東京杉並区の高井戸警察署が特殊詐欺の防止を目指して、「あんしんみーちゃん」というおしゃべり人形を導入した実証実験を実施。対象世帯には約半年で50件の詐欺電話がかかってきたが、被害ゼロという快挙を達成したという。ここでは高井戸警察署や杉並区地域包括支援センター、そして実際の設置宅にお邪魔し、その取り組みを聞いた。
都内での被害額は約62億円!ますます巧妙化する特殊詐欺
不特定多数の相手に対して電話などでアプローチし、お金やキャッシュカードだまし取る「特殊詐欺」が多発している。特殊詐欺とは、オレオレ詐欺や架空請求詐欺といった振り込め詐欺に加えて、振り込み以外でも金融商品名目や異性との交友をネタにした詐欺も含んだもの。警察庁の発表によると、特殊詐欺の認知件数は平成21年に下がったものの、そこからは右肩上がりに増え続けている。平成29年の認知件数は1万8212件。今年も、9月末の段階で1万2965件の被害が認知されている。
東京都全体では、11月末の段階で特殊詐欺の認知件数は約3600件、昨年比でプラス約470件と増えている。合計被害額は、約62億円に上っている。この特殊詐欺の最前線で戦っており、今回、お話を伺うことができたのが警視庁高井戸警察署 副署長 警視の高橋健二氏。まずは、特殊詐欺の最新情報についてご紹介いただいた。
「オレオレ詐欺以外の手口としては、還付金詐欺があります。医療費の還付金がありますと区役所を騙って連絡し、ATMで手続きをすれば、2万数千円が戻ると言うのです。はがきを出したのですが、見ませんでしたか? 締め切りがもうすぐです、と焦らせます。そして、ATMで電話をしながら操作を指示し、振り込ませるのです。しかも、振り込み操作が終わると、「あ~今反応しませんでした」と何度でも操作させ残高すべてを振り込ませるのです」(高橋氏)
これが100万円だと疑問もわくが、2万数千円という微妙な金額なので信じてしまいがち。被害者は圧倒的に男性が多いそうだ。2万数千円とはいえ、結局はその口座の有り金か、その日に引き下ろせる限度額まで振り込ませるので、被害額は大きくなる。
もちろん、警察はATMの周りを強化しており、電話をしながら操作をしている人がいれば、誰かが止めるようになっている。そのため、現在ではキャッシュカードを家に取りに行く手口が増えているという。
「アポ電と呼ばれる電話がかかってきて、「手続きしますので、ちょっとキャッシュカード番号言ってみてください」と言われます。答えると、「あ、それちょっと古くて使えませんよ」と言うのです。そして「近くに係員がいますから、取り替えに行きますね」と言われます」(高橋氏)
すると、自宅や待ち合わせ場所に受け子が来て、カードの入った封筒と引き換えにキャッシュカードを受け取る。その封筒には、新しいキャッシュカードなどではなく、別のカードが入っているそう。暗証番号はすでに入手しているので、出し子が有り金を引き出すだけだ。
今回、取材のために高井戸署に伺ったのだが、入り口に多数の警察官がいて、ちょっと物々しい雰囲気だった。実は、これ駅前で振り込め詐欺の受け子が来ているという110番があって、緊急配備していたとのこと。年末にかけてアポ電も被害も増えるそうだ。
百貨店を騙った詐欺もあるそう。大手の百貨店を名乗り「あなたのカードが不正に使われてます」と連絡が来る。「警察にも連絡してありますから」と言われ電話を切るとすぐに警察を騙った電話が来る。さらに、クロネコヤマトを騙って「配送の連絡を受けたのですが間違いないでしょうか」と畳みかける。それで、「このカードは古いです。新しいカードに取り替えますので、古いカードを受け取ります」、とキャッシュカードを奪われてしまうのだ。
オレオレ詐欺もちょっと手口に変化がある。以前の犯人たちは住所や名前、電話番号の載ったリストを使っていたが、今では電話番号だけのリストしか持っていないこともある。そんな時はあらかじめ電話をかけ、「オレオレ、ミカン送ったけど届いた? 届いてない? 住所確認させて」と言って、住所を知り得る。その後、間をおいて、オレオレ詐欺でカードを受け取りに行くのだ。もちろん、後の電話では教えていないはずなのに、自宅に来るので息子が教えたのだろうと信じてしまうのだ。
心理の隙につけ込み、冷静な判断力を奪う効果的な手口だ。どんな人たちが、特殊詐欺に手を染めているのだろう。犯人像を聞いたところ、驚くべき答えが返ってきた。
「女性もいますし、14歳の少年もいます。SNSなどで仕事を知り、受け子や出し子をやるのです。報酬は被害金額の一定割合で、被害が大きければそこそこの金額になります。一連の対応にはマニュアルが用意されており、敬語の使い方まで書いてあるのです」(高橋氏)
高井戸署で50台の「あんしんみーちゃん」を高齢者宅に配布した
そんな中、高井戸警察署 生活安全課 防犯係 巡査部長の稲葉尚治氏がネットで見つけたのが「あんしんみーちゃん」だ。あんしんみーちゃんは電話の着信を検知し、「お金の話をしてきたらきっと詐欺だよ」とか「すぐに信用しちゃ駄目、警察に相談してね」といった9種類の音声が流れるおしゃべり人形だ。音に反応して決められたメッセージを流すシンプルな構造だが、その分どこにでも設置でき、誰にでも利用できる。
高井戸署は、「あんしんみーちゃん」を販売しているパートナーズから50台を借り受け、実証実験として管轄内の50世帯に配ったのだ。
「6月上旬に50世帯に配布し、今までで合計50件くらいのアポ電が入っています。あんしんみーちゃんをはじめ、さまざまな取り組みのおかげで、被害はゼロになっています。電話が鳴るとみーちゃんがしゃべりますので、心構えができるのです」(稲葉氏)
今回は、効果測定をするためにエリアを絞り、さらに65歳以上の独居女性に配布した。この5ヶ月間に、平均1世帯1件のアポ電が来るものの、誰も被害に遭わなかったのはすごい。
配布には、すでに地域の高齢者とつながりがあり、信頼関係を築いている杉並区地域包括支援センター ケア24堀之内の方と警察が一緒になって回ったそう。今回は、センター長の山口玲子氏にお話を伺った。
「女性宅ではあんしんみーちゃんは受け入れられました。男性にはインパクトが大きかったらしく、いやいいよと言う人が多かったですね」(山口氏)
昨年、管轄区域内で起きた80件の被害を分析したところ、70%が75歳以上が7割だったので、当初は75歳以上を対象に配ろうとしたそう。しかり、「まだ私は大丈夫」と断る人が想定以上にいたそうだ。啓発のチラシを渡しても、「わかってるわかってる」と流されてしまうこともあるとのこと。
「あとは、音が大きいと言う人がいますね。その時は伺って音量を調整します」(稲葉氏)
あんしんみーちゃんを設置したお宅にお邪魔してみた
その後、あんしんみーちゃんを設置したお宅を2件ご紹介いただいた。実際にアポ電がかかってきた人ではないが、どちらも過去にかかってきた経験を持っているとのことだ。
1軒目で伺ったのがNさんのお宅。86歳とは思えないほどお元気で、あんしんみーちゃんは気に入っているそう。
「はじめは大きい声で驚いちゃったんですけど、女性の方に来ていただいて、音を下げてもらいました。まぁ、安心には安心だよね。電話が来ると、詐欺かもしれませんよと言われるので。時々、電話に出ても何も話さない人がいて、少しすると切れるんです」(Nさん)
実は、みーちゃんは電話に出た後でも1~2秒くらい話し続けることがある。そんな時、特殊詐欺で電話をかけてきた犯人は他に誰かいるのか? と慎重になるケースがあるそう。それで、無理だと判断すれば、黙って電話を切ってしまうのだ。ここでも、みーちゃんの効果が出ているようだ。
とは言え、最後に気をつけてください、とお声をかけると「私は騙されないですよ、騙されたってお金ないですし笑」とNさん。やはり、皆さん、自分だけは大丈夫だと思っているようだ。みーちゃんが守ってくれることを期待したい。
2軒目は、76歳のHさん。「孫たちが遊びに来たら、自分の携帯から家に電話してみーちゃんにしゃべってもらうと、喜ぶんです」と、こちらもみーちゃんを気に入っている様子。6月からはないそうだが、過去には何度もアポ電がかかってきた経験があるという。
「1年前。電話かかって来ました。○○(Hさんの名前)おばあちゃん、200万円都合つけてくれないか、と。相手は名前を知ってるんですよ。でも、親戚に200万円欲しいって言ってくる人いないなと思いました。私があまりしつこく名前とか理由とか聞くもんですから、『くそばばぁ』って言われて切られちゃいました。それで電話番号を控えて、永福町の交番にいったんです」(Hさん)
切られる前に「今は200万円は銀行ですぐには下ろせませんよ」と言ったそう。すると、近くの駅には三菱UFJや三井住友、みずほ銀行などがあり、4行回って50万円ずつ下ろせばいいと指示してきたそう。犯人側が利用しているマニュアルの充実度がうかがえる。
高井戸署による特殊詐欺対策としてのあんしんみーちゃん導入の実証実験は大成功と言える。あれだけテレビで告知しているのだから、減っているのかと思いきや、認知件数が増えているというのが驚いた。
ちなみに、あんしんみーちゃんは送料無料で6800円(税込)。帰省するときに買って帰って、ご両親にプレゼントしてあげてはいかがだろうか。あんしんみーちゃんのような取り組みが浸透し、特殊詐欺の被害が減ることを期待したい。
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