創立30年、ロジクール創立者ダニエル・ボレル氏が語る製品開発秘話
2011年10月24日 09時00分更新
先日の記事で、マウス・キーボードの老舗メーカーであるロジクール30周年記念イベントの模様をお伝えした。今回は、ロジクール創立メンバーであるダニエル・ボレル氏に、マウス開発の裏話、今後の展望、そしてスティーブ・ジョブズ氏へのコメントなどをうかがった。
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ダニエル・ボレル氏(写真右)
Logitech International S.A.取締役会メンバー。1981年、スイスで創立されたLogitech International S.A.創立メンバーのひとり。初期のマウス事業を発展させ、経営家としても知られている。
竹田芳浩氏(写真左)
Logitech International S.A.の日本法人、ロジクール代表取締役社長。セイコー・エプソン、ヒューレット・パッカードなどを経て、2010年より就任。
――ロジクール製品の研究は、ダニエル・ボレルイノベーションセンターで行なわれていると聞いていますが、具体的にはどのような研究や開発が行なわれているのでしょうか?
ボレル氏(以下ボレル) ダニエル・ボレル イノベーションセンターは、R&D(Research and Development)のための施設です。ここでは、マウスの耐久テストやワイヤレスの電波をはじめとしたさまざまな研究をし、その結果を製品に有効的にフィードバックしています。
たとえば、世界最薄のキーボード。これはもともと消費電力をいかに抑えるか、ということを目標に開発されていました。研究を重ねた結果、ソーラーシステムにたどりつき、電池をなくすということで、これまでにない薄さと軽さをも実現しました。つまり、研究の副産物として、世界でもっとも薄いキーボードを結果的に生み出すことができたのです。
――最初から薄さをめざしたのではなく、結果的にあとからついてきたのですね。
ボレル そうです。以前に光学トラックボールを開発したときに、同じような副作用がありました。
わたしたちは当時トラックボールを開発中で、それまでは機械的なトラックボールでした。ユーザーにとって、どんな形状がいいのかをまず考えたときに、やはりエルゴノミクスを重視する必要があるだろう、という結論に達しました。機械的なマウスにはいくつかの制約があり、それらの問題を解決しようとした結果、最終的に光学式トラックボールが生まれて、より良い製品をユーザーに提供できることになりました。
――トラックボールは日本にも根強いファンがいるので、ぜひこれからも作り続けてください。
ボレル 嬉しいですね! ご期待に沿えるように頑張ります。
――ロジクールの製品やジャンルの中には、日本で未発売のものもいくつかありますが、それらの予定はいかがでしょうか?
竹田氏 たとえば、セキュリティーカメラはアメリカでは発売していますが、日本では未発売です。これは新しいカテゴリーの製品を導入する場合、市場動向や日本のユーザーに満足していただけるカスタマーサポートの整備など、考慮すべき問題があるためです。セキュリティーカメラについていえば、まだデジタルよりもアナログの需要のほうが断然大きいので、現状では出していません。今後、デジタルに移行してくれば、そこで吟味し、将来的に出していく可能性はもちろんあります。
――ロジクールといえば、ゲーミングマウスやジョイスティックなど、ゲーム向けのデバイスの印象も強いですが、それらを開発したきっかけはなんだったのでしょうか?
ボレル いちばんの理由は、ロジクールに、ゲームに情熱をささげる人たちがいたことが大きかったと思います。彼らは、ロジクールの製品を使って「倒される前に敵を倒したい」、「画面にもっと敵の山を積みたい」、「敵より少しでも早く動き、撃てるように!」という思いを実現したいというのがきっかけでした。
また、日本の大手ゲームメーカーからOEMを作ってほしいという要望も数多くありました。ソニーのジョイスティックのほか、PCでもハンドル型のコントローラーなどゲームデバイスを多数発売しました。
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↑ロジクールがこれまでに発売したゲームデバイス。ゲームコントローラーは、ゲームファンは一度ならずともお世話になったことが多いのでは? |
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↑最新のゲーミングマウス『『Logicool Gaming Mouse G300』。3000円台という低価格ながら、9個のプログラミングキーを搭載。 |
――スティーブ・ジョブズ氏とお会いしたことがあるとのことでしたが、そのときのお話を聞かせていただけますか?
ボレル ジョブズはわたしたち皆に、色々なものをもたらしたと思います。常に先に先にと進んでいかなければならない熾烈なこの業界の中で、ジョブズはコンピューターを越えたものをもたらしてくれました。彼の言った言葉のなかでも、「成功では決して最終ではない」、「成功というのは決してまっすぐな道ではない」という言葉、そして彼の行動は勇気をくれました。
ジョブズに会ったのは、1997年の10月だったと思います。ジョブズがAppleに帰ってきて、iMacが発表される直前ぐらいでした。
「やることはすべてやる」という情熱を傾けられる人で、非常に集中力がありました。自分がこうだと思ったら決断力をもって突き進むという印象でした。
当時、「iMacですべてを打ち負かすんだ」と、ゆるぎない意思をもって話をしてくれたのを覚えています。1997~1998年はインターネットバブルの直前で、多くの会社が起業しました。その後バブルがはじけ、多くの会社が消えていきました。そのなかで勝ち残った会社は、1998年に設立したGoogleと、1997年にジョブズが戻ってからのAppleでした。
その共通点には、“情熱をもった人がいた”ということだったと思います。
テクノロジーをいかに製品に入れていくか、いかに直感的に実現するかということが非常に重要で、その点でApple製品は本当に優れていました。人々はテクノロジーを買うのではなく、かっこいいから買うのであって、だからこそiMacやiPod、iPhone、iPadは売れたのでしょう。
ロジクールも、みなさんを魅了するような革新的な製品をご提供できるよう、情熱を傾けて開発していきます。また、デジタルライフをもっとパーソナルにする事が大切な使命の一つであるとも思っています。この先20年もぜひ楽しみにしていてください。
●関連サイト
ロジクール
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