2020年02月05日07時00分

ソフトウェア業界の特許戦略は自社だけで考える時代では無い

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 1月15日、米国での特許登録件数1位を誇るIBMが「LOT Network」(以下、LOT)への参加を発表しました。LOTはパテントトロール(詳細は後述)への対抗策として2014年に設立された団体で、2018年のマイクロソフトに続いて、世界有数の特許保有企業が参加した形となります。

参考:IBM、オープン・イノベーションの促進と保護の強化を目的にLOT Networkへ参加

参考:マイクロソフトがLOTに加入: 開発者を特許主張から保護

 今回は、LOTを含めた「ソフトウェア業界で行われている、特許訴訟の負担を軽減するための取り組み」を紹介し、今後の特許戦略を考えるヒントにしていただければ幸いです。

米国で問題視されているパテントトロールとその対策としてのLOT

 パテントトロールはPAEs(Patent Assertion Entities:特許の権利行使を主体とする団体)とも呼ばれ、「自社で事業を行っていない状態で特許権を保有し、事業を行っている他社への権利行使で収益を上げる」団体を指します。自社で製品やサービスを提供せずに他社の邪魔をしている形になるので、特にイノベーションを阻害している要因と言われています。

米国では毎年800億ドル(約9兆円)の損失がPAEsにより発生。ハイテク分野で行われる米国内の特許訴訟の84%がPAEsによるものとLOTは説明している

 自社で製品やサービスを開発していないのになぜPAEsが特許を保有しているのかと疑問に思うかもしれませんが、PAEsは事業会社で不要になった特許や個人・大学の特許を購入することで特許を取得しています。

 LOTの資料によるとPAEsの特許入手先の81%が事業会社となっていますが、LOTは「事業会社からPAEsに特許が流れるのを防ぐ」ことを目的に設立された団体です。契約上の具体的なスキームの説明は本稿では省略しますが、大まかには下記のような仕組みを実現させています。

LOTの会員企業がPAEsに特許を売却した場合、その特許のライセンスが他のLOT会員に付与される
 ↓
LOT会員から購入した特許では、PAEsはLOT会員を訴えることが出来ない。そのため、PAEsがLOT会員から特許を購入するモチベーションが低下する
 ↓
LOT会員が増えるほどPAEsの特許保有数が減少し、PAEsによる特許訴訟リスクが減少する

 LOTへの参加費用は自社の売り上げ規模に応じて、無料から最大年間2万ドルと比較的低額になっています。PAEsに訴えられた場合にかかる訴訟費用や対応の負担を考えれば、参加を検討する価値は十分にあると考えられます。

OSS活用が広まる中で、不毛な特許訴訟を回避するために行われている取り組み

 話は変わりますが、近年のソフトウェア開発において、OSSの活用は欠かせないものになりました。OSS活動を阻害する悪者として特許が語られたこともありましたが、近年は負の側面を軽減するいくつかの取り組みが行われるようになりました。

 1つはOSSライセンスにおける「特許権の行使制限」に関する条項の設定です。例えば、GPLv3やApache Ver 2.0のライセンスで提供されるOSSは、「その機能に必須となる特許に関しては、OSS提供者からOSS利用者への権利行使を制限する」という条項があります。

 これらの条項により、OSS利用者はOSS提供者から特許訴訟を心配することなく、OSSを利用できるようになりました。Googleが提供するAndroid(OS)を例に説明すると、「Androidを利用したスマホを販売する場合、Androidに関連する特許でGoogleから訴えられることは無い」ということです。

IoT時代におけるOSSの利用と法的諸問題Q&A集(p.28)より引用

 また、OSSの代表格とも言えるLinuxに関しては、OIN(Open Invention Network)という団体が2005年に設立されています。

 OINは、Linuxに関わる特許訴訟を軽減するために、OIN会員が保有するLinuxに関連する特許を他の会員にライセンスしたり、Linux関連の問題になりそうな特許をOINが購入し会員にライセンスを行う、等の活動を行っています。

 サムソンやモトローラなどAndroid端末メーカーに対して特許訴訟を繰り返していたマイクロソフトは、2018年にOINへの参加を表明しました。これは“OSSコミュニティ”との良い関係を構築することが、自社やソフトウェア業界全体にとってベストだとマイクロソフトが判断した結果と考えられています。

参考:マイクロソフト、Linuxをめぐる特許戦争で「休戦」の真意

特許のことを考えなくて良い、というわけではない

 1つ注意が必要なのが、「これらの活動に参加すれば、特許のことを考える必要が無くなるわけではない」ということです。

 例えば、OSSライセンスの特許権行使の制限で言えば、第三者が保有する特許に関しては何らケアするものではありません。また、OSS提供側になる場合には、苦労して取得した自社の特許が、無条件でライセンス対象となってしまう可能性も考慮する必要があります。

・特許訴訟対策の一環としてLOTに参加する → PAEsに特許を売却しづらくなるので、出願する特許の精査がより必要になるのでは?
・自社で開発したソフトをOSSとして公開する → 自社の重要特許が権利行使に使用できなくなってしまうのでは?

 といった形で、「ソフトウェア業界全体の特許関連の動きにキャッチアップしながら、自社の特許戦略を柔軟に構築していく」ことが重要になっていく、と考えられます。

ますます広がるオープンイノベーション×知財コミュニティ

 2014年にわずか6社で始まったLOTは、2020年時点で500社以上がメンバーとして参加する大きな知財コミュニティとなりました。Google・マイクロソフト・IBMといった米国IT企業だけでなく、アリババ・テンセント等の中国IT企業、自動車業界・金融業界・エンタメ業界など、国や業界を横断してさまざまな企業が参加しています。

 本稿で取り上げたLOTやOINに代表される知財コミュニティ活動は、今後ますます広がっていくと考えられます。今後の特許戦略を考える上では、自社だけでなくこれらのコミュニティ活動をセットにして考える必要性が高まっていくのではないでしょうか。

特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」では、必ず知るべき各種基礎知識やお得な制度情報などの各種情報を発信している

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著者紹介:IPTech特許業務法人

著者近影 安高史朗

2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。
(執筆:代表 弁理士・公認会計士 安高史朗)

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