パナソニックが2016年に始めた社内イノベーションプロジェクト「Game Changer Catapult(GCC)」。大企業であるパナソニックが効率よく事業を進めるために構築されてきた枠組みを取りのぞき、社内にあるアイディアを掘り起こし、商品化していく実験的なプロジェクトである。
近年、よく似た取り組みがさまざまな企業で行なわれているが、GCCの特徴は”大企業であることを活かす”という考え方だ。たとえば、本当にベンチャー的発想の商品企画ならば、身軽なベンチャーの方が意思決定の速度、走る方向の微調整も細かく行なえ、またプロジェクト全体のコストも低く抑えられる。
しかし、それと同じことを大企業の中でやろうとしても、そこにはさまざまな制約が生まれ、コストも大きくならざるを得ない面が多々ある。しかし、大企業ならではの”スケール”に対応できる側面や、多様な研究開発成果を活用して商品に活かし、幅広い消費者層に訴求できる伝搬力、影響力を発揮できる側面もあろう。
ならば、大企業ならではの長所を活かしながら、従来のパナソニックでは商品化に至らなかった企画を事業化できないか。最終的には米国のイベント「SXSW(サウスバイサウスウェスト)」での出展保証もつけたうえで、本気で商品化プロセスを変えていくプロジェクトとして、アプライアンス社の本間社長自身が先頭に立つプロジェクトである。
いくつかのプロジェクトが審査を経て事業化が進められたが、事前にその中からふたつのプロジェクトについて取材することができた。まずは部署の垣根を越えて集まった女性だけのプロジェクトについて紹介しよう。
「MonStyle(モンスティール)」と名付けられたプロジェクトは「もっとオシャレを」という女性の望みを叶える、新しいタイプの衣服ケアを提案するプロジェクトだ。これまでは自宅では洗えなかった洋服を適切にメンテナンスし、毎回、クリーニングに出さなくとも日常にオシャレを楽しめるようになる。
このプロジェクト、もともとは仕事も家庭も忙しいDEWKS(double employed with kids)女性の日常をオシャレに、スマートに演出したいという願いから”New Clothing Life”というキーワードで組み立てられた商品企画コンセプトだった。生活感あふれるDEWKSママの日常、単調な作業にうるおいと変化を与えたいという女性ならではの願望を基礎にした消臭・殺菌機能のあるクローゼットをスタート地点に、洋服のコーディネート機能を持つディスプレー内蔵ミラーなどをシリーズ化。住宅販売会社と提携しながら、ビルトイン家電の新ジャンルとしてシステム販売を目指すという形でプレゼンがなされた。
そして最終的には、コンセプトをさらに成熟させ、新しい衣類ケア商品として、お気に入りのデリケートな生地のシワや傷みがおきやすいレース素材やブラウスなどを水洗い・乾燥するWASH機能、水洗いできないスーツ、ジャケット、コートなどのシワ・ニオイ取りといったREFRESH機能を持つハングウォッシャーとして「MonStyle」は結実した。
女性だけの組織横断プロジェクト
実は彼女たちのプロジェクト、GCCとはまったく関係なく、従前のパナソニックの社内組織とも独立して始まったものだった。働く女性として、オシャレをもっと楽しめる、新しい衣類ケア商品が作れないか。志を共有する有志によるアンダーグラウンドなプロジェクトとして、就業時間外で進められていたものだったという。いわゆる“ヤミ研”だ。
かつて、パナソニックの技術部門に所属する社員には10%の”自由に使える時間”が与えられ、本来の業務以外の研究や開発に取り組めた。ところが組織の効率化を図るため、そうした自由時間は削られ、現在は100%の時間を業務に投入しなければ目標をクリアできない、ギリギリのところで仕事をしているという。
社内には経験豊富な人材が多く、何らかの課題を持って話しかければ、何かの答えが返ってくる。相互に影響し合いながら、新たな気付きが得られる機会は、本来は多いはずなのだが、日常的な業務に追われイノベーションには取り組みにくい環境にあるという。
たとえば、今回のプロジェクトは洗濯機の企画・開発部門が中心に編成されているが、洗濯機には大きく分けて縦洗(縦型ドラム洗濯機)、ドラム洗(斜め型ドラム洗濯機)の2種類があり、どちらかの枠組みに収まらなければ、商品企画を立てたとしても前に進まない。なぜなら、この2種類のいずれかであれば、各種要素技術から商品開発、生産、マーケティング、販売チャネルに至るまで商品化のラインが揃っており、再投資も最小限で済む。
ところが、一度この枠組みから外れてしまうと、生産ラインひとつとっても再投資が必要となり、新たなジャンルの商品をプロモーションするコストなども含め、採算性に関して不透明な要素が急拡大する。このため、事業部単位で捉えたときにリスクを取りにくく、まったく新しいアイディアは、まず商品化されない。
ましてや、ジャンルがクロスオーバーする多種多様な商品をひとつのコンセプトにまとめたプロジェクトとなるとハードルはさらに上がってしまう。コンセプト的にはつながっていたとしても、”事業”という枠組みで組織が作られているため、横断的な商品シリーズをボトムアップで企画するのは困難だからだ。
常に”やらない理由”ばかりを聞かされ続けた
このような状況で、当然のように”商品化”のアテはなかった。
たとえば、パナソニックビューティにある製品の一部、あるいは携帯型電動歯ブラシの「ポケットドルツ」などは、前例のある商品ラインからは外れた”ブランチ(分岐)”商品だが、金型などは小さめで投資はさほど大きくない。しかし大型商品となるとさらにハードルは上がってくる。
とりわけ洗濯機など衣料品を扱う商品は金型などが大きく、結果として投資が大きいため企画を提案してアイディアを認められても商品化までは至らない。パナソニック全社から集める製品アイディアコンテストなども開催されていたが、結局は商品化されないことが暗黙の了解だった。事業部が引き受けなければ事業としては成立しないためだ。
そうした中で何かしたいともがき続けてきたのは、入社から4~8年の若手ばかりだったからだという。
「私たちにはまだ積み重ねてきたものがないから、当たって砕けることができる」
だから、常に当たって砕けてきた。上司に提案しても「以前に似たアイディアがボツになってる」と過去の事例を挙げられながら、常に”やらない理由”ばかりを聞かされ続けた。
何度アタックしてもダメだと言われながらもプロジェクトを進めようと思えたのは「働く女性の想い」というチーム内でのコンセンサスがあったからだ。
しかし、コンセプトはまとまっても予算はない。アンダーグラウンドなプロジェクトだったからだ。市場調査もできなければ、試作をする予算もない。ましてや商品は企画できても、それを実現する技術も網羅できていない。想いは強くとも、何かを生み出すためのハードルは予想以上に高かった。
そんな時に見かけたのがGCCだったという。「新たな商品ジャンルができるのでは?」と部署をまたいで有志が集まったアンダーグラウンドなプロジェクト。しかし、GCCならば従来の枠組みを超えて何かができるのかもしれない。
そう考え、就業時間外どころか深夜・早朝に至るまでアイディアを共有し、「朝起きてふと見るとグループメッセージが60件以上も未読で入っている」、「ふと見ると、夜中の3時に起きて思いついたアイディアを書き込んでいる」、そんな活発なグループへと成長していった。GCCで入賞すれば、試作も可能になり、開発に必要な社内のリソースも利用可能になる。目標が定まったことが推進力となり、アイディアがまとまっていた。
彼女たちは特定の商品実現にこだわっているのではなく、目指すのは意識の共有である。仕事やプライベートに一生懸命な女性、とりわけDEWKSママ、ともなれば、時間の制約が極めて厳しい。もっと有効に時間を使いたい。働く主婦というと、どうしても”時短”がテーマとなりやすい。いかに短時間で家事を済ませるのか。
しかし、そこには限界も当然ながら存在する。では別の切り口はないのか。時短で生活を楽にするだけでなく、もっと楽しくライフスタイルをエンジョイできないものか。まさに働く女性であるプロジェクトメンバー全員が、自分たちが楽しいと思える商品をと考えたのがこのプロジェクトだった。
同じ部門で働く中まで会ったとしても、”意識”の部分で同じ考えを共有できる相手は少ない。だからこそ、高いテンションのままで商品化へと突き進めた。
これまでの洗濯機にはない機能性を持つMonStyle
一方で大企業の中に所属していたことが、自分たちのプロジェクトを成功させる上で重要だとも認識している。大きな組織は動き始めこそ遅いが、目標が定まって歯車が大きく動きはじめれば、大きな推進力で前へと進んでいく。
パナソニックのプロジェクトとはいえ、インディーズプロジェクトには違いがない。では”独立して活動しなさい”と始めてみても、経験は浅く、必要な技術やノウハウもそろっていない。しかも、従来の仕事をし続けながら、兼務でプロジェクトも進めねばならない。
本来のスタートアップ企業ならば、さまざまな壁にぶつかって解決できないことも少なくないだろう。しかしパナソニックの場合は、ビジョンさえ描けば、それを商品化するノウハウも、実際の商品を生産するラインも目の前にある。
単なるコンセプト……それは、働く女性の願望であったものが、具体的な商品として前に進んでいく推進力を社内ベンチャーとして得た。日々の生活に横たわる、ライフスタイルの質を向上させる上での問題をどう解決していくのか。その答えがSXSWで披露される。
GCCに参加し、メンバー全員でプロジェクトを深化させていく中で、商品企画の考え方、ビジネスモデルにも変化が起きてきた。
SXSWの展示では、ビルトインと単体商品、両方で使えるデザインコンセプトとし、洗う衣服の種類や汚れの種類に合わせた洗剤スティック「SHAMPOO」を複数用意。さらに気分やシーンに合わせて香りやUVカット、虫除けや保湿といった機能をもたらす添加剤スティック「EFFECTOR」を組み合わせて利用する「機器+洗剤サービス」によるビジネスモデルを考え出した。
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