「全巻一冊」で生まれる市場創造の可能性
プログレス・テクノロジーズは2005年創業で、現在では資本金2億6千万円(資本剰余金含む)という規模の通り、ただのベンチャーではない。今回の新規事業はあくまで支流の1本であり、AI企業のアラヤなどスタートアップへ投資やAI×ロボットでの新事業を行なうなど、イノベーションを起こす場づくりに対して積極的な展開を行なっている。
現在では重電、精密機器、航空宇宙、医療機器、半導体などの国内の一線級の企業を相手に、メカ201名、エレキ64名、ソフト120名という相当な規模の開発チームを抱えているが、小西氏によれば、それでも自社オリジナルのプロダクト開発への着手には10年間の月日と、時代の変化が必要だったという。
約10名の社内スタートアップとして展開する現在の試みは、iPad上でセンシングをして自走するロボット「TABO(ターボ)」や、中央大学との共同研究での高出力型ゴム人工筋肉を使ったロボティクスなどで複数の成果を挙げつつある。今回のプロジェクトについても、約4名の担当者が年間レベルの期間で電子ペーパーのみの製作にかかりっきりになる体制づくりなど、その本気度がうかがえる。ただし、チーム全体のバランスとしては自分たちの食いぶちとなる案件も確保したうえで進めているとのことだ。
日本企業で語られるテクノロジーから始まるストーリーは、魅力的な響きとなり伝わりやすいが、一方でそれはまた別の技術や模倣で簡単に塗り替えられてしまう可能性も大きい時代だ。生き残るには、技術は当然で、資本やコアとなるビジネスアイデア、コネクションなどが総動員させねばらない。
その点で、「やはり3年はかかってしまう」という取材中での小西氏の言葉はなかなか重い。だが、その挑戦の先にできた今回の新しい電子ペーパーハードウェアの誕生は、1点のハードを超えて、新しいビジネスの萌芽がある。50万社を超えるという中堅企業を抱える日本だからこそ、このような事例は意味がある。スタートアップが行なっているような、立ち上げの難易度や壁の取り払い方の事例はもっと共有されるべきだと感じた。
さて、「北斗の拳」でスタートした「全巻一冊」だが、今後はさまざまな展開が考えられる。
現在はコンテンツとハードウェアがセットになっているのが特徴で、この時代にWi-Fi機能も搭載しない完全なスタンドアローンな仕様は、シンプルなわかりやすさという点で逆にメリットとなる。『北斗の拳』以外にも、連載終了後も長く愛されているマンガは数多くあり、それらの「全巻一冊」にも期待は集まるだろう。さらに外部メモリにコンテンツを収録するスタイルなら、電子本のハードウェアをプラットホームとして使えるようにできるという。そうすればコンテンツはより安価に提供できるようになるはずだ。
注意しなければならないのは、既存のタブレット端末や既存の電子書籍端末とはそもそも最初から立ち位置が違うということだ。薄型化や高性能化を目指すわけではなく、これはあくまで「本」に近いものだ。だから見開き表示や紙の質感にもこだわっている。その点、現在の弱点は”ノド”の部分で、本を見開きにした際の中央、綴じ部付近にできるスペースを完全に消し去ることはできていないため、今後のバージョンアップで対応したいと考えているという。
「これまで、電子書籍に向かわなかった人たちに体感は紙の本と一緒でしょと、まず体験してほしい。開いた時の重さのバランスも電池の場所を何度も変えて試して、丹念に設計している」(小西氏)
「全巻一冊 北斗の拳」がクラウドファンディングで2000万円を集めたことは非常に大きい。これによって多くのコンテンツを持つ出版社の扉を開く可能性が出てきた。日本の漫画コンテンツは無尽蔵ともいえる厚みを持っている。
一方で現在、マンガも無料化、定額化という「ウェブの流れ」に飲み込まれ始めている。しかし、「全巻一冊」のアプローチは全く逆だ。大好きな作品を所有できるという喜びがそこにある。この先、「全巻一冊」として多くのマンガが続々と登場することを期待したい。
●プログレス・テクノロジーズ株式会社
2005年6月設立。設計・開発領域における各種サービスの提供を行なう。新規事業創出プロジェクトにて、ハードウェアやAI・ロボティクス領域に進出。
現在の資本金は2億6000万円(資本剰余金含む)。
スタッフ数は2017年10月時点で440名。
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