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「IoT H/W BIZ DAY 2019 by ASCII STARTUP」セッション「IoT&ハードウェア事業者が押さえるべき知財のこれから」レポート

他社からの侵害から自社の技術とビジネスを守るには 特許を連携・交渉の武器にする方法

 2019年8月26日、御茶ノ水ソラシティカンファレンスセンターにてIoTとハードウェアビジネスの体験展示・カンファレンスイベント「IoT H/W BIZ DAY 2019 by ASCII STARTUP」が開催された。セッション「IoT&ハードウェア事業者が抑えるべき知財のこれから」では、IoTとハードウェアのスタートアップ2社と、スタートアップの知財を支援する弁護士法人 内田・鮫島法律事務所の高橋正憲氏の3名を迎えて、IoT/ハードウェア分野における知財の守り方と活かし方、企業との連携する際の注意点について議論した。モデレーターは、特許庁でスタートアップ支援を担当する進士千尋氏が務めた。

左より、弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士・弁理士 高橋 正憲氏、株式会社バカン 代表取締役 河野 剛進氏、PLEN Robotics株式会社 COO共同創業者 富田 敦彦氏、特許庁総務部企画調査課 課長補佐 進士 千尋氏

IoT、ハードウェアスタートアップの知財の取り組み事例

 先端を走るIoT/ハードウェアスタートアップは、どのような「知財の取り組み」を行っているのか。バカンの河野氏と、PLEN Roboticsの富田氏からそれぞれの知財戦略を紹介した。

株式会社バカン 代表取締役 河野 剛進氏。2016年6月にバカンを創業。IoTとAIを活用した、レストラン、トイレ、カフェなどの空席情報配信サービス「VACAN」を提供している

河野氏(以下、敬称略):「VACANは、空き情報を把握するためにセンサーやAIを搭載したカメラを用いて自動化・可視化しており、この仕組み技術を特許化しています。現在、国内で9本の特許を取得済みで、さらに出願・出願準備中が3本。海外については主要な特許に絞り、約10ヵ国で出願しています。戦略としては、空席や混雑に特化した周辺特許を固めて、ポートフォリオを構築すること。特許のアイデアは、デザイナーやエンジニア、バックオフィスのメンバーも含め、社員みんなで考えて出し合っています」

VACAN

高橋氏(以下、敬称略):「事務所に相談に来るスタートアップで、最初から知財に取り組めているのは、ほんの一割程度。社内から知財のアイデアが出てくる仕組みは、どのようにつくっていったのですか?」

河野:「大企業と連携することになったのが大きいですね。自分たちの強みを守るためには、必須だと意識するようになりました。前職で知財関連の仕事をしていたメンバーもいたので、じゃあ、みんなでアイデアを出して、特許化できるかどうかを考えていこう、と今の形になりました」

高橋:「大企業とスタートアップが連携するとき、大企業側はスタートアップに対して『アイデア部分だけがもらえればいい』という意識になりやすい。そこに特許があれば、交渉の武器になります」

河野:「特許技術があっても、事業化するには、サービスとしてブラッシュアップしていかなくてはいけない。資金や人材、販売チャネルをもつ大企業に参入されると確実に負けてしまう。だからこそ、特許によって最低限の権利を守ることで、安心して大企業と連携できるのではないかと思います」

PLEN Robotics 株式会社 COO共同創業者 富田 敦彦氏。2017年に代表の赤澤 夏郎氏とともにPLEN Robotics 株式会社を共同設立。顔認識カメラを搭載したキューブ型ロボット「PLEN Cube」を開発・製造・販売する

富田氏(以下、敬称略):「PLEN Roboticsは、2015年にオープンソースの教育研究開発用ロボットを作ったのが始まりです。世界中の大学や開発者コミュニティーからは大きな反響があり、クラウドファンディングでも成功した一方で、大手企業からはあまり評価が得られませんでした。

PLEN Cube

 そこで、ロボットを動かす制御アルゴリズムの特許を出願し、デザインの意匠や商標の登録をし、知的財産の整理と権利化をしました。すると、大手企業との提携ができるようになりました。ただし、具体なプロダクトがないまま技術だけを特許にしてもユーザーの広がりにはつながりにくく、また、特許権は実体がないので他者からの侵害が比較的容易で、権利を守るためのコストも無視できません。係争中の会社はイメージダウンも避けられません。そこで、新しく開発したPLEN Cubeについては、ソフトウェアの一部をオープンにして、社外の開発者と連携する戦略を取っています」

高橋:「富田さんは、知財のいい面と悪い面を経験から学ばれている。知財の世界では、これをオープン/クローズ戦略といいます。技術をオープンにしてみんなに使ってもらうことで、市場のパイを広げられる。クローズにすると自分たちのうまみの収益を得られる。これをミックスしたのが今の形ですね。一部をオープンにして幅広く人を呼び込みつつ、重要な技術は隠すことで自分たちのビジネス領域を守る、という戦略です」

他社からの侵害から自社の技術とビジネスを守るには

 続いてのトピックは、「IoT、ハードウェアスタートアップが押さえておくべきこと」として、これから知財戦略に取り組むスタートアップに向けて高橋弁護士からアドバイスをもらった。

弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士・弁理士 高橋 正憲氏。知財紛争処理およびコンサルティングを担当。内田・鮫島法律事務所は、TBSドラマ「下町ロケット」のモデルになった事務所として有名

河野:「表に見える形になっているものは、特許を取得し、オープンにすることで他社と組みやすくなります。一方で、目に見えないサービスの運用ノウハウなど、特許を取らずクローズにしたほうが守りやすい。また、特許が1つだけでは、簡単に迂回されてしまう。周辺特許も押さえて、迂回されない構造をつくるといいと思います」

高橋:「先述しましたオープン/クローズ戦略には2つの面があります。河野さんの戦略は、特許を取るか/取らないかというもの。一方で、富田さんの戦略は、自社技術を使わせるか/使わせないか、という意味のオープン/クローズ。両方のメリットをうまくミックスして使ってほしいですね」

特許庁総務部企画調査課 課長補佐 ベンチャー支援班長 進士 千尋氏

進士氏(以下、敬称略):「河野さんからは、他社との連携や争いに備えて事前にやっておくべき準備という観点から知財の守り方についてお話しいただきましたが、富⽥さんは、実際に訴訟をされたご経験を踏まえて、スタートアップの⽅にアドバイスはありますか」

富田:「特許は自動的に保護されるわけではないので、自分で守らなくてはいけない。侵害されていないかどうかをチェックして、イザとなったら裁判をも辞さない、という心構えが必要です。権利を登録して契約を結んでおけば、9割のトラブルを避けることができたとしても、実際に裁判にまで発展してしまうのは想定外の相手です。とても勝てそうにないリソースが豊富な大組織、あるいは、勝ったとしても得るものが何もないような小さな侵害者、といった極端な相手の場合、どのように戦うのか。経営者は考えておくべきでしょう」

進士:「スタートアップは、訴訟を抱えること⾃体がリスクになりますし、お⾦も⼈もかかるために、本体の事業が危うくなってしまいかねません。スタートアップはいかに戦うべきか、あるいは、訴訟の瀬⼾際で交渉を進めていくべきなのか、高橋先生からコメントをいただけますか」

高橋:「非常に難しい問題ですね。我々法律事務所にこうしたご相談があった場合、私であれば、戦わない、という選択をします。当然法的措置は視野に入れた上で、裁判の選択肢を取らずに事実上の策として、交渉ベースや取引先の関係、大企業が相手であれば、関係の管轄官庁との関係も考慮して進めていくでしょう。必ずしも訴訟に持ち込むのでなく、相手によっては、戦わずして勝つのもひとつの方法です」

大企業との協業で知財について注意・配慮すべきこと

 

 最後のトピックは、「スタートアップと大企業との協業で知財について注意すべきこと」。

河野:「特許を取る場合、権利はどちらが所有するのかを事前に契約しておくこと。あいまいなまま進むケースもあるが、そのときは、お互いに納得できるまでしっかり話し合うことが大事です。最近は、大企業側もスタートアップへの理解が深まっているので、話をすれば、こちらの立場も尊重してもらえようになってきています」

富田:「プロセスのマネジメントが大事ですね。大企業側から提案を求められると、すぐに応じたくなりますが、契約を結ばないうちに、相手が欲しかったアイデアをすべて渡してしまわないように気を付けないといけない。また、担当者同士が企画を進めていたのに、じつは上層部に通っておらず、ボツになるケースもよくある話。契約をするにしても、実際に契約書を作成するのは直接対応していた部署ではなく、知財や法務部門になり、いつの間にか契約内容が変わっていることもあります。協業する相手の意思決定の仕組みや社風を調べておくべきかもしれません」

高橋:「ベンチャーにも利益を与えて共に成長していこう、という意識の高い企業と、昔ながらのマインドが抜けていない大企業が混在しており、それを見分けるのは難しい。そこで、ベンチャー側の対策として、企業とのやりとりを紙に書いて残して、担当者に押印してもらっておくことがよいでしょう。とはいえ、ほとんどの大企業はベンチャーを食い物にしようとは思っているわけではなく、ただ慣れていないだけ。オープンイノベーションでは、これまでのセットメーカーの契約書が使えないため、彼らもどうしていいのかわからない、というのが現状です。昔ながらの下請け扱いをされてしまわないように、言うべきことは言う、というスタンスは大事です」

 会場の来場者からの質疑応答では、「特許を取る前の競合調査はどのようにしているのか」という質問があった。河野氏は、「特許の一覧は見ますが、競合の存在はあまり気にせずに、それよりもニーズがあるかどうかを優先して、もし障害となるものが見つかれば迂回方法を探ります」と回答。

 また、「WebサービスやアプリのUI、UXの意匠権についてはどう考えているか」との質問に対しては、高橋氏から、「2019年5月の意匠法の改正で、関連意匠制度が見直されて、類似の意匠までが保護対象になりました。まだ事例はありませんが、UI・UXを守るための戦略として使う企業がでてくるかもしれません」とアドバイスした。

 特許や意匠を登録したからといって、確実に権利を守れるとは限らない。それによって得られる利益とリスクのバランスを見定めながら、うまく戦略を立てていってほしい。

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