんていう光景はよくあります(笑)。
伊藤 「乗りたかったのは父親のほうだろ!」っていう(笑)。スケルトニクスのレンタルは、どういう会社から申し込みがあるんですか?
白久 イベントの企画会社さんが借りてくださることが多いですね。地域のイベントを盛り上げるために使ったりとか。
伊藤 CEATECでの集客力を目撃した者としては、非常に納得できます。
白久 まあ、あまり規模の大きなビジネスにはならないんですが、僕らとしては上場を目指しているというわけでもないので、自分たちの好きなモノづくりを続けられるサイクルで回せればいいと思っています。
伊藤 なるほど。そういうスタンスもアリですよね。ところで、外国のイベントにも参加されていますよね。
白久 今年3月に米国テキサスの“サウス・バイ・サウス・ウエスト”へ行きましたし、7月にはシンガポールで“Maker's Block”というイベントにも参加しました。あとは9月に、オーストリアのリンツで毎年開催される“アルスエレクトロニカ”にも行きましたね。
伊藤 現地での反応は?
白久 どの国に行っても変わらないのは、スケルトニクスが何なのかを知ってからの反応が二極化することですね。
伊藤 どういう意味ですか?
白久 基本的に、スケルトニクスは役に立たないじゃないですか。つまり、実利的な目的があるわけじゃなくて、エンタメ用途なわけです。それをブースで説明すると食いついてきてくれるタイプと、「あ、じゃあいいです」と言って去ってしまうタイプに分かれるんですよ。
伊藤 なるほど。食いついたあとはどんな反応なんですか?
白久 アメリカ人は「クール!」とかって、やたら反応がデカい。で、日本人は「ここをこうしたらいいのに」とかいう謎のアドバイスをくれます(笑)。
伊藤 なんとなくわかります(笑)。そのへんの国民性の違いは興味深いですね。では最後に、今後の展開をお聞きします。
白久 スケルトニクスを体験型のアトラクションとして使ってもらいたいと考えています。たとえばジェットコースターに代わるものとして、アミューズメントパークに置いてもらうとか。
伊藤 安全性を確保できれば、十分にありうる用途ですよね。あとは、シルク・ドゥ・ソレイユのショーみたいなところで舞台装置というか、衣装のようなものとして使われるというのも魅力的に思えます。
白久 それは実現したいです。スケルトニクス・プラクティスは量産化モデルでもあるので、一度に大量発注してもらっても対応できますから。
伊藤 いいですね。ちょっと観点を変えて、パワードスーツの使い道としては障がい者のサポートなども考えられると思いますが、どうお考えですか?
白久 その可能性についても理解はしていますが、僕らはエンタメに特化していきたいと考えています。子どものころに夢見た“カッコいいロボット”に乗りたいよね、というのが僕らの原動力なんです。
■究極の目標である動作可変型スーツの実現に向け基礎的な研究を始めたところ
↑開発中の動作可変型スーツエグゾネクス。まるで自分のカラダに完全に融合するよう、変形して自由に移動できることを目指す。
伊藤 そうやって夢を原動力にしてたどりつく究極の目標が、開発中の“エグゾネクス”という動作可変型スーツなんですね。現在のスケルトニクスを“変形ロボ”に変えていくわけですが、今はどういう段階なんですか?
白久 日常業務の合間で、基礎的な研究を始めたところです。まだ全体像ができあがっているわけではないんですが、ぜひ期待してほしいですね。
スケルトニクス株式会社 代表取締役CEO
白久レイエス樹
1989年生まれ。2012年、沖縄高専専攻科創造システム工学専攻機械システム工学コースを卒業。その後、東京大学大学院に在学中の2013年10月にスケルトニクスを設立。
■関連サイト
スケルトニクス
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります