アスキースタートアップ セミナーレポート
クラウドが印紙代をゼロにする ヤバい法人ビジネスクラウドサービス
人事・経理・総務など会社の事務・管理業務を扱う法人向けクラウドサービスが盛り上がりを見せている。今年2月には「弥生会計」の弥生がクラウド請求管理サービスのMisocaを約10億円で買収、業界内で話題になった。
アスキー スタートアップでは5月31日、いま注目を集めている法人ビジネスクラウドサービス3社を招いたビジネスセミナーを開催した。
法人向けクラウドサービス比較サイト「Boxil(ボクシル)」スマートキャンプ、バックオフィス自動化サービス「Gozal(ゴザル)」BEC、クラウド労務管理「SmartHR」KUFU。代表取締役が同サービス分野の概況を語った。
なぜ事務・管理などという地味な業界が盛り上がっているのか。
『盛り上がっている』というのも曲者だ
スマートキャンプ古橋智史代表は会社設立のBizer、企業会計のfreeeを例に「ヒューマンリレーションズ(組織における人間関係)系サービスが増えはじめたタイミングだから」と分析した。
BEC高谷代表は「堅いところが動きはじめたため」と指摘。ビジネスSaaSがはじめに盛りあがったのは金融業界。厚生労働省、国税庁、法務省など政府がクラウドで使えるAPIを公開したため自動化が進んだのではないかというのだ。
数々の事業プレゼンイベントで優勝しているKUFU宮田昇始代表は、GitHubを例に企業がクラウドサービスを使うことに対する抵抗が薄れてきたとみる。だが一方で「『盛り上がっている』というのも曲者ですよね」と釘も刺した。
「どこで盛り上がっているかというとテック系のメディアやイベントですね。スタートアップを取り巻く市況が悪くなりそうな中、手堅いところにいっておこうという流れがあるようにも感じます。盛り上がっていること自体はスタートアップには良い流れではあるのですが、そういう背景があるのは念頭において置いたほうがよいと思います」(宮田代表)
日本では業界が盛り上がってもクラウドサービスを使わない企業が多い。理由としてBEC高谷代表があげたのは「上場時の監査や経営層の稟議に引っかかるから」。
クラウドサービスを導入していたA社というベンチャー企業がある。上場準備の監査がはじまったとき、「対応実績がまだないため信用しきれない」という理由から既存大手にスイッチングされてしまったそうだ。
国によるちがいもある。宮田代表が挙げたのは保険制度だ。
アメリカのHRサービス「Zenefits」は5,000億円超の時価総額をつけたこともある大型スタートアップ。民間企業が社会保険制度を担っているため、保険会社からのキックバックを得られるビジネスモデルだ。日本での展開は難しい。
だがのびしろはあるという点で3人の意見は共通していた。今後、業務効率化の需要は高まっていくだろうという予測を立てている。
ヤバい法人ビジネスクラウドサービスは何か
少子高齢化が進めば国内の労働者総人口は減る。機械にできるような業務は法人クラウドサービスで自動化し、競争力になる営業や開発に回したいと考えるのが自然だ。サービスが企業の淘汰と代謝をうながしていくことになる。
高谷氏は弁護士と人工知能を例にあげる。
たとえば大企業の法務をしているような大手事務所は代替されにくい競争力を武器としているため意に介さないが、届出書類の作成代行で食っている中小事務所は危機感を持っているところが多い。肯定的にとらえれば新たな分野に進出するチャンスということになるが、クライアントから求められる価値の大幅な変化に対応し続ける必要がある。
これから伸びる法人ビジネスクラウドサービスは何か。高谷代表と宮田代表が企業が挙げたのは弁護士ドットコムの「クラウドサイン」だ。
秘密保持契約所などの契約文書をすべてオンラインでやりとりできる。書類も印鑑も使わず、時間がかからない。印紙代も不要。知財など数億円、数十億円単位の取引をするときにかかる莫大な印紙コストが削減できる。
古橋代表は「それヤバいっすね!」と驚いていた。
なお競合にあたる米ドキュサイン日本法人ドキュサイン・ジャパンは昨年11月、印鑑ビジネスで知られるシヤチハタと提携。シヤチハタの電子印鑑(氏名印)をドキュサインの電子署名サービスで使えるような契約を結んでいる。
「クソの中に金がある」
これからの法人ビジネスクラウドサービスにはどんなチャンスがあるのか。
古橋代表は国境をまたげるマーケティングサービス、ビデオチャットやチャットボットなどのコミュニケーションサービスに注目している。
「来年あたりにグーグルがすごいbotをつくって月額いくらで追加します、ということになるんじゃないか。大量にやりとり発生しているデータベースがあるはず。そこが生かされるのが1年後くらい」(古橋代表)
AI・人工知能に関連して宮田代表は、「アルゴリズムは無料」になるはずだという見方を示した。Google等がアルゴリズムを無償提供することで、自分達では集められなかったようなデータを蓄積し、Googleが更にアルゴリズムの精度を高め、他のビジネスに活用するという構図になるのではないかというのだ。
高谷代表はブロックチェーンに注目する。著作権をはじめとしたインターネット時代の知財管理で必要になるインフラにブロックチェーン技術が使える。非上場株式の移転などにも使えるのではないかと可能性を話した。
最後に宮田代表は「クソの中に金がある」というすごい言葉を紹介した。
これはYコンビネーター創業者ポール・グレアムの父親の故郷で伝わる教訓(where there's muck, there's brass)。誰も手を出したらがらないような地味な領域は、いまだ手付かずの社会的な問題をかかえており、そこを解決するところにチャンスはあるのではないかという堅実な意見だ。
法人ビジネスクラウドは地味な世界だ。SaaS市場全体を見てもせいぜい約3,000億円、大手3社が市場を独占している牛丼業界と同じくらいの規模しかない。しかしそれだけ市場は堅実で、解決しようとしている問題も本質的だ。
世界をより良く変えられるのは地味で堅実な彼らなのかもしれない。
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