世界的にプログラミング教育やSTEM教育が注目されているが、「いちばん重要なのは教える人、関わる人がそれを好きなことだ」と言った人がいた。たしかに、それがないとプログラミング教育は始まらないし、うまく運ばないのではないかと思う。
ソニー・グローバルエデュケーション(以下、SGED)が、ロボット・プログラミング学習キット「KOOV(クーブ)」を発売した(2月18日発売)。ソニーコンピュータサイエンス研究所からスピンアウトした新規事業会社であるSGEDは、KOOVに先駆けて2014年から「世界算数」(海外展開名称は、Global Math Challenge)というオンライン算数大会を展開してきてもいる。ネットワークの研究者として入社して、なぜ「算数」をやろうと社内で手をあげたのか? そして、ロボット・プログラミング学習キットにたどりついたのか? この事業を牽引してきたSGED社長の礒津政明氏に、事業構想開始から会社設立を経たこれまでの5年間と、将来の構想について伺った。
ソニーは、パーソナル向けの商品で我々に夢を与えてくれるブランドだ。そのインキュベーションのやり方もパーソナルであるというお話が印象深く、何かとても基本的なビジネスのヒントがひとつもらえた気がした。
ソニーの設立趣意書には「科学知識の啓蒙」がうたわれている
―― ソニーというと、英語教材などとして使う「トーキングカード」※1、子供向けのAV機器「マイファーストソニー」※2といった学びの分野に近い幼児・児童向けの製品は、もともと発売されてきています。それでもやはりソニー製品のイメージは音響、エンターテインメントなのですが、SGEDはがっちりと教育事業に取り組む会社だということですね。そのことに、私としては驚きがありました。
礒津 ソニーと教育ということでは、創業者の井深大が設立した公益財団法人ソニー教育財団があるんです。ソニー教育財団は、CSRとしての教育活動を長年行ってきています。それに実は、ソニーの設立趣意書には、「国民科学知識の実際的啓発活動」という項目が、しっかりと入ってもいるんですよ。
―― 設立趣意書、「It's a Sony展」※3にも展示してありましたね。たしかに、書いてありました。
礒津 もともと、ソニーとして教育は、やらねばならない事業のひとつではあるんです。いままではCSR活動が中心でしたが、時代の要請もあり、これからは事業としてやっていこうということでもあります。
―― そういえば井深さんといえば、英国生まれの組み立ておもちゃの「メカノ」※5で育ったという話がありますね。それを、どこかで語られていたことがありました。井深さんが科学の啓蒙や教育を大切だと考えられていたことは、そんなことでもわかります。ところで、今回発売のKOOVは、「世界算数」※6というSGEDが主催するオンラインの算数大会からの流れなんですね。今日は、KOOV発売に至るまでのお話と、KOOVとプログラミングのお話をじっくり伺いたいと思います。
礒津 そもそも、からお話ししますと、私はソニーに2000年に新卒で入社しました。当時はインフォメーション&ネットワーク研究所がありまして、入社時はそちらの配属になりました。2012年まで私は、ネットワーク関連の研究開発をしていたんです。いわゆるソフトウェアのエンジニアとして仕事をしていました。
―― ネットワーク系ではどんなことをやられていたんですか?
礒津 ホームネットワーク、ワイヤレスネットワークといった、ネットワークでも低レベル技術の分野です。いまでいうとUPnP(Universal Plug and Play)、機器と機器をつなぐところ、メッシュネットワークなど、ソニーが先駆けてやっていたあたりをやっていました。ネットワーク系のバックグラウンドがあるため、2011年くらいにはビットコインで使われているブロックチェーン技術に着目、研究所で開発をやろうともしていました。
―― なるほど、物すごくいまトレンドじゃないですか!
礒津 ええ、それで「テクノロジーで何か新しいことをやりたい」という気持ちは常に強かったんです。とはいえ、ブロックチェーン技術などはなかなか会社としての事業につながっていくものではなくて……。
現在、ソニーは、新規事業創出で盛り上がっているのですけれど、すでに2012年くらいからさまざまな「事業インキュベーションプロジェクト」が始まっていました。2012年当時私が所属することになったソニーコンピューターサイエンス研究所も同様で、そのときに私が新しいプロジェクトとして応募したネットワークサービスプロジェクトが、今回の製品の発端ということになります。
―― 礒津さん個人が、プロジェクトに応募したんですか?
礒津 はい。目の前の研究開発で実際に手を動かしていても、事業化にはとても時間がかかります。けれど同時にそのころ、教育分野でテクノロジーを使ってイノベーションを起こせないかと考えるようになっていたんです。教育は、どこをとっても何だか時代遅れのところがあるので、一気にひっくり返せる可能性があるのではないかと、提案をするようになりました。そのうち、無事に採用されたというわけです。
―― そのときに採用された提案は、どのようなものだったのですか?
礒津 新しい発想の教育インフラです。既存の教育サービスは、特に日本の場合は受験勉強のためのサービスが主流なので、もっと大きな枠組みで新しいインフラがつくれないかと考えていました。具体的には、算数などの教育で出題される問題や作成のプロセスをオープンに共有して、世界中から問題を集め、広く提供していくような、問題のソーシャルネットワークみたいなものをつくりたいと提案しました。
それは、簡単な計算問題ではなく、文章題があったりして、少し難しくしっかり考えさせるようなものです。電車の中吊り広告などでよく見かける学習塾の算数問題がありますよね。ああいう感じのものです。調べてみると、あのような算数の問題は、世界的にはジャンル分けができない特殊なものだということがわかってきました。
―― そうなんですか!?
礒津 日本人は、テレビや広告でああいったものを見ても「算数の問題だ」と認識します。だけど、これはかなり特殊なカルチャー。世界の数学(mathematics)の中にはこのくくりがないんです。しいて言えば、「マスパズル」になります。日本の「算数」と海外の「mathematics」は、ちょっと違うんですね。
そして、日本の算数の問題は、伝統的に良問が多いのも特徴です。ひねりのあるパズルっぽいものが多くて、エンターテイメントとして楽しめる要素があります。算数思考について、日本はかなり優位性があるんです。
――そうか、江戸時代の「算額」※4のようにみんなでゲーム感覚で楽しんできた伝統からの流れがあるんですね。なるほど。
礒津 江戸時代よりも、もっと昔からかもしれませんよね。みんなで問題を解く楽しみ方があって、それが脈々と受け継がれ、それで現在は中学受験に算数の難題が出たりしています。日本の算数がいかに優れているかというこの事実、日本の算数・数学関係者であれば、実はみなさんご存じなんですよ。「世界に展開したらウケる」ことは、わかっています。でもこれまでは、その機会が少なくて、ビジネス展開などはできてきませんでした。
そこをわれわれがうまくできないか、問題をつくって世界に配信することはできないかと考え、プラットフォームとして会社をつくる提案を考えたわけです。いきなりプラットフォームをつくってもうまくいかないので、まずは「世界算数」のような自前のサービスをしっかり立ち上げて、そのうえでプラットフォームを展開していこうという、そういう計画が会社の始まりになります。
―― 最初はネット上のサービスとして立ち上げたわけですね。
礒津 事業インキュベーションとしては、ネットワークのサービスですばやく立ち上がるものをまず、という命題があり、ハードが絡まないものでした。
―― 事業計画だから売上予測も必要でしょうけれど、その規模はどれほどでしたか?
礒津 売上規模は当初はそれほどではありませんでした。ユーザーはかなり取れるのではないかと予測していたので、事業としてはユーザー数に焦点を置いて提案していましたね。教育は、世界規模でも資金が流動している世界ではあるので、ポテンシャルがあります。ただ、時間がかかるんです。よいものをつくっても、学校や国に採用されるまでは時間がかかります。一般的なビジネスのように捉えてしまうと、途中で頓挫してしまう可能性が高い分野なんです。そこで、いろんなイグジットを考えるようにしていました。
―― それで、研究所からスピンアウトするかたちで会社を設立となったのですか?
礒津 すぐではありませんでした。研究所でひとりでやっている期間が、1年近くありました。長かったですね。これがソニーらしいところで、ふつう新規事業はチームでやりますよね。いきなりひとりに任せるのがソニー流で、いわば研究員のようなかたちでひとりひとりがインキュベーションするんです。ひとりでソフトウェアを書き、ひとりで簡単なデザインもやって、ひとりで営業に行く。可能性が出てきたので会社にすることになって、スピンアウトする直前には20人ほどの規模になっていましたが。
―― SGEDの設立は、2015年の4月ですね。「世界算数」の第1回はいつでしょう?
礒津 2014年の11月です。研究所に所属中に第1回を開催し、現在までに4回開催しています。海外ではGlobal Math Challengeという名称で展開しているのですが、過去4大会累計で30万人が参加、けっこう大きな大会に成長しています。当初からの予想通り、海外での評判はとてもよく、各国の数学の先生から「教えている子供たちに受けさせたい」と問い合わせが来ます。アメリカは算数クラブがあったりして、特に熱心な先生がいますね。
―― むこうは「数学の日」があったり、数学キャンプがあったりしますよね。
礒津 そうなんです。自分で授業をよくしようというモチベーションがかなり強いですね。実は「世界算数」は、アカウントベースでは200万くらいの登録があるんですよ。アメリカでは、1000校以上の学校の先生が登録しています。ただし、これは大会なので期間があり、登録はしたけれどタイミングが悪くて参加できなかったという人も多いのが現状です。ポテンシャルはかなりあるので、現在は参加機会について改善しようとしています。そして、さらに成長させようと考えているところです。
日本の算数問題はプログラミング思考を内包している
―― ところで、会社設立の段階で、プログラミング教育やKOOVへの方向は見えていたのですか?
礒津 そうですね。会社設立においては、STEM教育※7は頭の中にありました。プログラミング教育はメインの事業になるだろうとの考えがあり、会社設立の事業計画にも掲げています。
われわれの考えでは、「世界算数」も、中身はプログラミング的な考えに基づいています。世の中ではプログラミングというと、コーディングのイメージが強いと思うのですが、思考力を養うような問題は、ある意味でプログラミングです。「世界算数」の問題を解いていただくとわかりますが、問題ではプログラミング的な考え方、教育学では「コンピューテーショナル・シンキング」と言われる思考力が、随所に必要になるんです。コンピューテーショナル・シンキングのステップは、「世界算数」を解く過程とマッチするんですね。われわれは、日本の算数が優れていると世界から思われているのは、この考え方を内包しているためではないか、そんなことにも気づきました。
―― 具体例を教えていただけますか?
礒津 たとえば、「○○さんが学校まで△kmを歩いて行きました…」という文章題はよくありますよね。これを解くには、線分図のようなものを書いたり、数字を抜き出したりして、抽象化します。頭の中には学校に行って帰ってくる光景が浮かんでいたりして、それを抽象化することによって余分な要素をそぎ落としているんです。そのうえで数字を当てはめ、その数字を見ながら「行きがこれだから帰りも同じスピードだ」などと、自分の中にルールをつくります。そのルールを使い、公式に当てはめて、解く。
コンピテーショナル・シンキングも、問題を抽象化、そこに法則を見つけて、その法則をもとにアルゴリズムをつくり、そのアルゴリズムを解いて検証するというステップがあります。つまり、算数の問題でも、アルゴリズムに与えるための数字を抽出、アルゴリズムにくわせて解かせるというようなことをやっているということです。
礒津 こうした算数の問題は、小学生が取り組むとなるとごくシンプルに見えがちですが、高度なしくみで解かせようとするといくらでも高度にできます。解き方が何パターンもあるというところも、プログラミングによく似ています。人によっていろんな考え方があって、目的によって最適なものもあれば、遅いんだけどコストが安いものもあって……。
―― プログラミングの場合は読みやすさも重要な要素ですよね。
礒津 ええ。人によって違うコードを書くけれど結果は一緒、というのも似ていますよね。日本の従来のプログラミング教育では、どうしてもコードを書くことにフォーカスがいきがちですけれども、コードを書くのはわりに終盤の作業。実際は、書き始める前に頭で考えている時間が長いものです。そうした順序立てた思考のステップを見失ってしまうと、本質的なプログラミング教育はできないと、われわれは考えています。プログラミング教育では、前段階でコードを触らせず、頭の中で徹底的に考えさせるのが重要なのではないでしょうか。
―― 「世界算数」以前から、礒津さんはプログラミングとの共通性には気づいていたのですか?
礒津 始める前は気づいてなかったです。「算数オリンピック」※8の問題を見ていて、気づきました。「世界算数」の問題は、いまは自分たちでもかなりつくっているのですが、算数オリンピックと連携してつくることから始まりました。算数オリンピックはもう25年の歴史があって(1992年より毎年開催)、ほかにも歴史のある大会はあるのですけれど、ああした工夫した問題で20年以上続いているというのは本当にすばらしいことです。算数オリンピックの評判は特に中国ではかなり高く、日本製の問題はブランドになっているんですよ。そのくらい、日本の問題はよく練られていて、解いてみると「なるほど」の発見があり、思考力を養ってくれます。
―― たしかに、プログラミング大会の問題文は、算数の問題のように見えますね。前提条件が書いてあって、入力はこれで、求めたい答えはこれ、と。
礒津 算数の問題は、まさにアルゴリズムの問題でもあるんです。日本の問題が、さらにユニークなのは、バックストーリー、舞台背景のような前提があることです。「○○まで歩いて行きました」「学校に行くのに~」と、ちょっとした生活シーンが入るのは非常に重要なエッセンス。たとえば、「4つの正しい数字を見つけなさい」といった問題でも、われわれは「スマートフォンのパスワードを忘れてしまいました……」とつくっています。こうして生活に密着する背景が見えると、より親しみやすくなります。
―― そうした気づきは、会社設立のタイミングでのことになりますね。それは、KOOVにつなげていくタイミングではどういうアプローチになっていったのですか?
礒津 会社をつくり、プログラミング教育について考えたとき、プログラミングそのものに直にいかず、モノをつくりだしたのは、自分自身の体験もあります。
私は、8歳の時にプログラミングを始めました。父が買ってくれたパソコン、NECの「PC-8001」を使ってソフトをつくっていました。当時は、ちょっとプログラムを書いて、緑色のディスプレイに文字が出るだけで、ものすごく興奮したんです。「コンピューターはこんなに楽しいんだ」と思ったことが自分の原体験となっていて、いまでもコンピューターが大好きですし、ソフトウェアの可能性を信じて生きているようなところが自分にはあります。
それで、自分の子供が8歳になったとき、MacBookを買ってあげたんですね。ところが、いまどきの子供は文字が出たくらいでは驚きません。プログラミングでアニメーションをやらせてみても、それほど(笑)。うちの子だけかと思ったら、よその子もそうみたいで。いまは、スマホやタブレットで動画が自在に見られるんですから、そうなんですよね。
いまの子供は、文字が思い通りに動いたくらいでは感動しない、とわかったとき、プログラミングの体験では、最初の感動をどうやって誘引するかが大事だと思いました。やはり、動くものがあったほうがいい、ロボットみたいなものがあったほうがいい、と。実地に見ていくと、ロボットが動いたときに子供たちが感動する表情は、自分が昔味わった体験とほぼ同じではないかとの印象もありました。何としてもプログラミングで感動体験を与えないと子供たちはプログラミングをやらなくなってしまうのではないかという危機感もあったので、モノをしっかりつくろうと決意したんです。幸い、ソニーにはものづくりのベースもありますので。
KOOVの価格設定にはそれなりの理由がある
―― ベンチャーでいきなりハードをつくろうとしても、なかなかすんなりとはいかない可能性が高いです。
礒津 そこはソニーの強みがあるので、KOOVにつながっていきました。最初はブロックも自分たちで、と考えていたのですけれど、アーテック※9さんのブロックが非常に良質であること、アーテックさんも世界展開ができないでいることを聞いたりして、お互いにWin-Winの可能性があると、協力することになりました。
―― ちなみに、アーテックブロックとの互換性はあるんですか?
礒津 KOOVのブロックは、子供向けということでわれわれ独自の工夫、はめやすさ、はずしやすさを向上させています。形状は厳密には同じものではないのですが、基本の互換性はあります。ただ、両方を混ぜて使うことは想定していません。
―― 本体(コア)や電子パーツについてはどうなのでしょうか?
礒津 本体(コア)は、アーテックさんとの共同開発です。本体(コア)、電子パーツの白いデザインは、基本的にソニーでやっています。ソフトウェア(KOOVアプリ)は、もちろんわれわれです。
―― KOOVでできることをおおまかに教えてください。
礒津 KOOVのコンセプトは、「Play. Code. Create」です。最初に「Play」を持ってきたのがこだわりです。自由に遊んで、直感的に学びを実現してもらいたいんです。そのため、デザインには徹底的にこだわっています。半透明のカラフルなブロックは、濃い色でメカっぽいロボットになると、女の子が寄りつかないからなんですね。できるだけ万人受けするように、デザインチームが練りに練ってデザインしました。
KOOVの中の基板は、Arduino互換です。保証外になってしまうのであくまで推奨はしませんが(笑)、拡張ボードを差して使うことができます。そのあたりのオープン性は確保しています。
―― 量販店でも販売しているんですよね。
礒津 コンシューマー向けで、家庭でも楽しめるというのもポイントです。教育機関でなくて家庭で使う場合、教える人がいないのでしっかりとアプリをつくり込んでいます。いきなりプログラミングは難しいので、作例の「ロボットレシピ」からの模倣で最初は入るようになっています。レシピが22種類ほどあって、ぐるぐる回転する「3D組立ガイド」で組み立て方がステップバイステップでわかるようになっています。まずはそれを見ながらつくり、できているプログラムを転送、動かします。その次は、学習コース「はじめてのロボットプログラミング」で学んでもらう流れです。
ロボットプログラミングでは、基本的なプログラミングの概念から始めて、繰り返し、条件分岐の基本を学んで、関数や変数といったちょっと高度なことを学びます。それと平行して、LEDやセンサー、アクチュエーターやモーターといったパーツについても学びます。
実はKOOVは、発売の発表以降、予想通りに「価格が高い」という反応をいただいているんですが、モデリングと学習コースをひと通りやるには、早い子でも30時間近くかかります。ロボット教室だと1年分のカリキュラムくらいの内容が、オールインワンで最初から入っているのが、KOOVです。これだけでも学習教材として成立していますが、いちばんおもしろいと自負しているのは、自分で工夫して自由につくれるところです。ある程度の基本がわかってくるとつくれるものが増えるので、作品を世界に発信するしくみをつくっていく予定です。そのためのSNSも、今後本格的に稼働させていきます。
―― レゴも、いまは作品の発表はYouTubeで発信する感じですよね。作例の世界は意外と閉じています。
礒津 レゴさんも、これからやると発表していますね。KOOVの場合は、ブロックがシンプルなので、作例の組み立て方が見せやすく発信しやすいというメリットがあります。SNSは、子供に安心して使ってもらえることも大事なのですが、そこは「世界算数」で培ったノウハウを使いながらやっていこうと思っています。
―― レゴの話が出たところで、KOOVとレゴ社のマインドストームとの違いはどんなところにあるんでしょう?
礒津 これは、本当によく質問されてまして(笑)。大きな違いは、ブロックがそもそも違うところ。マインドストームに限りませんが、他のロボット教材はパーツが多い傾向にあるので、つくるのに時間がかかります。その代わり緻密な作品がつくれるのも確かですが。海外の学校でKOOVのデモをすると、みなさん、見た瞬間に「パーツが少なくていいね」と言います。聞いてみると、「パーツが多すぎると、事前の仕分け、パーツ選びに時間がかかりすぎてしまう」という話です。それに、一度できあがったものをもったいながって崩さないんですね。1回で終わってしまう傾向があるようです。
―― ある意味、粘土みたいな感覚で扱えるのかな?
礒津 「また違うのをつくろう」とあまり抵抗なく思えるようです。そのあたり、つくっていじくりまわして、またつくっての「ティンカリング」※10に向いているキットになっているかと思います。
―― 学校でも使われるのですか。
礒津 いま話があるのは私立校や学習塾、先進的な教育を導入する自治体が多いです。公立校も含めた本格的な学校展開は、まだ少し時間がかかるかもしれません。
「STEAM」のあとは、起業家、イノベーターを育成する教育までできたら
―― 今後の会社の展開についてもお伺いしたいのですが。
礒津 弊社の創業理念は、「300年先の未来をつくる教育」です。300年前は江戸時代で、まさに算額が出てきた頃からの300年後が、いまです。日本には300年続いている算数教育があるように、われわれもこれから300年続く教育を念頭に置いて活動していきたいと考えています。また、既存の公教育については、工業化社会の中で生まれてきた教育モデルであって、「国語」「算数」「理科」「社会」という科目の分類ですら、新しい時代の教育にはそぐわないかもしれない、新しい教育のかたちを提案していきたいとも考えているところがあります。
―― 「読み」「書き」「そろばん」と言われた時代から、近代になると「理科」や「社会」が必要になった。教え方も文字どおり近代化した。教育が、今後も時代とともに変わっていくということですね。
礒津 今後、STEM教育は、やはり大きな柱になっていくと思います。STEMは、最近はArtも入ってSTEAMと言われますけれど、KOOVもArtの一部だと思いますし、STEAMのそれぞれに深くコミットしていくのが、われわれの当面の課題です。そのあとは、金融や経済といった分野まで広げて、起業家、イノベーターを育成するような教育までができたら、と考えています。
―― KOOVとも「世界算数」とも違う、具体的なイメージはあるのですか?
礒津 コンセプトとして「STEM101(ワンオーワン)」と言っているのですけれど、「Think,Make,Feel」を考えていて、Thinkは算数、MakeはKOOV、Feelは科学体験で感じるものをイメージしています。まだ手つかずなのは、科学で、科学教材として考えているものはいくつかあります。ここも抑えていって、STEMの教育ならソニー・グローバルエデュケーション、と思ってもらえるような形をつくっていきたいですね。
―― 海外展開、特に中国での展開には力を入れているようですね。
礒津 中国は教育に熱心なので、事業規模も大きいんですね。市場として、注目しています。KOOVは、2月に中国でも発売されます。また中国では、Global Math Challenge以外に、プログラミング的思考を育成する算数学習サービス「Think」を先行リリースしています。中国の子供たちはタブレットを当たり前のように使っていて、宿題もタブレットで解いていきます。こうしたサービスとの親和性が高いため、先行リリースをしました。中国では、プラットフォーム2つの合計で100万ユーザーを獲得しています。「Think」は現在、日本の学習塾向けに展開を始めていて、一部は導入している塾が出てきています。
―― ところで日本では、「学習指導要領」の改訂で、2020年からプログラミングが導入されることになっています。学校でのプログラミング教育についてはどうお考えでしょうか?
礒津 もちろん、プログラミング教育は必要だと思っています。現在は、日本では指導できる先生が少ないのが、大きな課題となっていますよね。私は、プログラミング教育に従来の授業スタイルにおける先生のような存在は必要か、子供たちに自由にやらせればよいのではないか、と思っています。先生はファシリテーター(促進者)でよくて、途中で手取り足取り教える必要などはないし、事前指導や成果発表の指導に徹すればよいのではないでしょうか。KOOVも、家で子供が勝手に取り組めることを目指していますし、アプリを見ながらであれば、誰でもできて1回できれば覚えられるため、あとは自分で自由に、というのがコンセプトです。昔のプログラミングなどもまさにそうで、教則本もそんなにない中、実際に手で触って覚えていきました。先生が必要という考え方を転換して、学校教育としては、教える先生がいなくてもプログラミングの授業が成立するような枠組みをつくるのが、よほど重要な課題なのではないかとも思っています。
また、授業の中で教える内容をどうするかも重要です。プログラミングにはさまざまなエッセンスが入っています。論理的思考をするのもプログラミング、正しいコードを書くのもプログラミング、正しく動くかどうかを検証するのもプログラミング==こうしたいくつもの要素を簡単に「プログラミング」のひと言で片づけてしまいがちなのですが、学校によって、あるいは学年によって、どんなプログラミングの授業をするかは、より大きな課題としてあるでしょう。学年や個人の理解度によって、教育すべき内容も変化してしまうので、そこを正確にやれるしくみをつくれるかどうか……題材は何でもよいのですが、児童・生徒に与えた課題を彼らが独学で進め、ある程度のところでみんなで発表して、お互いが教え合ったり、共同作業で各人の知識のレベルを上げたりできるような、そうした授業スタイルがないとうまくいかないかもしれません。
―― KOOVの場合は、まずはできあいのレシピから動かしてしまいますよね。きっと、すぐに改造する子も出てくるのでしょうね。
礒津 男の子にKOOVを渡すと、だいたいはプログラムを書き始めるとすぐにサーボモーターの回転角度を変えます。変数を見つけると、数字を限界まで、100万、1000万とすごい数字を入れてくれます(笑)。最初から最高スピードで動かして喜んで、壊したりして、学んでいく。先生に「100度までしか動かしてはダメですよ」と言われるよりも、自分で動かしてみて「こうなんだ」と体験するほうが、よほど身に付きます。プログラミング教育が導入されることが、そうした体験から学ぶ授業スタイルが導入と定着へのよい理由付けになるとしたらよいな、とも思っています。
―― その意味で、「プログラミング教育」は、新しい世代に向けた教育、授業スタイルの提案としては象徴的な位置付けになりそうですよね。
礒津 プログラミング教育は、非常にわかりやすく、従来の教育に変革を提案してきているのだと思います。プログラミングには、よく言われる「21世紀型スキル」のうちでも問題解決、コミュニケーション、創造力とイノベーションといったところを育成する要素が詰まっているのですから。これからの教育の題材として、プログラミングは最適です。
未来の教育では、極端なことを言ってしまうと、いわゆる科目の授業はこれからはさほど重要視されなくなっていくんだと思います。昔は物理的な制約があって、効率よく教えるためにクラスをつくり、時間を区切ってやっていました。科目に分けたり、科目によって教える先生が変わることにも合理性がありました。時代が変化した現在は、45分間、机に座って授業を聞くのが正しいのかはわからなくなっていきます。朝、学校に来たらタブレットを持って学校の好きなところで学ぶ、一定の時間が来たら集まって議論をして発表して、またどこかへ行って学ぶというような、そんな授業があってもよいかもしれない。実際、アメリカの先進的な人気校ではそんな授業も実施されています。
―― 学校が、「ゲーミフィケーション」※11の場になるイメージでしょうか。子供たちは、いちばんやりやすい仲間と目的に合った旅に出て、そして学んでいく。
礒津 ええ。プログラミング教育をきっかけに、授業スタイルはもちろん、教育のあり方から変えていく発想が生まれてくることは、大いにあると思っています。
礒津政明(いそづ・まさあき)
株式会社ソニー・グローバルエデュケーション 代表取締役社長
千葉県生まれ。2000年、東京工業大学大学院修了、ソニー株式会社入社。インフォメーション&ネットワーク研究所などを経て、2012年より株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所。2015年に株式会社ソニー・グローバルエデュケーションを設立、現職に就く。2016年5月、文科省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員就任。2016年9月、「KOOV」グッドデザイン賞金賞受賞。
KOOV ロボット・プログラミング学習キット
2月18日、株式会社ソニー・グローバルエデュケーションから発売されるロボット・プログラミング学習キットKOOV。このキットは、ブロックと電子パーツでつくったロボットを、専用のアプリからプログラミングで動かすことができる。工作感覚で、遊びながらロボットとプログラミングを学べるのが特徴。基本のブロックは半透明で、電子パーツは白色になっており、ぱっと見たときに中の構造が分かるようになっている。
今回、3つのキット製品が用意されており、基本となる「KOOVスターターキット」(ブロックが172ピース+電子パーツ16個)が税別3万6880円、追加セットの「KOOV拡張パーツセット」(ブロック130ピース+電子パーツ8個)が2万1880円。これらが最初から一緒になった「KOOVアドバンスキット」が4万9880円となっている。
ブロックは、ほぼ立方体のブロックを中心に7種類しか用意されておらず、低年齢層の子供たちも楽しめるようになっている。これに、駆動系(DCモーター、サーボモーター)、光表現(LED)、音表現(ブザー)、センサー(光、赤外線、加速度、スイッチ)の電子パーツ、およびコアとなるコントローラーからなる。また、アプリを通して世界中に作品を発信する仕組みも備える。
関連リンク:KOOV 創造力育成のためのロボット・プログラミング学習キット
楽しくプログラムを学べるソニーのブロック「KOOV」2月18日発売
注釈
- 【トーキングカード】カードをプレーヤーに差し込むと音声や音楽が聞こえてくる幼児向け教材。1976年発売。↩
- 【マイファーストソニー】子供向けのAV機器シリーズ。ラジカセ、ウォークマン、お絵描きコンピューターなど7種が1980年代後半に発売された。↩
- 【It's a Sony展】銀座のソニービルの立て替えを前に開催されている展覧会。ソニーの歴史をテーマにしたPart-1は2月12日で終了。未来をテーマにしたPart-2は、2月22日~3月31日まで。↩
- 【算額】江戸時代に和算の問題を解いて額におさめ神社や仏閣に奉納したもの。↩
- 【メカノ】英国発祥の金属製組み立ておもちゃ。高度な機械の組み立ても可能で、米国ベル研究所でつくられた微分解析機をこれを使られたことは有名。↩
- 【世界算数】日本語・英語・中国語で年1回、秋に開催されている。小学生向けの6コース、一般(中学生以上)向けの2コースがある。トライアルプラン無料、スタンダードプラン1,600円/アカウント。https://ja.global-math.com/↩
- 【STEM教育】Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に教え、科学技術の進展に合わせたスキルの養成を狙う教育。↩
- 【算数オリンピック】小学生・中学生を対象にした算数と数学のコンテスト。「算数オリンピック大会」は主に小6対象。「ジュニア算数オリンピック大会」(小5以下)、「広中杯」(中学生)などがある。http://www.sansu-olympic.gr.jp↩
- 【アーテック】学校教材、教育玩具の製造販売を行うメーカー。1960年創業、本社・大阪府八尾市。↩
- 【ティンカリング】Tinkering。もとは「鋳掛け」の意味。さまざまな材料や道具、機械類を好きなだけ自由にいじり回し、工夫を加えていくこと。↩
- 【ゲーミフィケーション】ゲームの方法論をゲーム以外の分野に応用していく取り組みのこと。↩
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