半導体メーカーのAMDは、インドのゴア州で記者会見を開催し、同社のワークステーション向けGPUとなる『FirePro W9100』と『FirePro W8100』、PCゲーマー向けGPUの最新製品となる『RADEON R9 285』のインドにおける発表を行なった(日本などほかの地域ではすでに発表済み)。
この中でAMDのビジュアルコンピューティング事業部担当 副社長 ラジャ・コドリ氏は「RADEON R9 285に採用しているTongaは、新しいGPUアーキテクチャーに基づいている。新しい内部命令セットを採用したほか、新しいロスレスのデルタカラー圧縮に対応しているなど大きな改良になっている」と述べ、Tongaの開発コードネームで知られるRADEON R9 285に採用されているダイが、単なる廉価版などではなく、RADEON R9 290Xなどに採用されているHawaiiに比べても、RADEON R9 280Xに採用されているTahitiなどに比べても大きく改良されたダイであると強調した。
さらにAMDは、Tongaのフルスペックは現在のRADEON R9 285では実現されていないことを明らかにし、今後Tongaをベースにしたより強力な製品が登場することを示唆した。
↑AMDビジュアルコンピューティング事業部担当 副社長 ラジャ・コドリ氏がRADEON R9 285は新しいGPUアーキテクチャーに基づいているということを明らかにした。 |
●インドにおいてFirePro W9100、FirePro W8100、RADEON R9 285の3製品を発表
今回の記者会見は、インドではこれまで正式には行なわれてこなかったワークステーション向けGPUとなるFirePro W9100とFirePro W8100、PCゲーマー向けGPUとなるRADEON R9 285の3製品をお披露目する場となった。お披露目には、インド版『24』(米国の有名なテレビドラマ)にも出演しているインドの女優マンディラ・ベディさんがゲストとして呼ばれ、フォトセッションが行なわれた。イベント当日の朝に初めてVRヘッドセット『Oculus Rift』を体験したというベディさんは「カジュアルゲーマーの自分にはびっくりした体験だった」と述べたほか、自身はゲーマーではないのになんで呼ばれているのかと、呼んだ側のAMDには厳しいジョークを飛ばして会場を笑わせていた。
なお、発表されたFirePro W9100/W8100、RADEON R9 285の3製品とも、グローバルではすでに発表済みで、特にカスタマイズされた製品が投入されるという話ではなく、あくまでインド市場にも投入されるというお披露目感が強い発表となっていた。発表会の後半には、AMDと提携して3D CGを利用した映画をインドで作成しているインドでは著名な映画監督SS・ラジャ・マリ氏がビデオで登場し、AMDの協力によりインドで魅力的な3D CGを利用した映画が作れていることなどを語った。
↑FirePro W9100、RADEON R9 285をそれぞれ持っての記念撮影。左からビジュアルコンピューティング事業部担当 副社長 ラジャ・コドリ氏、女優マンディラ・ベディさん、同社チーフゲーミングサイエンティストのリチャード・ハードリー氏。 |
↑インドの映画監督 SS・ラジャ・マリ氏がビデオで登場し、AMDのFireProシリーズを利用してCGを利用した映画の作成がより容易になったと説明。 |
●あまりハイスペックではないと見られていたTongaだが、実は大きなアーキテクチャー改良版だった
すでに述べた通り、FirePro W9100/W8100、RADEON R9 285はいずれも日本を含むグローバルな市場で発表済み、かつ製品の流通も始まっており、今回の発表会で特に何か新しいことが発表された訳ではない。
だが、この中でAMDはいくつかの新しい内容を明らかにした。ひとつには、RADEON R9 285が一般に考えられているよりも、より重要な製品であるということだ。RADEON R9 285が発表されたとき、多くのユーザーは「あれ、新製品なのにスペックがあまり強力じゃないな」と不思議に思ったのではないだろうか。
RADEON R9 285 | RADEON R9 280X | RADEON R9 280 | |
製造プロセスルール | 28nm | 28nm | 28nm |
エンジンクロック周波数 | 最大918MHz | 最大1GHz | 最大933MHz |
ストリームプロセッサー | 1792個 | 2048個 | 1792個 |
演算性能 | 3.29TFLOPS | 4.1TFLOPS | 3.3TFLOPS |
テクスチャーユニット | 112 | 128 | 112 |
テクスチャーフィルレート | 最大102.8GT/秒 | 最大109GT/秒 | 最大92.6GT/秒 |
メモリーバス幅 | 256ビット | 384ビット | 384ビット |
メモリータイプ | 2GB GDDR5 | 3GB GDDR5 | 3GB GDDR5 |
メモリーデータレート | 5.5Gbps | 6Gbps | 5Gbps |
上記の表は、AMDがRADEON R9 285の発表時に報道関係者に対して配布した資料の中から、RADEON R9 290X、RADEON R9 290とのスペックを比較した表を、英語を日本語に直しただけでそのまま抜粋したものだ。
AMDが発表したRADEON R9 285の位置づけは、RADEON R9 280を置きかえる価格帯の製品で、RADEON R9 280Xよりは安価な価格帯ということになる。従って、RADEON R9 280Xよりは若干スペックが低く、RADEON R9 280に比べると同じかスペックが上回っていなければいけないだろう。しかし、発表されたスペックを見ると、RADEON R9 285のスペックは、RADEON R9 280とストリームプロセッサーの数こそ同じだが、クロックが低かったり、メモリーバス幅が256ビットと狭くなっていたり(データレートは上がっている)など、逆にスペックが低くなっている部分があったのだ。これを見て、後継的な位置づけだけど、“あんまり凄くないGPUなんじゃないの”と考えるユーザーも少なくなかった。
しかし、その認識は完全に間違っていると言える。
実はRADEON R9 285こそ、AMDの新世代GPUそのものなのだ。AMDビジュアルコンピューティング事業部担当 副社長 ラジャ・コドリ氏は「RADEON R9 285に採用しているTongaは、新しいGPUアーキテクチャーに基づいている」と述べ、RADEON R9 285こそ、AMDの新しいGPUアーキテクチャーを採用した製品であることを強調した。
コドリ氏によれば「Tongaでは、新しい16ビットの浮動小数点演算および整数演算の新命令セットを採用し、より低消費電力での演算が可能になっている。また、新しいロスレスのデルタカラー圧縮に対応しており、レンダリング時やメモリー帯域の節約などに効果を発揮する。また、テッセレーションのスループットも2~4倍へと向上している」と述べ、TongaがTahiti(RADEON R9 280X/280に採用されているダイ)に比べてはもちろんこと、Hawaii(RADEON R9 290X/290に採用されているダイ)に比べてもアーキテクチャーの改良は実はかなり大きいのだと強調した。
さらに、コドリ氏によれば、ビデオエンコーディングハードウェア(AMD VCE)も進化しており、FHDエンコード時に従来世代に比べて12倍の性能向上が実現されており、4Kビデオもエンコード可能になっているという。ただ、エンコードできる動画はH.264/MPEG4 AVCまでとなっており、H.265には対応していない。また、ディスプレイ出力に関しても6コントローラーに関しては従来と同じだが、スケーリング時のクオリティーが向上するなど進化しているという。ただし、HDMI2.0には未対応で、依然としてHDMI1.4までの対応となる(もちろんOEMメーカーが外部にHDMI2.0に対応したトランスミッターを搭載すれば対応可能、あくまで内蔵されているトランスミッターが未対応という意味)。
↑RADEON R9 285を搭載したグラフィックボード。上がリファレンスデザイン、下はMSIオリジナルデザインのファンを搭載している。すでに市場に投入されている。 |
↑RADEON R9 285の位置づけ。R9 280シリーズの後継で、Hawaiiの技術を投入したモノとなる。 |
↑RADEON R9 285の価格の位置づけは、RADEON R9 280Xよりは下になる。 |
●32CUがTongaのフルスペック、ストリームプロセッサーは2048個
Tongaに隠された秘密はそれだけではない。筆者がTahiti(RADEON R9 280X/280)ではメモリーコントローラーが6ユニット/384ビット(64ビット×6)であるのに対して、Tongaでは4ユニット/256ビット(64ビット×4)であるのはなぜかと聞いたところ、コドリ氏は「現在のRADEON R9 285はTongaのフルスペックではない、現在言えるのはそれだけだ」と述べ、現在リリースされているRADEON R9 285が、Tongaのフルスペックではないことを示唆した。
AMDの関係者によれば、TongaのフルスペックはCUが32個となっているとのことだが、現在発表されているRADEON R9 285のスペックではCUが28個となっている。
つまり考えられるのはこういうことだ。以下の表はAMDがRADEON R9 285の発表時に公表した資料や、今回の取材で得た情報を元にした、Tongaのスペックになる(HawaiiやTahitiに関しては発表済みの内容)。
Tonga(フルスペック)※筆者予想 | Tonga(RADEON R9 285) | Hawaii | Tahiti | |
SP | 2048 | 1792 | 2816 | 2048 |
テクスチャーユニット | 128 | 112 | 176 | 128 |
CU | 32 | 28 | 44 | 32 |
CUあたりのSP | 64 | 64 | 64 | 64 |
CUあたりのテクスチャーユニット | 4 | 4 | 4 | 4 |
SE | 4 | 4 | 4 | 8 |
SEあたりのCU | 8 | 7 | 11 | 4 |
ジオメトリプロセッサー | 4 | 4 | 4 | 2 |
ROPs | 32 | 32 | 64 | 32 |
RB(Render Back-end) | 8 | 8 | 16 | 8 |
L1キャッシュ/CU | 16KB | 16KB | 16KB | 8KB |
L1キャッシュ | 512KB | 448KB | 704KB | 224KB |
L2キャッシュ | 512KB | 512KB | 1MB | 512KB |
TrueAudio | ○ | ○ | ○ | - |
TrueAudio DSP数 | 3 | 3 | 3 | - |
メモリーコントローラーバス幅 | 384ビット | 256ビット | 512ビット | 384ビット |
メモリーコントローラー構成 | 64ビット×6 | 64ビット×4 | 64ビット×8 | 64ビット×6 |
新CrossFire | ○ | ○ | ○ | - |
ディスプレイコントローラー | 6 | 6 | 6 | 6 |
製造プロセスルール | 28nm HP | 28nm HP | 28nm HP | 28nm HP |
トランジスター | 50億トランジスター | 50億トランジスター | 62億トランジスター | 43億トランジスター |
ダイサイズ | 359平方mm | 359平方mm | 438平方mm | 352平方mm |
AMDの関係者が明らかにしたように、Tongaのフルスペックが32CUだとすれば、現在リリースされているTongaベースのRADEON R9 285は、4つのCUが使われいない構造になっていると考えることができる。Tongaではシェーダーエンジン(SE)と呼ばれるブロック(CPUで言えばコアに相当する部分)が4つあることが明らかになっているので、フルスペックでは8つのCUが内蔵されている、そう考えることができるだろう。
TongaではHawaiiと同じくひとつのCUに64個のストリームプロセッサー(SP)が内蔵されている構造になっているので、64×32=2048個のストリームプロセッサーを搭載するのがTongaのフルスペックだと考えられる。
そして、コドリ氏が述べたように、メモリーコントローラーに関しても4つ(64ビット×4)がフルスペックではないことを考えると、実際には6つあって、64ビット×6=384ビットがフルスペックである可能性が高い。
↑AMDがRADEON R9 285の発表時に公開したGPUの内部構造。シェーダーエンジンあたり7CUがあることになっているが、Tongaのフルスペックでは8CUとなっている可能性が高い。また、メモリーコントローラーは4つだが、フルスペックでは6つになっている可能性が高い。 |
●今後はフルスペックのTongaベースの上位製品がどこかのタイミングで投入か
AMDに限らず、半導体メーカーにとって重要なのは歩留まり(ひとつのウェハーから良品のダイがいくつとれるかの率)で、特に生産を始めたばかりの新しいダイのときにはなかなか歩留まりが上がらないため、いくつかのファンクションを無効にして出荷するということはよく利用される手法だ。このTongaの例でいえば、4つのCUと2つのメモリーコントローラを無効にすれば、それだけ歩留まりが向上すると考えられるので、AMDがまずはそのカットオフ版をミッドレンジのRADEON R9 285に採用したというのも頷ける話だ。
ユーザーにとって気になるのは、このTongaがもっとハイエンドな製品に採用される可能性はあるのかということではないだろうか。可能性は十二分にある、というか、必ずあると思う。というのも、歩留まりが上がってくれば、フルスペックの良品がどんどん採れるようになってくる可能性は高く、そうなれば32CU/2048SP、6メモリーコントローラー/384ビット幅のTongaベースの製品が登場する可能性は高いと言えるだろう。それがRADEON R9 285Xなどのブランド名をつけて市場に投入されても何ら不思議ではないし、それはNVIDIAのGeForce GTX970の強力なライバルとなるだろう。
その意味で、Tonga、AMDのGPUを追いかけているユーザーにとっては注目のダイと言えるし、それを採用した最初の製品『RADEON R9 285』が実は重要な製品だということが理解して頂けるのではないだろうか。
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