衛星データをオープン&フリーで利用できる「Tellus(テルース)」。経済産業省とタッグを組んでプロジェクトに取り組むさくらインターネットにとって、プロジェクトはどんなものだったのだろうか? さくらインターネットの田中邦裕社長、Tellusプロジェクトの城戸彩乃氏、オウンドメディア「宙畑」編集長の中村 友弥氏に話を聞いた。(インタビュアー アスキー編集部 大谷イビサ 以下、敬称略)
斬新とも言える官公庁案件、われわれしかできないという自負があった
大谷:まずは田中さんにTellusプロジェクトに関わったきっかけを教えてもらいたいと思います。
田中:きっかけは弊社フェローの小笠原です。政府が衛星データをもっと活用してほしい、そもそも衛星データが重要であることを知ってほしいと考えていることを知ったことですね。今まで「衛星データは特別なもの」という印象が強すぎて、開発者やビジネスプランニングする人が狭い範囲で閉じていました。これをもっとオープン・開放するのが政府の意向でした。衛星を開発するのではなく、市場を開発したいという意向も経産省の方から聞きました。
大谷:そんな経産省の話を聞いて、田中さんはどうお考えになりました?
田中:われわれのビジョンは「やりたいことをできるに変える」なので、ぜひやりたいと思いました。インターネットを使って、衛星データをオープンに活用できるればいいなと。
宇宙ビジネスって、もともと衛星ありきだったのですが、本来はサービスが先ですよね。サービスの需要が低ければ、衛星のようなハードにかけられるコストはどんどん下がってしまいます。でも、需要が多ければ、衛星を作るニーズも上げられる。データの価値をレバレッジさせていけば、ハードにもコストかけられるはずです。しかも、データやソフトウェアって、一人で使おうが、一億人が使おうが劣化しません。だから、オープンに利用できる環境が重要なんです。
大谷:衛星データの民主化なんですね。
田中:はい。しかも、今回のプロジェクトは、官公庁の案件としてはかなり斬新でした。今までこうした官公庁プロジェクトは、どこかのSIerさんが受託して、孫請け・ひ孫請けに流して、仕様書通りのものが納品されて終わりになります。今回、面白いのは政府がそれを望んでいなかったということです。納品して終わりではなく、システムを構築したときからプロジェクトが始まって、アジャイル的に開発が継続されることがむしろ条件でした。だから、システムの構築は一合目に過ぎないんです。
民営化が前提のプロジェクトなので、民間のノウハウを最大限活用できるよう経済産業省はわれわれの提案ベースで進めることを認めてくれていて、自由度は高いのですが、経済産業省といっしょにわれわれもリスクを負います。本プロジェクトは、3年後には経済産業省の手を離れ、民営化するものです。ユーザーも自分たちで増やす必要がある。こんなプロジェクトは、われわれしかできないだろうという自負もありました。
大谷:どういった部分でさくらインターネットらしさを活かせると考えたのでしょうか?
田中:今回のプロジェクトは、「コンピューティング」と「テクノロジー」、「データ」という3つの要素で構成されています。これらを掛け合わせることで、新しい市場が生みだされるのがプロジェクトの骨子になります。
このプロジェクトでさくらインターネットがなにを提供できるのか考えたとき、「ビジネスプランニング」や「専門性」と言い換えられるテクノロジーの部分は、一朝一夕で獲得できるものでもありません。だから、われわれは持っているコンピューティングとデータを活かし、テクノロジーや専門性を発揮できるプラットフォームとして提供しようと考えました。これがTellusです。
公式ビューアのTellus OSはTellusのデータを検索・表示できます。また、マーケットでは衛星データや地上データをオープン&フリーで利用したり、有料データや衛星データを操作するアプリを購入・販売できます。どちらも、ユーザーが専門性を発揮したり、プランニングに専念できるように設計されています。「やりたいことを、できるに変える」というわれわれのビジョン、宇宙ビジネスに関わる人、衛星データを使える人を増やしたいという経産省の市場開発のニーズとも合致するということで、プロジェクトに手を挙げることを決めました。
大谷:どれくらいのスピード感で話が進んだのですか?
田中:小笠原が話を持ってきて、それこそ1~2ヶ月というスピード感です。初めてのチャレンジなのでリスクは予想できませんし、構築だけではなく運営までやらなければならない。しかも、億単位でお金も動くので、不安な要素はいっぱいありましたが、市場を拡げるチャンスでもあるので、やってみるかと。まあ、今まで億単位で失敗したこともありますので、それに比べたら筋はいいかなと(笑)。
多くの人には衛星データを活用するというアイデア自体がない
大谷:次にさくらインターネットでTellusプロジェクトで実際に手を動かしている城戸さんとオウンドメディアの「宙畑」を作っている中村さんに話を聞いていきます。もともと宇宙とか、衛星に関わっていたんですか?
城戸:私自身がもともと大学で航空宇宙工学を専攻していて、スペースデブリ(衛星・ロケットなど軌道上物体の残骸)を取り除く研究をしていました。でも、ゴミが問題になるくらい宇宙産業がこれからも発展し続けるのか?というところに疑問を持ち、日本の宇宙産業を、かつての自動車産業のように海外に誇ることができる産業に育て上げたいと思うようになりました。とはいえ学生だし、ビジネスプランニングには自信がなかったので、自分ができることとして考えたのが、中高校生向けに宇宙の魅力を伝える「TELSTAR(テルスター)」というフリーマガジンです。
TELSTARで実績もできてきて、中高生に一定の影響を与えられているという手応えが出てきたくらいのタイミングで、自分自身はやってきたことをビジネスにするにはどうしたら良いのだろうか?と考えるようになりました。まずは自ら事業開発に関わりたいということで、就職しようと思いました。でも、就職活動を経験して、宇宙に興味を持ってもその先で宇宙に関わるためには、行くところはそれほど多くない。JAXAか、電気系のメーカー、重工くらいしか主たる行き先が見当たらないんだと気がつきました。それなら、自ら新しいビジネスを立ち上げられるような人を増やしてそもそもの受け皿を増やさないといけないと思い、立ち上げたウェブメディアが「宙畑(そらばたけ)」です。
大谷:なるほど。「宙畑」自体はTellus以前からあったんですね。
中村:はい。私は創刊号からTELSTARに携わっていましたが、2014年に大学を卒業してTELSTARから離れ、オールアバウトの編集・企画職として働いていました。それから3年が経過した2017年に「今度は宇宙ビジネスのWebメディアを始めようと思っている」と城戸に誘われて、今の仕事を活かしながら、面白いことができそうだなと参加することを決めました。
他にも、大手電機メーカーで衛星を開発していたり、某宇宙機関で広報をしていたような、TELSTAR時代に知り合った多様なメンバーが社会人になってから再結集しました。そうして、2017年2月に「宇宙産業を日本の基幹産業に」という城戸の立てた大きな旗に吸い寄せられたメンバーによって、手弁当で作られたのが宙畑です。
大谷:では、宇宙産業を拡げ、宇宙に関わる人を増やしたいという点では、経産省の考えていることと同じだったんですね。確かにSFの影響もあるのですが、宇宙とか、衛星って多くの人たちにとってはかなり敷居高いものですよね。
城戸:多くの人にとって「宇宙」=「宇宙に行く」なんですよ。衛星データを活用するというアイデアはなかなかイメージがわかない。だから、宙畑では宇宙に関心を持っている人にそういう関わり方もあるんだというマインドや拡がりを伝えています。そうやってボランティアベースでやってきたメディアに共感して、さくらインターネットが声をかけてくれ、私自身も転職しました。
とはいえ、私はハードウェア出身で前職は人材系なので、ソフトウェアやITという分野は未知の領域です。でも、Tellusのようなプラットフォームを作ることで、今までメディアで間接的にしか啓蒙することができなかった、衛星データ活用を実際にビジネスに落とし込むことにチャレンジできます。先ほど田中が申していたこと、今回の案件における経産省が目指す方向、すべてに共感しました。だから、声をかけてもらえたときに大きなチャンスだと思いました。
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