名古屋でのkintone hiveの後半も地元企業が生々しい導入事例を披露。高圧ガス設備の建設や保守を手がけるチヨダセキュリティーサービスはDOS/Vベースのシステムからの移行、変速機メーカーのジヤトコは現場でのアプリ開発基盤の導入プロジェクトについて、詳細に語った。
20年来のDOS/Vシステムからkintoneのクラウドへ
後半に登壇したのは高圧ガス設備の建設から保守までを手がけるチヨダセキュリティーサービス 代表取締役の吉本大介氏。吉本氏は、2008年のリーマンショックで受注量が激減し、事業売却を考えていた当時の社長(吉本氏の父)から譲り受ける形で代表に就任。翌年には過去最低の売上を記録するものの、協力会社の関係や工事と検査のバランスを見直すことで事業を回復させ、現在では九州営業所を立ち上げるまでいたっているという。
同社の課題は、ITシステムが古かったこと。DOS/Vベースの見積もり作成ソフトを約20年間使用しており、9年前にバージョンアップしたものの、定期的なサーバーの更新が大きな負荷になっていた。サーバーも社内にあったが、社員数が増え、営業所も増えたため、外から利用する必要があった。こうした経緯からクラウドサービスであるkintoneを導入した。「愛知県の中小企業家同友会でお会いしたウィルビジョンの社長から提案されたのがkintoneだった。目的としては社内にサーバーを持たない、ペーパーレス化、作業の効率化」と吉本氏と振り返る。
基本設計はウィルビジョンと吉本氏で進めたが、実際の詳細設計を行なったのは総務経理を切り盛りしてきた奥様だった。「詳細設計わからなので、丸投げしてしまった。この場を借りて、お礼言いたいと思います。ありがとうございます」(吉本氏)。
チヨダセキュリティーサービスのkintone活用は見積もり作成から入金管理、スケジュール管理、出張、購入、休暇などの社内申請、現場の工程管理、経営分析まで多岐にわたる。見積もり作成、受注、納入、入金管理まではすべてアプリで行なえるようになり、案件ごとにステータスを見ることが可能になっている。「社員に聞くと、クラウド化の評価は高い。出張中でも見積もりを作れるし、申請もiPhoneからできる。なにより、承認速くなったと言われました」と吉本氏は評価する。もちろん、使いにくい部分もまだあるが、きちんと更新できるという点も大きなメリットだった。
吉本氏は経営者として見たkintoneのメリットとして、「承認を通して、社員がなにをやっているのか見られるようになったこと」を挙げる。3年に1回かかっていたサーバー費用やライセンス、サポート費などのコスト削減も大きかったし、データの保全に気を遣う必要もなくなった。
今後は昨年M&Aした鉄工会社との連携を進める。「(M&A先は)ワンマンな会社だったので、隣の社員がなにを作っているのか、自分の商品がどこに収められているかもわからないという状態だった」(吉本氏)とのことで、そもそも情報共有自体がなかった。そのため、まずはホワイトボードを用いた情報共有からスタートし、将来的にはチヨダセキュリティーサービスとM&Aした鉄工会社をkintoneで連携させていきたいという。「ワンマンではなく、社員みんなが考えながら動ける中小企業を目指したいと思います」(吉本氏)。
ジヤトコが考えるよいアプリ開発基盤、よい運用体制
事例セッションの最後「本当の“現場主体のアプリ開発”とは」というタイトルで登壇したのは、ジヤトコ 情報システム部 岩男智明氏だ。岩男氏は、もともとATの開発を手がけていたエンジニアで、社内SNSを立ち上げた経緯を持っている。2011年にいわゆる情報システム部に移っており、現在はジヤトコのkintoneプロジェクトをリードしている。
ジヤトコは自動車の変速機を作っているメーカーで、2018年時点で累計4000万台を売り上げており、特にCVT(無段変速機)はグローバルでトップシェアを獲得している。従業員は1万4600人で、拠点数は国内15拠点、海外12拠点に拡がっているまごうことなきグローバルエンタープライズだ。
ジヤトコは「ユーザー主体の小規模業務改善アプリ作成プラットフォーム」としてkintoneを用いている。岩男氏は企業調査票入力をkintoneに移行した事例について説明した。移行前、ジヤトコの担当者はExcelの調査票をメールに添付し、約700社分送付してしていた。受信した側は当然、Excelの調査票をローカルに保存し、回答したものをメールで送り返す。そしてジヤトコ側は700社分の調査票をファイルサーバーに保存し、集計作業を行なっていた。言うまでもなく、とても手間のかかる作業だ。
しかし、ジヤトコでは現場部門が調査票の作成や回答依頼、URLから調査入力までをkintoneで実装した。URLをクリックし、フォームに入力し、送信すれば完了するので、回答のリードタイムはかなり改善したという。「よいアプリ開発基盤とは、アプリ開発、機運の向上、効果の実感の3つを現場主体で回せること」と岩男氏は語る。
一方、よい運用体制とは「安定運用」と「セキュリティの維持」であり、IT部門が考えるべき事項だと言う。現場でExcelでアプリを作り、それが増殖し、メンテナンスできないという事態はままありうる。「こういう事態はkintoneでも陥る。どうすればいいでしょう」と岩男氏は聴衆に問いかける。
同社の場合、まず「アプリ本体の保守責任者の不在」という課題があったため、責任者を明確化し、運用ルールの遵守を徹底した。また、機能強化に関しては、JavaScriptによる拡張を禁止し、保守責任が明確なプラグインの利用を徹底した。さらに運用ルールの整備と徹底を行ない、命名規則や棚卸し、プラグインの採用基準も明確にした。ちなみに同社ではExcel風の表示や操作を実現する「krewSheet」(グレープシティ)のほか、該当フィールドの編集可否を制御できる「条件付き入力制御プラグイン」(ジョイゾー)、フォーム作成ツールの「FormBridge」(サイボウズスタートアップ)などを採用しているという。
こうした安定運用を進めるためには、社内事情に精通したIT部門とサービスに精通するパートナーベンダーが連携することが不可欠になる。特にkintoneはパートナー制度が充実しているため、こうしたパートナーと協業して運用ルールを整備することが重要だという。「他社事例やサービスに関してはプロのパートナーベンダーに教えてもらい、運用ルールは自社ビジネスのプロであるIT部門が責任を持って作るべき」と岩男氏は語る。
8年前にアプリ開発基盤で頓挫 そして情熱の再燃
次にセキュリティ対策だが、会社のセキュリティポリシーに準じた設計が必要になる。ここでいうセキュリティポリシーとは、情報漏えい時のビジネスへの影響を前提にしたセキュリティレベルと、そのレベルに応じたシステムの運用要件を指す。そのため、まずはkintoneで扱う情報はどの程度のセキュリティレベルかを見極め、IPアドレス制限機能やアクセスログプラグインなどを活用しているという。「ユーザーが混乱せず、安心して使い続けらいらせる体制が必要。これがないと、いくら便利といっても、ユーザーが尻込みしてしまう」(岩男氏)。
ここまでは「よいアプリ開発体制」「よい運用体制」について語ってきた岩男氏だが、全社展開にあたっては、情熱が重要だったという。kintoneに関しても、調達部門での先行試用でまずは効果を実感し、社内営業と理解者が増えたことで、第3四半期には全社活用の決定まで進めることができたという。「ちょっと不備があっても進める力を与えてくれます。進みながら、不備を埋めて、向上し続ける力を与えてくれます。だから情熱が重要なんです」と岩男氏は語る。その後、運用体制の強化とともに、2018年の第4四半期には利用受付を開始し、現在ユーザー数は215名にのぼっている。
岩男氏は8年前、社内SNSをベースにした現場によるアプリ開発基盤を企画したが、結局頓挫してしまったという過去を持っている。「8年後、私はkintoneと出会い、いい開発基盤と運用体制ができると思いました。私が求めていたのはこれだと驚愕しました。情熱の再燃です」と語る岩男氏は、現場力の価値の最大化を実現すべく今もkintoneの全社展開に邁進している。
参加者による投票の結果、ジヤトコは中部地区の代表にも選ばれ、今秋のCybozu Days 2019にグランプリをかけて登壇することも決まった。
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