7月25日に東京・五反田のゲンロンカフェにて、株式会社Cerevo代表取締役CEO・岩佐琢磨氏と株式会社ユビキタスエンターテインメント(UEI)代表取締役CEO・清水亮氏、司会進行のシン石丸氏による対談イベントが開催。不定期配信しているPodcast『電脳空間カウボーイズ』の公開収録という形だったが、ほかでは聞けないエキサイティングなハードベンチャートークを聞くことができた。
2007年に家電ベンチャーのCerevoを設立し『CEREVO CAM』や『Live Shell』などの製品を世に送り出してきた岩佐氏と、7月7日に独自OSの手書きタブレット『enchantMOON』を発売したばかりの清水氏の共通項は「ハードウェア製造で死ぬほど苦労した」ということ。製品開発の裏話や業界のぶっちゃけ話なども交えつつ、“ハードウェアベンチャーの理想と現実”についてのトークが繰り広げられた。
■中国抜きでのモノ作りはありえない
現在、ハードウェアメーカーにとって「中国抜きでのモノ作りは絶対に無理」であるというのが、両氏の共通認識。その理由としては、コスト面での優位性がまず挙げられる。
たとえば、日本の会社から購入すると単価が1000円以上になる部品も、中国の工場だと2~3ドル程度で済むことが多いという。最近では人件費などの高騰が報道されているが、それを織り込んだうえでもまだ中国のほうが安いのだから、使わないほうがおかしいのだそうだ。また、深セン(広東省の経済都市)周辺では、部品工場が数多く存在するため価格交渉がしやすく、在庫が種類豊富にそろっていてスピーディな調達が可能なことも見逃せない利点で、東南アジア諸国もライバルとして台頭してきているが、総合的に見るとまだ中国に軍配が上がるという。
ただし、企業風土や国民性の違いが歴然としてあるのは確か。アポをすっぽかされたり納期がいい加減だったりというのは「普通のこと」だそうで、岩佐氏は対応策について「とにかく細かく、自分でなんでもチェックするしか手がない。『いま製造中だ』と言われたら、自分の目で製造ラインを見に行くとか。そこで言葉だけを信じて帰ったら、痛い目に遭うこともあるから」と、かなり実践的なアドバイスを披露。また清水氏は、enchantMOONの開発過程における現地での苦労話を数々挙げたうえで、「こうなったら現地の工場長と“兄弟の契り”を結ぶしかないと思って、白酒(パイチュウ。アルコール度の高い蒸留酒)をひたすら一気して飲み比べ。記憶をなくしたけれど工場長とは仲良くなって、次の日から我々の要求への対応が早くなった」と泥臭い折衝の体験談を明かし、「ハードウェア製造には“酒飲み力”も必要だね」と話して会場の笑いを誘っていた。
株式会社ユビキタスエンターテインメント代表取締役CEO・清水亮氏 |
■海外進出にはハードウェアのほうが有利
今回のイベントで印象的だったのが、「ハードウェアベンチャーのほうが、ソフトウェアと比べて海外進出しやすい」という指摘。清水氏にとって、そのことは「enchantMOONを作ろうと思った動機のひとつ」だそうだ。
実際にCerevoの場合、Live Shellの海外売り上げは半分近くを占めているそうで、岩佐氏は「“この製品しかない”というオンリーワンのモノを作れば、必ず海外からも引きがある。なぜなら、その製品で実現できることに対するニーズは、どんな国にも同じようにあるから。Live Shellがどうやって使われているかを調べてみると、スペインでもロシアでも日本でも変わらないんですよね」と強調。
清水氏も、日本のソフトウェア企業の海外進出があまり成功していない現実を指摘し、「たとえばアップルのAppストアでアプリを売って、企業として成立するだけの売り上げを達成するのはかなり難しい。それは、そこが“レッド・オーシャン”(競争の激烈な市場)だから。ユニークな製品を作り競合相手のいない(あるいは、少ない)場所で勝負するには、現状ではハードウェアのほうが有利だと思う」と同調していた。
株式会社Cerevo代表取締役CEO・岩佐琢磨氏 |
■製品の価格の決め方の王道は“原価3分の1”
ユーザーにとっては、ハードウェアの原価というものも気になるところ。だいたい「店頭での製品価格の3分の1程度」が相場で、それと同額程度を利益分として上乗せしないとメーカーとしては成り立たないという。ここに販売店などの取り分として残りの3分の1程度が上乗せされ、ユーザーが支払う金額となっている。
当然、開発者は基板やモジュール、筐体などのコストには敏感にならざるをえないため、「ハードウェア開発者が集まると各パーツの単価の当てっこが始まる」(岩佐氏)のだそう。一種の職業病とも言えそうだが、この日も岩佐氏がenchantMOONを手に取って各部を吟味し始め、「この端子は××ドルくらい、ここは手のかかる加工だから○○円くらいかな」と推測を開始。その姿は、某お宝鑑定番組の鑑定人のようだった。
■3Dプリンターで革命は起きているか?
製造業の在り方を根底から変えるとも言われている3Dプリンター。Cerevoでは外装部分のパーツなどを試作する際に使っているという。ただ、使う機会が年に5、6回しかないため、高性能な3Dプリンターを持っている業者に依頼し出力してもらっているのだそう。ちなみに、試作の点では、基板についてもウェブ上からデータを送って注文すれば数日で現物が届くサービスがあり、それを活用しているとのことだ。
一方のUEIは「僕らは3Dプリンターを購入するところからスタートした。しかも2台も買った」。販売業者に「(2台も買って)何に使うんですか!?」と怪しまれたとか。加えて、実際に使っていると出力に失敗することも多く、「一晩かけて出力してできあがるはずが、朝起きてみたら途中で失敗しているのを発見し、なんとも悲しい気持ちになった」というエピソードには、会場から笑いが起きていた。
その後、3Dプリンターの現状と可能性にも話がおよび、清水氏は「“MAKERS革命”とかって言ってるけど、実際はそんなに革命は起きてないんじゃない?」と現状について問題提起。それに対して岩佐氏は、「技術が普及してきただけで革命が起きるわけではなくて、それはその技術を使う人の“センス”次第ですよね。そのセンスが素晴らしければ、革命を起こせる」とこたえ、誰もが認める3Dプリンターの活用法を見つければビッグビジネスにもつながっていく、という可能性を指摘した。
『LiveShell Pro』の試作基板。当初はプロ向けマイク入力コネクター(左側の大きな端子)を搭載しようとしていたそう。結果的には、需要と価格の面から3.5mmミニ端子に変更された。 |
製品版のLiveShell Pro。手のひらにのる小ささで、HDMI接続による720p/最大10Mbpsの高画質動画配信ができる。直販価格は5万4999円。 |
↑清水氏がハードウェア事業をやってみようと思ったのには、岩佐氏の影響が大きいとか。2人のテンポのよい対話のためか、2時間強という時間があっという間に過ぎた。
途中、何度も話があらぬ方向に脱線したり、本来は公表してはいけないと思われるリアルな数字をうっかり口走ってしまったりする場面も。どの苦労話も、現在では笑える話として人前で披露している両氏だが、その当時はものすごく切実だったんだろうなと思わせるものばかり。
それでも、イベントの結びには「ハードウェアベンチャーを立ち上げるのはとても大変。最初は絶対にすごく苦労するだろうけど、それを越えると必ず楽しいことがあると思いますよ」と前向きなメッセージが発せられ、2時間強のイベントは幕を閉じた。
なお、Cerevo 岩佐氏が得意とする小規模生産やクラウドファンディングを使った生産手法の実際については、インタビューをまとめた電子書籍が発売中だ(関連記事)。ハードウェアベンチャーの現場についてさらに詳しく知りたい人は、こちらもぜひご一読を。
(7/27 21:30追記 初出時、LiveShell Proプロトタイプの端子仕様などの表記に一部誤りがありました。お詫びして訂正致します。)
●関連サイト
電脳空間カウボーイズ
Cerevo
ユビキタスエンターテインメント
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