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「発酵」市場へ乗り込め 敗者復活の社内プロジェクト

2017年03月09日 06時30分更新

 従来のパナソニックでは製品化が難しかったアイディアを、パナソニック・アプライアンス社(AP社)の社長直下プロジェクトとして、プロダクトアウトまでをサポートする社内イノベーションプロジェクト「Game Changer Catapult(GCC:ゲームチェンジャーカタパルト)」。その最初の事例として、従来の商品ラインとはまったく異なる新たな商品を提案した「MonStyle(モンスティール)」を前回紹介したが、まったく別の角度から企画されながらも実用化の目処が立っていなかったプロジェクトが”再活性化”した例がある。

 それが発酵・熟成サービス事業の「The Ferment(ザ・ファーメント)」だ。ザ・ファーメントは、スマートフォンを通じて”発酵食品”を簡単に管理・造り出せるスマート発酵機を基礎に、日本に古くからある発酵食品向けの種麹販売者、発酵食品メーカーあるいは職人、料理研究家、農園などと食卓をつなぐことを目的としたフレームワークだ。

 単に”発酵機”だけに閉じるのではなく、発酵プロセスを通じて造れる多様な食品を、全国各地や生産者によって異なる発酵ノウハウや原材料などをパッケージ化することで、誰もが簡単に参加できる新しい考え方のもとに企画された調理器だ。

甘酒はシュガーフリー

 たとえば「甘酒」。日本人にはなじみ深いこの飲み物は、昨今、海外でも注目されはじめている。砂糖をまったく使わないにも関わらず、自然で馴染みやすい甘みを感じられる。甘酒そのものも、今やグローバルで注目される存在だが、その”甘み成分”に注目が集まるのは、健康志向のひとびとの中で「シュガーフリー」がブームになっているからだ。

 米と米麹で生み出される麹糖は、米麹が糖化発酵することで生み出される。デンプンがブドウ糖に変わり、ビタミンBやすべての必須アミノ酸、葉酸、オリゴ糖や食物繊維などの栄養素を含む麹糖を活用するため、フルーツドリンクへの加糖、煮物の味付け、酢と合わせた一夜漬けなどのレシピが人気を集めている。

 一方、一時日本でも話題になった「塩麹」も米西海岸のグルメたちが「ステーキに合う!」と密かに評判となり、サンフランシスコには専門店も登場しはじめるなど、砂糖や岩塩(あるいはシーソルト)を使うのが当たり前の社会にあって、日本の塩麹が”美味しさ”で注目されるというのは興味深い。

 自然の営みの中で生まれたプロセスだけに”発酵”はコントロールが難しかったが、ザ・ファーメントではそのプロセスを最適な温度管理を行なう専用の発酵容器を使用し、インターネットを通じてダウンロードされるレシピで管理、誰もが”あの地方にあるあの甘酒”あるいは”あの塩麹、味噌”などを愉しめるようになる。

 ”なるほど!”と思わず膝を打ちたくなるプロジェクトだが、その軌跡は決して平坦なものではなく、GCCが存在しなければしぼみかけていたとプロジェクトメンバーはふり返る。

IoT×家族の健康で生まれる発酵プロダクト

インタビューに応じてくれた水野 晴彦氏、山本 尚明氏、浦 はつみ氏(左から)

 プロジェクトは山本氏と浦氏、”発酵”に注目するふたりが偶然出会ったことから始まった。

 神戸出身の山本氏は1995年の阪神大震災を経験し、電機製品がいっさいない中での生活を通して「本当に家電製品は必要なのか?」という疑問を抱いたという。そして、ふたたびかつての想いを感じたのが東日本大震災だった。

 電力不足が深刻となった震災後、それまでの家電のあり方について考え直す機会があったという。発酵を通じてさまざまなものが生まれる。自然の力を使った食品を作るためのちょっとしたお手伝いをセンサー付きIoTで実現できるのではないか?

 一方の浦氏は家電量販向けの営業を7年間経験した後、新規商品企画を担当するようになった。営業時代は”時短”が毎年のように進み、家事に使う時間を短縮することで主婦が豊かさを獲得する。そんな一直線での価値向上を現場で目撃してきた。

 しかし添加物があらかじめ入っている合わせ調味料などを多用する、昨今の時短調理の流れなどに、一方でどこか疑問を感じていた。もちろん、最新のスチームオーブンレンジや炊飯器を用いれば、いろいろな料理を美味しく簡単につくれる。しかし、自分が新規商品の企画を担当する上でもっとも気になったのは「家族の健康」であり、いつまでも元気でいられる身体作りのための家電だった。

 ちょうどそのころ、複合機能家電から”健康”や”美味しさ”に対して一芸に秀でた家電でアプローチする”一芸家電”が業界内で流行り始めていたという。そこで、パナソニック独自の一芸家電を……と社内のアイディアを探していたところ、山本氏の”発酵食品”に対する熱い気持ちが書かれたプレゼンテーションを発見し、互いが向かう方向が同じであることを確認してプロジェクトを進めることにした。

 「冷蔵庫とコールドチェーン(冷凍・冷蔵保存による食材流通)が台所にまで伸びている現代は便利。しかしそれがない時代、日本は発酵食品の国だった。地方ごとに異なる材料、異なる手法での発酵が生活を豊かに、健康にしていた。それを取り戻すことで、美味しさと健康を拡げていきたい」と2人は話す。

既存の枠組みになじまない発酵調理ビジネス

 発酵食品は必要な材料を適切に処理し、種麹など発酵の元となる菌を加えるだけでは適切な結果を得ることはできない。的確な温度管理や攪拌が必要不可欠だ。そして、使用する麹(などの菌)やちょっといた温度管理の違い、原材料の下処理などで味が大きく変わってくる。

 ザ・ファーメントの発酵機では、食材に温度センサーが使われており、温度管理は極めて正確に行なわれるが、それだけでは商品として完結しない。本当に良い結果(美味しく健康にも良い食品や調味料)を得るには、発酵プロセス全体を管理せねばならない。

 たとえば「あの地方にある、有名なあの甘酒屋さんの味を再現したい」といったニーズを満たすには、機器だけでなく、業界全体を巻き込んだエコシステムの構築が必要不可欠だ。

 しかし、事業化を呼びかけたものの、既存事業部門の食い付きは弱かった。二人は発酵食品事業を立ち上げるトリガーとなる”キラーコンテンツ”として甘酒から始めるようターゲットを絞り込んだ。なぜなら、甘酒は女性の間でブームとなり、2016年9月までの4年で市場規模は3倍に伸びているからだ。

 総額だけで見れば114億円(2015年10月からの1年)と野菜ジュース市場の約1/10だが、調味料に対する関心や健康志向の高まり、それに甘酒の麹糖を活用するレシピ開発の進行を考慮すると今後さらに伸びが期待できる上、発酵機は甘酒以外にも応用できる。

 事業化が容易に思えるが、ものづくりが中核の事業部からは”甘酒”というテーマだけでは弱いと感じられたようだと2人はふり返っている。山本氏の所属する研究所所長がつけてくれたわずかな予算を使い、少しずつコンセプトを詰めていったが、それでも商品化が近付かなかったのは、”時短家電”を突きつめ、売れ筋のパナソニック製調理家電を次々に深化させていかねばならない”優先順位”によるものだった。

 自分たちが考えるキラーコンテンツである甘酒(麹糖)。ここに事業性があることを証明することが難しく、事業化は無理だと思われたときに出会ったのがGCCだった。

”時短”では得られない新たな価値を持つ商品

 現代の生活は忙しい。その忙しい生活の中で、自宅で育む新しい伝統食をとの想いでGCC向けの提案を練り込んだという。

 「現代的な食は栄養バランス食やコンビニ弁当などに代表される”何者かにつくられた食”です。年間を通して、いつでも安定した品質の食を手に入れられる。一方、気候ごとに異なる食材や調理方法、保存料も添加物もない食材と発酵食品を組み合わせて生まれる日本の伝統的な家庭料理があります。後者に興味を持つ人たちの市場を割り出し、手作りしたくても、できない人たちに伝統食を届ける。発酵は日本の食文化の中心。だからこそ、発酵・熟成といった価値を機器の機能として組み込み、サービスとセットで売り込むというプロジェクトに仕上げました」

 発表の場であるSXSW(サウスバイサウスウェスト)では、発酵をテーマにしたカフェを開き、伝統食の良さを手軽に楽しめる、”時短”では得られない新たな価値を持つ商品として、その価値観を世界に問いたいという。

 もちろん、発酵食品は甘酒だけではない。今後の発展性、簡便性、そのうえ発酵に対する情報共有を行うコミュニティー醸成も含めた発表を行うという。今から商品化が楽しみなプロジェクトである。

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