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ベンチャー投資の新潮流 isologueともしドラ編集者がおこすイノベーションとは

2012年02月09日 09時00分更新

 『起業のファイナンス』やメルマガ『週刊isologue』などで知られる磯崎哲也氏と株式会社インターリンク、同社代表取締役の横山正氏が今年1月1日に立ち上げた組織『フェムト・スタートアップ』が話題になっている。

 フェムト・スタートアップはネット関連ベンチャーへのサポートを行なう組織で、2月1日には第一号投資案件を発表。投資先のピースオブケイク社は『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(もしドラ)』をはじめ多数のベストセラーを手がけた元ダイヤモンド社編集者、加藤貞顕氏が昨年末に設立した新会社だ。

 なぜ、磯崎氏はもしドラ編集者のベンチャーに投資したのか。また、デジタルコンテンツの課金プラットフォーム参入を考える加藤氏の狙いは何か。ふたりにお話を伺った。

ベンチャー投資の新潮流 isologueともしドラ編集者がおこすイノベーションとは

■投資を決めた理由

――磯崎さんは、今回、投資案件第一号ということで加藤さんの会社に投資されたとのことですが、どのような経緯で知り合い、投資するまでに至ったのでしょうか。

磯崎 まだ加藤さんがダイヤモンド社におつとめのころに、週刊ダイヤモンドの記者さんを通じてご紹介いただいたのが最初です。『もしドラ』の担当編集者というので「ええ! すごい!」と(笑)。それで、「なにか本でも出しませんか」と口説かれるのかと思ったら、そうではなくて、電子書籍の事業だったかの話をして。それ以来のおつきあいですかね。

加藤 ええ。初めてお会いしたのは居酒屋でした(笑)。

磯崎 そのときはまだ、独立されるっていうお話ではなくて。

加藤 はい。そのときはそこまでは考えていなくて、起業に向けて動いたのはその後ですね。10月末に会社をやめてしばらくふらふらしていたんですが、急に会社をはじめようと思い立って12月にピースオブケイクをつくりました。

磯崎 実は私も昨年の11月ぐらいから、このフェムト・スタートアップという組織を立ち上げようと動いてまして。「1号案件になりませんか」と加藤さんにお声がけして、事業のお話などいろいろとさせてもらった結果、「サポートさせていただきたい」という流れになりました。

――そうすると、フェムト・スタートアップと加藤さんの起業は並行して進んでいた時期があったと。

磯崎 そうですね。ただ、「この時期にたちあげよう」というふうに示し合わせたわけではまったくなくて、全然別々の経緯です。

加藤 ええ、偶然タイミングが一致したというかたちです。僕にとってはラッキーでしたね。

――磯崎さんがピースオブケイクを第一号案件に決めた理由は。

磯崎 まずは、加藤さんが日本でデジタルコンテンツのプラットフォームを立ち上げる上で稀有な人材だというのがあります。彼はとても優秀な編集者ですが、それだけではなくて、昔はLinuxのコミュニティに出入りされていたり、アスキーに在籍していたこともあってインターネットやコンピュータの分野にも詳しい。
 それから、ベンチャーで一番大事な部分をもっている方だと。ベンチャーでは事業計画をたてて、それを寸分たがわず実行していく能力が求められるかというと、そうではありません。やってみなくてはわからないことがすごくたくさんある。SNSのように、一直線にどんどんユーザーが増えていくといったことも、たまにはありますが、多くの場合、最初の計画とは異なった紆余曲折の展開をみせることになります。そのため、変化する環境に対応していく力こそが重視するべきだと思うのです。その点で、加藤さんは日本のデジタルメディア、デジタルコンテンツの分野でそれができる一人者ではないかと思った次第です。

加藤 いやあ、なんかすごいですね。光栄です(笑)。

磯崎 実はそういう人じゃない? いまさら言われても、お金もう振り込んじゃいましたから(笑)。

 

■ベンチャーとお金、そしてイノベーション

加藤 磯崎さんには資金だけでなく、起業にあたってのいろいろなアドバイスをいただいています。たとえば、小さいベンチャーって生きるための仕事をしなければいけないことも結構ありますよね。

――ええ。日銭を稼ぐという。

加藤 そう、生きていくために日銭を稼ぐ。でも新しいモノも開発しなくちゃならない。でも、それって全然違う行為なんですよ。生きるための仕事をしていると、そっちばっかりになっちゃたりして。で、そっちでけっこう稼げてしまったりっていう。
 じゃあ、そういう時に具体的にどう問題を解決すればいいのか、日銭を稼ぐのをやめて新しいことをやるなら、その間の資金はどうやって確保するのか。そうしたアドバイスをいただきながら進めています。

磯崎 シリコンバレーだと、受託開発をしながらサービスをつくって大きく事業を成長させたって人は、あまりいないんですよね。日本だと、いろいろやってるうちにスケーラブルな事業を思いつくという人もいますけど。

――そういえばアメリカのベンチャーでは受託ってあまり聞かないですね。

磯崎 なぜシリコンバレーのベンチャーが受託開発をしないかというと、まとまった資金がいっきに集まるし、その資金を使って人材などの経営資源も獲得できるからなんです。たとえば、「やりたい事業のために、お金が1億円必要だ!」となったとしましょう。自分で稼ぐという手もあるし、資金調達という方法もある。そんなとき、1年に2000万円ずつ稼いで5年間貯金するより、1億円を株式で調達したほうが早いなら、そっちを選んだほうが、大抵の場合は競争力があるはずなんです。
 これまでの日本では、ベンチャー自体が少なかったというのもあって、業界自体ものんびりしていてそれほど競争もなく何とかなっていました。
 でも、ピースオブケイクのやろうとしているデジタルコンテンツの分野は、いま、日本では結構難しいタイミングだなと思っています。いつブレイクするのか微妙なところもあって。Googleが小額課金でせめてくるとか、Kindleが意外と大きく伸びるとか。あるいは、『iBook Author』ようなものも出てきた。

――先日発表された、Appleの電子書籍制作ツールですね。

磯崎 ええ。ああいうツールで、みんなが直接デジタルコンテンツをつくりはじめたとなりかねない、戦っていかなきゃいけないという状況です。今年デジタルコンテンツの分野が来るなら、受託開発を受けてしまうよりも、ある程度資金をしっかり確保しておく。それで、「来たぞ」っていうタイミングでグっとアクセルが踏める、波がきたときに乗ることができる体制を整えておきたいなと思いますね。

加藤 そういう資金調達のやりかたとかそれと合わせた戦い方は、僕には全然わからないわけですよ。ついこの間まで会社員だったので、そういう経験はないですから。そこを磯崎さんをはじめとするプロのみなさんに教えていただけるのは本当にありがたいです。今、起業にあたっていろいろな書類や契約書の作成などの手続きを経験しているのですが、これは自分ひとりでは絶対に無理だったなと痛感しています。
 でも、日本のベンチャー起業家の多くは受託もしながら資金調達したり、あるいは銀行から借りたりして、お金をやりくりしてるんですよね。

磯崎 そうですね。日本の「狭義の」ベンチャーの歴史って、まだ10年ちょっとしかありません。設立したばかりの企業が普通に株式で投資を受けられるというのは、日本では2000年くらいからはじまったわけです。
 お金って、「お金ください」って起業家が言ったら、「はいそうですか」と投資家が目つきや身なりだけを見て、ぱっと投資してくれるということはないんですね。「でっかい将来図を描いていて、こう投資したら、こうやってお金がうまれてきますよ」という話をして投資家を「確かに将来お金を生みそうだ」と納得させないといけない。
 その画を描くのはもちろんのこと、その画をわかりやすく説明する必要があります。事業計画をかいて、それだけで納得させられるかというとそうではない。プロトタイプなりを用意して、投資家にお見せしていくというのも必要だと思います。

――大志を抱いて起業した若者が、新しいことよりも目の前の受託でなんとなく儲かって、こじんまりまとまってしまう、というのは聞く話です。

磯崎 そう。おっしゃるとおりで、こじんまりまとまっちゃうんですよ。起業してなんとか生活できるようになって、家族ができたと。従業員も増えて、従業員にも奥さん子どもができて、その子が私立の学校に入った、授業料もかかります、なんていう話が増えてくる。すると「会社が潰れる確率50パーセントだけど、すごいイノベーティブなことしようぜ!」という方向には、たぶん進まない。だから、はじめからベンチャーのDNAで固まったヤツらが集まってやっていかないと無理だと思うんです。
 受託で食っていくのも大事で立派なことです。世の中のほとんどすべての会社は、そうした「ちゃんとした」会社です。でも、イノベーションを起こすっていうのは誰もやったことないことやるっていうクレイジーな話ですから。こんなにリスクのあることはありませんし、お金をどう供給するかを考えないとできません。フェムト・スタートアップでは、そこを支援していきたいと思っています。
 今回、ピースオブケイクに投資させていただいたのも320万円という少額なので、これで一生食っていけるわけではありません。次のラウンドのファイナンスもぜひ成功させないといけないですよね。

 

■デジタルコンテンツの可能性

――ピースオブケイクは、電子書籍のようなデジタルコンテンツの分野での課金プラットフォームを考えているとのことですが、この分野を選んだ理由は?

加藤 いま、電子書籍はみんなが注目していますよね。僕も前職では、フリーランスのエンジニアのかたと『DReader』(※編集部注:ダイヤモンド社の電子書籍ビューワーアプリ。現在はBookPorter)をつくったり、50点くらいの書籍を紙から電子におきかえるという作業をしたり、そしてそれをマーケティングしたり、販売したりといろいろ経験しました。
 DReaderを使った『もしドラ』のアプリなんかはかなり売れて、いろんな賞をいただいたりもして、一定の成功はおさめたと思います。でも、なんだかしっくりしない思いがずっとありました。
 みんなが注目している、いわゆる“電子書籍”はこれからも盛り上がっていくだろうとは思います。でも、これがデジタルコンテンツの最終型とは思えなかったんですよ。もっとデジタルならではの別の形があるんじゃないかなと。
 出版市場はピーク時には2兆5000億円あったのですけど、現在は1兆8000億円まで減っています。この減ってしまった部分、あるいはこれまでの出版市場にはなかった新しい需要がまだまだ眠っている、そこをデジタルで掘り起こすことができると思っています。

――新しい需要とは?

加藤 たとえば、iPhoneアプリの電子書籍ですが、紙からアプリになると200ページくらいの本が800~1000ページくらいになる。でも、これを読みきるのはなかなか大変です。ユーザーはもっと短く読めるものが欲しくなる。
 そして、ひとはデジタルになると短いものがほしくなるんですよ。映像でいえば、昔は30分や1時間があたりまえだったわけですけど、YouTubeで見るんだったら3分くらいであってほしい。音楽もかつては3000円のアルバムを買って聞いていましたが、今はiTunesのバラ売りで買う。デジタルの時代になって人々は「バラ売り」の小さいコンテンツを買いたくなった。アンバンドル化、と言うんですけど。だから、僕はデジタルコンテンツでは“短い本”というのがひとつのキーワードになるんじゃないかなと思っています。

――薄い本でなく“短い本”ですか。

加藤 そう、“短い本”という領域はひとつの可能性があるのかなと思っています。あとは、まったく逆の方向性の、“リッチな本”ですね。アニメーションがあったり、動く図解があったり、音楽があったりする。これらはふたつとも “本”や“電子書籍”というより、“デジタルコンテンツ”といったほうがいいかもしれませんが。

 これをちょっと見てもらえますか。アンバンドル化した世界はどうなるのか? という図です。

ベンチャー投資の新潮流 isologueともしドラ編集者がおこすイノベーションとは

加藤 縦軸は価格で、横軸はコンテンツの強さ、深さみたいなものを表しています。いままでの出版市場で売られていた書籍・雑誌は、パッケージングとか流通とか価格の制約があって、この図だと真ん中あたりに固まっていたわけです。

――なるほど。

加藤 そして、Web上のコンテンツはほとんどが無料か格安で、図の下端のゼロ円のところに張り付いている。ショボいモノからすごいモノまで横軸の端から端まで、すべてフラットにゼロ円なんです。でも、これは本当はおかしい。Web上のコンテンツでも、すごいモノ、価値があるものは値段がつくのが自然の姿ですよね。流通とか製作の環境に制限があるからこうなっていないだけで。
 このことに気づいたきっかけは、最近はやりの有料メルマガです。この図だと少し安くて少し浅いところにプロットしてありますが、高くて深いものでもいろんな有料メルマガがありうるし、実際にすでにバリエーションも相当ある。
 そういう視点でこの図を見ると、空いてるところがまだまだいっぱいあるんですよ。

――この図だと、コンテンツとして深くて、しかも高額、というところが空いていますね。これはどういうものを想定してますか。

加藤 ここはリッチコンテンツのエリアですよね。たとえば、英語のインタラクティブな教材といった教育分野が有力です。
 すごく高い本もつくれるんじゃないかと思うんですよね。

――高い本とは?

加藤 これは以前、成毛眞さん(※編集部注:元マイクロソフト株式会社(日本法人)代表取締役)が言っていたことなんですが。たとえば、日本の高級割烹の料理人が料理している映像を撮影して、くわしい解説をテキストでつけて、フランス語・中国語・英語・イタリア語対応にして、10万円くらいで売ってみる。すると、世界中で1000部くらいは売れるかもしれない。なぜなら世界中のシェフが買うから。10万円の本を1000部売るのって、1000円の本を10万部売るのと売り上げは一緒なんですよね。
 本がデジタルになると、表現の自由度がまして、パッケージや流通の制約がなくなって、価格の心理的アンカリングがなくって、国境の壁もなくなる。
 つまり、これまでとはまったく違うビジネスができるようになるわけです。本は、デジタルで、もっと自由になれるはずなんですよ。

磯崎 デジタルメディアやデジタルコンテンツの課金分野は、少なくとも“これまでの世界”という確立されたものはほとんど存在しません。今後、どう転んでいくのかまだわからない世界です。AppleやAmazonはすでに乗り込んできていて、Googleもやってくるでしょう。ものすごい戦場になるのは目に見えています。日本の本の1兆8000億円の市場のうち、かなりの部分が、そうしたプラットフォーマーに取られてしまうかもしれない。しかし、彼らがその100%を取るわけではないはずですし、彼らが進出してくることによって、新たに産まれる市場もあるはずです。そこを狙いたい。
 日本だと、iBooksやKindleで売られる以外の電子書籍って、どんなことができるのか? というイメージをつくってる人がまだでてきてないなという印象です。単に電子決済のしくみが用意できる、というだけではマズイかなと思います。やっぱり、「イケてるよね」「おもしろいよね」というものがないとユーザーは飛びついてくれない。加藤さんなら、その呼び水になるようなものをつくれる、そう思っています。

 

作り手にとっては?

――新たなビジネスの可能性があるとのことですが、一方でコンテンツの“作り手”についてはどのようなお考えでしょうか。電子書籍の世界では仕様も乱立し、出版社や作家といった作り手側も苦労しています。iBook Authorのようなツールも出てきてはいますが、加藤さんの言うようなデジタルコンテンツをつくるのは容易ではなさそうですが。

加藤 はい、そこは大事ですよね。課金だけではなくて、作り手にとってもデジタルコンテンツをつくりやすいしくみを用意するつもりです。
 それに、僕は全部をデジタルにしようとも思っていないんですよ。紙で出したほうがいいもの、紙のほうが楽しいものは紙の出版物でだせばいいと思っています。紙ってすごく便利なデバイスですから。
 デジタルは紙と対立するものではなく、新しいコンテンツの「出口」が増えるだけなんですよ。

――サービスの詳細はいつ頃明らかにされる予定ですか。

加藤 春頃にはと思っています。デジタルの時代がきて情報の出口が増えたので、そこにビジネスのしくみを盛り込むと、みんなが気持ちよくものをつくることができて、読者ももっと楽しめると思っています。B2Bで使いやすいしくみも作りますので、出版や映像分野のコンテンツホルダーさんにもぜひ使ってもらいたいですね。

――ありがとうございました。

 

 現在、ピースオブケイクではサーバーサイドやモバイルまわりでエンジニアを募集しており、「すごくエキサイティングな、おもしろいことをしようとおもっています。ぜひ一緒にやりましょう!」とのこと。
 また、加藤氏に同社の目標を伺ったところ明言は避け、磯崎氏が「『デカいことを考えているヤツら』をサポートするのがフェムト・スタートアップですから」とコメント。カブドットコム証券の社外取締役やミクシィの社外監査役を歴任したファイナンスのプロが肩を入れるだけに、今後も注目を集めそうだ。

【関連サイト】
Femto Startup(フェムト・スタートアップ)
磯崎哲也氏のブログ isologue

株式会社ピースオブケイク
加藤貞顕氏のブログ

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