2018年12月11日、Slack Japan株式会社によるセミナー「ユーザー導入事例紹介セッションWhy Slack?」が開催された。Slackは2014年にアメリカで生まれたビジネスチャットツールであり、2017年には日本語版がローンチされた。実のところは、日本語版のローンチ前から日本でもアンテナが高くSlackの持つオープンな文化がマッチしやすいIT企業を中心に、多くの企業が導入を進めてきた。
すでに多くのファンを抱えるSlackによる今回のセミナーでは、Slackをすでに導入しているゆめみ、スマートニュース、カクイチの3社が登壇。それぞれに、Slack導入前後の生産性やチームの変化、また具体的な活用法などを発表した。導入背景や企業文化の違う3社の事例から、Slackというツールの柔軟性と組織文化に与える可能性を聞くことができた。
コミュニケーションツールの変更時には、ツールがもつ文脈の違いに注意
ゆめみはモバイルサービスに強みを持つ企画や運用、開発を行なう企業で、クライアントには日本マクドナルドやファーストリテーリングなど大手企業が名を連ねる実績ある企業である。ゆめみからは代表取締役 片岡氏が登壇した。
そんな同社の組織には「上司がいない」「給与は自己申告」「無制限有給休暇」などの特徴がある。個人の裁量が大きく、柔軟性のあるチームの文化は、Slackの持つ思想にもマッチがしやすいものだった。
Slackの導入以前の社内コミュニケーションは、メーリングリスト、yammer、facebookグループなどさまざま々なツールを試用し最適な方法を模索した結果、2015年にSlackを導入した。Slackにより、メーリングリスト利用時代の、挨拶文など余分な情報の中から必要な情報を探しだすための無駄な過程や、送信後に編集できないため必要以上に慎重になってしまう時間を排除することができたという。
同社がSlackによるメリットを十分に享受できたのは、導入時に運用ルールを定めるといった丁寧な工夫があったからだ。「Slackとその他のツールではコミュニケーションの文脈が違うため、摩擦が生じる可能性もある」と片岡氏は語り、コミュニケーションルールの一部を紹介した。
たとえば、「時間を問わず相手にメッセージを送っても良い」などは、個人の持つ仕事のしやすさを尊重し、自分のペースで仕事をすることを促す効果がある。一方で受け手の都合もあるが、Slackには「おやすみモード」という機能があり通知の一時停止ができるという。また、おやすみモードを設定しているかどうかは本人以外にも見ることができるため、メッセージの送り手も「今はおやすみモードだから確認には時間がかかるだろう」ということが確認できる。
「24時間以内に返信がなければ気づいていないとしてリマインドをする」というのも、Slackにより情報の流通量が上がった際に生じる可能生のある確認漏れを防ぐものだ。これは少なからず発生するものだが、コミュニケーションは人と人のやりとりだ。レスがないことを「無視している」、リマインドをされることを「せっつかれる」などと感じて、不要な摩擦が起こることもある。でも、きちんと組織としての前提を明文化して置けば、個人の見解の差によるコミュニケーションミスを防ぐルールとなる。
オーブンで、カジュアルで、スピーディなやりとりが可能になる点はSlackの大きな魅力だ。しかし、Slackの根底にあるコミュニケーションの思想は、導入した組織のコミュニケーションのあり方にも大きく影響する。既存の組織文化を振り返り、ギャップを丁寧に埋めていく作業を怠らないことが、ツールの効果を最大化するようだ。
Slackを導入するならチャット文化に意識を向けて運営するべき
スマートニュースからは、エンジニアリングマネージャーを務める尾形 暢俊氏が登壇した。
スマートニュースは世界中の良質な情報を必要な人に送り届けることをミッションとするニュースアプリだ。2012年にiPhoneアプリを日本にてリリース後、順調にユーザー数を伸ばし、現在は海外も含めて3500万以上のユーザーを抱える。
同社でSlackが導入されたのも、ゆめみと同じく2015年だ。導入経緯は、自然発生的に一部の有志のエンジニアメンバーが使い始め、ボトムアップのような形で公式に全社導入されたようだ。
Slackを導入して感じるメリットとして、細かに通知設定ができる点と合わせて尾形氏が強調したのが「よりオープンなコニュニケーション文化を作れる」点だ。現在の同社におけるSlackの活用状況は、793名の登録ユーザー、306名の週間アクティブユーザーがあり、パブリックチャンネル数は525、Slackの特徴でもあるカスタム絵文字の登録数は1125だ。
ここから導入から3年でかなり馴染んでいることが伺えるが、スマートニュース社では、たとえ会話をしたい相手が隣に座っていたとしてもSlackを使ってコミュニケーションをとるという。これによりログを残す文化が定着。もちろん、対面での会話をした方が便利な場面もあるのでその時には後ほどSlackでサマリーを残すようにしているという。これはログが残るだけでなく、他者から見えない会話がなくなることにもつながる。
こうした情報のオープン化は、導入当初から意識をしていたことだという。できる限り情報を公開されるように、閲覧範囲が限られるプライペートチャンネルも可能な限り作らないよう推奨した。実際に、人事情報など一部の情報以外はパブリックチャンネルでやりとりをされているようだ。
Slackを十分に使いこなしているスマートニュースでも、チャットツール運用時の課題は感じている。
まず、ハイコンテクストなコミュニケーションが増え、独自文化・用語が生まれやすいため新しいメンバーにとって会話に入りづらくなる可能性があること。これについては用語集を作ってフォローをしているようだ。次に情報過多になってしまうこと。これはメンションの活用とチャンネルの目的を明確に定めることによって軽減しているという。スマートニュースの事例からは、企業文化とツールの持つ文化がマッチした際に加速度的にコミュニケーションが活発になることを実感させられる。
ITリテラシーの低い組織でのSlack浸透には、地道な成功体験の積み重ねが重要
最後のセッションではカクイチから、IT情報システム部長執行役員である鈴木 琢巳氏、同部署で実際にSlack導入を担当した柳瀬 楓氏が登壇。
カクイチはガレージ・倉庫やホースなどの施工・製造・販売事業をはじめ事業内容は多岐にわたり、拠点もショールームを合わせ全国100ヶ所にのぼる。創業は明治19年。鈴木氏曰く「創業から133年だが、多方面に取り組んでいる自社を"老舗ベンチャー企業"だと自称している」という。
同社がSlackを導入した背景は、トップダウンのピラミッド型の組織から脱却し、メンバー間で繋がり合うネットワークを強化した組織へ変革するためだった。目指す組織の形にもっともマッチするコミュニケーションツールがSlackだったのだ。
しかし、導入の大きな課題になったのが、従業員のITリテラシーのレベルだ。個人メールや個人用端末としてiPhoneが導入されたのは2年前、さらに3年前まで役員の半数がAmazonのことをアマゾン川のことだと思っていたという。「会話するならメールより電話やFAX、書類ならデータより紙」という社内の状況にありながら、トップダウンによりSlack導入の命を受けたのが、新卒入社から半年たったばかりの柳瀬氏だった。柳瀬氏は「"使えないことは当たり前"の前提で、とことん丁寧にとことん伝えることを決めました」と、地道な啓蒙活動からスタートさせた。
同社の拠点は全国にあり、東京本部に籍を置く柳瀬氏がすべてのメンバーと顔を合わせてレクチャーするのは難しい。まずは味方としてITアンバサダーを任命することにした。このITアンバサダーはお互いに使えるように2名でなく2名選定。また選定するメンバーも各営業所でコミュニケーションの起点になりやすい人など、工夫した。続いてオンライン会議システムを使い、彼らへレクチャーを行なう。ダウンロードするところから、メッセージを送る一連の動作を、寄り添い二人三脚でレクチャーしたそうだ。
柳瀬氏はその当時を思い出し、「最初に苦手意識を持たせないが大事だと感じたので、この時間を一番丁寧しました。もう1つ気をつけたことは、謝らないこと。こちらが申し訳なさそうにすると、受け手は『謝られるようなものを使わされるのか』という印象を持ちます。とにかくネガティブな印象を持たないよう、できる限り『ありがとうございます』と感謝の言葉を多用するようにしました」と語る。
この点はSlackに関わらず組織に新しいツールや考え方を導入する際に、担当者が参考にすべき点だろう。組織の変革には摩擦は付き物だ。ここで担当者自身が摩擦に負けてしまうことなくフラットでいることは、変革を表層的なもので終わらせない第一歩かもしれない。その後もSlack社と共同のトレーニングなどを行い、現在は全国での導入がようやく完了したところだという。
カクイチでのSlack導入による効果は「共有するハードルが下がったこと」に尽きる。これまでいかに情報を持っているかが役割や役職に紐づいている文化が一部あったという同社。導入当初は反発もあったが、共有することにより離れている営業所同士が互いの成果を称え合うなどの成功体験を積み重ねることで徐々に共有のハードルは下がったという。実利としても、全国のノウハウが共有され、情報がリアルタイムで確認できる状況になったことで、現場では改善のための発見が増え、経営層では判断のスピードが上がったため、会社の生産性は向上したという。
カスタマイズで「チャットツール」以上の価値を発揮するSlack
Slackの魅力として全ての企業が情報のオープン化が進むことをあげたが、ついで語られたのは連携できるアプリケーションの豊富さやBot機能の充実だ。今回モデレーターを務めたSlack Japan越野 昌平氏のプレゼンによれば、現在セールス/HR/開発など幅広い領域で1500以上のアプリケーションの連携が可能だそうだ。
ゆめみでは、iPad無人受付システム「RECEPTIONIST」とSlackを連携し、来訪者がRECEPTIONISTを使って訪問を知らせると担当者のSlackへ直接通知が届くようになっている。これによって、総務担当者などの受付業務は削減できる。
スマートニュースでは、ゆめみのようなシステム連携はもちろん、Slash Commandによって、簡単にオフィスのフロアマップが呼び出せるようにしたり、緊急時に即座に電話がかけられるようにカスタムしているようだ。越野氏が「Slackのチャットツールとしての側面は一部である」と語るように、よりコミュニケーションや業務を効率化する可能性を感じさせる。
コミュニケーションツールは活用次第で働き方改革の手段にもなりうる
セミナーの最後にはパネルディスカッションが行なわれ、参加者からの質問に登壇者が答える時間が設けられた。働き方改革推進を担当している参加者からは、「Slackを導入すると就業時間後のコミュニケーションが発生するのではないか」と懸念する質問が上がった。
スマートニュースでは、そもそも働き方自体をリモートワークなどを含め多様性を許容しているため、就業時間を固定する概念が薄く、問題になりづらいという。
一方、カクイチによれば、「確かにその課題は存在するが、ただ会社のルールの作り方次第でクリアできるものだ」との見解。また、カクイチ社はSlack導入による働き方改革の恩恵をうけたとう。これまで営業マンは特定の情報を受け取るためにわざわざ営業所へ立ち寄らなければならなかったが、Slackを使った情報の共有が促進され外出先からSlack経由でデータを送ってもらうことができ無駄な移動時間が削減できたという。
その他、「導入するにはどのように会社を説得すべきか」など、参加者の導入意欲が伺える具体的な質問が多く上がり、登壇者はリアルな声を届けていた。
Slackをビジネスチャットツールだと理解するユーザーは多いが、Slackでは「チームの生産性を最大化する ビジネス コラボレーションハブ」と定義している。
チャット型であるため、我々が普段慣れ親しんでいるLINEやFacebookメッセンジャーのように利用できる。しかし、単なるチャットツールではなく『コミュニケーションハブ』というように、チームで導入することによりコミュニケーションが円滑になる機能がいくつもある。さらに、重要なのは機能の根底にある思想だ。
ツールの持つ思想を理解し、現状の組織と真摯に向き合うことにより、ツールはそれ以上の価値を発揮する。Slackはその可能性を最も秘めたツールの一つだろう。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう