2013年9月21日から22日にかけて、渋谷道玄坂にある『CUBE』において、3Dスキャナ&3Dプリンタとダンス・パフォーマンスが融合したアートイベント『Scanned Body』の公演が行われた。
このイベントが開催された『CUBE』は、本来は3Dプリンタのショールームで、3Dプリンタを核としたモノ作りの支援を個人向けから企業向けまで幅広く行っている。このショールームの目玉のひとつが、世界にひとつしかないという3Dボディスキャナ『bodySCAN 3D』だ。4本の柱の中心に立った人の姿をわずか6秒でまるごとデータ化できてしまう魔法のような機械で、6月にネットで公開されて話題になった歌手のPerfumeの3Dデータも、このCUBEのボディスキャナを使って制作された。
果たして、最新3Dテクノロジーとダンサーによるイベントとは、いったいどんなものになるのだろうか?
■3Dスキャナとプロジェクションマッピングによる幻想的なダンス・パフォーマンス
イベントがスタートすると会場は暗転し、スクリーンに投影されたオリジナルマンガから始まった。
主人公の青年が、怪しい女の先輩に言いくるめられて、ボディスキャナでスキャンされる実験台になるのだが、やがてスキャンされた青年のコピーが街のあちこちに......というちょっとSFっぽいテイストのショートストーリーだった。
続いて、白衣の美女が現れて、「6秒で全身をスキャン」「世界にここだけ」とボディスキャナの説明し、観客から希望者を募って実際にボディスキャンの実演を行なった。6秒という数字は短く聞こえるが、その間、被写体は静止している必要がある。そのため、立候補した観客は本番スキャンの前に静止の練習をさせられていた。
ここまでが前置き。いよいよパフォーマンスは佳境に入っていく。
白衣の美女によれば、ボディスキャナは”淡色”を効率良くスキャンできるという。そして人間の皮膚は淡色だ。だからボディスキャナの被写体は裸が適している。
「誰か裸でスキャンされたい人は?」
もちろんいるわけがないので、ここでダンサーの京極朋彦が登場。ちょっと気弱なキャラで、冒頭のマンガの主人公のように白衣の美女に振り回され気味だが、体脂肪率8%という美しく引き締まった身体の持ち主。最後はTシャツとズボンを脱ぎ捨て、パンツ一枚でスキャンされる。ここからダンスが始まり、京極の肉体をスクリーンにしたプロジェクションマッピングが幻想的な世界を創り上げていく。
ダンスの終盤に、もうひとりの美女(山口典子)が現れ、今度はコンピュータの中に取り込まれた京極の肉体データを、CGソフト※1を使って、粘土細工のように自由に変化させていくという”ライブモデリング”を実演した。
※1 3Dデジタルクレイモデラー『Free Form』
以上が『Scanned Body』のアート・パフォーマンスの概要だ。世界の最先端の機器を駆使してはいるがテクノロジー色は薄く、むしろテクノロジーを裏方としてアーティストの発想を開花させたような構成だった。
■ジャーナリストと経営者とアーチストが語る3D技術の潜在パワー
イベントの後半は、ITジャーナリストの林信行氏、株式会社ケイズデザインラボ代表取締役社長の原雄司氏、今回のイベントの企画と演出を行った山口典子氏の3人によるトーク・セッションだった。
(左から、原雄司氏、林信行氏、山口典子氏) |
林信行氏は、iPhoneなどApple製品のウォッチャーとして著名だが、それ以外の先進的なテクノロジーについても常にイノベーターである。3Dプリンタ関係についても、先日も『3Dプリンティングによる第3次iT革命』(カドカワ・ミニッツブック )(関連サイト)というオリジナル電子書籍を刊行したばかりだ。
ケイズデザインラボ(関連サイト)の原雄司氏は、日本の3Dプリンタ業界のキーマンのひとりで、会場となったCUBEの支援など、3Dプリンタ関係のビジネスやアーティストの関わる活動を数多く行っている。
山口典子氏は写真、映像、パフォーマンスなど、さまざまな分野でコミュニケーションをテーマに活動しているアーティストで、全身を携帯電話のパーツで飾った『Keitai Girl』(関連サイト)などの作品がある。現在は、ケイズデザインラボと契約して『Free Form』を使ったモデリングなどの仕事をしている。
山口 今日のパフォーマンスをご覧になっていかがでした。
林 ボディスキャナで取り込まれた肉体が、スクリーンの中でモデリングされたり、その結果を3Dプリントしたものができたりすると、だんだん現実とデジタルの境目がなくなっていく。そういう意味では凄く可能性を感じるし、面白い。最初のマンガで、人がスキャンされていなくなっちゃうじゃないですか。『トロン』というディズニーの映画があって、人がピピっと消えて画面の中に入っていっちゃう。そのシーンとか思い出して。そういうのが現実になってきたのかなと。
原 僕もアートが結構好きで、実はこちらでPerfumeのスキャンをしてますが、ほかにもアーティストがいろいろなものをスキャンしています。さっきライブモデリングをしてましたけど、ああいうのを覚えるのってけっこうまだるっこしい。自分の手で作ったものとか、自分自身をスキャンして、データ化することは、わりと容易にできるので、アートとスキャンというのは親和性が高いんじゃないかと思っています。
山口 私は京都で芸大を出ているんですが、3Dっていうのは遠くにあった気がするんです。それが東京に4月に来たばかりなんですが、『Free Form』は、凄く使いやすくてビックリしたんです。
原 アーティストって覚えるの速いですよね。偉そうに言っても、僕は操作できないですよ。アーティストはすぐ使える。やっぱりセンスが違う、感覚が違う。彫刻家の名和晃平さんも、トレーニングしたことないんですよ。コマンド何個かだけ覚えて、その範囲だけで作ったのが、先日ソウルで展示された13mの彫刻です。あれ、コマンド4個くらいで作っているんです。やっぱりアーティストって我々とは違う独特の感性を持っているのかなって思うんですね。
林 先ほど聞いた、人の身体がわかっているからという話が面白かったので、みなさんにぜひ。
山口 人体の関節とかわかっていないとモデリングができないんです。(ダンサーの京極氏をモデルにしたフィギュアを指して)これを作るときに、スキャンをしただけでデータがパっとできるわけではなくて、このモデルを作るには、2種類のポーズを撮りました。第1のポーズをお願いします(京極氏がやや下向きにポーズ)。これで、まずスキャンして、こうすると顔とか首とかに光が入らない部分があるので、2枚目がこうやって(京極氏がやや上向きにポーズ)撮るんですよ。で、2つの形を組み合わせるんです。ただ、組み合わせ方があって、そこにどんな筋肉があるかって考えながら伸ばしていく、伸ばして彫刻していくんですね。その途中で京極くんに連絡して「ごめんなさい、脇の下の筋肉の写真を撮って送ってください」って。そしたら夜中に一人でiPhoneで撮って送ってくれました(笑)。それ以外に私の想像の中で作っている部分もあります。あとは、人体って言うのがどこに骨があるのか、どこに関節があるのかっていうのがわかってないと、2つを組み合わせたときにずれるんですね。(スキャンしたデータを)細くしたいって方がいるんですが、変なところで細くするとなにかおかしくなる。それがないように人体というものを考えながら作っているんです。
■自分をスキャンして作った人形は自分である
林 ケイズさんっていっぱい有名人をスキャンしているじゃないですか。その中で、マッドサイエンティストみたいな人とばかり仲が良くて、阪大の石黒先生の話をぜひ。
原 石黒先生は、人間そっくりのアンドロイド(ジェミノイド)を作っている先生です。
林 自分大好きなんですよね。
原 そう! 自分のアンドロイドを4体作ったのかな。で、だんだん顔が老化してくるんで、アンドロイドに合わせるために自分の顔も整形しているんです。アンドロイドの修理をするより、自分の整形をしたほうが安いというので(笑)
林 その石黒先生が面白いのは、彼は『エルフォイド』(関連サイト )っていうヒト型の携帯電話を作っているんです。
(客席にヒト型の携帯電話がまわってくる。柔らかい触感)
原 3年後にはみんなこれを持って電話している(笑い)
林 最初は石黒さん自身の形をした電話で通話をしていたんですが、抽象的な形にしたほうが、相手に応じていろんな感情を投影しやすいということで今はこうなっています。今日の昼間、京極さんの人形を回しているときに、京極さんが自分(の人形)が触られているのを見ながら、ゾワゾワしていたんですけど、自分の人形はやっぱり自分の一部であるみたいな。
原 ボディスキャナって不思議なのが、撮られた本人は、そのあとでデータを修正されても、やっぱり自分だって意識がある。なので直すときもクレームではなくて、「ちょっと直してほしい」ってそういった言い方になるんですね。これが写真から作ると、絶対”クレーム”が来るんですね。そういった意味でスキャンは人間の心理に関わるところがあるんで、けっこう面白いなと思いますね。
山口 その話と繋がるかわからないんですが、身体とモノの関係というものを大学の頃からずっと作品にしてきました。たとえば『Keitai Girl』という作品なんですけど、携帯電話のボタンの部分を身体中につけて、それを前から来た人に押して貰う。押した場所によって光と音が鳴るというパフォーマンスなんですけど。で、身体とモノの関係みたいなことをずっとやってきたんですけど、途中、大学2回生のころに恋人を亡くした経験があります。それまでは、人というのは簡単にいなくなるものではないと思っていたんです。それが身体って簡単に壊れてしまう、無くなってしまうって初めて知りました。うまく言えないですけど、それまでは1+1が2にも3にもなるのが身体であるって思ってた。それが身体はもう身体でしかないということが初めてわかったんですよ。でもお葬式に行って遺体を見ていると、やっぱり1+1ではない何かがあるなと感じて、そこを感じたくて作っています。
■アーティストの我が儘がテクノロジーを進化させる
林 そこから実際3Dスキャナやプリンタとの出会いは、いつくらいですか? Keitai Girlのときから使ってたんでしたっけ?
山口 はい、ヘッドフォンの所ですね。そのときに(ケイズデザインラボに)3Dプリンタでご支援いただいて。
林 (原さんに)その当時の印象はどうなんでしょう?
原 アーティストって、よくわからない要求をするんですよ。それを実現しようと思って進めていくと、技術的な障害とかいろいろ出てきますが、それを乗り越えると我々にとっても勉強になってたり。我々の技術とアートって凄く離れているように見えるんですけど、自分の欲求でボンボン言えるアーチストという人たちと接すると、こちらが新しい刺激をいろいろ得られるんじゃないかなと思っていて、できるだけ接するようにしています。
林 ピクサーってあるじゃないですか。あそこの創業者のジョン・ラセター監督が言っている言葉に、「アートがテクノロジーに挑戦して、テクノロジーがアートにインスピレーションを与える」というのがある。まさにそれの繰り返しだと思うんですね。アーティストが「こんなことできないの?」っていうと、原さんとか苦労してなんとかやってきて、こういう高いボディスキャナとか入れちゃうと、これでこういう企画ができあがっちゃうという。
山口 はい。
■テクノロジーによる複製と、アートはどう取り組むか
林 今後、どういうことをやっていきたいとか、構想はあるんですか?
山口 やっぱり新しい技術なので、消化が難しいんですよ。でもまあ思いついたことはとりあえずやっていこうと、今回のこのパフォーマンスをしたんですけど。(今後の計画の)ひとつは、ダンサーさんとのコラボレーションをどんどんしていきたい。例えば、マルチプルという考え方がアートにはあって、本作を作家の監修の元に職人たちが小さいものを作って、それを箱の中に入れてエディションにして量産されることでより広く普及する美術作品です。20世紀半ばくらいから始まっているんですけど、それの舞台バージョン、パフォーマンスバージョンっていうのを作れないかな、と考えてます。パフォーマンスをしている京極くんの途中のポーズを小さくして”マルチプル”っていうのに作り替えられないかなと。自分のパフォーマンスについてもそうで、自分が「現場感」というのをすごく大事にしているので、それを形に落とせないかなと。しかも面白い形に、快感を感じるようなものにしたいな、と。
林 あれ(3Dプリンタの出力)は、マルチプルとして売るには原価がまだ高いですよね?
山口 でもアートとしては、安いですよ、凄く。アートとしては、あれくらい(25cm程度)の小ささのものでも、100万円、200万円で売っているところなんで。
林 (観客に)あれくらいのフィギュアで幾らくらいか、みなさん想像つきます?
山口 これ、いくらだったら買いますか? まず、欲しいなって方はいらっしゃいますか?
(観客がひとり手を上げる)
山口 いくらなら買いますか?
観客 ......だいたい、30万か40万。
一同 おーーー。
林 実際はいくらぐらいなんですか?
スタッフ 素材だけでいえば数万円なんですが、サービスとして売ると10万円くらい。データも作るとなるともっとかかりますね。
原 まあそこにある名和さんの作品なんて、格段に高くなっている。300万円くらいするんじゃないかって。でもデータがあるから、いくらでも作れちゃう。それをマルチプルとどういうふうに棲み分けていくか、アーティストがどうやって認定していくか。そのへんの管理ってこれからどうなるんですかね。凄く興味がありますね。
山口 いま、データの管理をするために各方面でいろいろ決めているらしくて、アーティストが作品をエディション扱いにするのがいいだろうと言われているらしいです。
原 ちょうどいま展示しているPerfumeのデータは、うちとタイアップしてとってたんです。なので、うちは記事に出すときには、その都度、事務所に許可をいただいています。それが、ある日事務所の方からパっとデータが無料配布されてしまいました。ちょっと難しい話になりますが、データの所有権はデータを作ったこちらにあると思いますので、許可無くデータを使用したり配布することは、本当は問題なんじゃないかと思うんですよ。でも、データが無料配布されたこともあって、あの後ろにある16万8000円の3Dプリンタ『Cube』が売れましたけどね(笑)。ヤマダ電機でも販売してますが、それこそいっぱいいましたね。「Perfumeを作りたくて、買っちゃいました」って方が。
林 ほんと、そこらへんはこれから面白いですね。ここにデータがあるんで、それこそ、京極さんを作って。ビールジョッキの持ち手にすると、握り具合がいいらしいので(笑)。
山口 じつは昨日の夜に届いたんですが、彼女たちが付けている......。ちょっとずつ量産されています(笑)。
(スタッフの女性たちが、京極氏のフィギュアをアクセサリとして身につけていた)
林 マンガみたいだ。本人はご存じだったんですか?
京極 知らなかったです! ビックリしてます(笑)。
林 (マンガのラストシーンのように)来週、渋谷に来ると、みんながあれを付けていたり(笑)。
山口 あれくらいのサイズだと、シルバーで作っても原価5000円くらいらしいです。
林 次回のパフォーマンスのときは、その日のパフォーマンスを打ち出して持って帰れるとか。
山口 できますかね?
スタッフ 人数分は無理ですね。
原 あらかじめ造形しておけばいいんだよ。
林 後日送るんでもいいですね。
■ライブモデリングは感涙のパフォーマンス?
林 原さんは今日のパフォーマンスを見ていかがでした?
原 実はリハーサルとか一切見ていないんですよ。ここの責任者なんですけど。一番興味があったのが、出演者や一般の方がスキャナとか3Dプリンタをどういうふうな認識でどうやって表現するのかな? と。やっぱりSFみたいにスキャンすると無くなっちゃって、いわゆるリプリケーターの転送みたいなイメージを持つのは一般的なのかなあと。改めて新鮮に感じました。
林 僕は、ああやってみんなが見ている前でCGをモデリングするのをライブモデリングというそうだけど、今後、パフォーマンスとしてのライブモデリングというはあるのかなと。
原 今までないですよね。見たことない。
山口 お昼の回に来てくれた人は、なんか泣けるほど良かったらしいです。泣いちゃったらしくて(笑)。ビックリしました。
■企画は雑談からふとわきあがる
イベント終了後、企画・演出・構成の山口典子氏に、この企画が立ち上がったきっかけを聞いてみた。
―― そもそも、今回のScanned Bodyのイベントの企画はどのように立ち上がったのでしょうか? 山口さんがBody ScannerやFree Formに触れて触発されての企画なのでしょうか?
山口 このイベントはまず「ライブモデリングをしようか」と言って立ち上がりました。で、京極君がケイズデザインラボと知り合いだったということもあって、ダンサーとコラボレーションしようとなったんです。Free Formやボディスキャナはすごく面白い機材ですが、なにぶん私がこの4月から触り始めた素人だったもので、触発されて......とまでは盛り上がってませんでした。機能を覚えるのに必死だったし。
―― 企画の言い出しっぺは、どなただったのでしょう? 雑談的なところから出たのでしょうか? ボディスキャナみたいな機械があると、いろんな肉体を取り込んでみたくなるとか、体脂肪率8%を取り込んでみたいとかからでしょうか?
山口 雑談からですね。作品とかって結構そういうところから、ふとわき上がる。企画の言い出しっぺは私ですけど、進めてくれたのはケイズさんです。ケイズさんが進めてくれなかったら、企業とアーティストのつながりは到底生まれません。で、私の作品を発表してみないかって言われてから、京極君に声かけました。パフォーマンスするならダンサーの体の動きとか筋肉に興味はもともとあったので、まずはボディスキャンでダンサーの体をとろうと思って。体脂肪率はあんまり関係なかったです。
今回のイベントのあと、ほかのダンサーさんからも連絡をもらいました。機会があればボディスキャンのモデルをしたいって。みんな興味あるみたいです。
最先端の3Dテクノロジーとプリミティブな人間の肉体を駆使した、たぶん世界でも類のないアートパフォーマンスが渋谷で行われた。自分の目で見ることができた人は幸運だったと言えるだろう。
今後の展開に期待したい。
写真提供:山口典子氏
(パフォーマンス紹介の文中は敬称を略させていただきました)
ケイズデザインラボの3D技術をはじめ、3Dプリンティングの最先端を紹介した林信行氏の電子書籍『3Dプリンティングによる第3次iT革命』(カドカワ・ミニッツブック)(関連サイト:Amazon)
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