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「保存する」から「承認する」時代へ

場の共有から自己承認へ 写真の価値はどう変わったか?

2018年09月20日 09時00分更新

国内の“知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)の田谷圭司氏によるイメージングとセンシング領域におけるイノベーション最新動向をお届けします。

 前回は、イメージセンサーの進化について述べました。今回からは、そのイメージセンサーが、どのような使われ方をしてきたか、またこれからどういう使われ方をしていくのか述べていきたいと思います。まずは、みなさんが日常的に使われているスマホについてです。

写真を「保存する」「共有する」「承認される」

 スマホ以前、携帯電話にカメラが乗ったのは2000年頃です。それまでは、フィルムカメラやデジタルカメラで撮影した画像は、アルバムに入れて残したり、パソコンの中に残したりして、あとで見返すことがおもな目的でした。その価値は、“楽しい思い出を懐かしむ”、もしくは、“きれいな写真を鑑賞する”ことにありました。写真を撮る価値というのは、その写真を「保存する」ことにありました。

 しかし、携帯電話にカメラがついたことで、撮った写真をその場で送ることができるようになったのです。そうすることで、身近で起きたことや、子どもの様子などを撮影してすぐに共有できるようになりました。この時点で、思い出を「残す」という価値から、今の状況を「共有する」価値へ、写真を撮影する価値が変わりました。

 そして、スマホが出現します。スマホには当初からカメラが搭載されていました。そのカメラが、写真の新しい価値を作り出すことになります。携帯電話にカメラが載った当初、画素数は1万画素程度でしたが、2010年頃には1600万画素といったものまで発売されることになります。ここまでくると、コンパクトなデジタルカメラとほぼ同程度の画素数となります。

 スマホ上では、さまざまなアプリケーションが動作します。その中には、SNS(Social Networking Service)での人と人とのコミュニケーションを助けるアプリケーションが多く存在します。もちろんテキストでのコミュニケーションもありますが、写真が加わると、その伝わりやすさが大きく変わります。

 「飲み会楽しかった!」と書くより、みんなで楽しそうにビールグラスを掲げている写真の方が、何倍も楽しさが伝わるのです。そして、それを見た友達や知り合い、家族は、その楽しさに共感し、返信したり、コメントを残したり、「いいね!」ボタンを押したりします。

 こういった変化は、写真を撮影する価値が「共有する」から、「承認される(承認欲求が満たされる)」へさらに変わったことを表しています。多くのSNSアプリケーションがありますが、Instagramは写真をメインにしてコミュニケーションをとっています。テキストはなく、写真のみでも、十分に情報は伝わるのです。

移り行く美しい写真の定義

 価値の変化にともなって、美しい写真の定義も変わってきています。白黒写真から、カラーのフィルム写真、そして次に初期のデジタルカメラまでは、いかにありのままを残しておくかということに重点が置かれていました。白黒写真からカラー写真になり、さらに画素数が数百万画素を超えると解像感も上がり、よりありのままに近づきました。

 しかし、カラー写真が普通になり、画素数が増え、ありのままの画質がある程度再現できるようになると、人は記憶にある美しいシーンを再現したいと思うようになりました。たとえば、桜のソメイヨシノの花を思い浮かべてみてください。ピンク色が思い浮かびましたか?

 ですが、実際のソメイヨシノの花の色は、白に近い薄いピンクです。また、砂浜の波打ち際の海の色はいかがでしょうか。海水の透明度が高ければ高いほど、下の砂の色、つまり茶色になりますが、皆さんの思い浮かべた色は青色ではなかったでしょうか。

 こういった、実際とは異なる記憶の中にある色を「記憶色」と言います。デジタルカメラは、色や光の強さの情報を一度、デジタルデータに変換します。そのデジタルデータを信号処理することによって、美しい絵をつくりだすのです。その際、色に関して、いくつかの処理が入ります。

 たとえば、ホワイトバランスと呼ばれる、白色を決める処理がその1つです。同じ真っ白な紙を、蛍光灯の下と、夕焼けの時に見るのでは目で見えたり、デジタルデータとして残ったりする色は異なります。デジタルデータとして残っている色が異なっていても、実際の紙は真っ白なので、それを補正する処理を行ないます。この白色を既定する処理を「ホワイトバランス」といいます。

 また、同じような色に対する処理として、シーンを判別する機能もあります。たとえば、海水浴やダイビングのような海をとっているということを、とっている景色の情報から判別して、人間が海の色として認識する色に、写真を合わせます。桜も同じで、桜の風景を写真に撮っていると認識すれば、人間が記憶している桜の色に近い色づけに写真の色を合わせるのです。

 現在ではこの記憶色を再現するデジタルカメラや、携帯電話・スマホのカメラが多くなってきました。写真を残す、あとで思い出として見返す目的にとって、この「記憶色」は、記憶したと信じている色が残っているため、写真を撮る人にとってとても心地のいいものでした。

 写真の価値は、「共有する」や「承認される」ことへと、変わっていくにしたがって、この「記憶色」だけでなく、次の段階に進むようになります。

 次の段階を助けたのは、スマホの多彩なアプリケーションです。手軽に写真の色づけを選んだり、加工したりすることができるようになりました。食べ物をより美味しそうに写真に撮って友達に送ることや、海外の町並みをより鮮明な色にしてSNSにアップすること、自分の写真を美肌モードで写真に撮ってプロフィール写真として使うこともできるようになりました。手軽に加工できることで、現実より美しい写真を共有し、「いいね!」してもらえるようになったのです。

動画や逆光、自撮りへの対応が進む

 スマホのカメラは、こういった画像の再現性や、印象に残る色付け以外にも、さまざまな機能や工夫がなされています。たとえば動画機能に関しては、前回述べたイメージセンサーの積層技術を使い、1秒間に1000フレームというハイスピードの動画が撮れる機種も出てきています。この機能を使うことによって、子供がボールをける瞬間であったり、風船が割れる瞬間であったりといったユニークな動画撮影を行なうことができます。FacebookやInstagramも動画に対応していますので、そのままアップロードできます。

 ほかにも、逆光の時でも美しい写真を撮ることができるような、HDR機能(ハイダイナミックレンジ機能)を持ったスマホもあります。逆光は、同一写真上に、暗いエリアと明るいエリアが存在する時に起こります。たとえば、太陽をバックに人物の写真を撮った時などです。そういった状況では、背景は明るく、きれいなのに、人がいる部分は暗く見えなくなります。しかしHDR機能によって、カメラの撮影にとっては厳しいシーンでも、背景も人も美しい写真を撮ることができるようになるのです。

 この機能を実現するために、イメージセンサー自体にもいくつかの機能を持たせています。そのうちの1つが、イメージセンサー内の1つ1つの画素を、暗い場所用と明るい場所用にわけて、2回撮影し、それをあとで足し合わせる機能です。明るい場所用の画素は、短い時間のみ光を感じるように設定し、暗い場所は十分に長い時間光を感じるように設定します。それらを足し合わせることで、逆光のシーンでも美しい写真をとることができるようになります。

 そしてスマホのカメラは、ディスプレー側にもカメラが搭載されています。フロントカメラと呼ばれるカメラです。自分で自分を撮影することを、「自撮り」と呼びますが、この「自撮り」に、フロントカメラを使う方が多いと思います。フロントカメラも画素数が増えたことは当然として、手を伸ばして撮影しやすいよう広角なレンズを使って広いエリアを撮ることができるようになり、さらに人物をより目立たせることができるようポートレートモードがついたスマホも出てきました。

 こういった機能の進化により、カメラを特徴とするスマホが登場してくるようになります。多くの人がスマホを常に持ち歩いていて、しかも美しい写真が撮れる、そして、簡単に共有できるようになり、スマホで写真を撮る人が増えました。

 しかし、スマホは常に持ち歩くのに適した形状なので、搭載されるカメラは、厚さという大きな制限を受けることになります。通常のコンパクトデジカメはどんなに薄いものでも15mm程度ありました。しかし、スマホは通常10mm前後の厚さです。スマホが15mmもあるとポケットに入れにくいし、電話をする時にも持ちにくいでしょう。スマホのカメラはこの厚さの制約を受けることによって、イメージセンサーが大型化できなかったり、光学ズーム機能を持つことができなかったりするのです。

 こうした制約を破るために出てきたのが、複眼とよばれる、カメラを複数ならべたスマホでした。この複眼スマホに関しては、次回述べたいと思います。

アスキーエキスパート筆者紹介─田谷圭司(たたにけいじ)

著者近影 田谷圭司

大阪大学大学院物理学専攻終了後、大手電機メーカーにて半導体開発に従事。2003年ソニー株式会社に入社し、以降、一貫してイメージセンサーの開発を行っている。現在は、ソニーセミコンダクタソリューションズで、主にMobile製品向けのイメージセンサーの開発を行っている。

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