国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。ニコンの坪井聡一郎氏による技術とイノベーションについてのコラムをお届けします。
2017年を迎え、この1年のテクノロジー変化を予想する記事がたくさん出ている。米国ではCES(Consumer Electronics Show)も開催され、近未来に出現するコンセプトモデルが数多く提示される中で、これらに目を通された読者の皆さんも多いことだろう。しかしイノベーションは、既存の産業とは異なる業種から参入する企業によってdisruptされることが少なくない。今回は小売業が製造業をdisruptする可能性について、「小売りのプライベートブランド(PB)」を軸に考える。
わが国でPBが登場して早や50余年になり、かつては「安かろう、悪かろう」というイメージだったものの、近年はそうした印象も薄まり、次第に主流になり始めている。そうした背景を踏まえて、PBの現状を把握し未来に起こりうるシナリオを検討する。
PB「セブンプレミアム」の勢い
PBとは、小売業などが独自で商品を企画し、自社の流通網で販売する商品を指す。イオンの「TOPVALU」やセブン&アイ・ホールディングスの「セブンプレミアム」などは皆さんもよくご存じだと思う。これに対して、いわゆるメーカーが自社のブランドを冠して全国展開するようなものをナショナルブランド(NB)という。
PBとしての「セブンプレミアム」では食料品、住まいの品、ファッションを取り扱っている(セブンプレミアムの分類に従って以下に列記する)。
【食料品】
・飲料
水/乳酸菌飲料/お茶飲料・コーヒー飲料・紅茶飲料/炭酸飲料・炭酸水/
果汁飲料・野菜飲料/ココア・ミルク/珈琲豆粉/茶葉/その他飲料
・セブンゴールド
食品
・乾物/米/麺
米・もち/めん類・パスタ/ジャム・はちみつ・シリアル/粉類/
缶詰・瓶詰
・菓子/スイーツ
洋菓子/和菓子/スナック菓子・せんべい/キャンディー・チョコレート
・お酒
ビール/チューハイ/ワイン/日本酒/焼酎/洋酒/梅酒
【住まいの品】
・コスメ/ヘルスケア
石けん/ボディケア/ヘアケア/メイクアップ/美容雑貨/メンズコスメ/
医療・衛生/オーラルケア
・住まいの品
寝具/キッチン・ランチ用品/テーブルウェア/タオル/生活雑貨/
ステーショナリー/ペット用品/家電雑貨/日用品
【ファッション】
・衣料品
レディースインナー/メンズインナー/靴下/メンズファッション/
レディースファッション雑貨/キッズインナー
セブンプレミアムを購入されている方でも、自分の購入するものには偏りがあることもあるだろう。俯瞰で見ると、品ぞろえの充実ぶりはよくわかる。そしてあまり意識されたことはないかもしれないが、この品目は年々増え収益も拡大している。
セブン&アイ・ホールディングスは2014年に商品政策として、当時6,700億円であったセブンプレミアムの収益を2015年度には1兆円にする計画を発表している。そして実際に、2015年度の有価証券報告書ではセブンプレミアムだけで1兆10億円(前年比122.8%)と計画を上回り、約4兆9,000億円の売り上げの20%を占めるに至っている。わが国では上場企業は3541社あるが、売上高が1兆円を超える企業は154社しかない(2016年12月末現在)。こうした数値との比較でセブンプレミアムの勢いを認識していただけると思う。
小売りのPBが増加する理由
ここでPBはどのように計画されるか簡単におさらいをしたい。メーカーが商品を販売する際にさまざまなコストが乗ってくる。店頭での販売価格は、製造原価のほかに販促費などが加わって決定される。この際メーカーは小売店に一定の手数料を支払うことで自社の商品を店頭に陳列してもらうことができる。(参考:木暮太一「なぜ小売り業は、こぞってPB(プライベートブランド)に参入するのか?」2013年7月13日)
メーカーの立場としては、小売り手数料は避けられない。しかし小売りの立場で見ると、「自社で製造すればそのコスト(小売り手数料)は不要」になる。そのため商品の企画としては、まず「安さ」が重要なコンセプトになる。そしてNBとPBを店頭に陳列しその値段の魅力で顧客を誘引する。マーケティング戦略の「4Ps」に照らし合わせても、ProductはNBを扱う生産拠点で生産(後述)し、Priceは小売り手数料分が削減され、Placeは自社で棚割りを決定でき、Promotionは宣伝費をかけずその分低価格に持ち込む、というのが基本戦略である。
では誰がPBを製造するのか。実はNBを製造する事業者も受注し生産している。ではなぜ自分の商品とカニバリを起こすような商品を手掛けるのか。要因はいくつかある。こちらはまずポーターの「5forces」(業界構造の特徴把握での分析方法)で考えれば分かるように、買い手である「流通の交渉力」が売り手であるメーカーよりも大きいことが一因にあり、自社商品を陳列してもらうためにも受託を余儀なくされる関係にあると考えられる。
次は「ブランドの視点」である。PBを「自社ブランド価格を下支えする参照価格」として位置づけ、PBの売価を下限に自社のブランドプレミアムを維持するという考え方である。
そして3点目は「余剰生産能力の活用」という点である。メーカーにとって、需要予測と工場の生産能力の維持は大変難しい意思決定課題である。需要は増減するため、低い需要に合わせた生産能力であれば機会損失を招くため、需要のピークと最大生産能力の適正なバランスを取る形で設備投資を行なう。工場がフル稼働するような需要のピークは年に何度もないから、通常期は余剰生産力を抱えていることになる。この能力をPBへ貸し出し、少しでも工場を稼働させることで収益源とする訳である(参考:金沢学院大学 大野 尚弘「有力メーカーが PB 生産を受託するのはなぜか」 2013年7月)
なぜ小売りのPBは拡販を続けるのか
しかしこうした活動が長年繰り返されることで、当初は差があった商品力も経験曲線に従って徐々にPB側へと転移していく。そしてやがてその品質自体には差がなくなる。消費者も学習し、例えばペットボトルの形状などから、そのPBが有名なNBと同じプロセスで生産されていることを察知するようになる。するとそれまでこだわりを持って購入していたNBから、ある日PBへとスイッチする行動が生まれる。NBの持つ高いスイッチングコストが、消費者側の学習により超えられてしまう瞬間といえよう。じりじりとPBの販売数量が増えていく。生産現場では付加価値の高いNBを代替してPBの受注が増える。NB側は対応策として宣伝の強化などを行なうがコスト要因になる。NB側はこのようにして「忙しいけれども儲からない」という状態へ陥っていくのである。反対に、PB側には規模の経済が働き、原価低減効果などますます利潤を高める循環が生まれている。
わが国は1990年代後半以降、長きにわたりデフレに直面してきた。経済環境の悪さが消費者の心理状態を保守的にしたことも遠因し、品質も高まり価格も安いPBを選択する要因となっているということもできよう。そしていまPBは拡張を続けている。品質に差がなく、価格だけが違うという商品が、前述した多くの品目に広がるようになるのだ。あの商品群を見て、誰もが知っている企業がその競合商品を販売しているという状況を想像してもらいたい。そして、それらの企業業績の伸びは、セブンプレミアムのそれに比べてどうであるのかを考えれば、disruptの兆しを感じることもできるだろう。
しかしわが国では、歴史的にメーカーと小売業の関係は微妙なバランスに成り立っていた。1991年に当時ダイエーのTOPであった中内功氏が経団連の副会長に就任するあたりまでは、小売業はメーカーや金融業よりも格下という風潮があったという。しかし昨今はそのパワーバランスも変わり、NBが売れないメーカー側がPB受注によって工業の回転が維持されるまで変化してきている。市場環境の時宜をとらえた小売りのクレバーな動きを目の当たりにし、メーカー側はこれまで通りのビジネス展開では今の潮流を変えることは難しいだろう。
今後手掛ける商品は何か
TECHサイドの人間からすると、食料品やファッションの話は対岸の火事に見えるかもしれない。しかし後述する小売りの取り組みを通じて、TECH業界への影響可能性を敷衍してみたい。
イオンのPBであるTOPVALUの商品カテゴリーは、セブンプレミアムよりも少し範囲が広く、いくつか家電製品を扱っている。乾電池や電球などは両社共通しているのだが、TOPVALU側はオーブンレンジ、フードプロセッサー、ジューサーミキサー、ホットプレート、給湯ポット、電子ケトル、クリーナーなどの白物家電が並び、最新の商品はIH炊飯ジャー、ハンディアイロンスチーマーまでラインナップに加えている。
家電量販店のノジマは、中国メーカーと組み体組成計や加湿器といった白物家電に加え、黒物家電の4Kテレビ、ドローンなどをPBとして販売しているほか、ヤマダ電機ではHerbRelaxというオリジナルブランドで洗濯機や食器乾燥機などを販売している。
わが国の高度成長期にメーカーがこぞって家電を開発し、パナソニック、三洋電機、日立製作所、東芝、シャープ、三菱電機など世界に冠たる数多くの大企業を生み出してきた。しかし近年は中国、台湾企業などの台頭もあり、日本市場であっても日系企業の独壇場という状況にはない。コスト競争力に負けた国内企業はODMにより中国・台湾企業に製造委託しているが、ノジマのように小売りも同じようにODMを利用して家電PBを手掛けているのである。
一点懸念があるとすれば、小売りが製造する家電の品質保証の基準である。従前の家電メーカーには独自の品質基準があり、それをチェックする体制、人材の育成、ノウハウの蓄積がある。高度な製品になればなるほど、このあたりの重要性は増すため、まずは機能の少ない製品から段階的に学習を進めていることだろう。しかしこうした問題は時間が解決をしてくれる。団塊の世代を多く抱える家電メーカーの人材が、小売りに再雇用されて着々と礎を築くことも想像に難くない。小売りは低価格家電に対するニーズをつかみ事業化へつなげているのである。単機能で低価格で参入していくプロセスは、まさにdisrupt発端の機会と考えられる。
Amazonはどう動くか
さて既存の小売りの最大の脅威であるAmazonは果たしてどのように動くだろうか。Amazonは既存小売りとは違い独自の事業展開をしているので、前述の小売りとはPBへのアプローチは異なる。筆者の推論を先に述べると、業界を縦断する形で徐々に新商品を投入しながら、メーカーをdisruptしていき、最終的には家電やモビリティーまでもターゲットにするのではないかと考えている。
1つ目の理由は、PBに対する積極性である。The WALL STREET JOURNALが昨年5月16日に「アマゾンがPB商品を拡充へ、食品や紙おむつなど」という記事を配信している。記事では「アマゾンが数年前からPBの新ラインの開発に取り組んでおり、ブランドコンサルタントやメーカー(加工食品のツリーハウス・フーズなど)と接触していると報じていた」と書かれており、既に食品や雑品のような着手しやすいカテゴリーのPB化は済んでいる。さらに「昨年の米国内でのPB商品の売上高は1184億ドル(約12兆9000億円)と、前年から約22億ドル増加している」という市場の好調さも相まって、積極的な展開を図る絶好の機会ととらえていることであろう。そしてこの領域には「Amazon Dash Button」がある。低関与商材に自社のプラットフォームを活用させるスキームは非常に素晴らしいものがある。(参考:「Amazon Dash Buttonは何がヤバイのか」)
2つ目の理由は、幅広い品目のPOSデータを持つ強みである。GMSであれば食品、家電量販店であればその取り扱い品目に偏りがあるが、Amazonは食品から中古車販売まで圧倒的なラインナップを取り揃え、その販売動向データを有している。何と何を一緒に買うのか、どの時期にそれが必要なのか、今後トレンドとなる製品は何か、といったことを、Amazonは他社よりも先に知る機会がある。
3点目は、難易度の高いデジタル製品開発へチャレンジしている実績とその知見である。ご存知の方も多いと思うがAmazonは2015年にスマートフォンの開発から撤退している。Kindleの成功によりその動向が注目されたが、同じような成功には結びつかなかった。しかし取り組み方は他の小売りとは大きく異なっている。大人数のエンジニアを雇用する環境、(ソフトウェア部門だけでなく)ハードウェア部門を自社内に持つ実績もある。その後も音声認識や3Dインターフェースなどの開発を続けていると報じられていた。
実際、「Amazon Echo」では音声認識技術が取り入れられており、基礎技術の転用という形で成果につなげられている。そして昨年末に発表された「Amazon GO」の特許などについて解説している記事からは、「Amazon GO」はスマホなどで採用されているセンサー類の技術の地道な積み重ねによるサービスであることがわかる。技術の集積をサービスにつなげて考えるAmazonの真骨頂が垣間見える。Amazonは過去の研究開発を無駄にしてはいない。
さらに4点目は、「Amazon Web Service(AWS)」を事業に持つ強みである。彼らはこのクラウドサービスを多くの事業者に貸し出すことで、どんなデータが、どんな産業で、どんなフローで蓄積・活用されているのかを知ることができる。契約の関係もあり直接データに参照する機会は限られるであろうが、データの流れを知ることは、ビジネスの流れを知るに等しい。他の小売りがどうしても追いつくのが難しい部分はここにある。
最後は物流のイノベーションを図っている点である。そもそも実店舗を(ほとんど)持たないため他の小売業に対してコストの有意性がある。そのうえで、「Amazon Prime Now」、「Amazon Fresh」など配送スピードを重視し次々開発されるサービスや、将来の配送に向けドローン活用を検討するなどインフラそのものにも固定観念を疑い、常に最終接点である顧客へ「モノを届ける」ことを仕組みに落とし込む姿は比類なきものと言えよう。
Amazonは他の小売り以上のコスト優位性を持ちつつ、トレンド情報、最先端技術への知見インフラの構築、という自社の強みを活かす環境を整えている。仮に今後Amazonが自社のPB開発を目指す場合、家電とは「既存技術を組み合わせ、新たな体験を形成する、廉価な製品」ではないだろうか。既存メーカーもNBの付加価値化を商品開発のテーマに掲げるが、AmazonはNBが目指す付加価値化を盛り込んだ上で、PBの価格優位性を打ち出すだろう。同じクオリティーならば、コストで勝てないことになる。また、自社で直接的にハード開発を行なわない場合であっても、メーカーと共同開発により「Amazon Alexa」をインターフェースとして搭載することで、プラットフォーマーとしてのポジションを確固たるものにしていくことになるだろう。
収益モデルとしても、ハード販売の収入はできる限り抑え、クラウドを通じたサービス利用料で長期的・安定的に収入を得るsubscriberモデルを目指すと考えるのが順当である。既存メーカーはハード売り切りモデルが多く、最も苦しんでいるものの1つである。
新年早々のCESではAmazon Alexaが大きな話題となった。これに関してはSCRUM VENTURESの宮田さんによる「『IoTコマース』時代到来。700ものAmazon Alexa搭載製品が登場した今年のCES」は大変に素晴らしい記事なので是非一読を願いたい。ここで「家電からモノやサービスを注文する」IoTコマースの時代の入り口に立ったという見解を示されている。実際にAmazonはプライム会員向けに還元率が5%という「Amazon Prime Rewards Visa Signature Card」を発行し、自社サービス利用者の囲い込みを、「コマース」にまで至る道筋を立てているということになる。一般的な小売りPBは現在時点のビジネスを売上という面から変革しているが、Amazonは5年先の未来を示してくれるのかも知れない。今後メーカーは「単機能・廉価」と「高付加価値・廉価・サービス収益モデル」という2つのPBの市場動向に挟まれる形で事業創出していかなければならず、これは極めて難易度の高いものだと思う。
今回「ビジネスは、その先に」で考えたのは小売りPBが拡大し、家電メーカーをdisruptする可能性とそのシナリオを、筆者の推論を交えてまとめた。メーカーがこれをどう克服するかは、製品開発の持続的イノベーションから脱却を目指す、各社の今後のユニークな活動にかかっている。
アスキーエキスパート筆者紹介─坪井聡一郎(つぼいそういちろう)
一橋大学大学院商学研究科修了。2004年株式会社ニコン入社。ブランディング、コミュニケーション、消費者調査、デジタルカメラのプロダクト・マネジャー等を歴任。2012年より新事業開発本部。2014年、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構より「センシングによる農作物高付加価値化」の研究委託を受け、コンソーシアムの代表研究員を務めた。経産省主催の「始動Next Innovator2015」のシリコンバレー派遣メンバーであり、最終報告会の発表者5名にも選抜された。
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