アニメイベントを中心に司会業もこなす、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんに「大切にしている自分ルール」や「ルールについての考え方」をお聞きしました。
だいたい「ルール大好き!」って人は、いないと思うんですよね。ルールは、自分を縛るもの、不自由でストレスをもたらすもの、ってイメージが普通なんじゃないでしょうか。
でもすいません、私、最近それ、ちょっと違うんじゃないか、って思ってるんですよ……! むしろ、ルールがない人生は味気ない。ルールは、自分が面白く生きるための手段なんじゃないかなー、と思うのです。
例えば、サッカーは「手を使わずに相手のゴールにボールを蹴りこんだら1点」というルールです。ゴールポスト隅に決まったゴールと、惜しくもわずか数十センチゴールマウスを外れたシュートは、物理現象としてとらえたら、わずか数十センチボールの軌道が異なることに過ぎません。でも、その数十センチで、国中が歓喜に包まれたり、逆に敗北感にまみれたりします。これ、ルールがなかったら、単に「あー、ボールが転がってったねー」ってことだけのこと。ルールがあって、初めてそこに、意味が生まれます。小説家・開高 健さんが「書くとは、野原を断崖のように歩くことだと思う」とおっしゃっていましたが、放っておいたらのんべんだらりとした平坦な日常を、刺激的なものにするためにルールはあるのだと思うのです。
ただ、刺激的なものにするために、ルールの表には歓喜が、裏にはストレスが、必ずあるものだと思います。なんだよ、100%楽しさを保証してくれるんじゃないなら、やっぱりやなものじゃーん! と言えるかもしれませんが、ちょっと待ってください。自分に課すルールって、自分で決められるものじゃないですか? サッカーが得意な人はサッカーをすればいいし、将棋が得意な人は、将棋をすればいい。どのルールに則るかは、自分で選べますよね?
でも、ここに落とし穴が!! ルールを選ぶ時の基準は、いかに自分が楽して得できるか、ルール内でチートできるか、というふうに設定せよ、というのが、ちょっと前の功利主義的な大人の見解だったと思うのです。でも、それって正しいですか? ズルして勝ったゲームって、面白いですか?
小説家・大原まり子さんの『高橋家、翔ぶ』という作品がありまして、そこに、願ったことがすべて叶う世界が出てくるのですが、その世界の中で、ものの理のわかった人たちは、わざわざ自分で日々の労働を願い、貯蓄をして、架空の不動産屋を通して、自分たちのマイホームを手に入れます。でも、一方でちょっと品なく生きている人たちは、思い通りなんだからー、と、酒池肉林の欲望を単純に手にします。一見、楽で良さそうなんですけど、この、後半の人達の幸せ、なんか想像力に乏しくて、あんまり羨ましくないんですよね……。これ、「なんでわざわざ!」じゃないですよ。思い通りのルールは絶対面白くない。接待ゴルフは面白くない! んですよ。
かつて、私が大学生のころ、ゼミの先生が言っておりました。完全な自由、なんてものはこの世に存在しない。どんな不自由にとらわれるか選ぶ自由があるだけだ、と。どの不自由にとらわれたら自分はストレスに感じないか。それを見極められれば、それほどつらくないルールを選べますよね?
先日、劇団・ヨーロッパ企画の主宰、上田 誠さんと話をさせていただきました。ヨーロッパ企画は、物語でお涙や感動を頂戴するタイプの劇団ではなく、変わった法則を役者さんたちに課して、そこから生まれるおかしみをそのままごろっと舞台で実験しているような、素敵な劇団なのですが、その上田誠さんいわく「ルールが面白ければ物語はいらない」……!!! なんと、名言!!! これ、私流に解釈すると、ルールは、未来への計画で、物語は、過去の実績。面白いルールに集中できていれば、過去の自分のノスタルジーなんかに浸っている暇はない。現役のサッカー選手が、かつての試合の栄光に浸るよりも、次の試合、そしてその次の試合への準備しか頭にないように、未来へ進みたくて、仕方なくなるはずなんです。
では、次は、面白いルールってなんだろう? ってことになるんですけど。これは正直、考え中です。ただ、どうやら、その昔から続いている名作ゲームたちは、みんな、素晴らしいルールなんだろうなー、ってことが、わかってきました。囲碁、麻雀、野球、ゴルフ、マジック・ザ・ギャザリング……などなど。
そういう素敵なルールたちを、これから先、個人的に集めていこう、って思っているのですが、ラッキーな事に、私の仕事たるラジオって相当面白いルールで成り立っているんだなー、って思うことしきりです。ラジオは「嘘をつかない」「人に頼れない」「人を傷つけるより協力プレイ」なんていう語られずのルールで、実はできています。ラジオなんて時代遅れだよ! と歴史上何度も言われながら、いまでもしぶとく生き残っているのは、ルールが面白くて普遍的だからなのかなー、といまは思っています。
ルールは自分で選べるのだから、あれ、いまの自分の選んでるルールだと、あ、これ、無理ゲーかクソゲーになっちゃってる! って思ったら、すっぱり捨てていい! ってことでもありますよね。人生リセットボタンが付いてない、とよく言います。でも実際は、セーブ機能は付いてないけど、リセットボタンはいつでも押していい! っていうのが、いちばん最後に残る、僕らのルールなんじゃないでしょうか?
吉田尚記(よしだひさのり)
ニッポン放送アナウンサー。
月~木曜日 24時~24時53分の生放送番組『ミュ~コミ+プラス』のパーソナリティを務める。2012年、『ミュ~コミ+プラス』のパーソナリティとして、第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。アナウンサーとしてだけ でなく、アニメ紅白歌合戦など、アニメイベントを中心に司会業もこなす。ラジオ以外の方面でも活躍しており、NOTTV 1にてマルチメディア放送『吉田尚記がアニメで企んでいる』への出演のほか、ライブ・イベント『#jz2』『ヨシダワ イヤー』なども開催している。
■関連サイト
ニコニコ公式チャンネル|吉田尚記ポータル「アナウンサーなのに。」
角川EPUB選書 創刊記念 ルールを変えよう!キャンペーン 特設サイト
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