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ジョブズのヒーローは“Polaroid”だった。そのOneStepが帰ってきた

2018年01月03日 15時30分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

Think SimpleとSimplest

1977年に「Simplest」をキッャチフレーズに発売された“OneStep”の生まれ変わり“OnStep2”にフィルムを装填しているところ。

 『スティーブ・ジョブズ』(上/下)の著者ウォルター・アイザックソンが「ジョブズの最初のヒーローはポラロイドだった」と書いている。いまどきインスタント写真というと“チェキ”なのだろうが、元祖にして代名詞は「ポラロイド」(Polaroid)だ。そのポラロイドの歴史本『Instant: The Story of Polaroid』(2012年)の表紙を飾っていたのが、同社の「OneStep」(Land Camera 100)である。

 いまじゃ写真は撮ってすぐにInstagramにポストするなど、地球の裏側までで瞬時に届けることができる。しかし、かつては24枚や36枚しか撮れない銀塩フィルムで撮影して、写真屋さんで同時プリントかDPE(Development、Printing、Enlargementの略で現像・焼き付け・引き伸ばしの意味)してもらうしかなかった(駅前のダイヤジャンボーとか)。

 それが、ポラロイドでは、撮ったその場で(少し待てばだが)見ることができる。これを子どもの頃知ったときのワクワク感といったらなかった。ユーザー視点で見れば、いかにも気が利いているし、工業製品としてカメラとフィルムを見た場合には、自分お抱えの自動現像所が手のひらの中にあるような感じではないか?

 ジョブズにとって、ポラロイドがヒーローだったというのは、アップルの製品と比較してみればよく分かる。いちばんよい例は、“1000曲持ち出そう”とやった「iPod」かもしれない。シンプルで使いやすいというところは、自転車にたとえたMacintoshがそうだろう。それまでの同じジャンルの製品の“常識”をあざやかにくつがえして見せる新しさだ。テクノロジーはそのために使える魔法の道具なのだ。

OneStep2手間、その奥が初代Onstep。そして仲間たち。

 ポラロイドの代表的な機種としては、「SX-70」(1972年)を避けては通れないのだが、その廉価大衆版である「One Step」(1977年)のほうが、パーソナルコンピューターと並べて語られるべきだと思う。SX-70が、アルミ製の折りたたみ式ボディというギミックの塊のような存在感だったのに対して、なにしろプラスチックのただの箱である。

 しかし、これこそが70年代を象徴するプロダクトデザインの1つなのだ。アップルが屋台を築くことになったApple IIのボディは、同じように鋭角的なプラスチックのボディだ。OneStepは、Apple IIと同じ1977年の発売で、“シンプレスト”(Simplest)をキャッチフレーズで発売された。いやがうえにも、ジョブズの“シンク・シンプル”(Think Simple)を連想してしまうのだが。

 “OneStep”の“鼻”の部分には、有名なポラロイド社のトレードマークだったカラーパターンの1つであるストライプがあしらわれている。これも、アップルの6色ストライプのリンゴを想像するなというほうが無理というものである。もっとも、これは1970年代という時代背景と彼らの製品の性格を考えると偶然かもしれない。

 さて、そんなポラロイドを象徴するモデル「OneStep」が、「OneStep 2」として復活してしまった。

 ポラロイド好きには説明するまでもないかもしれないが、2008年にポラロイドの正方形フィルムの製造が終わり入手が困難となったとき、その復活をめざして同年オランダでImpossible Projectなるものが結成。その後、ポラロイド関連のフィルムやカメラを発売してきたが、フィルムの製造の過程で使用できる薬品の制約から発色が難しいなど苦労してきた(ユーザーをも悩ませたが応援する人も多かった)。

 その現Impossible Camera社のウィアチェスラフ・スモロコウスキ氏が、今年、Polaroidのブランドを買い取って、会社名をPolaroid OriginalsとしてOneStep 2を発売してしまったのだ。つまり、晴れてポラロイドというブランドで「OneStep」を作ってしまったのだった。

大きさ・形はよく似ているが、ポラ体験を楽しむ2017年のカメラ

 OneStep2の大きさは150×110×95mm。重量460g。これは、初代OneStepとほぼ同じような全体のフォルムとボリューム感だ。とはいっても、OneStepのレプリカではなく、初代がアイボリーだったのに対して、本体カラーはホワイトとグラファイトの2バージョン。グラファイトは、OneStepの「Delux」、「1000」で使われた色だ。

 また、初代OneStepで使っていたSX-70フィルムは10枚入るフィルムケースに電池が仕込まれていたが(電池ごと使い捨てだった)、OneStepは充電式である。そのためのフィルムが「i-typeフィルム」(カラーとモノクロあり)である。

 最新のカメラなのでフラッシュも内蔵、10秒のセルフタイマーも装備している。さらに、“自撮り”を考慮して60センチの撮影距離も可能。いちばんOneStepのイメージを残しているのは赤いキャプチャーボタンかもしれない。カラーのストライプを思わせる新マークも遠慮がちだがあしらわれている。

 全体的に、OneStepが、プラスチック製の軽くて気軽に使えるカメラだったこともあり、よい意味でそれを継承している。フィルムは、「600」と「i-Type」が使用できる。日本での希望小売価格は1万8,000円(税別)となっている。

 さて、Polaroid Originalsは、OneStepの発売とあわせるように旧カメラでも使えるフィルムを発売した。ただし、同社のフィルムは、かつてのポラロイドのようなちょうど70年代のサイケな時代の発色は期待できない。実際に撮影した中では「SX-70」フィルムが比較的発色がよかった(実際には上の写真よりも淡いトーンになることが多い)。また、モノクロのi-Typeフィルムはカラーよりもきれいに描写するので、ちょっと芸術っぽい写真を撮るのに向いている。明るい屋外やフラッシュなど条件は厳しく設定されているが。

 個人的には、手のひらの中で写真の工程がすべて詰まっているちょっとしたオートマトンとして十分に楽しい。人間が、現実の風景をとらえるとはどういうことか? それを記録する意味は? などと考えをめぐらせたくなる思考機械のような(実在しているわけだが)魅力がある。

 などと理屈っぽいことを書いてしまったが、ポラロイドの魅力は、それよりも現像薬が入っていた白いスペースに日付やコメントを自由に書けることだた。SX-70フィルムなら現像中に写真の部分に硬いものをあてて書き込むこともできた。イタリア料理店の入口の壁あたりに、来店者のポラロイドがずらりと貼られているのもよくある光景だった。インスタント写真は、その場にいる人間の匂いがする分だけ“ソーシャルメディア”だったのだ。

 少なくともOneStepやその後の600シリーズはそういうカメラだった。そんな形でOneStep2が活用されるのが、本当の意味でのポラロイドの復活なのだと思うのだが。

OneStepとシリーズ。この構造が2000年代まで600シリーズとして続くのだが。

机のまわりにあるだけでOneStepをモチーフにしたものがゴロゴロ

表裏5回ずつ焚けるシルバニアのフラッシュバー(懐かしや)。

OneStepとOneStep2。ボラロイド体験をいま楽しむのにほどよく生まれ変わっていると思う。

【参考リンク】

Polaroid Originals OneStep2 公式サイト

国内代理店 株式会社Bcc http://www.bcc-tokyo.jp/


遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。1970年代には近所の美容院の息子中学生がポラロイドを持っていたのを横目で見てくやしがっていた。あるとき秋葉原昭和通りにあるカメラ店にたまたま女性と入ってSX-70の中古を買おうとしたら「彼女と現像に出せない写真撮るんでしょ」と言われたことがある。出版の仕事では1990年代までカメラマンが中判カメラにバックパックを付けて物撮りをポラで「こんなふうに撮ります」と見せてくれたものだ。著書に『計算機屋かく戦えり』、ホーテンス・S・エンドウ名義の『近代プログラマの夕』などがある。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


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