日本のほぼすべてのキーボードに刻まれる「JISかな」の使われなさに比べて、「親指シフト」のユーザーはしつこく生きている。彼らを救うハードウェアが登場した。USBキーボードの変換アダプター「かえうち」である――今回は、週刊アスキー電子版(Vol.1157、2017年12月19日発行)の連載コラム『神は雲の中にあられる』からの転載(一部加筆)です。
親指シフト入力がiPadでもPCでもMacでもAndroidできる
キーボード配列変換アダプタの「かえうち」を、短期間だがお借りして試用することができた。PC、Mac、スマートフォンなどとUSBキーボードの間に入れて使うもので、私の場合は、これで「親指シフト」(NICOLA配列)が使えるというので興味深々だったのだ。
ご存じのように、親指シフトは、富士通が自社のワープロ「OASYS」シリーズに搭載した独自の日本語入力方式で、左右の親指で押す2つの専用キーとほかのカナキーを同時に打鍵する。勝間和代さんなど少なくない支持者がいまもいるが、残念ながらメーカーとしてはサポート終了といえる状況だ(たまに搭載ノートが発売されていたのだが)。
親指シフトのユーザーは、全国に一体どのくらい生息しているのか? 角川アスキー総研が2015年に行った調査では、「ローマ字」93.1%、「JISかな」5.1%、「親指シフト」1.3%がだった。少し前のデータになるが、2007年に楽天リサーチ社が行った調査では、“ローマ字”86.3%、“JISかな”7.6%、“親指シフト”は0.7%となっている。単純にこの結果だけを見ればだが、100人いたら1人くらいは親指シフトユーザーである可能性がある。
「かえうち」は、2017年春にクラウドファンディング「kibidango」で目標額の7.8倍の購入予約をあつめて作られたものだそうだ。出荷開始は8月、9月には一般販売も開始されたのだが、私が注文をしてみたら到着は2018年2月になってしまうという。そこで、提供元の「うぇぶしま」さんにお願いしら、「短期間なら特別に」ということなので一瞬お借りしてこれを書いている。
ところで、親指シフトを使う方法としては、いままでもソフトウェアによるアプローチがされてきた。ほかでもない「親指ぴゅん」というPC-9801やJ-3100用のMS-DOS用に私が書いたソフトが元祖だと思う。いまの私は、「やまぶき」や「DOVORAKJ」(Windows用)、「Oyamozc」(Android用)などのお世話になっているのだが。
それに対して、「かえうち」はハードウェアによるアプローチである。なにしろキーボードそのもののふりをするので、USBキーボードを繋ぐものなら端末やOSを選ばないし、ソフトウェア的に不安定になることはほぼ考えられない。会社のPCでフリーソフトのインストールを制限されている人が、晴れて親指シフトを業務で使えるようになったという話もある。
「かえうち」で唯一欠点があるとすると、機能があまりに豊富であるために面食らってしまう人がいるかもしれないということかもしれない。丁寧にもマニュアルの“はじめに”には、「カスタマイズに用意された機能は多岐に渡り、設定方法は複雑です。すべての機能を理解してから設定するのは現実的ではありません」などと書かれている。実際には、NICOLAをはじめ複数の設定例があらかじめ用意されているので手順どおりにやりさえすればよいのだが、若干の心構えが必要なのは事実である。
具体的な設定の方法は、公式サイトを読んでいただくのが誤解がないのだが、「かえうちカスタマイズ」というソフト(Webアプリ)で設定して、「かえうちライター」(PC/macOS用)ソフトで「かえうち」にその内容を書き込むようになっている(「かえうちカスタマイズ」のインストール版もあり設定と書き込みの両方が行える)。
きわめて快適に日本語入力ができる
さて、わずか数日間だがWindows 10とAndroidタブレットで使ってみた印象はきわめて良好である。私は使わなくていいかなと思ったが、Windows 10では「かえうちパートナー」というソフトを入れてやることで、いままでどおりIMEのオン/オフだけでかえうちの設定をとくに工夫する必要はなくなる。
逆に、Androidも十分に実用的なのだが、キーの設定には若干の工夫が必要であるように感じた。私が試した環境は、日本語入力ソフトとして「日本語フルキーボード for Tablet」(Repy)を使用(Shift-スペースでIMEオン/オフ)。「かえうち」の設定は、IMEオン/オフに相当する「マクロA・かな」/「マクロA・英数」に、Shift-スペースと「英数」/「かな」を設定。これを、かなキー/Ctrlキーに割り当てた(CapsLockにCtrlを割り当て)。これで、かなキーでIMEオン、Ctrlキーでオフとなる(何を言っているのか分からないと思うがAndroidではCapsLockキーに音声検索が割り当てられているのでそこを回避している)。
ところで、この原稿を書くまで気が付かなかったのだが、もう1つ親指シフトができるキーボード用のアダプタがあることを知った。「OyaConv」(オヤコンブ)というこれもUSBキーボードとPCなどさまざまなデバイスの間に入れて使えるものだ。名前のとおり親指シフト専用で、高橋祥之氏が、受注生産で2017年6月より提供されているという。こちらは、逆に単刀直入親指シフト用なのでサイトをご覧になってみることをお勧めする。
そしてもう1つ、この原稿を書くまで私自身すっかり忘れていたのだが、1986年10~12月号の『月刊アスキー』で富士通のパソコン「FM16β」用の親指シフトキーボードをNECのPC-9801につなぐという記事をやった。筆者はエー・ピー・ラボの日笠健さん=私は発注しただけなので忘れていたのだ。彼が、16βのキーボードは使うものの98用のインターフェイス基板を起こして実際はそこでハードウェア的に実現してくれたのだった。
私が入社した当時の月刊アスキー編集部は、全員にOASYS100Fが与えられていた(私は比較的あとから入ったが親指シフトユーザーだったのでMyOASYS2を持ち込んだ)。編集部とは直接関係ないが、アスキーは、その後「親指君」などというOASYS互換機といえる製品も発売する。一方、MSXのオフィス版である「OAX」(AX)において使われるという話もあったらしい(真相については別途取材が必要だが)。
親指シフトのメーカーの壁を越えた発展規格として、1989年に「NICOLA」(日本語入力コンソーシアム)が結成。参加各社は、写植業者で定着していた親指シフトをJIS化してDTP時代到来に備えようとうったえていた。それが、日本の文化に少なからずプラスになるという活動だった。印刷というもの自体がそうなのだが、実は、“生産性”というものがメディア文化の基礎である。
親指シフトに関しては、実にたくさんの方々が、いろんな“企て”をしてきたと思う。キングジムの「ポメラDM200」に親指シフトのモードがあるなどはいちばん分かりやすい例だろう。実際にソフトやハードを作っている人は、意外に「便利なので」くらいだったりするのだが。私の場合は、どうしてもコンピューターや知的生産やユーザー環境のことを考えてしまって、いまからでも、親指シフトがふつうに使えるようにしてほしい思っている(30年以上におよぶフィールドテストで一定の評価が得られたともう言ってよいのではないか?)。
ところで、クラウドファンディングが、まさに親指シフトのような一定数は確実にいるユーザーをハッピーにするデバイスの登場を応援するようになったのは楽しいことだ。デジタルは、人に寄り添うべきでそれが案外できてしまうのもデジタルである。「かえうち」を使わせてもらって、そんなことを強く感じた。ちなみに販売価格は、価格は9,000円とリーズナブルだと思う。公式サイトはhttps://kaeuchi.jp/だ。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。また、2016年よりASCII.JP内で「プログラミング+」を担当。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『ジャネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著、アスキー新書)、『NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座』(講談社)など。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
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