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『camomile Best Audio 2』がSACDとハイレゾ配信で本日リリース

低域のハイレゾ化、ステレオで高さを──こだわり抜いた“高音質音源”制作の裏側

2016年03月02日 15時00分更新

今回の試聴はオンキヨー八重洲ビルの試聴室で市販のAVアンプやスピーカーを使っている。この試聴環境は阿部さんが自身のレーベルHD Impressionの音源を制作する際にも使われているそうだ。

 Le Coupleのボーカルとして大ヒット曲『ひだまりの詩』などを歌った、藤田恵美さんのアルバム『camomile Best Audio 2』が3月2日に発売となった。

Image from Amazon.co.jp
camomile Best Audio 2(SACD)

 camomileシリーズは、洋楽のスタンダードナンバーをカバーし、藤田さんならではの癒しの声で、歌い上げたアルバム。2001年の『camomile』から2010年の『camomile smile』まで合計5枚がリリースされている(2016年2月現在)。

 2007年11月以降に出た作品はハイブリッドSACDとしてリリースされている。そのきっかけを作った『camomile Best Audio』は、第1作のcamomile、第2作のcamomile blend、第3作のcamomile classicsのために録音したアナログマスターを、録音エンジニアの阿部哲也さん自身がミキシングしなおし、CD、SACDステレオ、SACDマルチの各トラックとしてリリースしたものだ。

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camomile Best Audio

 国内ポップスでは、サラウンド再生が可能な音楽ソフト自体が珍しい。同時にアルバムの制作に、当時ソニーのエンジニアとして、AVアンプなどの開発で活躍していた金井隆さんが全面協力したことも話題となった。ミキシングやマスタリングだけでなく、SACDのプレス工程まで責任を持って監修した。この取り組みがオーディオファンの関心を集めた。

 それから8年以上が経過。『ココロの食卓 ~おかえり愛しき詩たち~』(2008年)、『camomile smile』(2010年)といったSACDの制作を経て登場した、第2弾のベスト盤がここで紹介するcamomile Best Audio 2だ。藤田恵美さんの歌声が持つ世界をより自然に表現するため、久々に阿部哲也さんと金井隆さんのタッグも復活。未発表音源を含む13曲が収録されたハイブリッドSACDが完成した。

 また、SACD盤に加えて、ハイレゾ配信も実施。「e-onkyo」「camomile Best Audio 2」(96kHz/24bit、ステレオまたは5.1ch)の音源の配信も開始されている。

高さを意識した表現、絵画的なステレオを再生を

 さて、camomile Best Audio 2の制作にあたり、阿部さんと金井さんが新たに取り組んだテーマは2つ。ひとつは「2chのステレオ再生でも、音源の高さを自由自在に操り、さまざまな楽器を配置すること」。阿部さん自身がその後のサラウンド作品で培った、高さを表現するためのノウハウを盛り込みつつ、ステレオ再生でもサラウンド再生でもより大きな表現を目指している。

 もうひとつが「5.1ch再生時の0.1chに相当するLFEチャンネル(サブウーファー)をどう扱うか」だ。低域のハイレゾ化と金井さんは表現している。

 スーパーツィーターを入れて、耳に聞こえない高域を入れると音の実在感が不思議と上がっていくように、一般的なスピーカーではほぼ再生できない超低域の成分をサブウーファー用のチャンネルに入れることで、より安定感のある空間の再現を狙っていこうとする試みだ。

 オーディオ的な意味でのマニアックさを大いに詰め込んだcamomile Best Audioだったが、その第2弾camomile Best Audio 2も、オーディオ的にさらにマニアックなところを狙った作品に仕上がっていると言えそうだ。

チェロの登場感を聞いて、これを1曲目にしたいと思った

 オンキヨー八重洲ビルの試聴室にあるサラウンドシステムでいくつかの楽曲を聴くことができた。ここは阿部さんが自身のレーベル(HD Impression)の制作にも利用している場所だ。

 まずは1曲目に収録された『The Rose』から。ギター伴奏とボーカルを中心とした静かな曲だが、後半これを力づけるようなチェロが加わり、より立体的で雄大な空間を意識する。最後はその空間の中に、ギターとチェロの余韻が溶け込むように消えて曲が終わる。この余韻が非常に長く印象的だ。阿部さんに質問すると、アルバム全体を通して、曲の終わりをフェードで意図的に落とすことはしないのだという。丁寧な作業で、録音された場が垣間見られるような気がした。

 camomileシリーズではすべてをアナログ24トラックのテープで収録しているのがこだわり。最初の録音から十数年が経った現在でも高音質なディスクが作れるのはこのためだ。

 2007年のcamomile Best Audioでは、アルバムに未収録だったものを含めてこれをすべてデジタル化。そのあとに収録されたcamomile smileでもアナログ録音した音源をすぐにデジタル化している。camomile Best Audio 2でもこれらの音源を利用している。当時のデジタル録音で、10年もの期間でバラバラにとられた音源を扱うのでは「きっと音が揃わなかった」と金井さん、阿部さんは話す。

 The Roseのギターは、2本のマイクを使い、サウンドホールをめがけて広く収録。こうすることで左手のハンマリングの音と右手のピッキングをうまく録れるという。チェロは芯のマイク1本と近いアンビエンス、遠いアンビエンス用の1:2:2のマイクを使用して収録したという。空間の広がりはこのアンビエンスの位相感の違いが生きているという。

 実はアルバム制作の初期段階、恵美さんが持っていた考えでは、1曲目はThe Roseではなく、2曲目の『Your Song』だったそうだ。しかし実際に聴いてみると、この長い余韻が後に続く曲を予感させるようで好印象だ。

 「チェロの登場感を大事にした。1曲目だから特に入念に作りこんでいる面はあるのですが、このチェロの入りを聞いて、阿部さんがこれを1曲目にしましょうよって提案したんです。最初、恵美さんはそう思ってなかったみたいだけど」(金井)

宗教画のように高さを意識させるステレオの表現

 Your Songは「2ch再生で高さを表現する」という試みが意識できる楽曲だ。

 「上下を意識して置くことで、音同士がくっつかない。聴きごたえが作れる」と金井さんは話す。一般的な2MIXでステレオ用の音源を作ると「ストリングスの音は味わいとしてついている程度で隠れてしまうことが多いが、少し上げることでずっと見えてくるようになる」という。

 “絵画的”と金井さんは表現するが、前面にある壁面を1枚のキャンバスに見立て、その上に楽器やボーカルを自在に配置しているのだ。

 例えばギターやベースは目線の高さ、ストリングスはそれよりも高い位置、さらにその上にパーカッションを配置。ピアノは低い位置から高い位置まで大きく描く。もっとも重要なボーカルは中央の少し高い位置から降りてくる。音の通りや表現力が上がる高さを目指した。自然な聴こえ方を考えながらそれぞれの楽器を置いた結果、おのずと実現されたものだという。

 「音楽を絵画的に描くとき、中央に歌い手が立っていたら、それは少し高い位置に来るはずですよね。海外のよくできたポップスの録音を聞くと、こういう高さに声を置いている例が見つけられるんです。アルバム全部という例は少なくても、よく作りこまれているなと感じる曲でこういう高さを獲得しているものがあったりします」(金井)

 実際に聴くと、17世紀にエルグレコやムリーリョといった巨匠が描いた絵画『無原罪の御宿り』をなんとなく思い出した。海外の中央には印象的な聖母マリアが立ち、その周囲にたくさんの天使や聖人が取り囲む。天の高さを意識した構図がとられることが多い。この聖母マリアをボーカル、周囲の天使を楽器ととらえると、絵画的という表現にも納得がいく。

センターチャンネルをアンカーとして使う

 ステレオからサラウンドに変えると、こうした壁面に大きく描かれた絵画の前に立つ感覚から、天球状の空間の中心に立ったような感覚に変わる。かなりドラスティックな変化だ。球体の上に楽器が割り振られ、各楽器が広がりをシェアしながら、空間を分配していく感覚がある。

 ストリングスは取り囲むように広い領域を占め、より自然となるし、パーカッションは単に高い位置にあるというだけでなく、左右の位置も明確に分かれ、斜め上から降り注いでいるような感覚が出てくる。この曲で実は、トライアングルを後ろから鳴らしているそうだが、まったく違和感がない。

 サラウンド音源の制作にあたって金井さんと阿部さんは、2つ議論をしたという。ひとつはセンタースピーカーの扱い。もうひとつが少し前に述べたサブウーファーの扱いだ(こちらは後述する)。センタースピーカーについては、Best Audioと同様、ボーカルのアンカー的な方法で使用している。

 ボーカルは基本的にフロントの左右チャンネルに割り振っているが、様々な音が配置されている中、聞く位置が変わっても声を中心に決めるため、ほんの少しの音量だけセンターに割り振っている。これにより広い範囲に音を広げても、空間の中心を明確にできるのだという。

 これは全曲にわたって同じとのことだが、7曲目「Home, Seet Home」で効果を確認した。左右に豊かに広がるシンバルの再現が非常に巧みな音源だ。同時にリスニング位置が変わってもボーカルはきちんと中央に定位する。

 アンカーとしてセンターを使う方法はポップスではあまり使わない方法で、一般的には左右およびセンターの3本のスピーカーから同じ音量で音を出すか、センターのみを使うという方法が多いのだという。このステレオメインで、アンカーを足す手法は、camomile Best Audioの制作時に気付いた手法を継続している。

メインスピーカーと干渉せず、雰囲気だけを示すLFEチャンネル

 サブウーファーの扱いに関しては、camomile Best Audioと少し変えている。

 実は音楽ソフトではベースの低域成分だけをサブウーファーに入れるミックスが多く、カーペンターズの『トップ・オブ・ザ・ワールド』のように、ベースをサブウーファーだけに入れてしまうミックスまで存在するという。

 camomile Best Audioでは、低域を50~60Hzより下の部分で切り出してサブウーファーに入れる形にしていたが、この帯域はメインのスピーカーでも再生できる音域となる。聞く距離によってサブウーファーとメインスピーカーそれぞれから発せられた低域がぶつかってしまうという。制作時には金井さんが使用しているソニーのリスニングルームで、フィルターを通してずれた低域についても耳で確認してバランスを取った。だから「問題がない」という認識だったが、AVアンプの機能を活用して、メインスピーカーとサブウーファーの群遅延特性を調整して時間軸を合わせると聞こえ方が変わるという指摘もあったという。

 そのため、ココロの食卓のマルチチャンネル制作ではサブウーファーを使わなかった。

 ただ、camomile Best Audio 2では、camomile Best Audioからの流れもあって「サブウーファーを使いたい」という阿部さんの主張もあった。そこで考えたのが、サブウーファーのチャンネルにはメインスピーカーで普通再生できない、30Hz以下の音だけ入れるという取り組みだ。

 「メインスピーカーで出ない帯域だから、これは絶対ありがたいはずだと。逆に16Hzの低域まで出るようなスピーカーをお持ちであればサブウーファーを切ってもらっても構わない。実はこれは、AVが一般化する前の、昔のサブウーファーの使い方です。サブウーファーの中には、スピーカー入力端子を持っているものがありますが、これはスピーカラインから超低域を取り出して再生し、20~30Hz付近まで低域を拡大するのが目的でした。それが忘れ去られています。あとから思うと、2.1chも作ればよかったよねと思います」(金井)

 スーパーツィーターを入れて、耳に聞こえない高域を追加すると、可聴域の音の実在感も不思議と上がるように、一般的なスピーカーではほぼ再生できない超低域の成分をサブウーファー用のチャンネルに入れると、より安定感のある空間を再現できる。そんな低域の再生帯域を拡大する試みを取り入れた、かなりマニアックな制作方法というわけだ。仮にサブウーファーを切っても再生帯域的には全く問題ないので、気になる人はサブウーファーを切っても問題ない。

 この効果が分かるソースとして金井さんがかけたのが4曲目の『Smile』。サブウーファーだけで聴かせてもらうと音はほとんど出てこない。強いて言うなら、締め切った隣の部屋から低域だけがかすかに音漏れしているような音だ。人によっては鳴っていることを気付かないかもしれない。しかし、サブ―ファーなしとありで比較すると、確かにあったほうがいい。空間がより一層安定するような感覚が味わえる。

 ちなみに音楽の旋律を奏でるのに必要な基音の下限は100Hzほどまでとなる。30Hz以下の音は雰囲気を作る成分で、音の役割が違う。鳴っていることに意味があるのだという。「パイプオルガンの開放管は16Hzの低域が出ます。難しくてなかなか再生はできないのですが、16~30Hzの約1オクターブをパイプオルガンでは多用しています。耳ではそんなに聞こえないけど、体は揺れ、神々しさがありますよね。それが宗教的な効果にもつながる。楽器のベースはそんな低い基音はありませんが、成分としてはちゃんと存在しています」

 だから小型のサブウーファーでも、空気を揺らしてくれさえすれば意味があるという。また金井さんがテストした結果では、80Hz以下の音が出にくい小型スピーカーと組み合わせるようなケースでも十分に効果を感じ取れるという(30Hzから80Hzまでの音が出ていなくても)。

 これを金井さんは「低域のハイレゾ化というべきもの」とコメントした。

 「蚊の鳴くように小さな音で鳴る、スーパーツィーターを入れただけで、その下の音が大きく変わるのと同じように、オーディオの面白さを感じる部分です。ハイレゾは一般化したけど、低域方向の帯域を増やす試みは置いてきぼりだったりもします。今回の取り組みで、啓蒙できるといいところかもしれないです」(金井)

関係者に聞く、camomile Best Audio 2

── 制作過程でアルバムを印象付ける第1曲が、Your SongからThe Roseに変更になったというお話でした。こういうことはよくあるのですか?

藤田 曲順ありきで作っているわけではないので、制作中に変更があることは少なくありません。ミックスの作業がある程度進んでから、最終的な曲順を決めていったほうが作業しやすいんです。

ジャケットを持つ藤田恵美さんと金井隆さん

 ただそれは頭の中の話で。今回Your Songを1曲目にしようと思った理由は楽器の数が多くて華やかだし、一般にもよく知られている楽曲だからです。The Roseが1曲目じゃやだって思っていたわけではないですよ。でも普通の人には少し地味すぎるかな~と。しかし、オーディオ的にはThe Roseだろうって二人からプレッシャーをかけられて(笑)。

 ただ実際に音を聞いた時に、圧倒的な存在感があったというか。The Roseのほうが野太くずんと来たので。一方でYour Songが当たり障りのないきれいなできだったので、このアルバムはこれだぞっていう主張を考えるなら、The Roseだろうっていうことになりました。

阿部 最初はThe Roseを1曲目にという提案を、われわれが推したんですが、曲順は「私が決めます!」って恵美さんがおっしゃって。最終的には「やっぱりThe Roseインパクトありますね」ってことでこの順番になりました。

藤田 もう聴き心地だけですよね。

── 余韻感から華やかな方向にいく流れもいいですよね。選曲の基準は?

藤田 私がザザザってやりました(笑)。実は一作目で結構出し切ったと思ってたんですよ。Best Audioっていう形ではありましたが、ベスト盤として一般の人にも向けて考えた時、17曲も入れたし絞り切った感じがしていました。でもいろいろ聞いていくとまだまだ残っていたなと。

 あとはBest 1でこれだけ変わるということを実感できていたので、この曲ならどうなるんだろうかと知りたいなと自分の好みを入れていったら、若干マニアックな曲が並んでしまったようなところもあったりします(笑)。あまり知られてない曲も結構入ってますね。「Father by Thy Hand」は未発表曲でもあるんですが、ノルウェーの讃美歌でほとんどの人が知らない曲だと思いますが、2003年にノルウェー人のアーチストと録音した際に彼らがくれたCDの中に入っていて、すごく素朴でいい曲だなと思いました。でもノルウェー語で歌えないと言ったら、演奏だけしていくから、あとで英語詞を付けてゆっくり歌えば?といって残していってくれた曲なんです。その後仕上げたんですけど、日本盤には入れていなくて、香港やアジア向けのアルバムにだけ収録されていた曲です。

 日本ではアカペラバージョンだけで、バンドバージョンは初めてですね。Home, Sweet Homeも録音はしたものの、アルバムとして売るには曲数が多すぎるのでお蔵入りになってはじいていたものだったんです。

── カントリーのような素朴な感じもありつつ、北欧的な旋律が随所に入ってくる感じですね。

藤田 歌詞はスタジオで、ミュージシャンがこういう曲だって英語で説明してくれたのを書き留めて、通訳や発音のチェックをしてくれているアメリカ人の友達に見てもらって詩にしました。「神よ私の手を取って、神の国へ導いてください」といった内容の歌詞ですね。

Best Audioから約8年のノウハウが生かされた1枚

阿部 1作目と2作目の気持ちは一緒なんですけど、やはり2作目のほうが「よりすっと入っていける」仕上がりになったと思います。技術的なところもあると思うが、音楽が自分の年代に近づいてきたというところもあるかもしれません。疲れた時やぼーっとしながら聞いてもらって、何かが残ったらうれしいなと思います。

金井 camomile SmileまではSACDの可能性を探したり、SACDの音を良くしたいという気持ちが強かった。今回はそういう仕事はすでに終わっていて、ソニーの金井というよりは個人の金井として久しぶりにお手伝いしてみると、阿部さんはそんなに変わってないっていうけど、僕から見たら相当来てるなと思いました。技術的なレベルとノウハウの集積が相当な水準に来ていて、「その成果を見てよ」って思っています。もちろん、恵美さんの声は相変わらずきれいだし、表現は下手だけど我々のメイクアップアーチストとしての腕が上がっているから美人の恵美さんが──

藤田 元が悪いってこと!? 

一同 (爆笑)

金井 そういわれるかもって思ったけど(笑)。元の良さを引き立てる作業っていうかな。上塗りではなくて、いいところを引き出す意味合いで、本当の恵美さんが見つけやすいつくりにできたと思っています。Best 1にはない発見があると思います。

── 聴き比べると面白いですね。

阿部 Best 1はBest 1でものすごく細かいところまで気を配ってきっちりと作り上げたんだけど、足りなかったなとあとで感じるのはもっと人間味を出せばよかったなってことです。反対にBest 2では恵美さんの人間性、アルバムを制作しているときに「ここはもう少しきれいに聴こえたい」とか言いますけど。

藤田 こんな風に歌ったかな? なんて聴き方はしますよね。

阿部 でもそれでいいんですよ。そんな素朴感の中から何かを見つけてくれるとうれしいですね。

藤田 自分がレコーディングしたときに、こんな風にうたったなとかこういう声だよなっていうのがストレスなくちゃんと再現されているので、オーディオ的にどうとかというよりは私にとってはそこが基準で作っています。でもそこに、金井さんや阿部さんが最終的に作るものが一致するので、正解はそれぞれありますけど、私にとっては正解な、ストレスのない歌を表現できたと思っています。興味があれば、そういうことかと納得しながら聞いてほしいと思っています。

── 長いスパンで録音したと思いますが。

藤田 初期はオーディオ的にどうのこうのっていうのはなく、マイクの立て方から始まって、アナログのマルチトラックで収録したりとか、阿部さんの録音時のこだわりだったんです。それが評価されて、ひとつひとつの偶然も重なって、Best Audioというアルバムを作ることができたんです。素直で自然でアコースティックな音というのは目指していましたが、ここまで突き詰めてできるんだっていうのに気づいたのが2007年のBest Audioでした。それをさらに追究してきたのが2007年以降で、ココロの食卓やcamomile smileを経て、その最たるものとしてBest Audio 2があるということです。

金井 思い返すと、Best Audioを作る前の3作は阿部さんが本来録音したはずのものとは違うものが世に出ていた側面があります。時代的にCCCDみたいなものがあったり、音圧競争としてのマスタリングと戦ったりしていた。つまりBest Audioが出る直前のタイミングはCDの制作現場は混乱していて、私は音楽ファンとしてそれを正常に戻したいという気持ちがあったんです。Best Audioは当時のCDの作られざまに対する、本当はこうあってほしいという思いを僕が伝えて、阿部さんに作ってもらったものなんです。できた音源をそのままの音質で世に出したくて、緑色の盤でSACDの物理的な改善をしたりもしました。

 そういう意味では今回のBest Audio 2は少し違っていて、僕は基本的には設計の現役を引退しているので、発想も自由で、高さ感の表現だったり、左右の広がりもBest 1のときは横に広く取って後ろまで回すってことが怖くてできなかった。

阿部 僕もサラウンドを作ること自体初めてでしたから。わからない。

金井 ユーザーがどこまで受け入れられてくれるかっていうのも重要で、当時は後ろから音を出す海外のサラウンドコンテンツがことごとく酷評されていたんです。後ろに音を置くと攻撃的になっちゃって嫌いっていう時代的な背景もあった。でも今の阿部さんならもっと違うことができる。例えば球体に楽器を置いていくというのも、最初から目指していたわけではなくて、ここに音が置けるっていうのを繰り返していくうち、こう置くのが自然っていうのができてきて、できあがったものが球体になったというだけなんです。そういうことも感じていただきつつ、Best 1と聴き比べていただけると嬉しいですね。

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