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WWDC2016基調講演レポート

iOS 10は「心地よく、空気のように透明なOS」になる アップルが見せたiPhoneの戦い方、そして焦り

2016年06月14日 21時21分更新

基調講演会場となった、ビル・グラハム・シビック・オーディトリウム。WWDCで使用するのは初めて。Appleにとっての特別な場所が新しく登場した形だ。

 アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコで開催されたアップル世界開発者会議「WWDC2016」。基調講演会場となったビル・グラハム・シビック・オーディトリウムには、チケット抽選に勝ち残った5000名以上の開発者と、全世界から取材にやってきたプレスが詰めかけた。アップルの発表によれば、チケット当選者のうち72%(単純計算=3600人+)が初の参加者で、120人が18歳以下の開発者だという。
 基調講演の冒頭、壇上に登場したティム・クックCEOはオーランドで発生した銃乱射事件に深い哀悼の意を表し、参加者全員の黙祷からイベントは始まった。
 ティム・クックCEOが語ったところによれば、現時点で公開済みのAppStoreアプリは200万種類。ダウンロード数は総計で1300億回、これまで開発者に支払ったレベニューシェアの総額は、500億ドル(5兆5000億円)とそうそうたる数字が並ぶ。

冒頭、参加者全員に起立を呼びかけるティム・クックCEO。しばしの静寂の後、基調講演は開始された。

WWDC2016の参加者サマリー。1000人を超えるアップルのエンジニアが参加し、開発者の質問に答えたり、新機能実装の解説を5日間にわたってプレゼンテーションする。

 基調講演では、結果から言えば、世間が期待していたような「新型MacBook Pro」などの新製品の発表はなかった。そもそもが、WWDCはは開発者向けのエクスクルーシブな情報提供と、開発者コミュニティの交流を目的としたイベントだから、新製品が出ないという選択肢はもちろんある。

 一方で、だから講演内容がツマラなかったかといえば、全くそんなことはなかった。折しも、アップルは4月の2016年度第2Qの決算で、13年ぶりの減収減益を発表している。そして、2Q決算の時点で3Qも厳しい状況が続くとの見方を自ら予測しているという状況の中の基調講演だ。

 今回のWWDCは、「節目の年」なのは間違いがなく、基調講演には進む道の先を指し示す道標としての意味がある。実際、iOSについての発表内容からは、「iPhone」というプラットフォームの戦い方、ターゲット、焦り、強み、弱み。そういったものが透けて見えた。

iOS 10をめぐる10の新機能

 WWDC2016基調講演はiOSに限らず例年にないほど新機能発表やブラッシュアップが多く、撮影が追いつかなかったほどだった。アップル自身が「iOS至上最大のリリース」という、iOS 10の新機能は次の10カテゴリに分かれている。

iOSパートで語られた10の機能。

1)ユーザー体験/操作性
ロック画面などの「通知」を表示だけでなくアプリ機能の3Dタッチと組み合わせることでショートカット操作ができるようにする高機能化

いろいろなロック画面の通知。情報量、操作性ともに現行のiOS9から大幅に改善されている。

2)Siri APIのサードパーティーへの解放
サードパーティーへのSiri APIの解放。Siriを使ってメッセージジングアプリに文章を入力して送信させたり、Uberなどの配車予約が可能に。

WeChatを例に、Siriに音声入力で指示する方法を解説。音声を柔軟に解釈するので、「WeChat、ナンシーに5分遅れると」「WeChatでナンシーにメッセージを送る。5分遅れます」など色々な言い方に対応できる。

音声入力でライドシェアリングアプリを操作できる様子を見せたところ。Uber、Lyft、中国ローカルのアプリが紹介された。

3)QuickType(予測キー入力)の強化
入力中の文章の文脈をディープラーニング技術で分析して、次に入力すべき言葉をサジェスチョンする。文章を分析して、スケジューラーに自動入力する機能もある。

メッセージの最後の一文「ジョンのメアド知ってる?」を読み取って、連絡先リストからキーボード上部にサジェスチョン。文脈に合わせて書くべき単語をサジェストしたりもする。日本語への対応はどこまで進むのだろう?

4)写真アプリ 自動的に写真を整理してアルバムまで生成
被写体認識技術(顔、オブジェクト、シーン)によって、iPhoneが自動的に写真を整理。アルバムを自動作成。

顔認識に対応。誰の写真かを判別して整理してくれる。

顔、撮影した場所、一連のイベント中のハイライトを判別してアルバム化する機能もある。これは使ってみたい機能。

5)Mapアプリ 先読み予測と社外アプリ連携に対応
先読みでユーザーが今知りたそうな情報をサジェスチョン(目的地までの距離、近所のグルメスポットなど)。
Mapのフレームワークを開発者解放。サードパーティーのアプリをMapの機能のように組み込める(例:Mapアプリから、そのままUberの呼び出しを行うなど)

マップ上の自分の位置や行動などから、ユーザーが欲しがっている情報を推測して表示してくれる。

社外アプリ連携の例。Uberとの連携では、MapにUber機能がついたとしか思えない画面を見せた。この後、決済はApplePayで行うこともできる。

6)音楽アプリへのテコ入れ
UIの大幅な変更。

音楽アプリの新UI。文字をタイポグラフィ的にうまく使って新鮮味あるデザインとした。

7)Newsアプリ
デザインの完全リニューアルを実施。

対応媒体は全世界で2000メディア。月間600万人のアクティブユーザーがいるという。

8)Homeアプリ HomeKit対応機器を統合操作
純正アプリとして「Home」アプリが登場。複数の対応デバイスを社外アプリなしで統合して操作したり、防犯カメラの映像などをHomeアプリで受け取れる。複数デバイスを連携させて「帰宅した時に動かすもの」のようなマクロ的操作も可能。

スマートホーム機器の対応例。メーカーは違っても機能はだいたい同じだから、HomeKitの統一的なUIの中でも操作に互換性があるというわけ。

Homeアプリで玄関ドアの防犯カメラ映像を受けたところ。わざわざインターホンを見に行くことは不要だ。

9)電話(VoIP)
VoIPアプリの通知や操作を通常の電話のように扱えるように。

ロックスクリーンやお気に入り、最近の通話先といったものに、通常の通話と同様VoIPアプリも表示されるようになる。

たとえばこんな風に。コンタクトリストには、電話番号と並んでWhatsAppの番号も表示されている。

10)メッセージング
Fbメッセージのように、スタンプや、メッセージ通知エフェクトを使って楽しくデコレーション可能に。

様々なiMessageの機能強化例。左から、URLの展開への対応、テキストの内容を判別して絵文字に変換、写真撮影・添付機能のアップデート。

「生活を豊かにするもの」から「生活に溶け込むモノ」へ iPhoneが選択した戦い方

 細かな変更点は公式サイトの"See the preview"を見ていただきたい。
 特に印象深いのはSiriやMapなどのサードパーティへの解放、およびリッチな表示に対応する新しい通知センターやHomeアプリを通じての「社外アプリとOS機能の区別がつかなくなる」ようなシームレスなユーザー体験を目指していることだ。
 デベロッパーにとっては、ユーザーとのタッチポイントが増えることで自社サービスを使ってもらう機会が増え、収益増に繋がる。一方ユーザーも、用途が似通った複数のアプリを切り替えつつ使う煩雑な手順が減って快適になる、というわけだ。

リッチ表示に対応した通知の新機能。ESPNのアプリを起動しているのに近い体験が得られている。

 機能拡張された通知の例では、アプリを起動することなく3Dタッチのメニューで通知画面からミーティングスケジュールの調整(確定)をしたり、Uberのドライバーに返信したり、通知されてきたニュース動画を見るといったデモを見せた。これは現行iOS9の「アプリアイコンを強タッチしてメニューを出す」のと同じ操作体系だが、だからこそごく自然に使えそうな気がする。

 一方、Mapの社外アプリ連携の例では、Mapアプリで目的地を調べて、Uberに切り替えてタクシーを呼ぶのではなく、そのままMapアプリからUberを呼べるようになっていた(アプリ側のMap対応が必要)。ユーザー視点ではMapアプリの機能が増えたように見えるが、実際には裏側でUberのサービスが動いている形だ。

 これまで、人気アプリの機能が次バージョンのOSに取り込まれる「機能のカニバリズム」のような現象は何度かあった。また人気の高かったTwitterやFacebookのようにアップル自身が投稿機能をOSに取り込んだこともある。
 けれども、いまや人気サービス/アプリはこれ以外にもどんどん増えていて、しかも配車アプリやグルメアプリのように各国のローカルで別々に発展している状況がある。こうなると、実質的にアップルがOSに実装/メンテナンスして行くのは非現実的だ。

 そこで機能開発とメンテナンスの両方を、開発しているデベロッパー自身に担当してもらうというのは、きわめて合理的な考え方だと思う。
 意地悪な見方をすれば、デベロッパーの開発力にうまくタダ乗りする方法とも言えるが、結局誰にとってもメリットがある。総額5兆円以上をデベロッパーに還元するまでになった巨大プラットフォーマーだからできる、これぞ横綱相撲だろう。

 同じことはスマートホーム機器の操作をOSの標準UIに取り込んでしまった、新登場の「Home」アプリにも言える。ユーザーは、スマホ連携できる防犯カメラや電動シャッターを個別アプリで操作するイライラから解放され、統一されたUIで時には複数機器をマクロ連携させたりしながら使える。

新アプリ「Home」。HomeKit対応機器を、OS純正アプリで操作できる。操作性が統一されることで、iPhoneがより「スマートホームの操作ハブ」に近づく。

 これらに共通するのは、目新しさにあふれるiOSの新機能というよりは、「心地よく使える」「自然に使える」といった「数値化できない体験価値」の向上を目指したものだということ。
 不確定要素があるとすれば、体験の良し悪しを担保するのが組み合わせるアプリ次第で、しかも地域固有の要素が大きいこと。アメリカでは最高の体験なのに、他の国ではそうでもない、ということが起こる可能性はゼロではないところか。

 とはいえ、素性はとても良いし、方向性も正しい。日本にだって、できの良い配車アプリや、通知と相性の良いニュースアプリがある。組み合わせるアプリがうまくハマれば、iOS 10ではアプリを呼び出すという動作が物理的に相当減るんじゃないだろうか。

アップルもついに「ディープラーニング」と言い始めたが……

 2015年から2016年初頭にかけてコンシューマー向けのテック業界で大流行しているのがディープラーニング(深層学習)を応用する開発環境整備だ。マイクロソフトも、Googleも、Facebookもそれぞれの開発者イベントで発表をしていて、アップルだけがこれまで、特にこの分野について言及しなかった(企業買収はしている)。

 今回の基調講演では、QuickTypeの説明の中で、クレイグ・フェデリギ氏(ソフトウェアエンジニアリング担当SVP)が入力候補の予測にディープラーニング技術を使っている、と発言した。

QuickTypeの新機能一覧。文脈の分析にディープラーニングを使っているという。端末上でどの程度の演算をしているのかは現時点では不明だ。

FaceTimeやメッセージングやVoIPアプリは暗号化している。

QuickTypeやカレンダー通知、写真の被写体認識については、クラウドを介さず、ローカルで全ての処理をする。「ディープラーニングで作った学習済みデータを使って処理をする」なら、ローカルだけでも処理できるが、それだとiPhoneユーザー全体の学習結果を反映して賢くなることはできないはずだ。

 ただし、アップルの機械学習への取り組みは他社とは少々異なるようだ。それは、基調講演の後半の「プライバシーへの配慮」というパートで説明された。アップルのフィーチャーは、すべてプライバシーに配慮している。それはディープラーニングやAI技術を使うデータに関してもローカル(端末内)での処理を原則とし、クラウドには持っていかないという。また、端末内のデータを基に分析したユーザープロファイルも作らない。

 言葉をそのまま受け取れば、本当にユーザーフレンドリーでセキュアなプラットフォームだ。しかし同時に、「ローカルで処理できる程度の、計算量の少ない、軽いデータでしか学習しない」ということも意味する。ユーザーにとっては歓迎される側面はあるものの、一方でディープラーニングで期待されるような目覚ましい精度のイノベーションを起こすための足かせにはならないのだろうか?

 個人的には、パーソナリティ識別ができない程度のデータに分解して情報はクラウドに吸い上げてもらい、ディープラーニングをじゃんじゃん回した方がテクノロジーの進化に繋がるのではないかと思うのだが……。

iMessageの強化は各国のユーザーにどう響くか?

iMessageの絵文字変換機能を使っているところ。文中の赤文字がemoji変換できるワード。たとえば、「LOVE」はハートマークなどに変換できる。

 基調講演を現地で見ながら、会場の盛り上がりと中継映像を視聴している人の間で温度差がありそうに感じたのがiMessageの強化だ。今やクラシックなチャット型メッセージングだったiMessageを、今風にブラッシュアップするアップデート。
 ここへきて、入力文字の絵文字自動変換や、フキダシをアニメーションさせるバブルエフェクトを取り入れるなど、表現力を一気にアップさせる方向性を打ち出してきた。

 会場のデベロッパーたちは大盛り上がりだったが、冷静に見れば、スタンプ機能は他のメッセージングアプリでは当たり前のものだし、サードパーティーへの解放はすでにFacebook Messageもやっている。
 力を入れたアピールをすればするほど、アップルデバイス固有のメッセージングアプリという立ち位置から脱却できないアップルの焦りを感じてしまう。

 日本ではLINEの普及が圧倒的だし、その昔と違ってキャリアメールも下火になった昨今では、日本のiPhoneユーザーでiMessageを使ったことがないという人も少なくないだろう。
 海外でもFacebook MessageやWhatsAppやWeChatは強敵だ。iMessageの盛り上げは一筋縄ではいかないのは明白で、何かのメッセージングアプリと融合させるくらいの大胆なことをしないと、そう簡単には揺り返せないだろう。

存在感を増す中国市場、新しい挑戦への期待

 最後に、改めて強く感じざるを得なかったのは中国の存在感だ。Siriのサードパーティ解放の事例で最初に挙がったのは、中国のSNS大手テンセントのWeChatだったし、watchOSのパートでは、スクリブルという手書き認識機能で中国語の返信をするデモまで披露して見せた。

Siriのメッセージングへの応用例の最初に中国圏を主体とするWeChatを持ってきたインパクトは大きい。

WeChatで「いろいろな言い方で呼び出せる」という説明をした後、対応アプリとしてSlack、WhatsApp、WeChatの順でリストアップ。最初にWeChatで説明する、というのはやはり意図的な選択を感じる。

 アップルはここ数年、同社にとって世界第2位の市場である中国市場を重点市場と位置付けて、他言語対応やティム・クックCEOの複数回の訪中など、手厚くフォローしてきた。直近の業績発表では、景気後退の影響もあってか中国地域が昨年同期比で最大の収益減少(-26%)となっていたわけだが、注視する姿勢は、今も変わりがないことが再確認できた形だ。

パブリックベータは7月。秋の正式版登場までに試すことができるが、動作が不安定なことが多いのでメイン端末にはインストールしないのがオススメ。

 iOS 10が登場するのは、今秋。例年通りなら9月。当然この時期には次期iPhoneが登場する。WWDC2016では、ある意味で「新しい挑戦」の発表はなかった。珍しくAppStoreが始まって以来、ほぼ毎年言及してきたゲームに関しては一言も語らず、堅実に今やるべきことを積み重ね、デベロッパーにiOS 10を最高に仕上げるためのアプリを作ってもらおうという方針だ。
 とはいうものの、新しいことをして世間を驚かせてくれてこそのアップルだ。新しいMacBook、新しいiPhone、新しい技術的挑戦(VRゲーム対応は何もしないのか?)。その姿が近いうちに見られることを期待したい。

■関連サイト
iOS 10 Preview(Apple公式/英語)

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