ピクサー最新作『メリダとおそろしの森』と同時上映される短編『月と少年』。エンリコ・カサロサ監督は、宮崎駿監督の大ファンで、宮崎監督が『崖の上のポニョ』の絵コンテを水彩画で描いたのを真似して、『月と少年』の絵コンテもすべて水彩画で描いている。
エンリコ・カサロサ
『月と少年』監督
PROFILE
イタリア・ジェノヴァ出身。ニューヨーク州立ファッション工科大学ビジュアル・アート学部でアニメーションを学び、ブルースカイ・スタジオのストーリーボード・アーティストとして『アイス・エイジ』、『ロボッツ』に参加。2002年からピクサーのストーリー・アーティストとして、『カーズ』、『レミーのおいしいレストラン』、『カールじいさんの空飛ぶ家』の制作に参加。『月と少年』は初監督作品ながら2011年アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされた。
週アス:まず最初に、昨年、日本の震災復興のために“フィルム・フォー・ホープ”という映画祭を開催していただいたことに感謝します。2008年には、ピクサーの堤大介さん(『トイ・ストーリー3』アートディレクター)とともに“トトロの森プロジェクト”というチャリティー・オークションを開催されていますが、きっかけを教えていただけますか?
カサロサ監督:私は宮崎監督に影響を受けているたくさんの人のひとりです。宮崎監督が大切にしているトトロの森のために力を合わせることは、お返しになるのではと思いました。もともと“スケッチクロール”というイベントを主催していて、チャリティー活動をしているので、このプロジェクトの話を聞いたときに、ぜひやりたいと思いました。
堤さんとはブルースカイ・スタジオのときから一緒に仕事をしていることもあって、とても仲がいいんです。彼とともにいろんなアーティストに声をかけましたが、宮崎監督に影響を受けている人はたくさんいるので、「トトロにインスパイアされた作品をつくってくれ」と言うと、「やりたい」という人が多すぎるくらいの状況になりました。アート・オークションも本当に楽しかったのですが、みんながお互いの作品のファンなので、実は私が出品した絵は、となりの部屋で取材を受けている『メリダとおそろしの森』のマーク・アンドリュース監督が購入しました。
↑2008年に行なわれた“トトロの森プロジェクト”(外部サイト)。公式サイトにはカサロサ監督がトトロにインスパイアされて描いた絵も展示されている。 |
週アス:今、お話に出た“スケッチクロール”は、同じ日にみんなでスケッチをするという世界規模のアートイベントですが、ご自身のアーティストとしての活動にどのような影響を与えていますか。
カサロサ監督:スケッチクロールは、普段の仕事から解放を求めたところから生まれました。ストーリー・アーティストは、ストーリーを伝えるという目的がつねにあり、数多くの絵を描かなければいけません。スケッチクロールの場合は、そうではなく、描きたいから描きます。自分が生きていく中で、ゆっくりまわりを見て、感じて、絵を描く。立ち止まってバラの匂いをかいでみたりね。ルーティンばかりの毎日では、美しいものをきちんと見ることを忘れてしまうのではないかと、いつも意識しています。やはり立ち止まって何かを見て、観察しなければ、それを知ることはできないし、それを描くことはできないと思うのです。それが自分にとってのスケッチクロールです。
そういう意味では、ピクサーの仕事とはちょっと違うのですが、スケッチには鉛筆や水彩画を使用するので、そのテクニック自体は仕事にも役立っています。また、何かを描くときは、細かく大切に時間をかけすぎないというのが私のモットーで、それは普段の仕事にも影響を与えています。
↑“スケッチクロール”公式サイト(外部リンク)。世界同時開催のスケッチや日本の災害支援のためのイベントも行なわれている。 |
週アス:これまではストーリー・アーティストとして作品に携わっていたわけですが、今回、監督として短編をつくられて大きな違いはありましたか。
カサロサ監督:今回の『月と少年』は7分なので、すべて自分で絵コンテを手がけることができました。長編となると、さすがにそういう訳にはいかず、アメリカの場合は絵コンテを担当するストーリー・アーティストが5~10人はついて、チームで作業をします。日本では監督がすべて絵コンテを手がけるというスタイルなので、またちょっと違いますね。『月と少年』は、宮崎スタイルで絵コンテを描けたのがとても嬉しい体験でした。
長編のために、ストーリー・アーティストとして作業をするときは、兵士のような感じで、とにかく監督のために、最高のストーリーテーリングにつながるために何ができるか、こういうショットはどうか、こういうフレーミングはどうかと、ビジュアルのことを考えながら提案していきます。一方で、監督は全体の作品としての絵を決して見失ってはいけないので、大きな目をもっていなければいけません。これを伝えたいんだという強い想いと、それをまたチームに伝えなければいけないという仕事です。
今回、監督を担当してすばらしかったのは、絵コンテの次の作業を体験できたことでした。キャラクターデザインやショットを積み上げていくレイアウトの作業などは今まで経験したことがなかったので、とても勉強になりました。
週アス:宮崎監督の真似をして、水彩画で絵コンテを描かれたということですが、最終的に完成した作品はフルCGです。水彩画で描かれたことは何か影響がありましたか。
カサロサ監督:最初は2Dで撮るという話もあったのですが、自分としては、やはりピクサーならではのツールを使いたい、物語に入り込んでいけるような力をもっているCGでやりたいと決めていました。ただ、そこに水彩画のタッチも取り入れたいと考えました。
物語自体がちょっと寓話っぽいところがあるので、絵本のようなスタイルをめざしました。オペラではないですが、舞台装置のように、すべてがリアルに存在するのではなく、背景は背景として描くのがおもしろいのではと思ったのです。空などの背景には水彩のタッチをいかすために、絵をスキャンして、CGで作成した舞台にマッピングしています。
週アス:セリフはほとんどありませんが、監督の故郷であるイタリアの雰囲気を感じさせる作品ですね。
カサロサ監督:そうですね、イタリア的な音を取り入れていますし、イタリア人は手を使っていろんな表現をするので、キャラクターのジェスチャーにもそういう動きを入れています。そのためにイタリアのコメディー映画などを参考にしてもらいました。
ストーリー的にはちょっと古風な家業がイタリア的に感じられるかもしれません。同時に普遍的でもあると思います。服装は1920年代の労働者たちの雰囲気を参考にしています。ファンタジックな仕事を、おじいさん、父親、息子という家族でやっているというコントラストをねらいました。
『月と少年』
父親と祖父の仕事を少年が手伝う初めての日。夜の海に小船を浮かべて待っていると、大きな月が昇り……。全編夢のような美しさに満ちたファンタジックな短編。
『メリダとおそろしの森』同時上映
●公式サイト
●7月21日よりTOHOシネマズ日劇ほか全国公開
©DISNEY / PIXAR
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