評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。新生活を迎える4月を目前に控えてリリースされた優秀録音を中心にまとめました。e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
『アントン・ガルシア・アブリル:
無伴奏ヴァイオリンのための6つのパルティータ』
ヒラリー・ハーン
ヒラリー・ハーン、絶好調。先日は東京で、バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタを弾き、聴衆に大きな感銘を与えた。彼女は新作の委嘱にも積極的で、この「無伴奏ヴァイオリンのための6つのパルティータ」はバッハではなく、スペインを代表する現代作曲家の巨匠、アントン・ガルシア・アブリル(1933-)の手になるもの。ジャパンアーツのホームページに掲載されているヒラリー・ハーンのインタビューがたいへん面白い。
「私が彼に作曲を依頼したのは、彼が素晴らしいポリフォニーを用いる作曲家だからです。ポリフォニー、つまり和声とは、いっときに多重の音声を用いること。彼はヴァイオリンのためにその和声法を用い、それがとても自然で、しかも彼独自のもので、さらに表現が豊かな作品でした。(中略)彼が書いてくれた作品に心が躍りました。とても感情が込められた、そして斬新な、曲でしたので。最初に聴いた時の印象がとても快かった。なにか「これ」という、ひとつのことを感じなければいけないような狭さがなく、心をとても自由にしてくれる…そういう曲だったのです」(インタビュー全文)
「無伴奏ヴァイオリンのための6つのパルティータ」は、バッハ時代の形式に則ったオリジナル曲。この手のものは、中味はそう来たのかと驚くたぐいのものが多いが、このパルティータ新曲は、バッハが今生きていたら、きっとこう書いたに違いないと思わせる、現代性と古典性の巧みな融合が楽しめた。重音の使い方にはバッハとの共通点が多い。委嘱した当人のヒラリー・ハーンだけあり、テンションとエネルギーの籠もった素晴らしい演奏だ。音質も素晴らしい。直接音と間接音のバランスが良好で、クリヤーにて、すがすがしい。 アメリカはデラウェア州ニューアーク大学GOREリサイタルホールにて、 2017年6月録音。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Decca Music Group Ltd.
『Highlights from Aoi Works II【K2HD】』
手嶌 葵
映画「轢き逃げ -最高の最悪な日-」 テーマソング「こころをこめて」(一曲目)を含む、タイアップコレクションアルバム。かそけき、はかなき歌声だが、その特徴的な音色の背後には、強靭で強固な芯の強さを持つヴォーカリスト、手嶌葵の魅力が十全に堪能できるアルバムだ。表現の音楽的ボキャブラリーが多い。暗いなかの明るさ、明るいなかの暗さという、感情の深みとアンビバレントが、味わいを深くしている。フレーズの終わりで母音を明確にしている時と、していない時があり、母音と子音の使い分けでニュアンスを出すのが上手い。
オリジナル「1.こころをこめて」はそんな手島の音楽的な特質を活かした佳曲だ。松田聖子で有名な「3.瑠璃色の地球」はしっとりとした感情が聴ける。語尾の子音の擦れが魅力的だ。「5.La Vie en Rose」は、味わい系の擦れ声が英語で聞けるのがお得だ。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
VICTOR STUDIO HD-Sound.
大隅寿男氏はドラムス界の大ベテラン。艶っぽいドラムスサウンドは、業界広しといえども、ワン・アンド・オンリーだ。ウルトラアートレコードの第1弾「情家みえ・エトレーヌ」では、A面のドラムスを担当していただいた。「キャラバン」の録音スタジオがポニーキャニオン代々木スタジオというのも偶然の一致だ。情家みえの音源話をすると先日、デジタルと共にアナログで録っていた76センチ・2インチ・24トラックテープからの2ミックスダウンを行い、そのあまりの素晴らしさに関係者一同震えた。LPを制作するためにミックスダウンしたのだが、それを同時に世界最高のDAW、ピラミックスにてDSD11.2MHz、DXD384KHz/32bitのハイレゾファイルを作成したところ、これも圧倒的に素晴らしい。ウルトラアートレコードではe-onkyo musicで、これらの超絶ファイルのダウンロード販売を行う予定だ。
「大隅寿男」、「ポニーキャニオン代々木スタジオ」のキーワードから、うちの宣伝になってしまったが、この「キャラバン」もたいそう音が良い。一曲目「キャラバン」は、サックスがメインにフューチャーされる。その音の突きぬけ感、テンション感、躍動感……が耳にというより、体に感じる。次のピアノソロも明確な鍵盤感と、スピーディな音運びで、これも快感的なグルーブだ。次ぎにいよいよ御大、大隅寿男のドラムスソロ。各構成要素を左右に振り分け、ダイナミックな音像ポジショニングで、迫真感、満点。私の代々木スタジオでのジャズアルバム制作の経験からすると、本アルバムは、楽器のフューチャー感がひじょうにストレートで分かりやすい。安富祖貴子のヴォーカルは明朗で明瞭。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
M&I
今のさだまさしの過去名作のセルフカバーアルバム。しかも、2作品同時リリース。「新自分風土記I~望郷篇~」では故郷・長崎をテーマに、「新自分風土記II~まほろば篇~」は奈良をテーマだ。
「新自分風土記I~望郷篇~」では「1.精霊流し」「4.長崎小夜曲」「10.主人公」と懐かしい曲が並ぶ。「1.精霊流し」は、オリジナルとはまったく違うシンフォニックな編曲だ。ぶ厚いオルガンサウンドをバックに、朗々たるさだまさしの叙唱が聴ける。オリジナルの若い声とは違うものの、味わいは深い。間奏はオリジナルではさだまさしがヴァイオリンを弾いていたが、今回は堂々の混声合唱だ。歌謡曲ではなく歌曲の趣き。「10.主人公」も、成熟した声と表現力が堪能。聴いていくと、さだまさしは希代のメロディメーカーであり、歌詞と旋律の深いつながりが再発見できる。ヴォーカル音像のボリュームが大きく、楽団を睥睨している。
「新自分風土記II~まほろば篇~」では「4.フレディもしくは三教街-ロシア租界にて-」が白眉だ。この曲の味わいは、かつてのオリジナル盤でも深かったが、年輪を重ねた今のフレディは、さらに感動的だ。丁寧な歌詞の発音から、景色のイメージが沸く。間奏のオーボエの哀愁感も深い。オリジナルも佳いが、新録音の価値も高い。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
Colourful Records
『テクノデリック(2019 Bob Ludwig Remastering)』
Yellow Magic Orchestra
YMO結成40周年記念として、e-onkyo musicでは全アルバムを名エンジニア、ボブ・ラディックによる最新リマスタリングで順次再発している。今回はサンプラーを使った2作品がリリース。1981年発表の「テクノデリック(2019 Bob Ludwig Remastering)」と「BGM(2019 Bob Ludwig Remastering)」だ。「テクノデリック」について述べよう。YMOの路線転換と当時、話題騒然となったアルバムのデジタルリマスターだ。音色がメタリックで、キラキラとしている。コンプレッションによる凝縮感のあるキレキレの鋭い輪郭感が、体に突き刺さる。新しい切り口、新しいサウンド、新しい音色を探索していた当時の最先端グルーブの野心的な試みが、リマスターとハイレゾ化によって、その内実と共に、赤裸々に再現された。目も覚めるような新鮮で、濃密な音飛翔だ。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Direct
日本を代表するサックス奏者、鈴木央紹の5年ぶりのニュー・アルバム 。ハモンドオルガン+ドラムス+サックスというユニークなトリオ編成だが、オルガンが実に味わい深い。他の楽器がソロをとっている間も、通奏低音のような形で、オルガンならではの持続音が、トリオのハーモニーを支えている。レズリースピーカーのドップラー効果も心地好い。サックスの押し出し感と、明瞭な輪郭感、セクシーな音色も素敵だ。 DSDの音は素晴らしい。鮮明で、音の立ち上がり/立ち下がりが鋭く、メイン楽器を緻密にフューチャーしている。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
T5Jazz Records
チェリストの溝口肇氏は、グレースミュージックを主宰するレーベルオーナーでもある。溝口氏が組んだのがチェロ五重奏団。「ソロとは異なるアンサンブルでのチェロの可能性、素晴らしさを追求したい」(溝口氏)という。本アルバムはバッハ、ブーランク、モーツァルトのピアノ曲をチェロクインテットにアレンジ。チェロのヒューマンな音色、深い音調が、明瞭な臨場感とすべらかなテクスチャーを伴って、聴ける。ホールトーンが豊潤にとり入れ、弦楽楽団の豊かな響きに乗って、美しい旋律が奏でられる。384kHz/24bitというハイクラスのパラメーターならではの、ナチュラルさと精密さが融合した、リッチなサウンドが心地好い。白寿ホールで録音。
FLAC:96kHz/24bit、192kHz/24bit、384kHz/24bit
WAV:96kHz/24bit、192kHz/24bit、384kHz/24bit
GRACE MUSIC
DSD11.2MHzはもの凄く音が良い。しかし切り貼り、オーバーダビングなどの編集ができない。そこで、384KHzのリニアPCMの最高峰DXDで録って、編集し、DSD11.2MHzに変換するか(ノルウエーの2Lはその方法を採用)、もしくはとびきり腕の良いミュージシャンを集めて、一発録音するしかない。
そこでDSDを愛するニューヨーク在住のジャズギタリスト、吉田次郎は、ニューヨークの凄腕ミュージシャンを東京に招へい。ソニーミュージックスタジオにてDSDダイレクト・レコーディングを行った。うちのレコーディングでも経験しているが、プロどおしのその場のやり取りから生じるライブ感、グルーブの連鎖感、その場の熱い空気感は編集なしの一発録音でしか味わえない。ひじょうにヴォーカルが透明で、躍動感に満ち、グルーブが精密だ。ベールを数枚矧がした感じが、DSD11.2のメリット。ピアノの燦めき、特に高音のクリスタル感、サックスの突きぬけ感、ドラムスの重量感……など、演奏と音の価値は高い。「3.男と女」の吉田次郎のアコースティック・ギターソロも実に生々しい。
DSF:11.2MHz/1bit
Sony Music Labels Inc.
『Be True (35周年記念 2019 Remaster)』
中村あゆみ
デビュー35周年の中村あゆみ。マイカルハミングバード/ワーナー時代の初期13作品が、5月1日から13週連続ハイレゾ配信中だ。今回は1985年5月にハミングバードから発売された、セカンドアルバム「Be True」を採り上げる。「日清 カップヌードル」CMソングに起用され、大ヒットした「翼の折れたエンジェル」収録の本アルバムは40万枚以上のセールスを記録し、1985年度オリコン年間アルバムチャート16位にランクインした。疾走感とキラキラ感、輪郭感に溢れたPOPハイレゾだ。音が張り出し、その一粒一粒の粒子サイズが大きく、力感が籠もる。メタリック感と迫力感には圧倒される。ヴォーカル音像はセンターに安定的に定位し、楽団とのバランスも好適。とにかくブリリアントな音色が魅力だ。
FLAC:96kHz/24bit
WM Japan
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