おそらく世界最高峰、ゼンハイザー「HE-1」を聴く
600万円を超すヘッドフォンで垣間見た世界
というわけで、HE-1の音を聴いてきました
筆者はOrpheusのサウンドを昨年のIFA 2015で聴いた。
25年前の製品であると感じさせない情報量の豊富さに加え、真空管ならではの質感・透明感があり、大変魅力的な音に感じた。現代でも人気は高いようで、海外のオークションサイトにもいくつか出品があり、高値で取り引きされている。時代を経ても価値が薄れない1台である。
それではHE-1はどうだろうか。Orpheus同様、コンデンサー型ヘッドフォンと真空管アンプを組み合わせているが、Orpheusがヘッドフォン、アンプ、収納ケースがそれぞれ別個に必要だったのに対して、1ピースに収まるという点がアピールされている。
ギミックも凝っていて、電源を入れると、音量調整用のつまみ、真空管が順に繰り出し、最後に収納ケースのふたが開く。このシークエンスに大体30秒ほどの時間がかかるが、これは真空管やコンデンサー型ヘッドフォン特有のウォームアップ時間に配慮したものだという。大げさだが、厳かな感じもする。発表会の動画もぜひ見てほしい。
実はアンプとヘッドフォンを別個ではなく、セットで提供する利点もある。
というのもコンデンサー型ヘッドフォンを駆動する際に足りない力を、ヘッドフォン側に内蔵した半導体で補えるからだ。HE-1は、ヘッドフォンを真空管アンプ単独で駆動するのではなく、イヤーカップ内に内蔵したMOS FETのA級アンプと組み合わせている。コンデンサー型ヘッドフォンは、ドライバーの電極に高い電圧を常に掛けておく必要がある。ケーブルなどを伝ってくる間のロスも生じやすい。実際Orpheusでも8割がた伝送中に電力が失われていたそうだが、この方法であれば効率よくユニットを駆動できる。
この仕組みによって、音質面でもOrpheusとずいぶん異なる表現力を得た。コンデンサー型ならではの繊細な表現に加えて、非常に重くパワフルな低域の表現が同居しているのだ。また、HE-1は8Hz~100kHzという非常にワイドレンジな周波数特性を持つ。そのためにセラミックスを金で蒸着した電極で、2.4μmと非常に薄い膜をプラチナ蒸着した振動板を挟んでいる。見た目の精度がすごく高くて、工業製品に強いドイツのプロダクトなのだな、と感じたりもする。
実際に音を聴いてみた。構成などを見れば想像をつく人もいるかもしれないが、まずコンデンサーヘッドフォンならではの超繊細で緻密な音の分離感という特徴を持つ。次にゼンハイザーらしい広い音場感というか空間表現。それから真空管アンプということもあり、高域のツヤ感がかなり出ている感じ。倍音が豊富というかキーンと上まで伸びて、音のメリハリ感がすごいというか。なかなか特徴ある表現に思える。
一方で、低域がすごく重たい。量感が多いとか、タイトであるというだけではなく、ボクサーになった気分で、物理的にも重い砂袋を拳で叩いたときのような、重さがあって、芯があって、パワーが必要で、ローエンドまで伸びていて……そういう物理的な重さを感じさせる表現なのである。
大型のフロアスピーカーを使い、何千万というセットで聴いたときにはたまにあるが、こういう質の低域をヘッドフォンの再生で聴くことはあまりないような気がする。
JiLL-Decoy associationの『CROSS THE STORIES』から、2曲目「WALTZ FOR DEBBY」を聴く。ビクタースタジオ302stで、ほぼ一発で録り下ろした音源(実際には同じ場所、近いマイクセッティングで楽器やボーカルを別録りしてミキシング)で、「VICTOR STUDIO HD-Music.」で独占で配信しているもの。
送り出しは手持ちの「AK240」を使い、3.5mmピンジャックからのアナログ接続。音源自体かなり高品質なものだが、一皮も二皮も剥けたような透明感の高さがより一層、際立っていた。かなり繊細に情報を拾っている感じではあったが、あいにく会場は少しざわついていて、開放型の本機種では本当に細かい音の機微まではつかみきれなかった。しかし、おそらく深夜など静かな自室で聴いたら、どのぐらいの音まで聞こえるのかとワクワクしてくる。
特にこの音源はナチュラルなスタジオの響きが豊富に入っていると思うので、そのあたりの空間表現をどのぐらい拾ってくれるのかには興味がある。
楽曲を変えて、LINN Recordsのロビン・ティチアッティ指揮、シューマン交響曲全集から「Symphony No. 2 in C major, Op. 61 - III. Adagio espressivo」 を聴く。ロンドン出身で30代前半とまだ若い指揮者。
こういったオーケストラの演奏では、たっぷりと余裕感のある表現が可能な機器だ。実際に聴いてみると、音の立ち上がりのスピード感はそれほど早くはない。モニター的なフラットな特性と音を生真面目に細かく描き分けていくというよりは、音楽鑑賞に適した、割合ゆるやかな味付けがなされているように思う。
ほかにもポップス系の楽曲をいくつか聴いたが、ビート感がハッキリしたものでは、低域の芯があり、ローエンドにぐっと伸びた低域の深さが印象的。ビート感の厚みが、楽曲のノリの良さを鮮やかに演出するという印象だ。
開発者のほうで、Orpheusとの一番の改良点はパワー感と言うように、真空管ならではの色彩感を加味しつつも、現代のハイエンド製品が備えるべき、情報量やスケール感、音場感、そして押し出し感にきちんと底支えされているという印象がある。
外観はローマの円形競技場のようだったOrpheusに対して、ギリシャ神殿のようにシンプルとなった。と言いつつも、大理石のベースの上に真空管が屹立する様は、壮観。もちろん素材も、イタリア・カララ製の大理石やアルミ削り出しの各種ノブなど厳選されたものだ。そして何より、特徴ある収納・起動のギミックがある。
価格に見合った質感を当然のように備えた機種と言えるだろう。手に入れられる人は限られるだろうが、ある種頂点的な位置づけになるヘッドフォンシステム。年末の発売に向けて、最終的な仕上がりがどうなるのか楽しみな製品でもある。
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