現場にも平井色が浸透してきたと感じる
麻倉 現場の取材をしていると、社長の話が下りてきているとよく耳にします。これって何年ぶりだろう? 大賀さんのときはよくあったけど、出井さんのときは時々、ストリンガーに至っては……? やはり社長の商品愛は現場のモチベーションにとって非常に大切です。
平井 私はゲーム会社をやっていましたが、そこにはゲームを嫌いな人はいません。みんながゲームに対して一家言、持っていました。ソニーミュージックでも音楽大好き人間ばっかりです。だからソニーのマネージメントも俺はこう思ているんだというのがないと、いけないと思うんです、豊田章男さんなんかは、全部自分で運転するそうですよね。そういうのが大事だと思います。
商品こそスター、そんな発言が印象に残っている
麻倉 私が印象に残っているのは、CESで、それまでテイラースイフトとかが来ていたのを全部やめて、「商品がスターだ」と言ったこと。
平井 そんなの全部辞めた。そら当たり前ですよ。音楽ショーならいいですけどね。今でもよく言うのは、お店の展示を見て、商品がスターなのに、舞台ができていないということです。昔は「え~っ」っていう反応だったのですが、今では私の言わんとしていることが分かってもらえています。
麻倉 4年が経って、最初は怪しい奴だなと思われていた。
平井 (爆笑)確かにみなさん最初をそう思われてたんじゃないですか!!
麻倉 でもやっぱり社長が常に、発信しているじゃないですか。商品の大事さだったり、新しいものの大事さとかを。それが我々のような外部の人間にも伝わってくるし、内部にも浸透してきたのではないですか。
平井 これは私ではなく社員が本当にがんばってくれて、業績もいい方向に向かってきました。商品もよくなってきた。道が開けたというか、先が見えるようになってきたところがあります。私はこっちだ、あっちだと言いますが、実際にやってくれるのは社員ですから。その働きは素晴らしいですよね。
麻倉 以前、高級デジカメのRX100の大きさを変えるなと指示しましたね。
平井 はい。あれはRX100が最初に出たときに大きさとデザインは変えちゃいけないと言ったんです。それをIVまで続けてくれています。逆に同じでいいのかなと私が心配になるぐらいです(笑)。でもこれは変えませんと逆に言われたりして。
麻倉 形の制約が逆にクリエイティブ心を刺激することがあります。
平井 ポップアップ式のビューファインダーを入れてくれたり、いろんなことをやってくれます。昔、カセットケースの大きさでウォークマンを作るんだという制約の中から出てきたイノベーションを思い起こさせます。変えちゃいけない、でも機能はアップしないといけない。その制約の中で人は考えるんですね。
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2015年CESでのインタビューではこう言っていた。
「デジカメでRX100がありますね。それがマーク2になった時、ほとんどデザインを変えていません。デザインを変えたら許さないぞと、強く言ったのです。RX100を評価していただいたお客さんが、一年たったら新しくなり、デザインが大きく変わってしまったら、いったいどういうことなのかとご不満を持つでしょう。だから、絶対に基本デザインは変えてはいけない。液晶角度を変えたり、ホットシューを付けるのはかまわないけど、フォルムや使い勝手を損ねることは絶対にやるなと指示しました」
ソニーは回転し始めた、そんなふうに感じさせる
麻倉 それが2年ぐらい前の話ですが、最近の商品ではどうしたのでしょうか。
平井 そういう意味では、やっと言わずにやってもらえるようになったなと思えるのがテレビのケーブルマネージメントです。テレビの脚のデザインが大事なんですが、浮かせるとケーブルが見えてしまうじゃないですか。
「モックではきれいに見えるけど、普通のユーザーは何本もHDMIケーブルをつなぐのに、どうするの?かっこ悪いじゃない」という意見をぶつけるわけです。その思いが通じたのか、昨年ぐらいからスタンドに気を配って、ケーブルが見えないように、きれいにデザインしてくれるようになりました。私が言わなくても自主的にです。言い続けて、実際展示会場の現場でキレて、こんな失礼なことをするなと言ったこともあります。これじゃ商品がスターになってないってね。時間はかかったけど、SVPの高木さんのチームはやってくれました。
内心は口うるさいと思っていたのかもしれません。でもCESのアワードでソニーのテレビのケーブルマネージメントはよく考えられていると外部の評価を得られた。するとみんなが平井さんケーブルマネージメントは任せてください!って雰囲気になるんです。
麻倉 いつまでも社長が言うのではへんですものね。現場が自主的に取り組むべきものですから。
平井 でも、そのモメンタムが出るまでは言い続ける必要がありますね。言い続けて、最初は「対応しなきゃね」という感じではありますが、外部の評価が得られると、グレートになる。
麻倉 そういう意味では、いままさにソニーは回転し始めたということなのかもしれません。
平井 社員にも外にも言っていますが、復活したという過去形ではなくて、まだまだ進行中ですし、今年が第2次中期の2年目ですけど、結果を出して、来年には第3次中期の議論を始めなくてはいけません。まだまだチャレンジして数字を目指さなければいけない。そういう切迫感を持って進めています。おかげさまで業績はよかったのですが、これで満足してはいけない。このメッセージだけは社内外に向けて常に発信しています。
麻倉 あのときよかったねと言われないように。
平井 素晴らしい成果だったけど、もっともっとできるし、やらなくてはいけないというのが私の考えですね。
麻倉 今後に大いに期待しています、今日はありがとうございました。
大賀氏以来、ソニーのトップは何人も替わったが、製品に愛を注ぐ経営者は、平井氏が嚆矢(こうし)だ。インタビューでも言っていたが、「ゲーム会社にはゲームを嫌いな人はいない、音楽会社はみんな音楽大好き」。ユーザーに愛される製品を作る電気会社のトップこそ、製品を愛するべきだ……とは、まことに正論だ。
大賀氏から出井氏に代わったのが1996年。しかし、それから16年経って、やっとそのことを、きちんと言う経営者の番になったのである。「商品愛」の欠如が、ソニーをだめにした。平井氏も最初はゲーム、音楽出身だからとして(エンジニアではないから)、「ソニー製品が大好き」のイメージを必要以上に強調していたが、最近は自然体になった。それだけ「社内に対するメッセージとして、社長が商品に対して愛情を持っていて、意見をする文化」(平井氏)が醸成されてきたのだろう。
それが最近の業績回復の理由のひとつだと、お会いして確認できた。
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