魔法のような――言うまでもなく、iPadが世の中に登場したときに、頭にかぶせられていたキャッチだ。今、自分が「彼」の魔法にかかった、あのときのことを思い出している。そう、ちょうど20年前、秋のラスベガス(だったと思う)。
COMDEX(コムデックス)は、そのころ、ヨーロッパのCeBITを除けば、世界最大のコンピューター見本市だった。ビル・ゲイツがその基調講演を行ない、ウィンドウズ3.1が初めて披露されたその年のショウに、当時、スティーブ・ジョブズが率いていたNeXT社もブースを構えていた。が、肝心の製品はどこにも展示されていない。仕方がないので、カウンターに置かれていたNeXTのロゴの入った紙ナプキンを、ごっそり持ち帰った(これを読者プレゼントにしたことは、今だから告白する)。
ショウの2日目か3日目に彼のプレゼンテーションがあった。NeXTステーションだったかNeXT OSの話だったか記憶は定かでないのだが、彼がステージに登壇したときの客席からの拍手の大きさに度肝を抜かれたことははっきりと覚えている。
ただの社長なのになぜ? その理由はわずか10分でわかることになる。
軽いジョークで会場の笑いを誘う。発表する製品の概要についてひと通りしゃべり終えたところで、「じゃあ、そろそろデモを見せようか」と、ジャケットを脱いだ。そのジャケットをノールックで、ステージ中央に置かれていたコロ付きチェアーに放り投げる。ジャケットは見事に椅子の背に掛かって、そのままツーと椅子が横にすべる。約50センチ。鮮烈だった。
あまりにカッコよかった。魔法にかかった瞬間。
プレゼンが終わったとき、思わず立ち上がっていた。生まれて初めてのスタンディングオベーション。気がつくと、会場中が皆そうしていた。
あのカッコよさを、伝えたくて伝えたくて、この世界にずっと関わってきたように思う。ありがとう、スティーブ。今はこれ以外に言葉が見つからないよ。
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