週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

「AIに仕事が奪われる」は怖くない、「古いテクノロジー」を恐れるべき

2018年01月18日 07時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

スウェーデンの労働市場大臣の発言

 毎日のようにAIに関連するニュースが流れてくるが、その定番の1つが「AIに仕事を奪われる」という記事だ。そんな中で、『ニューヨークタイムズ』『MITテクノロジーレビュー』などで取り上げられた欧州委員会の調査結果別の調査をもとにした話が面白い。米国人の72%は、ロボットに仕事を奪われることを恐れているが、スウェーデンの労働者は80%は歓迎だというのだ。

 「AIに仕事を奪われる」で、最初に日本で話題になったのは、英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授の研究をもとにした「オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」」(週刊現代)だ。記事は、「ロボットやコンピューターは芸術などのクリエイティブな作業には向いていません」というコメントで結んでいるが、そうした分野こそ危うくなっている第一候補の1つだ。

 なぜ、米国人はロボットを脅威に感じていて、スウェーデン人はむしろ歓迎なのか? スウェーデンの労働市場大臣は、AIなどの「新しいテクノロジー」ではなく「古いテクノロジー」こそ恐ろしいものだと述べている。米トランプ大統領が、製造業の強化や雇用創出をうたっているのとはまったく逆だ。「新しいテクノロジーに仕事が奪われれば、新しい仕事に向けて国民を教育できる。仕事を守るのではなく、労働者を守るのだ」という。

 この米国大統領とスウェーデン労働市場大臣の意見の違いは、「考え方」や「見方」の違いなどではない。AIによって企業の生産性が上がれば、労働者の賃金があがるという「算数」の問題だ。そんなに簡単な話ではないでしょうという意見もありそうだが、生産性が下がれば賃金が下がるのは自明というものだ。

 これの背景には、仕事を離れると生活がおぼつかなくなる米国に対して、最大で所得税が60%近くにもなるが社会保障が徹底しているスウェーデンという違いがある。その社会保障の中に「転職プログラム」もしっかり組み込まれている。そういえば、実店舗での電子決済はいまや中国が有名だがスウェーデンが先行していた。銀行が積極的に電子マネーに取り組んだのだった。

 AIをはじめとする「テクノロジー」と一緒に考えるべきは「社会保障」だったのだ。言われてみれば、ラッダイト運動( Luddite movement:産業革命の時代に「機械が仕事を奪う」と起こった打ちこわし)を経験したヨーロッパなら、明確にこれを感じ取れているのかもしれない。

 スウェーデンのイルヴァ・ヨハンソン労働市場大臣の「恐いのは古いテクノロジー」だというのは、名言ではないかと思う。「エンドウさんなにをいまさら言ってんの?」とか言われそうだが、ニューヨークタイムズやMITテクノロジーレビューがわざわざ取り上げているんだから、行動経済学的に、国家レベルでハマりそうなバイアスの上にある話だといえる。

欧州委員会の調査結果を伝えるページ。自分たちのデジタルスキルやフェイクニュースについても聞いていて興味深い。

AIラッダイトとAIより怖いもの

 AIに対する脅威といえば、NHKで昨年末に放送された「大型討論番組グローバル・アジェンダ/人工知能AI×倫理/~リスクをなくすには~」では、米調査会社モーニングコンサルタントの調査結果が紹介されていた。AIに仕事を奪われるという議論の裏返しのような話で、「AIにまかせることに対する懸念」を分野別に聞いたものだ。

 それによると、「自動運転」に不安65%、「医療診断」で不安65%、「金融システム」で不安60%などだが、座談会出席者が「自動運転については懸念はない」と答えていた。むしろ、ロシアの情報機関が大統領選挙で行ったフェイスブックやツイッターの悪用などソーシャルメディアの規制が必要だという議論になっていったのが面白かった。

 話が横道にそれたように感じた人もいるかもしれないが、コンピューター屋のはしくれの私からするとスッキリ理解できる話だ。というのは、コンピューターの50年ほどの歴史のほとんどは人間の仕事を代替するためのものだった。あるいは、その延長で人間には難しいことまでやるという発想のものである。「仕事が奪われる」というのは、その昔からあるストーリーからほとんど出ていない。

 それに対して、ソーシャルメディアという人間の想念のからみあったものとクラウドコンピューティングが融合して複雑化した世界は、奇怪としかいいようがない。それは、人類が歴史上対峙したことのない地球規模の怪物といってもよいだろう。そもそも、形もない。ロシアの情報機関が大統領選挙で行ったことは、人間の恣意的な活動だが、これによって人類の行く末まで決まるのだとすると自動運転の不安などたいしたことはない。しかも、これはどうにかしようとも止まらないエネルギー生命体のようなネトネトしたパワーを持っている。昨年5月に放送されたBBCの番組で、フェイスブックの表示アルゴリズムの全貌は関係者でも分からないといった発言があったのも連想させる。

 AIに仕事が奪われるというのは、それは、我々が、AIを育てたということである。立派なプログラムが開発されたのと同じことだ。なんという生産的な話だろう。透明性や説明能力や倫理など課題は少なくないが、我々は「古いテクノロジー」にしがみついて生きていくべきではない。

 日本は、いまや古いテクノロジーの固まりのような国である。それと双方調整しながらAIを推進するなど困難だろう。世界の脱ガソリン自動車の流れを見ていると、日本もテクノロジーに“死”を与えること決めていくのがよいかもしれない。

いくら声高にAIといっても古いテクノジーが静かで見えないAIラッダイトとして機能する。歴史上、新しいテクノロジーを取り入れなかったことで栄えた国家はない。それをリフレッシュすることのできない者は、鉄器を持たなかった文明のように滅びるだろう。

AIとどうつきあうかは妄想ではなく現実的に考えよう

 今年のOMC2018(Open Innovation, Multi-Industry & IT, Conference=主催は一般社団法人ブロードバンド推進協議会)で喋らせていただくことになった。きっかけは、昨年10月に「Windows MRの「VR」でコンピューターがカンブリア大爆発をはじめるかもしれない」という記事で、AR/VRを、独立した技術としてみるべきではないと書いたことだ。ARは、まさに人工知能が実空間との関係を作るきっかけになるキーテクノロジーである。

 ARに関しては、角川アスキー総研でも2月3日(土)に「Unityで始める<いちばんやさしい>AR開発ハンズオン ~ARKit編~」を開催だ。スマートフォンをかざすだけでユーザー体験がどう変わるのかは、ポケモンGOが如実にあらわしている。自社のサービスやアプリは、それではどう進化しうるのか? 開発しながら肌で体験してほしいという内容だ。

 それでは、一般の企業はどう対処すべきなのか? 自社の業務にAIを導入してみることではないかと思う。それによって、AIに対する幻想も可能性も正しく認識できるというものだ。ただし、AI開発は一般的なシステム開発とは大きく異なる部分がある。そこで、昨年開催したのが「1日で学ぶ “人工知能” で失敗しないプロジェクト発注の仕方」だ。AI開発で多数の実績を重ねている株式会社ウサギィの町裕太氏と五木田和也氏に、さまざまな知見を聴くことができた(好評につき1月29日(月)にリピート開催予定)。

訂正とお詫び:上記でご紹介している、2018年1月29日セミナーは、主催者側の都合により開催中止となりました。参加お申込みや参加ご検討くださっていた読者さまに深くお詫び申し上げます。(2018年1月25日)

1日で学ぶ “人工知能” で失敗しないプロジェクト発注の仕方

Unityで始める<いちばんやさしい>AR開発ハンズオン ~ARKit編~

 AIに関するニュースの定番の1つが「AIに仕事を奪われる」という記事と書いたが、実は、この原稿を書いている間にMITテクノロジーレビューの日本語サイトに「2018年も機械に奪われない仕事5つ」という記事が掲載された。原題は異なるのだが、書き出しはまさに「AIに仕事が~」から始まっている。

 その5つとは、「再生可能エネルギー技術者」、「マシン・トレーナー」、「AIエンジニア」、「ゲーム実況者」、「介護者」だそうだ。それぞれ理由をあげて説明しているが、このうちの2つがAI関連である。グーグルは、2017年12月、YouTubeのコンテンツの浄化(背景には同社の広告内容に対するバッシングがある)のための機械学習のためのマシン・トレーナーを1万人の従業員を雇用したそうだ。

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『ジャネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著、アスキー新書)、『NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座』(講談社)など。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事