楽器の選択からもうかがえる、藤田恵美さんのテイスト
──曲についてはいかがでしょう?
藤田 「そうですね。オープニングは明るく、開けた感じが欲しいと思っていました。1曲目はカーペンターズの『Close to You』。でも、前奏を聴いただけでは、なんの曲か分からないアレンジにしています。次の『Colors of the Wind』もオリエンタルな雰囲気を出すため、尺八の音を入れました」
──尺八。どうりで変わった音がすると思いました。
藤田 「あえて尺八風には吹かないでもらったのですが、ぶおぉぉぉという尺八らしい音も入っていますよ。西洋も東洋も、すべて地球でひとつ……みたいな曲なので、西洋の楽器もあれば、日本の楽器もあるそんなふうにアレンジしてもらいました。演奏してみると、尺八とバイオリンの音が思った以上に合いましたね」
阿部 「笛を入れると、同じ西欧でもケルトのテイストなんかが出てきますよね」
藤田 「曲に自分らしさを入れようとすると、自然にそちらの方向に向かってしまうのかも。アルバム全体を通しては、カントリーとか、アイリッシュなどの要素を入れる一方で、ジャズの人たちとのセッションを通じて、新しい心を取り入れたりもしています。楽器については、実はまだ曲目が決まってないうちに決めてしまったんですよ(笑)。クラリネット、フルート、それと尺八なんかも入れたいなって。よく考えたら笛ばかりですね」
癒しのアルバムだが、ミューシジャンズ的なテイストも
──選曲には悩まれましたか?
藤田 「ある意味、やり尽くしてしまっていたので、難しかったですね。みんながよく知っているポップスの曲は大体歌っているし。そんな中で、1960年代、70年代の曲は大げさに曲が展開していかない感じがするので、自分にフィットするかなって。その中であう曲を選んでみたいと思いました。今回のアルバムではタイトルだけ聞いてもピンと来なくて、聴いて初めていい曲だと思うものも多いと思います。まだまだいい曲はあるんですよ。
カモミールは聞きながら眠れるアルバム。癒しのアルバムなんて言ってくれる人もいますけど、きれいに終わるだけではない、ロックっぽい部分とか、ビートルズとか、スティングのミュージシャンズ的なスタイルもいままでにないものとして取り入れました。ここも新しい試みですね」
──細かなニュアンスを含んだ録音でした。エンジニアにも失敗が許されないため、セッションに参加しているような緊張感があるのでは?
阿部 「はい。カモミールは、一貫してアナログ録音にこだわっているのですが、この方法ではパンチイン(部分的な音の差し替え)がなかなか入れられません。つまり大きな修正がきかないので、録音する方も真剣です」
緊張感があるのは、エンジニアも同じ
──ちょっとした失敗もまた味ということでしょうか?
阿部 「そういう面もあります。テイクは複数録音しますが、多少うまくいかない箇所があったとしても、誰かが『これはよかった』と言えば、そのまま進めていきますし、『恵美さんの声がよかったからこちらのテイクを生かそう』といった話をしていきますね」
──そういったやり取りを想像しながら聴きこむと面白いかもしれません。
阿部 「エンジニアとしても、久しぶりのアナログ録音なので、いろいろ思い出しながらの作業になりますね。最近ではあまりやらない手がかかる方法ですし、録り方も全く違います。例えば、デジタル録音であればレベルを抑え気味にしたほうがいいのですが、アナログの場合は、ある程度の音圧を入れないとS/Nが悪くなってしまいますし、テープコンプレッションの効果も生じます。VUメーターを見ながら、レベルを決めていくうちに、『ああそうだそうだ、こうだった……』と感覚がよみがえってきます。単純に音圧が入っていればいいのではなく、メーターが気持ちよく動いているかを確認しながら作業を進めました」
──藤田恵美さんの声を録音する上で、留意する部分があれば教えてください。
阿部 「マイクが近付ければ、その分だけ歌い手の顔が見えるようになります。カモミールの録音では、敢えてウィンドスクリーンを外していますが、ひとつ幕が掛かればその分だけ失われる部分が出てくるので、それを避けたいと思っているからです。歌う際には吹いてもいいですって言っていますが、そこを削ってでも臨場感を出したいと思っているのですね」
作品が出来上がっていく過程を全員が感じた
──現場で聴いていた阿部さんの立場で、特に気に入っている曲はありますか?
阿部 「基本的には全部の曲ですが、それを踏まえつつ、エンジニアリングの面でコメントしたいと思います。カバー曲のアルバムなので、オリジナル曲があり、それをカバーしている藤田恵美さんという存在がある。その中で『これはスゴイ』と思ったのが、2、3、4番目の曲ですね。特に『Color of the Window』は、とても恵美さんらしさがよく出た曲だなって。実は一度は外すことにした曲でした。でも演奏を聴いて、恵美さんが『このアルバムにはどうしてもいれたい』と言った意味がよく分かった気がしました。
3曲目の『Let It Be』は、原曲とはまったく違う歌に聴こえますし……。そういえば6曲目の『Someday』も……いいですよね。結局全部になりますね(笑)」
──最後に読者に向けてひとこと。このアルバムに込めた思いなどお願いします!
藤田 「いまの時代のポップスとしては、非常に手間のかかった作り方をしています。アルバムには、ミュージシャンたちが演奏したその場の雰囲気が入っています。音の面でも納得できるものにこだわって仕上げました」
阿部 「アナログで録るということは、昔なら当たり前のやり方でした。良さがある一方で、これは直せないというメッセージでもあります。瞬間の音楽を聴いてほしいですね。素直にそのままを録音して、そのまま返せば、余計なことを考えずに、演奏に集中ができますし、演奏する側の気持ちが楽しければ、より音楽も楽しくなっていきます。そうなれば、こちらは何もしなくても自然と音が良くなっていくんです」
藤田 「(約6日間スタジオに詰めながらの作業を通じて)アーティストの想いがまとまっていくまでの継続性とか、ひとつのアルバムが出来上がっていくストーリーを、みんなで感じながら演奏していく感じがある点がいいですね。ここがカモミールらしいというか、同時録音のいいところだと思っています」
camomile colors - アルバム情報
Image from Amazon.co.jp |
camomile colors (UHQ-CD) |
収録楽曲
1. Close to You (遥かなる影)
2. Colors of the Wind(ディズニー映画 「ポカホンタス」より)
3. Let It Be
4. Shape of My Heart(映画「レオン」より)
5. Vincent
6. Someday(ディズニー映画「ノートルダムの鐘」より)
7. Just When I Needed You Most
8. You Raise Me Up
9. The Water Is Wide トラディショナル・ソング
10. Ae Fond Kiss(スコットランド民謡)
11. 「ひだまりの詩」英語バージョン
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります