写真:挪威 企鵝 表参道ヒルズ
聞こえなくても「感じる」音を
建物をつくる建築家たちと一緒になって動いていたんですね。そのとき気づいたことは「音の監督」がいなかったことでした。
──どういうことですか。
空間という視点で見ると、建築・内装、スピーカーなどの建築(音響)や電気音響があり、作曲家がいて、照明がいる。照明には照明デザイナーという仕事があり1つのチームができますが、ふしぎなことに「音響の監督」はいなかったんですね。なので、そこをやってみようじゃないかと。
音は分野でいうと感性工学。「全体をこういうイメージでまとめたい」という抽象思考に音は強いんです。むしろ、全体をまとめるのは音の人だったりする。音屋として入っていきつつ、チーフプロデューサー、プランナーのような役割として入っていけるようになったんですね。
──建築という理論の世界を音響でリードしていこうと。いまも空間系の仕事を続けているんですか?
いまは「全体を監督する」役割や、音の本質的な効果を医療に役立てるべきだと考えているんです。音が医療に近いところにあるんじゃないかと気づいたことがありまして。
──医療ですか。
会社の研修で老人施設に行ったことがあり、そこにバンドをやっている80~90歳くらいの人たちがいたんです。そうじゃない人たちは寝たきりになっていた。それを見て、音楽をすることはすごいことなんだ、いつかこれを仕事にしようと。
その後、アメリカで立体音響をどうやって産業に入れるべきか(通信会社大手)AT&Tと一緒に市場調査をやっていたことがあったんですが、スタッフの1人に父親がロッシュという製薬会社大手の上層部にいるという人がいた。そのスタッフが、「音楽は、がんの苦痛改善に役立つんじゃないか」というんです。
そこでMDアンダーソンがんセンターというヒューストンの医療センターに行き、臨床研究をはじめました。実際に病室に化学療法として入れてみて、苦痛がなくなるか臨床研究をやったんです。指標そのものがないので大変苦労し、3年かけて、ラジカセやテレビと比べても優位性があるということが証明できました。
──いわゆるペインコントロールに音響を使おうと。
いまはそれをもっと一般的に導入できないかということで「ソニフィー」というソフトを開発しています。背景とともに159曲が入っていて、それを病院にどんどん入れてもらっています。ただ癒しのBGMをつくろうということではなく、研究によるエビデンス(医学的根拠)が見込めるものを中心にして。
眠りの分子であるメラトニンの動きをスパコンで分析し、音に変換する「眠れるプロジェクト」というものも始めています。人間の体を分子レベルで音に変換すると、どう体に影響するのかを調べているんですね。いわゆる「眠れる音楽」というものはCDとして出ていますが、ぼくらはもうちょっと科学的にできないかと。
──スパコンって。もはや音というかデータの会社という感じですね。
実際、研究を通じてデータもたまってきているので、あとはそれをどうやってアウトプットするかです。ネットワークをどこまで増やせるかが重要になります。これは音の世界だけで終わらせる話ではないんですね。どこにも音がないのに、音を感じる。ゴールはそういうところにあるんじゃないかなと感じています。
■Amazon.co.jpで購入
見えないデザイン ~サウンド・スペース・コンポーザーの仕事~井出 祐昭(著)ヤマハミュージックメディア
Thumbnail:t-mizo
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります