評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。酷暑が続きますが、ご自愛ください。11月に聞きたい優秀録音をまとめました。e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
『超絶サウンド!芸劇オルガン』
川越聡子、小林英之、平井靖子、新山恵理
いま、ベストセラーの最新録音だ。キングレコードと東京芸術劇場の共同制作になる、DSD11.2MHz。DSDレコーダーの定番、Pyramixで録音した。素晴らしい音響と音質だ。東京芸術劇場のパイプオルガンはルネサンス、バロック、モダンの3スタイルに変身する世界でもたいへん珍しい可変構造を持つ。ルネサンスオルガン(1オクターヴの中に8ヵ所の純正3度を含むミーントーン(5度をわずかに狭める)で調律されている。ピッチは467Hzと高い)で弾く、J.C.ケルル:カプリッチョ「カッコウ」は、まさにDSD11.2MHzの威力全開。風の音が大音量で、ゴーゴーと轟く。この風がパイプを震わせ、共振させ、音を出しているという実感が、生々しく湧く。まさしくオルガンは「風の楽器」なのだ。
A.ファン・ノールト:詩編 第24編「地とそこに満ちる」。DSD11.2MHzでたいへん感動したのが、最後のピカルディーの3度(マイナー調が最後の一音でメジャーに変化)が強烈に効く。ピアノでのピカルディーの3度はすぐに音が減衰するので、短調が長調で終わるこの進行の有り難みは、いまひとつよく分からない。オルガンの場合、長三度のメジャー音が長くサステインされるので、効用はひじょうに大きい。マイナー世界が最後に、ドミノ倒しのようにメジャーに一気に変わり、ああ助かったという感じる安堵感は、まさにDSD11.2MHzならではの感動だ。
FLAC:192kHz/24bit、WAV:192kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit、5.6MHz/1bit
キングレコード、e-onkyo music
『Weinberg: Chamber Music』
ギドン・クレーメル、ギードレ・ディルヴァナウスカイテ、ユリアンナ・アブデーエワ
ギドン・クレーメルにユリアンナ・アヴデーエワのデュオときたら、注目しないわけにはいかない。ポーランド出身で旧ソ連に亡命した作曲家ミェチスワフ・ヴァインベルク(1919-1996)の作品は、いわゆる現代曲だが、決して楽典を無視するようなアバンギャルドではなく、エスニックさと、エキゾティックが合いまった魅力的なピースだ。クレーメルの繊細で大胆な音運びと、的確なリズムと躍動感で応えるアヴデーエワの合奏の実にエモーショナルなこと。チェロのギードレ・ディルヴァナウスカイテを加えたピアノトリオでは剛毅な音楽性と強固な意志が痛感される。響きが少なく、楽器の直接音がクリヤーに聴き取れる。2018年9月18-21日、ラトヴィアのツェーシスで録音。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『Rachael & Vilray』
Rachael & Vilray
「まるでどこかの中古レコード屋の片隅でずっと眠って忘れ去られていたような」と解説にある。全曲がギタリストのヴィルレイの曲だが、まさにかつてどこかで聴いたようなデジャヴ感覚の昔風のヴォーカルとギターの佳曲揃い。アコースティックギターの調べがとても心地好く、それに乗るヴォーカルも昔日の記憶をよみかえらせるような懐かしい歌いだ。「2.Do Friends Fall in Love?」のレイチェルとヴィルレイのハモリは、まるで40年台のアメリカのオールディーズのような雰囲気。ヴォーカルは明瞭で、ギターの音色もとてもナチュラルだ。
FLAC:88.2kHz/24bit、MQA Studio:88.2kHz/24bit
Nonesuch、e-onkyo music
藤田真央の凱旋ショパン・アルバム。チャイコフスキーコンクールで2位という嚇々たる成績を収める4ヶ月前の2019年2月11-13日に、イギリスのワイアストン・リーズ・コンサートホールで収録された。暖かな、慈愛に満ちたピアニズム。ショパンのロマンティシズム性をまるで拡大鏡で高解像してみせる如く、実に感情豊かに歌わせる。
音調も暖かい響きの中に、感情的なサウンドをうまく表現している。藤田のアルバムは、本欄でかつて『passage パッセージ - ショパン: ピアノ・ソナタ第3番』を採り上げた、この時はエンジニアの深田晃氏の録音で直接音と間接音のバランスが良好だった。本イギリス録音は、ワイアストン・リーズ・ホールを知り尽くした現地のエンジニアが担当。セッション録音だが、響きのライブ感覚が十分愉しめる。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
ナクソスジャパン、e-onkyo music
『SQUARE ENIX ACOUSTIC ARRANGEMENTS』
Various Artist
聴きなじんだ990年代のゲームの楽曲たちが、新編曲で蘇るシリーズの最新作。前回リリースはジャズアレンジ、今回は室内楽アレンジだ。弦、ハープ、ギターを中心にしたクラシック、ジャズのスタイルが新鮮だ。「1.Acoustic: 人魚の伝説」はクラシカルな編曲、「2.Acoustic: 決戦」「3.Acoustic: Nuclear Fusion」はヴァイオリンとチェロが戦っているような疾走的弦楽アンサンプル。ヴァイオリンの速弾きが爽快だ。音調はクリヤーで、音像の位置、サイズも的確。ビアノの艶感、ヴァイオリンの歌いが心地好い。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
SQUARE ENIX CO., LTD.、e-onkyo music
2017年発売のアルバム『PINK』、前作の『SAFARI』に次ぐ、“クイーン・オブ・シティポップ"土岐麻子の新作。日本発の「シティポップ」のムーブメントの最新作だ。センターに大きな音像を占めるヴォーカルは、ナチュラルというより、都会的なスピード感と輪郭感、そして色の鮮やかさ彩度感で彩られたアーティフィシャルな質感。ヴォーカルは音像的に際立つが、バックバンドは楽器の数が多いが、全体としてよくまとまり、一体感がポイントとなる。
FLAC:48kHz/24bit、WAV:48kHz/24bit
A.S.A.B.、e-onkyo music
ドイツ出身のジャズピアニスト、ジャッキー・テラソンの新アルバム。タイトルは「53」。ジャッキーによると「単純に53歳の時にレコーディングしたからだ。ピークの今、このアルバムを通してキャリア、芸術的選択、人生、年齢を受け入れながら、自分のすべてをさらけ出したかった」。ベース、ドラムスとのピアノトリオ。音像が大きく、音場も手前にピアノ、ベースが、背後にドラムスが配置される。音場において距離感が正確に表現されたジャズの録音は珍しい。ピアノの打鍵音はキラキラしているが、輪郭を過度に強調せず、音の内容積が充実している。11曲目「3. Sequentia: Lacrimosa」はモーツァルトのレクイエムからの閃き。哀しみの表情が素敵だ。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Universal Music Division Decca Records France、e-onkyo music
『BLUE NOTE VOYAGE』
ヴァリアス・アーティスト
ブルーノート・レコード創立80周年を祝う、日本発のトリビュート・アルバム。黒田卓也、西口明宏、井上銘、宮川純、桑原あい、角田隆太、菅野知明、石若駿という次代を担うトップ・ジャズメンが、ブルーノートを代表する名曲、「処女航海」(ハービー・ハンコック)、「ソング・フォー・マイ・ファーザー」(ホレス・シルヴァー)、「ザ・サイドワインダー」(リー・モーガン)、「クレオパトラの夢」(バド・パウエル)など、7曲を都内スタジオでレコーディング。聴き馴染んだブルーノートの名作が、最新録音と新鮮なアレンジと鮮烈な演奏で聴けた。ソウルフルで、ブライトな音調だ。まるで、南青山のブルーノート東京にて、眼前のライブを体験しているのようなフレッシュで、突きぬけたサウンドが魅力。音像が明確に捉えられている。2019年7月18日、21日、東京、音響ハウスにて録音。
FLAC:88.2kHz/24bit、MQA:88.2kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
昔のフレンチポップスと、現代のジャズが混ざったような不思議に魅力的な音楽。「異次元感覚を孕みつつ、いつになくポップな浮遊感を湛えている」と解説にあるが、確かに浮遊しているような感覚だ。不思議さは歌われる言葉からも来ていて、「収録曲の大半で唄われるシラブルは、特定の言語ではなく、彼女が"内側の声"を探す旅で見た風景をできるだけ歪みのない形で表現した、言葉にできない波動、言霊のようなものだ」(解説より)という。よく理解できない説明だが、方向感覚が分からなくなるような、存在自体を問い詰めているような楽調は、まさに三宅純のプロデュースの狙いなのであろう。サウンドの明瞭さをあえて否定した、ファンタジックなもの。
FLAC:88.2kHz/24bit、WAV:88.2kHz/24bit
Jun Miyake/P-VINE RECORDS、e-onkyo music
『What's Going On[Live]』
マーヴィン・ゲイ
MCや語りがすべて収録された72年の完全ライブだ。拍手や手拍子、歓声もそのまま収録されているので、ステージ上でのアクティヴィティの様子がイメージしやすい。ヴォーカルのテンション感、艶っぽさは、この古い録音からも十分に伝わってくる。さすがに最新録音ではないので、細かな解像感まではいかないが、アナログらしいヒューマンな音調でステージの興奮感がそのまま聴けるのは、発掘音源として貴重だ。彼の地元であるワシントンD.C.のケネディ・センターで開催されたライヴを収録した。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
UNI/MOTOWN、e-onkyo music
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります