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課題が非常に多い360度の生配信

ニコニコ超パーティーの360度配信で感じた、「ライブ感」をVRで演出する難しさ

2016年11月06日 18時00分更新

文● 広田 稔 編集●飯島恵里子/ASCII.jp

VR業界の動向に日本一詳しいと自負するエヴァンジェリスト「VRおじさん」が、今週のVR界の出来事をお知らせします!

 どもども! VRおじさんことPANORAの広田です! 今週は海外でVR開発者向けに「VRDC」というイベントが実施されて、Googleのモバイル向けVRヘッドマウントディスプレー「DayDream」の実機がお披露目されていました。米アドビ システムズが、同社のイベント「Adobe MAX」にてVRペイントツール「Project Dali」を披露したのも注目を集めました。


課題が非常に多い360度の生配信

 VRヘッドマウントディスプレーといえば、ここ数年でハードウェアの性能が多くの人に驚きを与えられるぐらいに進化しました。初体験のあとには、「ああいうことができる」「これもできそう」と可能性を口にするほどの大きなインパクトを与えています。しかし、一方で課題もまだ多くて、そうした夢を今すぐ完璧に実現するのは難しい部分もあります。

 実写の360度映像もそのひとつ。「360度カメラでスポーツやコンサートを中継して、VRヘッドマウントディスプレーで見れば、現地に行かなくてもいいんじゃない?」と言われるものの(筆者も言っています)、実際はいくつかの技術的な壁がそこに立ちはだかっています。



 グーグルの開発者向け年次イベント「Google I/O」でも360度ライブ配信が活用されていました。

 例えば、解像感の問題です。360度動画で標準的なのは「エクイレクタングラー」(正距円筒図法)と呼ばれる縦横比2:1のフォーマットで、再生ソフト側でこの横長の動画を球形に展開して、頭の全周を映像に囲まれているような体験を実現しています。ちょうど世界地図を地球儀に展開して、地球の中心から眺めているイメージですね。

 そして現状、解像度は2〜4Kが多いです。4Kというと、テレビやPCディスプレーで考えるとかなり解像度が高いように感じますが、実際、360度動画では「赤道」が4Kなだけで、見えている範囲はもっと狭いです。例えば、3840×1920ドットの360度動画を視野角100度のVRゴーグルで見るなら、見えている範囲は1066ドット相当ということですね。しかも数m離れて見るテレビとは異なり、目の数cm前にディスプレーがあるわけで、1ドットあたりのアラが目立ちやすいという不利な状況に置かれています。

 さらに生中継で活用しようとすると、ネットワークの問題が出てきます。同じ解像度でも動画のビットレートやフレームレートをなるべく高められれば質の高い体験を実現できますが、不特定多数にネット経由で送ろうとすると、受け手側の通信環境も考慮する必要がありますよね。

 ほかにもCGのVRコンテンツとは異なり位置トラッキングが効かない(=カメラを置いた位置から動けない)、撮影中にカメラを動かすとVR酔いしやすくなってしまう(=体が動いてないのに目だけ動く違和感)、そもそもズームが使えないなど、360度特有の問題があったりします。

 解像度や通信速度は、将来的に4K、8Kを表示できて、5G、6Gとより速い通信速度を実現できる端末が普及すれば……という筋道は見えています。90年代の夢であったコンシューマーVRが20年の時を経て実現できたように、将来的には技術の進歩で「現地に行かなくてもその場にいる感覚」は実現できそうですが、今、多くの人が手元にある環境で実現しようとするとなかなかハードルが高いのです。

 ただ、現時点で360度ライブ配信に挑戦することにまったく意味がないかというと、そうではありません。

 そもそもスポーツやコンサートなど、イベントの現場を現場たらしめているのは何なのでしょうか。会場の音響と振動? 観客やその汗から生み出される温度、湿度、香り? 近くにいる観客の存在と、同じものに感銘を受けている一体感? 素晴らしい競技の瞬間に出す歓声やステージとのコール&レスポンスといったインタラクティブ性?

 ジェットコースターのVRアプリでは、扇風機で風を当てるだけで乗っている感覚が数倍にも増しますが、360度ライブでもそうした中から何かを優先して演出することで、「現実そのもの」=バーチャルリアリティーを実現しやすくなるわけです。それを実現するための実験が現在、さまざまなところでなされているわけです。


観客の背中が見えることが「いる感覚」を高める

 すんごい長い前置きでしたが、そうした360度ライブ配信の高い壁に挑戦し続けているサービスのひとつが、niconicoです。

 2014年にはウェブブラウザーでニコニコ超パーティーIII、Oculus Riftの初代開発キット(DK1)で小林幸子さんのコンサートを、それぞれ360度ライブ配信。2015年には、ニコニコ超パーティー2015をウェブブラウザーと現地のGear VR向けに360度配信しました。

 そして3年目となる今年も、今週3日に実施した「ニコニコ超パーティー2016」にて、ウェブブラウザーとGear VRに向けて360度配信を実施!

 ドワンゴで継続して360度ライブ配信を手がけてきている、基盤開発本部 マルチデバイス開発部 先端演出技術開発セクション セクションマネージャーの岩城進之介氏によれば、今年のテーマは「客中にカメラを置く」ということだったそうです。

 先にも触れたように360度の生配信では、視点がカメラを置いた位置から動かせないため、まず会場のどこにカメラを置くかということが重要になります。過去の配信では、小林幸子さんのときはステージ上に、超パーティー2015では最前列の前にカメラを置いてきたわけですが、よりライブ会場にいる雰囲気を出したかったとのこと。そんな折、超パーティーに先駆けて実施しているイベント「ニコニコ町会議 全国ツアー2016」にて、最前列から3列目に360度カメラを置いて撮影し、見返したところ「これだ!」という確信を得たそうです。

ニコニコ超パーティーで使用された360度カメラ。前方2台を平行に並べて3D(視差付き)、後方は45度ずつ傾けて視差なしという特殊なフォーマットで撮影している

 ポイントは、前にいるお客さんがステージに向かって盛り上がっている様子を目の当たりにできるというところにあります。

 360度動画では、カメラ位置から視点を動かせないため、ライブを取る場合は少しでもステージの近くに置きがちです。もちろんその場合でも後ろを振り向けばお客さんは視界に入るわけですが、あえてお客さんの中に立てることで、現場にいる感覚を高める方針をとったとのことです。

 実際、筆者も超パーティーで岩城さんを取材しているときにGear VRで体験したところ、確かに周囲の観客がいるだけでグッとライブ感が増していました。観客をつぶさに観察していると、LEDライトを一生懸命に降っていたり、トーク中にぎゅっと手を握りしめて視線をステージに送っていたり、はたまた目当てじゃないアーティストなのか疲れたのかイスに座ってだれていたりと、さまざまな反応が見て取れるのが面白かったです。

 実写ではありませんが、PlayStation VRのVRライブ「アイドルマスター ビューイングレボリューション」でも標準の視点は2列目で、ライトを振るほかの観客が視界に入るようになっています。つまり観客を演出することで、その場にいる感覚を何倍も高めることができる。この客席カメラは、スポーツでもコンサートでも、VRでその場にいる感覚を高める手法として定着していきそうです。

 さて、客席カメラと一口に言っても、その体験を実現するために多大な努力が払われていました。ざっと挙げると……。

  • カメラ位置の席を売らずに確保した
  • 目立たない小型のカメラ構成(SP360 4K×4台)にした
  • 前方180度だけ3Dにした(後方は視差なし)
  • 前方180度を高画質にした(後方の解像度は低め)
  • ステージが見えにくくなるので、通常の生放送映像を大きめに重ねた
  • 特殊なフォーマットのためニコ生側も別途対応した

といった具合。いずれも長くなるので省略しますが、とにかく手が込んでます。一方でまだまだ実際の解像感は荒くて、「ああ、ステージがもっとよく見えたらなぁ……」という思いも確かにあります。ただ、VRの歴史の針を着実に進め続けているクリエイターがいて、多くの人が納得する体験の「臨界点」に近づいていることも事実です。今後もVRの世界は目が離せない。そう再確認したニコニコ超パーティーでした。

 あっ、PANORAでも11月14日に「ポストモーテムVR #04 今知りたい! VR展示のノウハウ」、11月22日に「Tokyo VR Meetup #11 サマーレッスンの衝撃」という、VRコンテンツ開発が学べるイベントを実施予定です。ぜひぜひご来場ください!!(アツい宣伝)


著者近影

広田 稔(VRおじさん)

 フリーライター、VRエヴァンジェリスト。パーソナルVRのほか、アップル、niconico、初音ミクなどが専門分野。VRにハマりすぎて360度カメラを使ったVRジャーナリズムを志し、2013年に日本にVRを広めるために専門ウェブメディア「PANORA」を設立。「VRまつり」や「Tokyo VR Meetup」(Tokyo VR Startupsとの共催)などのVR系イベントも手がけている。


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